最悪の裏切り

「すべてを解決する鍵は、文芸部2年生のペンネームにあります!」


 高らかに宣言する桐花に、俺と泉先輩は疑問符を浮かべることしかできなかった。


「ペンネームが事件解決の鍵?」

「名前がなんか関係あるん?」


 戸惑う俺と先輩をよそに、桐花は得意げに胸を張る。


「この部屋にホワイトボードは……ないですね。泉先輩、何か書くものをもらえますか?」

「う、うん。ええよ」


 泉先輩はノートとペンを桐花に渡す。


 そして桐花はそのノートにスラスラと書き込みを始めた。


「見てください。これが問題となるペンネームです」


・越前

・乙姫 

・グッピー

・弓彦

・レオニダス


「一見すると統一性のない、バラバラで個性的なペンネーム。しかしよく見るとある法則が存在することに気がつきました」

「法則だって?」

「よく見て考えてください。そんなに難しい話ではありませんよ」

「つってもなあ」

 

 そんな法則があるようには見えない。


「……あ」


 すると、泉先輩が何かに気づいたように声を上げた。


「もしかして、星座?」

「星座?」

「お見事です泉先輩。その通り、彼らのペンネームはすべて星座で統一されてるんですよ」


 説明されても一瞬意味がわからなかった。


「わかりやすいところで行くとグッピーさん。グッピーとは熱帯魚の名前のこと、つまりそのまま魚座です」

「ああ、そういう」


 なるほど、なんとなくわかってきた。


「次に弓彦さん。これもわかりやすいでしょう、射手座です」

「そう言われるとそうだな」

「レオニダスさん。レオとはラテン語でライオンを指します」

「つまり獅子座やね」

「乙姫さんは名前のもじりがありましたね」

「これは俺にもわかる。乙女座だろ?」


 だんだんと彼らのペンネームの由来が紐解かれてきた。


「いや、待てよ。越前はなんだ? そんな名前に関連した星座なんかあるか?」

「何言ってるんですか。越前と言って連想するものと言えば、日本最高級ブランドの越前ガニでしょう」

「……ああ、つまり蟹座か」


 一つだけ連想ゲームみたいなめんどくささだった。


「さて、ここまでの情報をまとめますよ」


・越前

 蟹座


・乙姫

 乙女座


・グッピー

 魚座


・弓彦

 射手座


・レオニダス

 獅子座


「随分と仲が良かったんやね。ペンネームを決める時、星座で統一しようと言い出した先輩がおったんかな?」

「確かに。そうっすね」


 仲の良さをこれでもかと感じるからこそ乙姫先輩の行動が理解できない。


「さて、今の説明でペンネームの法則について理解して頂けと思いますが、では個々の星座はどのような法則でつけられたのでしょうか?」


 越前先輩はなぜ蟹座だったのか、乙姫先輩はなぜ乙女座だったのか。


「そりゃそんなの、自分の生まれの星座だろ」

「うん。十二星座やもんね」

 

