南の「時のタマゴ」-旅立ちの前。

第10話 ナックの思い出作り。

[3日目]

起きると母さんはいつもの母さんに戻っていた。

我慢してくれているのだと思うがありがたい。朝から泣かれていては色々困ってしまう。

僕の出発は明日だ、今日は荷物の用意をしないといけない。


時を跳んで記憶がない以上仕方がないが、どうせならフードの男も荷物くらい用意してくれればいいのにと思いながらカバンにある程度必要になりそうなものを詰め込む。


昼ごはんはいつもより豪華だった。

思わず僕は「…備蓄使っているよな、これ…」と思ってしまう。

宴でも大分消費しているはずだから狩りに出られないのは厳しい。

恐らく人質にされる父さんたちは村からの外出は出来なくなる。

早く王を殺してしまわないと。


母さんが「どうかしら?美味しかった?」といつも通りの質問をしてくる。

僕は「とても美味しいけど、食材こんなに使って平気なの?」と聞くと母さんが「貴方の明日以降の分を使っただけだから平気よ」と言う。


そうか、僕の分を使っていたのか、流石は主婦だな。


食後、荷物の再点検をしようと思っていたのだがそうもいかないみたいだ。

「母さん、人がいっぱいきたよ」と言うと母さんが「え?」と驚きながら玄関を開ける。

するとそこには村の人たちが居た。


村長から話を聞いたみんなは泣きながら感謝と謝罪を口々に言いながら僕に餞別だと言って食料を持たせてくれたり寝袋や外套を用意してくれた人もいた。


みんな本当ならもっと話をしたいし、送別会もやってやりたいのだが親子水入らずの邪魔はできないと言って言いたいことだけ言って帰って行った。

中には僕の顔を掴んで抱きしめてきた人も居た。


僕はみんなの愛情に報いたい。

心からそう思っていた。


沢山荷物を貰った。

出来るなら全部持っていきたい。

荷造りのやり直しが必要だな…

ありがたいけど、ちょっと大仕事になりそうだ。


そう思って餞別の品と準備した荷物を眺めた時に別の事に気付く。


あ、それもどうやら無理そうだ…。

僕は玄関を開けて「いらっしゃい」と言う。目の前には「お前…」と言って怒っているナックと泣いているリーンが立っていた。


理由が理由なので見られてもどうと言う事は無いのかもしれないが、やはり怒られる僕の姿も泣かれるリーンの姿も人には見られたくない。


僕は2人を<降り立つ川>まで連れていく。

ここなら泣かれても怒られても問題はない。

2人もそれを察してか今は何も言わない。


村の人達が僕達に気付いても声をかけられずに居る。


川に着くなりいきなり「お前!父さんから聞いたぞ!!」と怒鳴るナック。

早速怒られてしまったと思っているとリーンが「キョロが1人で大変な思いをするなんて!しかも私たちが人質って…」と言って泣いている。


そうか、村長は人質と言うところまで話したのか…、そうなるとどこまで話が行っているのかが気になるな。


僕が考えている所でリーンが「私達も連れて行って!」と涙目で言ってきた。

僕は首を横に振って「それはダメなんだ」と言うとリーンは掴みかかって来て「どうして!?」と言う。

恐らく村長からの話は聞いているのだが納得は出来ないのだろう。


僕はリーンの言葉には答えずにナックを見て「ナック、村長からなんて聞いているの?」と聞く。自分に振られると思っていなかったナックは「え?」と言った後で「今のキョロは明日の朝から跳んできたキョロで、王の所に行かなければ村は総攻撃で壊滅させられる」と言ったところで僕が「そうだね、他には?」と聞く。


「キョロはアーティファクトの力で捕まえられないから自分の意思で城に行く必要があって、俺たちはその為の人質にされた」


良かった、そこまでキチンと話が回っている。

僕は「うん、だから僕1人で行くんだ」と言うと今も僕を掴んでいるリーンが「でも!!」と納得できない様子で詰め寄ってくる。


それでも頷かない僕にナックが「ならさ…」と言いかけた事を遮って「ナック、君の言いたい事は大体わかるよ」と言って微笑むとナックは何も言えなくなる。


「今から備える事で何とかなるのではないか?そういう事だよね。元々前の時間では村を放棄するか戦うかの選択だったんだ…、放棄して逃げ延びてもフードの男はアーティファクトの能力で何処までも追ってくる。だから徹底抗戦も考えた。それこそ今から備えてみんなにはひとかたまりになって貰って夜中に僕が戦う。でもそれも難しい。前の兵士とは強さが全く違っていて本当にみんなが無傷で生き残るのに何百回跳べば良いのか見当もつかない」


