ゲームのキャラがリアルの彼と入れ替わってしまったようです

紅音

現れたもの

「くそ!」

 弾かれた大剣に体のバランスを崩しかけ数歩後ろへ下がるライト。対峙している魔物は恐竜のような姿をしている、巨大な“ディーノサウロ”だった。ディーノサウロは食らった魔物や人間の数だけその鋼鉄の皮膚は強度を増していく。熱を好むため火山が生息地、となっているはずが、今対峙しているのは海沿いの街道。遠くに山が見える程度の平原のど真ん中にあたる場所だった。


 この好戦的なディーノサウロに数多くの商団がやられ、交易が一部マヒしていた。海に面した街道の先にある国は陸路を9割絶たれ、船での貿易のおかげでなんとか首の皮が繋がっている状態。更には様々なギルド、騎士団が動いたが、倒すことができなかったのだ。

 それにより、この平原の北東に位置する国のギルド“ヴァリティ”に依頼が舞い込んできた。

 その依頼をギルド長自ら受け、仲間を連れてきたのだが・・・。


「フィーネ!まだか!」

「今やってるの!!」

 フィーネと呼ばれたブロンドの長い髪の女性が倒れた数人の男たちに手をかざし、光が包んでいた。彼女はエルフ族で『癒しの力』を持つ。その力はエルフ族の選ばれた者にのみ扱えるもので、傷を癒すことができるのだ。しかし、深手を負った仲間たちはいまだに目を覚まさない。

 ギルドから派遣したのはおよそ10名。それも実力のある者たちを連れてきたが、2時間対峙し続け、今立っているのはライトとフィーネのみだった。


(ほんとに、異常だな…)

 ディーノサウロも傷を多少は負っているが、血走った眼はギラギラとしており、より怒りモードに入って強さは増している。一方のライトはかろうじて立っている状態。持ってきた回復薬は片手の数ほどしかなく、長時間の戦闘により集中力が尽きかけている。

 

 夕日が沈みゆく中、ライトは腕に付けている時計、『ギルドウォッチ』を横目で見る。ギルドウォッチに刻まれている時間は残り30分。それはこの場所に居られる時間を表しており、これが0になると拠点へ強制帰還させられてしまう。

 彼らが拠点の外にいられる時間は日中のみ。夜になると魔物たちが増え、そしてより狂暴化するため、ハンターたちを守るために強制帰還装置が備え付けられているのだ。

(夜になれば、こいつも眠る。今は状況を抑えることに集中しろっ)

 背後には未だ回復を続ける仲間たちがいる。ライトが倒れれば、仲間たちが危険にさらされる。奥歯をかみしめ、意識を集中させていくライト。 

 そこに盛大なディーノサウロの咆哮が平原に響き渡る。ライトは耳栓をしているため、多少は影響を軽減しているが、肌がざわついた。


「まだまだ元気、みたいだな・・・」

 どうしたらよいか、意識を剃らした瞬間、1秒も掛からず眼前に迫ったデイーノサウロの腕に気づくのが遅れた。

なんとか身を引いたが、鋭い爪が頬を掠った。そして攻撃をかわすために体制を崩したライトに、追い打ちをかけるように咆哮する。


「うがぁっ」

 ライトは眼前で構えた大剣を吹き飛ばされ、次いで振りかぶってきた右手に凪払われる。

「ライト!!」


 数秒空中に滞空し、岩の地面を転がり、ようやく止まるころには体が傷だらけになっていた。揺れる視界と傷の痛みを堪えて立ち上がり、懐に入れていた回復薬を使おうとしたとき、ガラガラと何かが崩れるような、平原ではききなれない音が真後ろからした。


「なんだ、これは…」

 振り返ったそこにあったのは、巨大な谷だった。谷の底は見えず、嫌な風が吹き出してきている。

 そもそも平原にこんなに大きな“穴”のような谷があれば、報告が上がっているはずなのに、一度たりとも聞いたことがない。


 そして何より、何故か引きつけられる。惹きつけられる、とはまた違く、物理的に体が引き寄せられるのだ。


 呆然としていたのもつかの間、鋭い咆哮と地面の揺れる足音にはっと振り返ると、ディーノサウロが地面を蹴ろうとしていた。

 体制を立て直すためにも回復薬か回復魔法を使いたいのだが…。


「うそ、だろ…」


 薬が手持ちからなくなっており、さらには魔法も発動しない。先ほど懐に触れたときは、確かにあったはずなのに…。

 大剣も、吹き飛ばされた際にその場に落としてしまった。魔法も使えず、アイテムも武器もない。まさに絶体絶命だった。

「っ!?」

 一瞬ディーノサウロの姿がゆがみ、気づくと視界が狭くなっている。 

 

「させない!」

遠くからフィーネの凛とした声が聞こえ、頭上に展開された魔方陣から水のドラゴンが現れ、ディーノサウロへと向かっていく。水がドラゴンの姿になっているだけだが、その体は術者の力によって鋼鉄にもなりえる魔法。

 彼女の力の全てを使って出現させたドラゴンは水から鋼鉄にと形を変化させて戦っていた。

 苛立つディーノサウロは怒鳴るように咆哮を放つ。

 そのときだった。


「なっ!」

 ライトの右足が、地面の感覚を失った。振り向けばいつの間にか谷が数センチのところまで広がっていたのだ。


 完全にふいを突かれたライトは、抗うこともできずにそのまま谷へと落ちていった。

 

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