 まさか自分と無関係の星座をランダムにつけたとは思えない。


「そうだと思います。と言うことはですね、彼らの誕生日がある程度絞り込めると言うことです」

「……誕生日がわかったところで」

「例えば、蟹座の越前さん」


 俺の疑問をよそに桐花はノートに書き込みを行う。


 越前

 蟹座

 6月22日〜7月22日


「……あれ?」


 見覚えのある日付。


「おい、7月22日? 確か日記の日付って」

「そうです。日記が書かれた日、つまり事件が起きた日は7月22日なんです」


 ってことはまさか。


「越前先輩の誕生日が近い?」

「その可能性は十分あるでしょう」


 何やら偶然ではない関連性を感じてきた。


「吉岡さん、あなたならどう思いますか? 自分の誕生日が直近にあった中、部活仲間の女子が期末テストのお疲れ様会と称して手作りのケーキを用意してくれたんです」

「しかもケーキはホールのショートケーキやね」

「そんなの……自分のバースデイケーキだと思っちまうよ」


 ホールのショートケーキなんて、誕生日の定番じゃねえか。


「ってことは何か? 乙姫先輩は越前先輩のためにケーキを作ってきたのに、自分の手で台無しにしたってか?」

「そんなことされちゃ、裏切られたって思うのも無理ないね」


 だとすれば尚更意味不明だ。


 そんな疑問に答える形で、桐花は首を振る。


「……いえ、違います。7月23日に書かれたこの文章を見てください」


『強いていうならば悪いのは自惚れていた僕自身だ』


「自惚れていた。つまり何かを勘違いしていたということです」

「何を勘違いしてたんだ?」


 いや、自分で言ってなんだが、その答えはなんとなくわかっていた。


「乙姫さんのケーキが自分のために用意されていた。ということだと思います」

「越前先輩の誕生日ケーキじゃなかったってこと?」

「……自分の誕生日ケーキじゃなかったくらいで『裏切られた』なんて思うほど落ち込むか?」


 ちょっと恥ずかしい勘違い程度だろうに。


「なあ、桐花。結局乙姫先輩がなんで自分で作って持ってきたケーキを自分の手で台無しにしたのか、その理由が全然わからねえままなんだけど?」

 

 桐花自身が言っていた通り、この事件最大の謎が残ったままだ。


「そうですね。そろそろその理由を解き明かしましょうか」


 そう言った桐花は、なぜか少しだけ気まずそうな表情をしていた。


「先ほど説明した通り、乙姫さんが自身のケーキをぐちゃぐちゃにしたのはケーキをお披露目する直前のことです」

「ケーキを食べる準備をしよう。ってなってるところで犯行に及んだんよね?」

「その通り。ではなぜ直前の犯行となったのか? 箱を振っているところを他の部員に見られるリスクもあったんですよ?」

「確かに……なんでだ?」


 変な言い方だが、ケーキを台無しにする時間なんて朝から放課後までたっぷりあったはずだ。


「考えられる答えは、犯行に及ぼうと考えたのがみんなでケーキを食べる直前だったから。つまり、乙姫さん自身も文芸部のみんなと楽しくケーキを食べるつもりだったんです」

「なんでそんな急に心変わりするんだよ?」


 なんで自分のケーキをぐちゃぐちゃちゃにするアグレッシブな方向に?


「それは当然、乙姫さんにとって想定外のことが起きたからです」

「想定外なことって……?」

「あ、レオニダス先輩が来たことちゃう?」


 桐花は頷いた。


 そっか、レオニダス先輩は元々来る予定はなかったんだ。


「ずっと疑問だったんです。仲の良い部活仲間なのに、なんでレオニダス先輩がいない日にお疲れ様会をやろうとしたのか」

「確か友達と遊ぶ予定やったんやよね?」

「はい。そしてそのことは事前に言ってあった。なら、日をずらせば全員揃った状態でお疲れ様会ができたはずです」


 にもかかわらずお疲れ様会を決行して、土壇場でレオニダス先輩が現れたらケーキを台無しにしたと。


「え、レオニダス先輩にケーキを食わせたくなかったってことか?」

「音姫先輩、レオニダス先輩のこと嫌いやったん?」


 全員仲良しだと思っていたのに。


 しかし桐花は首を横に振る。


「違います。確かに乙姫さんが犯行に及んだのは、レオニダスさんにケーキを食べさせないためです。ですが決して嫌っているわけではないんです」

「その状況で嫌ってないなんてありえるか?」

 