僕が言いきるとナックは「俺たちもいるだろ!1人で戦うなんて言うなよ!」と言う。

頼もしさと勢いのある幼馴染の顔。


数日前までなら頼もしいと思えたが、戦いを経た今僕は頼もしさだけでは判断は出来ない。


僕はハッキリと「君には無理だ」と言った。

僕のその声にリーンがハッとしてこちらを見た。

リーンは僕の言いたい事を察したのだろう。


「ナック、なんで僕と跳んだのがリーンなのか聞いてきたよね?あの時は君の事を思って言わなかったけれど、君は跳ぶ事に耐えられなかったんだ」


僕の言葉を理解できなかったナックは「何だよそれ?」と言う。

そのまま「体にどんな事があっても、そんなのどうって事ないだろ?俺なら頑張れるさ!」といつもの明るい顔でそう言って笑うナック。


…これ以上言うと顔が曇るだろう。

僕が言葉に困っていると「耐えられなかったのはナックの心なの…、だから私が跳んだの、キョロには私がお願いして、それで私が一緒に跳んだのよ」とリーンが務めて優しい口調でナックにそう言った…。


ナックが目に見えて動揺して「どういう…事だよ」とリーンに聞いた。

リーンの代わりに僕が「君の心は跳ぶ事で繰り返される殺人に耐えられなかった」と伝えるとようやく意味が理解できたナックは「そんな…」と言う。


「君はまた跳べなくなる。それどころか今回は兵士の数は50人だから、途中で挫けてしまう可能性もある」

僕の言葉に愕然として俯くナックにリーンが「私は、それを悪い事だとは思わない」と言った。


「私は後ろで避難指示をしてナックに作戦を説明するだけだから平気なだけで、前で戦うナックが辛いのは当然のことだもの…」

リーンはあのナックを思い出しているのだろう、目をつむって苦しそうに話している。

ここで僕は「今回をまた退けても、また次がくる」と言う。


「国中の兵士…1200人を僕だけで退けるのは不可能だ…それもみんなを守りながらなんて絶対に無理だ…、だからこの道を選んだんだ」


僕が言った時に今まで大人しかったトキタマが「お父さん!やってみないとわかりませんよ!僕は何回でも一緒に跳びますよ!」と言って割り込んでくる。


ナックがそうだという顔で気を良くして僕を見る。

僕は首を横に振って「それはしない」と言ってトキタマを見る。


「トキタマ、君は僕に力を使わせたいだけで言っている。他にも何か事情があるのかも知れないが、僕は勝ち目の見えない戦いで跳び続けようなんて思わない」


リーンはこの言葉で諦めたように僕を見ている。

ナックはショックを受けてしまっている。


2人とトキタマを納得させるように「だから、僕はフードの男の言うように城に行く事にしたんだ。城に行って王と話をする。トキタマをどうやって渡すのかは知らないけど、渡す事で村が助かるならそれでもいい。万一、話しても王が国中の人間を殺す事を辞めないと言うのなら殺すしかないと思っているんだ」と言うと2人は何も言わずに黙って僕の話を聞いてくれた。


このまま続けるように「そこで2人にはお願いがあるんだ」と言う。


リーンが「お願い?」と聞き返すとナックが驚いた顔で「なんだよ、いきなり…俺にもできる事なのか?」と言う。


「うん。2人にしか頼めない事なんだ。僕のいない間、父さんと母さんの事をお願いしたいんだ」

この言葉で最悪の状況を想像した2人が「そんな!」「お前、帰ってこないつもりかよ!」と言って慌てる。


「そんなつもりはないよ?でも、父さん達の事を気にしないで行くのは気が気ではないんだ。

それにフードの男は「約束は守る」とは言ったけれど、何があってもおかしくない。だから、村の事、父さん達の事をお願いしたいんだ」


この言葉にまたリーンが泣いているがナックは「しょうがないな!」と笑顔で僕の方を見ている。

ナックはいつもの明るさで「俺だってやれるって所を見せてやる。だからさっさと済ませてさっさと帰って来いよな!」と言ってくれたので僕は「ありがとうナック」と言う。


これで2人が納得をしてくれるかと思ったのだがリーンはまだ納得をしていないのか、夜になったらもう一度会ってと言って帰っていった。

ナックは「それくらいは諦めろ」と言う顔で「最後まで話聞いてあげろよな」と言って帰っていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



