落ちた雷

 都会の街に建てられた、高崎高校(通称タカ高)。進学率や就職率、偏差値まですべて平均のタカ高は、午後の授業前のささやかな休息時間、昼休みが終わろうとしていた。

 窓際の一番後ろ、日当たりも最高のその席で昼食を終えた藤平 輝(ふじひら ひかる)は机に突っ伏し、空を眺めていた。

 すると、目の前にお茶のペットボトルがとんと置かれた。

「ほらよ。」

「サンキュ。」

 身体を起こすと、友人である北条翔太(ほうじょう しょうた)が戻ってきていた。昼食後、動く気が起きない輝に代わって、飲み物を買ってきてくれたのだ。

 翔太とは小学校からの腐れ縁で家も近いことから一緒にいるのが当たり前になっており、病気レベルにやる気のない輝になにかと世話を焼いてくれる、いい友人だった。

「あ。それ開けてあるぞ。」

 輝の机にあるお茶をさし、翔太は椅子の背を抱えるように前の席に座る。

 そう、輝は握力が弱い。ペットボトルのふたを開けるのが難しく、他にも、ちょっと強いヨーグルトの蓋を開けたり、カフェオレなどのストローを刺すことも翔太によく頼んでいる。

 これだけの世話を焼かされているにも関わらず、翔太はあきれながらも輝の友人でいてくれている。我ながらよい友人を持てたものだと輝はじっと翔太の顔を見つめた。


「そういや、昨日のバグ、直った?」

「直ってない…」

 視線に気づいた翔太と目が合いつつ、輝は机に突っ伏し、“ログインエラー”の文字が表示されているスマホの画面を見せつける。


 オンラインゲーム“終焉世界の物語。それは5年ほど前にリリースを開始したゲームで、簡単に言えば職業を選んで世界中に溢れたモンスターを倒し、世界を救うRPGだ。輝と翔太はリリースと同時に開始し、ずっとプレイし続けている。

 そのゲームが昨夜、翔太とマルチプレイで遊んでいる途中でゲーム画面が真っ暗になり、それ以降起動もできなくなってしまったのだ。


「あー…。運営に連絡は?」

「電話もメールも送信済み。」


 たかがゲームごとき、と親にも言われたが、されどゲーム。着々とレベルを上げ、育て上げてきた時間に、さらには5年で見ればバカにできない金額になっている課金もしているため、ショックが大きいのだ。


「…もう帰っていいかな」

 話すことで悲しさが甦り、一気にやる気がなくなり、ボソッと机に右頬を付けて呟く。今朝も学校へ行かないと布団にこもったのを翔太によって連れ出された。休み時間はもっぱらこのゲームに捧げていたため、今更ほかのことをする気も起きず、どんどん帰りたいという欲求だけが募っていく。


「帰ったってゲームはできないぞ?」

「…寝るからいいし。」

 翔太の言葉に我ながら幼稚だとは思いつつも反発しつつ顔をそらす。


「しゃーないなぁ。」

 すっとゲームの画面を開いた翔太のスマホが顔の前に置かれた。ぱっと顔を上げると、炭酸を飲みながら顎でスマホをさす翔太。


「サンキュ」

 椅子に座り直した輝は翔太のスマホを手に取った。

 ルンルンとタイトル画面をタップし、ロードを待つ。


「…なんかロード長くね?」

「待って、電波おかしい」

 なかなか進まないのでいったんホームに戻ってみると、驚くことに圏外なっていた。気づけばクラスメイト達も各々スマホを開いてざわついていた。

 

 いったい何が、と急に窓の外が暗くなっていく。椅子から立ち上がり、窓から外を見ると、雲がとぐろを巻いて立ち込めていた。

しかもそれは、丁度校庭の真上辺りのみ。少しはなれた街の上は青空だ。

「!翔太、外!」

 輝は未だスマホを見ている翔太の肩をたたき、窓の外を指さした。

「輝?どうした」

「ど、どうしたじゃないでしょ、あれ」

「だから何が?」

 会話がうまくかみ合わない。明らかに状況がおかしいはずなのに、翔太は困り顔で輝と外を交互に眺めている。


 クラスメイトに視線を向けると、先ほどと同じく、スマホを見るばかりで誰も外を気にしていない。

 グラウンドを見ても、サッカーをしてけらけらと笑っている生徒がいるが、誰も空の異常に気付いていないようだ。


「輝、どうし…」

 翔太が輝の肩に触れると同時に、一筋の閃光が落ちた。その光は輝の視界を真っ白に染め上げ、何かに掴まれるように意識が途絶えた。

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ゲームのキャラがリアルの彼と入れ替わってしまったようです 紅音 @akane5s

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