 嫌がらせをしているとしか思えない。


「さっきの星座の話に戻りますが、レオニダスさんは獅子座。なので誕生日をある程度絞り込むことができます」

「また誕生日の話か? それ、関係あんのーー」


 レオニダス

 獅子座

 7月23日〜8月22日


「……え?」

「嘘、これって」


 またもや、見覚えのある日付。


「レオニダス先輩の誕生日も近いのか?」


 桐花はこくりと頷く。


「泉先輩ってお菓子作りしますよね。ショートケーキって作るの難しいですか?」

「そりゃあ、めっちゃむずいよ。クリームなんて泡立て方一つで味が変わるし、スポンジに塗る時は慣れてないと表面が凸凹になって見栄えが悪くなるんやから」

「つまり、初心者向けのお菓子じゃないんです」


 日記の一文を指さす。


『最近お菓子作りにハマってて。今日みんなにケーキ作ってきたんだ』


「乙姫先輩はお菓子作り初心者?」

「にもかかわらず、なぜショートケーキを選択したのか? それはショートケーキがバースデイケーキの鉄板だから」

「でも、越前先輩のバースデイケーキじゃない」


 となれば一体誰のためのバースデイケーキなのか?


 そんなの、もう明白だ。


「乙姫さんはレオニダスさんにバースデイケーキとしてショートケーキを食べてもらいたかったんです。しかし、それを食べてもらうのはお疲れ様会と称して部員を集めた7月22日ではない。7月23日以降のレオニダスさんの誕生日」

「つまり、7月22日の時点でショートケーキを食べられるのは不本意だった?」

「ええ。というか、部員のみんなに持ってきたショートケーキは練習のために作った試作品だったのだと思います。クリームは泡立てに失敗してるし、均等に塗ることができなかったから不恰好になってしまったショートケーキ。そんなのレオニダスさんには食べてもらいたくない」


 しかし、レオニダス先輩が不意打ちでやってきたため、咄嗟にケーキを食べられないようにしたと。


「ここまでくれば、越前さんの『最悪だ。裏切られた気分だ』という言葉の意味も推測できます」

「もしかして、越前先輩って乙姫先輩のこと好きやった?」

「でも状況考えると乙姫先輩の好きな相手って、レオニダス先輩だよな?」


 普通に考えればケーキを台無しにするなんて選択肢を取る必要なく、レオニダス先輩のケーキは後日用意してあるから今は食べないでくれと説明すればいいだけなのだ。


 それをしなかったってことは、レオニダス先輩を含めて部員の誰にもバースデイケーキを作ったということを知られたくなかったということだ。

 

 なぜ知られたくなかった?


 そんなの決まっている。レオニダス先輩への秘めた想いを気付かれたくなかったからだ。


「越前さんの視点で見れば、好意を寄せていた部活仲間の女子が自分のためにバースデイケーキを作って来てくれたわけです」

「そうなれば、相手も自分のことが好きなのか? なんて舞いあがっちまうよな」

「ええ。ですが実際は乙姫さんの本当に好きな相手のための練習用の試作品だった」

「だから、裏切られた……か」


 そう思うのも無理はないだろう。


「越前先輩。どうやってこのこと知ったんだろうな?」

「犯人である乙姫さんを直接問い詰めたか……いえ、最悪乙姫さんとレオニダスさんが二人でケーキを食べているところを見ちゃったかもしれないですね」

「うっわぁ……」


 なんて気の毒な。


 越前先輩の『裏切られた』なんて所詮彼の思い込みでしかない。


 乙姫先輩にそんな意思はなく、ただ別に好きな人が居ただけ。


 越前先輩が自分で言っていた通り、全ては彼の自惚れが悪かったと言えるだろう。


***

7月23日

 最悪だ。


 裏切られた気分だ。


 自分が惨めで仕方がない。

 

 いや、こんな気持ちになったのも全て自身の愚かさのせいだろう。


 誰が悪いわけじゃない。


 強いていうならば悪いのは自惚れていた僕自身だ。

 

 まさかこんなことになるなんて。いっそのこと何も知らないバカのままでいたかった。

***


 だけど、なんだろう?  


 彼の書いた悲壮なこの文章を読むと、心の底から同情してしまう。


「なんか……可哀想な人やったね」


 泉先輩の感想が全てを物語っていた。

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