リーンとナックと別れて帰宅をした。

夜にリーンに会う以外は旅支度をしなければいけない。

荷物の選別を大体済ませた所で家にナックがやってきた。

ナックは思い切り走ってきたようで、かなり息を切らしている。


肩で息をしながら「お前、今大丈夫か!?」と聞くナック。

驚きながら僕は「うん…別に」と言って部屋の隅に老いた荷物を見せて「用意は済ましたから夕飯までの時間と夜にリーンに会う以外は時間あるよ」と言う。


それを聞いたナックは「よしわかった!じゃあこい!!」と言って僕を外に連れ出そうとする。


物凄い剣幕だ。

これは何だろう?

僕は殴られるのか?


まあ、これもナックとの思い出の1つだ、受け入れよう。


「わかったよ」と言って母さんに「行ってくるね」と言うと母さんは嬉しそうに「はい、行ってらっしゃい」と言ってくれた。



ナックは南の山側に向かって歩く。

ここはこの時間は人なんか来ない場所だ…


「ああ、やはり殴られるのか…」と思った時にナックが恐ろしい顔で僕を見て小声で「物音を立てるな、慎重に歩け」と言い出した。


まさかもう兵士がいるのか?

この前の襲撃の時には気付かなかった場所だ。


この時僕は丸腰である事に気付き「しまった、剣は家に置いてきてしまった、一度跳ぶか?」と思う。


ナックを見て「ナック、剣を置いてきてしまった…取りに戻りたい。ダメなら跳んで戻ってくる」と言うとナックは「バカ、武器なんて邪魔なだけだ」と言った。


確かにナックを見ると肌身離さず持っている「大地の槍斧」を持っていないことに気づく。ますます訳がわからない。

だがナックはそれ以上は何も言わずに前進を始める。

僕は後をついて少し進むと確かに人の気配がする。


トキタマに確認をするとアーティファクトの反応があると言う。


アーティファクトの反応もあってナックは気配を隠そうとしている。

「どういうことだ?」と思う僕はトキタマを見るが、心なしかトキタマからは緊張感はなく笑っているような感じがする。


僕がトキタマに視線を動かしていた事に気付いたナックは「集中しろ!一瞬のミスが命取りだ!」と怖い顔をしながら小声でそう言ってきた。


訳がわからない僕は考える事を辞めてナックの言葉に従って後ろをついて行く事にした。



……

………


僕は呆れてモノが言えなかった。


リーンが湯浴みをしていたのだった。

この季節は暖かいし、お湯を沸かすのも手間なので水浴びの方が主流なのだが、リーンは「万能の柄」で松明の火を使ったのか器用にお湯を作ったらしい。


お湯を張った湯船の中でリーンが伸びをしている。

普段、湯浴みの時間は人に見られたくない思いからみんな夜に行う。

もう少し遅い時間に男の人で、それが終わると男性陣の最後と思われる人が湯船の水を抜いて新しい湯や水を張ると夕飯の片付けが終わった頃に女の人が湯浴びや水浴びを行いにくる。

これが村の習慣で、今みたいな中途半端な時間にお風呂を使う事は珍しい。


おそらくリーンは夜に僕と会うから今風呂に入っているのだろう。

僕達がいる事に気付いていないリーンは無防備に湯船に浸かっている。


僕は嘘だと言って欲しい気持ちもあって「ナック…まさか…」と言うとナックが僕の方を向いて真顔で「話しかけんな!話は後だ!」と言ってきた。



…本当にコレのために僕は呼び出されたのか…



ナックが視線をリーンから外さないままに僕に向かって言い始めた。

「お前、帰ってこいよな。なんかもう帰ってこない感じがしてさ…。こう言う楽しい事とかあるのを覚えていれば全部片付いた時に帰ってきたくなるだろ?また一緒にこうやって覗こうぜ?」


