ショートケーキクラッシャー
「犯人はケーキを作ってきた乙姫さんです」
桐花の言葉に、俺も泉先輩も唖然とする。
「い、いやいやいや。なんでそうなんだよ?」
「結構簡単な推理ですよ。必要な情報さえ揃っていれば難しくありません」
こともなげにそんなことを言い放たれる。
「まずですね、ケーキは紙製の箱に入っていました」
『取手のついた白い紙製の箱。蓋には可愛らしいハートのシールで封がされて、中のケーキがしっかりと守られているようだ』
「紙製の箱はシールで閉じられた状態でした。にもかかわらず、箱を開けたら中身がぐちゃぐちゃだった。これって、どうやって中身をぐちゃぐちゃにしたんだと思います?」
シールで封がされていた以上、箱は開けられていなかったんだろう。
とすればーー
「箱を思いっきり振ったんじゃないか? 中身をかき混ぜるつもりで思いっきり」
イメージするのはバーテンダーがカクテルを作る時の動作だ。あれを何倍も激しくすれば箱の中のケーキなんてひとたまりもないだろう。
「その通りだと思います。しかし疑問なのは、犯人はなぜこのような方法をとったのか? この一文を見てください」
『中のケーキは全く見えていない』
「外から見た時箱の中身はわからないはずなんです。もちろんケーキの箱に入っているんだからケーキの可能性は高い。しかし実はケーキではなくクッキーのような硬いお菓子かもしれない。そう考えると中身を確かめることもせず、よく振るなんてピンポイントでケーキに絶大なダメージを与える方法をとるでしょうか?」
もし中身がケーキ以外の何かだったら、犯人がとった方法では致命的なダメージはなかったかもしれない。
「つまり、犯人は箱の中身を知っている人物だと?」
そしてその人物は乙姫先輩だと。
「その可能性は高いです」
桐花は頷くが、泉先輩が待ったをかける。
「待ってや。それだけじゃ乙姫先輩が犯人だなんて言い切れないんとちゃう? ケーキの箱に入ってるから多分ケーキやろって、当てずっぽうでやったかもしれんし。そもそも乙姫先輩がクラスの友達とかにケーキを作ってきて家庭科室に置いてるって話したかもしれんやん」
泉先輩の言う通りだ。これだけで乙姫先輩が犯人だと言うには根拠が薄い。
しかし桐花にとってこの反論は想定済みだったようだ。
「もちろん。根拠はこれだけではありません」
そう言って桐花は開かれた日記の一文を指さした。
『じゃあお皿とフォーク準備してくれる? 私ケーキ取ってくるから』
「乙姫さんがケーキを取ってくるまでに、残りのみんなでお皿とフォークを準備してますね」
「……別におかしいところはないだろ?」
「いえ、おかしいです」
桐花はキッパリと断言した。
「乙姫さんが作ってきたのはホールのショートケーキですよ? どうやって切り分けるつもりだったんですか?」
「包丁とか、ナイフとかの準備を頼んでないね」
「なぜ頼まなかったのか? 単に忘れていた? 自分で準備するつもりだった? それとも、ケーキが切り分けられる状態でないことを知っていた?」
自分が犯人でケーキを切り分ける必要がない状態にあると知っていたからこそ、他の部員に包丁を準備してくれと言わなかったということか。
確かに包丁のような刃物を必要ないのに準備してくれと言うのは気が引ける。乙姫先輩もそんな心境だったのだろうか?
「だけど、まだ根拠としては弱いよな」
桐花が自分で言ってたように、単に忘れていたという可能性もある。
根拠としては弱い。しかし桐花のことだ、まだ何かあるのだろう。
「そして最後。これが決定的です」
『生クリームが箱の天井や壁面に飛び散って、今なお滴っている』
『イチゴが潰れてその果汁がクリームと混ざり、おそらく元は純白だったケーキをピンク色に染め上げている』
「これはぐちゃぐちゃにされたショートケーキを文章で表現したものです。この中に一つ、気になる表現があります」
そして指差す。
『今なお滴っている』
「今なお。つまり現在進行形でクリームがぽとぽとと落ちていると書いてあるわけですが、クリームってそんなに長い時間をかけて滴れるようなことありますか?」
「……ねえな」
少し考えてみたが、水みたいに滴るイメージができなかった。
「生クリームって液体とは違うんですよね。水滴のように時間をかけてぽとぽと落ちたりはしません。落ちるとすれば、一塊になって生クリームの重さで一気に落ちるものです」
「それが今なお滴っている。ってことは、生クリームが箱の中に飛び散ったのはほんの少し前ってことなん?」
「ほんの少しどころか直前だと思いますよ」
確か越前先輩が家庭科室を訪れたのは、ホームルームが長引いていたため放課後になってしばらく経ってから。
その間家庭科室には乙姫先輩、それにグッピー先輩と弓彦先輩がいて、他の人物が家庭科室に忍び込んだという線はなし。
日記を読む限りケーキのことは部員のみんなには完全にサプライズで、ケーキが冷蔵庫に入っていることを知っている部員はいなかった。
つまり、直前にケーキの箱を触ることができたのは乙姫先輩のみ。
ようやく桐花が乙姫先輩を犯人だと断定している理由がわかってきた。
「犯行の流れを整理しましょうか。まず乙姫先輩はみんなを集めたあと、ケーキを冷蔵庫から取ってくるので皆はお皿とフォークを用意して欲しいと言って別行動を取ります」
皿とフォークの準備は目眩しだったということか。
「一人冷蔵庫からケーキの入った箱を取り出した乙姫さんは、自分の体で見えないようにカバーしつつ、箱を思い切り振って中のケーキをぐちゃぐちゃにします。そしてそのまま他の皆さんのところにケーキを持って行ってお披露目しました」
「そして箱の中身は悲惨なことになっていたと」
「はい。これが越前さんの日記から読み取った事件の真相です」
聞いてみれば至極単純なトリックだ。越前先輩の推理力がどれだけあるのか知らないが、多少ミステリーの心得さえあればすぐに犯人に辿り着けそうだと思うくらいに。
しかしーー
「なんで?」
とても納得できない。
「なんで乙姫先輩はそんなことを?」
部員の皆と一緒に食べようとケーキを作ってきて、それを自分の手で台無しにしたということになる。
行動の理由が意味不明だ。
「そう。この事件最大の謎は『犯人は誰なのか?』ではなく『なぜそんなことをしたのか?」なんです」
これがわからない限り、謎を解き明かしたとは言わないだろう。
「そしてもう一つ。無視できない謎が残っています」
『最悪だ。裏切られた気分だ』
それは、越前先輩が最後に書き残した日記の冒頭。
「越前さんは、一体何について裏切られたと言ったのでしょうか?」
桐花の推理通りなら、越前先輩は日記を書いた時点で犯人が乙姫先輩だとわかっていたことになる。
つまり乙姫先輩が犯人だという事実そのものに対して裏切りを感じることはないはずなんだ。
「越前さんは日記の中にこう書いています」
『なんの目的でこんなことを?』
犯人は即座にわかったが、その動機がわからなかったようだ。
「なぜ乙姫さんは自分の作ったケーキを台無しにしたのか? なぜ越前さんは裏切られたと感じたのか?」
桐花は挑発的な笑みを浮かべる。目の前の謎に挑むのが楽しくて仕方ないという表情だ。
そんな笑みを浮かべたまま、桐花は一つ宣言した。
「すべてを解決する鍵は、文芸部2年生のペンネームにあります!」
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