どこまでが本心かはわからないが、僕のためにナックなりの励ましをしてくれているんだろうと思いたい。




…思いたい。

ナックがハアハアとうるさくて、本心はリーンの裸を見る事なのでは無いかと僕は疑ってしまう。


「ナック、リーンに悪いよ。そろそろ戻ろう…」と僕が声をかけるが返事がない。


返事がない事で、僕はもう一度「ナック?」と声をかけるとナックは「お前はそれで良いのか!!もっとここに居たい、もっと見たいとお前は思わないのか!?なんでお前はそんなに余裕があるんだ!?どうかしちまったのかよ!!」と言い出した。


ナックは頭に血が上ってしまったのか歯止めがかからないで興奮している。

このままでは見つかるのも時間の問題なので「声、声が大きいよ!!」と僕がナックを注意した所でリーンに気付かれた。


リーンは「誰!?」と言って辺りを伺っている。


我に返ったナックが僕を見ると「跳べキョロ!逃げるんだ!!俺を連れて跳ぶんだ!キョロー!!」と叫ぶ。とても大きな声で木に止まっていた鳥が飛んでいく。


とりあえず僕の名前を叫ばないでほしい。

ナックの声と僕の名前が聞こえたリーンが「え?ナック?キョロ?」とか言っている。

もうこの場から逃げても風呂から出たリーンに捕まるのは決まった。


ひとまず跳ぼう。

こんな情けない理由で跳ぶなんて…。


僕が肩を落としながら「トキタマ…」と言うとトキタマは楽し気に「はいはーい!跳ぶよー」と言って羽根で包んだ。



34回目の時間。

こんな事にアーティファクトを使うなんてとても思わなかった。

僕が戻ったのはナックが迎えに来てからリーンの所に向かうまでの間だった、一応武士の情けと言うか約束だったのでナックの記憶も連れてきた。


ナックは辺りを見て跳んだ事を理解して「助かった!ありがとうなキョロ!」と言ってニコニコとしているが当の僕は「こんな事に僕の力を使うなんて…」と自己嫌悪に陥ってしまう。


肩を落とす僕にナックが「何やってんだキョロ?」と言って手招きしてくる。

僕は「え?ナックこそ何やってんの?」と聞くとナックが当たり前と言った顔で「2回目だよ2回目!」と言って僕を見ている。



僕は呆れながら前を歩くナックを見て「え?また行くの?」と聞く。


ナックは「当たり前だろ?お前の力でチャラになったんだぜ!そう!これは2回目なんかではない!むしろ1回目だ!!」と言って握りこぶしを作っている。


ナックは自分で2回目と言った事を捻じ曲げて1回目とまで言い出した。

呆れて何も言えない僕にナックがなよなよと縋り付いてくると「頼むよキョロー、俺はお前との楽しい時間を共有する事でお前が帰ってきたくなるようにだなー」と言って早く覗きに行こうと言う。


どちらが本心かわからないが、そう言われると無碍にできなくなる。

断っても「思い出作り」と言われると断り切れない僕は仕方なく付いていく。


到着までの間にナックと話した関係だろう。

今回のリーンは湯船に浮いていた。


ナックには学習能力が無いのだろうか?

今回も興奮したナックの息遣いを野生のイノシシか何かと勘違いしたリーンに見つかった。



僕はもう嫌だったのでナックの記憶は置き去りにして跳んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



35回目の時間。

僕が戻ってきた事を直感で悟ったナックに詰め寄られた。


なんでわかったのかと聞くと「俺が記憶を連れて行かないでいいなんて言うはずがない。そしてお前の呆れた顔は全てを知った顔だ。わからないはずがない」と豪語された。


そのままナックに「何回目だ?」と聞かれた。驚いた僕は「え?2回目だよ…」と返すのだがナックは「嘘だな、キョロの性格から一度は約束を守って俺を連れてくるはずだ。それをしなかったと言うことはおそらくは3回目だと言うことだ」と言い切った。


何という洞察力。

ナックは本気になるとこんなにも手ごわい相手なのか?


僕が否定しない事でナックは「キョロ!お前よくも!!よくも俺の記憶を連れてこなかったな!!」と涙を浮かべて詰め寄ってくる。


僕は引きながら「泣くほどなの!!?」と聞くと「当たり前だ!行くぞ!!」と言って歩き始めるナック。そんなナックのエロスへの執念に恐怖を感じた僕は諦めてナックの後をついて行った。


今度のリーンは湯船をひとり占めしているので浮かんで湯船の淵に頭や顎を乗せて器用にクルクルと仰向けからうつ伏せ、うつ伏せから仰向けにと回っている。


ナックは感動のあまり「おぉ…おおぉ…」と声が出てしまっている。

無意識だろうが、立ち上がってしまっている。


僕が「ナック、そんなに声を出して立つと…」とナックにそう言った時リーンが「何この声?熊!?」と言い出す。


声に気付いてしまったそしてこっちを見て「ナック!?何やってんの!!」と言う。

幸い、リーンからは僕が見えていないらしく、ナックに対して怒っている。


このまま放っておいてもいい気がするが……また跳ばないと怒られるだろうな。


そう思った僕はガッカリとした気持ちのまま「…トキタマ」と言うとトキタマは「はいはーい」と言って飛んでくる。


コイツ、ノリノリだな。


僕がそう思っている間にトキタマの力で36回目の時間に跳んでいた。



36回目の時間。

戻って早々ナックに「おせーよ!!」と怒られた。


ナックは「もう少しでリーンの投石器から発射された石が頭に当たる所だったんだぞ!」と言って当たりかけた場所を指さしている。

正直呆れている僕は「当たれば良かったのに」と思っている。


そのまま懲りずに風呂場を目指すナックが「いやー、いいもの見させて貰ったよ。ありがとなキョロ」と言うのだが、発言がなんとも言えないので返事に困る。


ナックはシミジミと先程の事を思い出しながら「でも、確かにいくら良くてもずっとアレは飽きるよなー」と言う。

ナックは毎回同じだと思っているのだろう。僕は普通にトキタマの力、時の流れの違いを説明したくて「あ、いや。今のところ毎回違…」と言ったところで「あ、言わなければここで済んだのか?」という事に気付いて無かったことにしたかったのだが、誤魔化す前に「毎回違うぅぅっ!?」と言って掴みかかってくるナックの顔が怖い。


ナックは「何で!どうして!?」と聞いてくるので僕は歩いた歩数やその場所までの積み重ねで状況が変わる事を説明した。


普段よりも呑み込みが早い感じのナックは「と言うことは、今の会話があるから今回もまた違うって言うのか!!?」と言う。


僕は「可能性だけどね」と言いながら「だから村を守る時は兵士の動きが毎回違っていて大変だったんだ」と一度目の襲撃の時にどれだけ大変だったかを伝えると「そんなことはどうでもいい!」と言われてしまった。


どうでも良くはない。

僕が皆を無傷で助けるためにどれだけ大変な思いをしたと思って居るのだろうか?


僕が思っている間に「ふふふ…そうか。毎回違うのか…」とナックがまたロクでもない事を思いついた顔をしている。


そんな訳で懲りずに覗きに行くナックに連れていかれると4回目のリーンはこちらに背を向ける格好で頭を洗っていた。


普段、背中も殆ど見ないのだからナックはもう少し喜んでもいいと思うのだが、今までの刺激になれてしまったのか「もういいや」って顔をしている。


本当にもう良かったのだろう。ナックが「次行こうぜ」と言葉を発しようとした時、リーンが「誰?」と言って反応を示したので僕は慌てて跳んだ。



37回目の時間。

今のはおかしかった。

明らかにリーンは気を張っていた。


何かが変だ…僕は何があってリーンが気を張っていたのかを考えたかったのだが「くそー、今のはあんまりだったな。さあもう一回行こうぜ!」とナックが僕を手招きする。


ナックにはこの違和感がわからないのか?

僕は今の違和感から「ナック、もう辞めないか?何かが変だ」と言うのだがナックは「何怖気づいてんだよ。さっきのは行くまでの話が長すぎただけだろ?すぐに行けば、また浮いたりしているよ」と言ってあっけらかんと笑っている。


違和感程度ではナックは諦めないし、諦めさせる事は出来ない。

僕は渋々付いて行くことにした。


浴槽にいるリーンを見てナックが「くそ、何だこりゃあ?」と毒づく。

今回のリーンはさっきみたいに背中をこちらに向けて髪を洗っては居なかったが、今回は湯船に体を丸めて深く身を沈め、用心深そうに周りを伺っている。


「少し待てばまたのんびりするかも知れないから待つか」と言ったナックを見てトキタマが「僕は枝に止まって待ってます」と飛んで行った。


その羽ばたきでリーンに気付かれてしまった。

何だこのリーンの警戒心は?


僕は慌てて「トキタマ!」と呼ぶとトキタマは「はいはーい♪」と言って楽しそうに時を跳んだ。


38回目の時間。

跳んですぐにナックは「バカドリーっ!お前何やってんだよ!!」とトキタマを怒鳴りつける。トキタマは「ごめんなさーい」と謝るが悪いだなんて思っていない。


ナックは今回の件は僕に非があると思っているのだろう「キョロ、今のはなんだったんだ?お前、リーンの記憶も連れて行っているのか!?」と詰め寄られた。

僕の方こそ何が何だかわからない。


僕はトキタマを見て「トキタマ、僕はリーンの記憶を連れて跳んでいるのか?」と聞くとトキタマは「お父さんが連れているのはお友達のこの人だけですよ」と答える。


このやり取りにナックが「じゃあなんでだ!?たまたまか、たまたまなのか?」と苛立っている。



ナックは諦めずに「キョロ、もう一回!もう一回だ!もう一回行こう!!」と言って歩き出す。その後ろで僕は「ナックはいい加減諦めてもいいと思うのだけどなぁ」と思いながらトボトボとついて行く。



もうすぐリーンの所だ。

ナックから離れて後ろを歩く僕に、ナックが「試そう」と言い出した。

「何を?」と返す僕にナックが「歩き順だよ歩き順」と言う。


「今まで俺が前だったから今度はお前が前になれば、またリーンもリラックスして風呂に入るかも知れないだろ?」


とんでもない提案に僕は「それは嫌だ!」と言うとナックは怖い顔で「今更何を言うんだよ!」と言う。


このまま僕とナックは屈んだまま横並びになってひそひそ声で言い合いになる。


「僕はナックが連れてきたからここに居るのであって、僕自身が来たくて来ている訳じゃない」

「お前、俺の記憶を置き去りにして、お前の方が二回も多くリーンを見たんだろ!俺だってリラックスしたリーンをだな!」




ここで前方から「へぇ…リラックスした何を?」と声が聴こえて僕の背筋は凍った。

声の主は1人しかいない。見るのは怖い。

だが熱くなったナックは何も気付かずに「だからリラックスしたリーンの湯浴み姿を」と言ったところで気が付いたのだろう「だ…な…?」と言って視線を僕から前方にズラす。

僕も一緒に前を向くと、数歩先に足が見えるのだ…。

そのれは程よく引き締まった綺麗な足、僕やナックのように傷だらけではない女性の足。


恐る恐る顔を上げる。

そこにはタオルを巻いたリーンが鬼のような笑顔で立っている。

笑顔には見えなくはないが、口元は引きつっている。

とても怖い笑顔というのがピッタリだと思う。


僕は頑張って口に出来たのは「リーン…」という言葉だけだったがナックは「リーンさん、年頃の娘さんがそんなはしたない格好で…」と余計な事を言っている。


リーンが一瞬顔をひきつらせたがすぐに怖い笑顔に戻ると「御心配どうもありがとう。でもね。どんなに肌を隠してもまた跳ばれたら意味ないからもういいの」と言っている。

そんなリーンの右手には「万能の柄」で作った乗馬用の鞭がヒュンヒュンと音を立てている。


あの鞭でこれから僕達がどうなるかは火を見るよりも明らかで、ナックも理解をしたのだろう。

「キ…キキキ…キョロ?お前、やっぱりリーンの記憶も連れて跳んでいるんじゃないのか?」と涙目で僕を見る。その顔は真っ蒼だった。

僕は慌てて首を横に振りながら「僕は何もしていない。トキタマだってそんな事はしていないって言っていただろう?」と言う。


リーンは「そうね。キョロは私を連れて跳んではいないわね」と優しい声で言うが、バシッ…バシッ…っとリーンの鞭が音を立てる。


この音が僕の恐怖を駆り立てる。

正直今回の件でわかったが僕より心が弱いと判明したナックが限界になったのか「キョロ、跳んでくれ!俺の記憶を連れて跳んでくれ!!」と叫び始める、


逃げられるとは思わなかったのだが、リーンが「跳べば?次会った時は鞭でぶつからね」と何か恐ろしい事を言い出す。


僕は「リーン、ごめんなさい!」と言った後で後ろめたい気持ちのまま「トキタマ…」と呼ぶと「はーい」と言ったトキタマが僕を次の時間に跳ばしてくれた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



39回目の時間。

僕に心の焦りがあったからか今回は南の山側に着いたところに跳んでしまった。


跳んですぐにナックが「あれはおかしいぞ、絶対に変だ!」と言って詰め寄ってくる。

僕も必死になって「4回目の時間の時に何か違和感があるって言っただろ?」と言い返す。


そうなのだ感じたことのない違和感が今のリーンにはある。

僕の違和感は先程のリーンの姿で確信に変わる。


僕は絶対にトキタマなら何かを知っていると思い「トキタマ!」と呼ぶとトキタマは「はいはーい。お父さん、跳びますか?」と言ってニコニコと飛んでくる。


コイツ、白々しい。

絶対に何か知っていると言う確信を得た僕は「何が起きている?僕に何が起きた?また成長したのか?」と聞くと「はい!そうですよー」とトキタマが明るく答える。


またコイツは…と思ったが今はそれよりも確認だ。

「で、何がどうなった!?」と聞くとエッヘンという感じで「お父さんはお友達のお姉さんを何回も跳んで見た時に35回目を迎えて成長しました。今回は、跳ぶ時に記憶を連れて行かなくても相手の深い気持ちを何となく連れて行けるようになりました」と説明をする。


何を言われたか理解できなかった僕が「…どういう事だ?」と思っていると「これが戦いで、お父さんとの戦いが2回目なら相手の兵士はお父さんに初めて会うけど、1回目に殺された恐怖はなんとなくあるから怖くなってしまうのです」と説明をされた。


僕が話を聞きながら「心の深い部分の気持ちを連れて行くということか?」と思っていると答えるようにトキタマが「今回、お姉さんはお風呂を見られたのが嫌だったのでその気持ちだけが跳んでいたんです」とリーンの警戒心の秘密を話してきた。


僕は確かめるように「跳んだ時全員が気持ちを持って跳ぶのか?」と聞くとトキタマが「いいえ、僕が気持ちを連れて跳びました!成長した力をお父さんに説明できるように、僕がお姉さんの気持ちを連れて跳びました!」と自慢気に言う。


ナックがもの凄い形相で「この野郎!」と言いながらトキタマを捕まえる。

僕もトキタマが勝手にやった事にいら立って、心の中でナックを応援してしまう。


トキタマは楽しそうに「僕はやりたくなかったですけど、お父さんに知ってもらうために仕方なかったんですー。お父さんは僕にいつも成長を聞くからお父さんの為にやったんですー」と言うとナックは「口で言えよ!」と僕の気持ちを言ってくれた。



ガツン!


その時、急に聞こえてきた音と共にトキタマを捕まえていたナックが「ぐぇ」と言いながら沈んだ。

ナックの背後にはリーンが湯気を立てて立ちながらナックに鞭を振り落ろしていた。



またあの怖い笑顔を見せたリーンが「少しは聞こえていたけど、どういうことかしら?」と聞いてくる。何と答えればいいか考えて青くなる僕のそばで沈んだままのナックが「お早いお帰りで…」と余計な事を言っていた。




僕の説明を聞いたリーンは「サイテー!」と言って怒っている。

まあ、未遂も含めれば何回も風呂を覗かれているのだから怒りもするだろう。


ナックが「だからな、俺はキョロにだな?帰ってきてもらいたい気持ちからだな?」と見苦しい言い訳をしているのだが、「うるさい!」と言ったリーンの鞭がナックの頭を叩く。


ナックが頭を押さえて涙目で「痛っ!それで叩くのやめてくれよ」と懇願するのだがリーンは「うるさい!」と言ってヒュンヒュン鞭を鳴らしながらナックに怒っている。


ちなみに僕たち2人は地面に正座させられている。

丁度いい大きさの岩に腰かけたリーンが足を組んで座っていて威圧感は物凄い。


ナックは懲りずに「俺は楽しい思い出をキョロに持ってもらって村に帰って…」と言うのだが最後まで言う前にリーンが鞭を振るう。



ピシッ!という音の直後に聞こえるナックの「痛っ!」という声。

もうリーンは何も言わずに鞭を振るっている。



「なんで俺ばかり殴るんだよ、キョロだって見ていたんだぜ?」

「はぁ!?」


ピシッ!


「痛っ、もう勘弁してくれよ〜」

「トキタマちゃんから聞いたからわかっているんだからね。ナック、あんたが記憶を持って跳んだ事。それに私もわかっているんだからね」


「な…何をだよ」

「私は跳ばれた時のことは覚えてないけど、ナックが気持ち悪かったのは何となくわかっているの。

気持ち悪いモヤモヤした気持ちがあったから、お風呂にのんびり入るか悩んでいたんだけど、今はのんびりお風呂に入るよりもナックを鞭で打たなきゃって気持ちが強かったからさっさとお風呂から出てあんたを見つけてぶったの」


数を数え忘れていた事、跳ぶ都度トキタマに成長を聞き忘れた事が今回の問題点なので反省をしなければ明日以降どんな目に遭うかわからない。

とりあえずトキタマにはこの力は勝手に使うなと言っておいた。

本当は他の力も勝手に使わないように指示するべきなのだが、万一必要な力の時に「お父さんから言われましたー」とか言って使われなかった為に大変な事になるのは困る。

なのでこの力だけと限定して制限をした。



リーンがこちらを見て「さて、キョロ?」と言う。

僕はリーンを怒らせないように「はい」と返事をする。


「この後はどうするつもり?」

「家に帰って猛省します」


「それじゃダメ、わからない?」と言われた僕はナックを見るとリーンはその僕を見て頷く。

このやり取りの意味を理解できないナックは怯えながら「何だよ?どうすんだよ2人とも?」と言っている。


リーンが説明をしなさいという感じで「キョロ?」と言うので僕は「はい」と言った後で「僕はこれから跳びます。跳ぶのはナックが家に迎えに来る前で、ナックの記憶は連れて行きません」と言う。


この言葉が不服だったナックは「そんな!?酷いぞキョロッ!?」と言うのだが直後に無言のリーンに鞭で叩かれる。


ピシッ!という音の直後に聞こえるナックの「痛っ!」という声。

リーンはナックには何も言わずに僕を見て「それだけじゃダメ」と言う。


リーンがまだ納得していない。

多分あの事だろう。


僕は答え合わせのように「リーンの気持ちも連れて跳びません」と言う。

これでリーンの湯浴み姿を知るのは僕だけになるし、リーンもナックへの気持ち悪さや恥ずかしさの気持ちも残らないで済む。


リーンは拗ねたような顔で「本当ならキョロもダメなんだからね!」と言う。

「はい」と素直に頭を下げる僕に「でも、ナックが言う通り、お風呂を覗くのが楽しくて、またバカしたくて帰ってきてくれるなら我慢する」と言ったリーンは赤い顔をしていた。


僕が驚いて「リーン…」と言うと最後まで言わせる前に「今の無し、さっさと跳んで」と言われたので僕は跳んだ。



40回目の時間。

跳んだ先は丁度家にナックがやってきたところだった。

さっきと同じで思い切り走ってきたナックはかなり息を切らしている。


「お前、今大丈夫か!?」と言うナックに僕は「やめたほうが良いよ」と言う。


「は?お前何を言って」

「やめようよ」


「お前もしかして」と言って訝しむナックに「大丈夫、ナックの言う楽しい思い出は僕の中には刻まれたよ。だから大丈夫。ありがとう」

僕は極めて冷静に、感情を殺してそう言った。


「お前ばっかりずるいぞ!!」と詰め寄るナックに「鞭で滅多打ち」と返す。


「は?」

「ナックはリーンにバレて鞭で滅多打ち」


「それはお前が記憶を…」

「持って跳ばなくてもトキタマが成長してリーンの不信感も一緒に跳んだことでバレて、鞭で滅多打ち」


「え?…え?」

「ナック、だからもうやめよう」


この言葉で諦めが付いたナックは「ちくしょぉぉぉぉう!!」と叫びながら来た時と同じ速度で帰って行った。


玄関を閉めた所で、後ろで今のやり取りを聞いていた母さんが僕にポツリと漏らした。


「キヨロス、女の子を泣かせちゃダメなのよ?」

その声が怖くて慌てて振り返った僕は恐怖した。


リーンと同じ鬼の笑顔の母さんが僕をジッと見ていた。

母さんには、一応未遂になったことを告げて納得してもらった。


「まあ、今回はナックちゃんもキヨロスとの思い出作りだったようだし、お母さんも今回は許します」


やはり風呂を覗くとかはやらないほうが良いんだよナック。

今度、僕の居ない間にやったら村の女性陣に半殺しにされるんじゃないだろうか?

まあ、それでもやるのがナックなのでやるだろうなと思ってしまった。

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