やばい部員
「いらっしゃい。ここが文芸部やよ」
泉先輩がガチャリという音と共にドアノブを回す。
桐花の提案を受け、俺たちは泉先輩に文芸部を案内してもらっていた。
同じ部室練に存在することは知っていたが、当然訪れるのは初めてのことだ。
「今日は部活休みやし、遠慮なく入って入って」
「ふむ、ここが晴嵐学園の文芸部ですか」
場違いな雰囲気に少し躊躇いを覚えた俺とは反対に、桐花は我が物顔で部室に入る。
部室に一歩入ると独特の香りがする。
嗅いだことのある香り。
図書館や図書室と同じ、古い本の香りだ。
「んー、中学の部室とあまり違いがありませんね」
そんなことを言いつつ、桐花の顔は懐かしそうにほころんでいた。
「で、文芸部になんのようなんだ桐花?」
「当然情報収集です」
「情報収集って……」
「越前さんたちも文芸部の部員なら、この文芸部の部室に彼らの痕跡が残っているはずです」
痕跡か。
しかし痕跡が残っていたとして、あの事件につながるような情報が得られるのか?
「具体的には越前さんが書いた作品が見たいんですが。泉先輩、過去の文芸部の作品って残ってますよね」
「もちろん。定期的に部員が書いた作品を集めて部誌を発行するんやけど、発行した部誌は必ず一冊残すのがルールやから」
「よし、やはりその辺りは中学の時と変わりませんね」
「棚のどこかにあるんじゃないかな?」
文芸部の部屋は四方が本棚に囲まれていて、かろうじて出入りのための扉と窓が残っているだけだった。
その本棚の一角に部誌を置いてあるらしい。
「……すげえ量だな」
天井に届くほど背が高い本棚。その本棚にぎっしりと部誌が収納されていた。
「さっき言った通り歴史のある部活やからね。正直部誌を入れるスペースもギリギリなんよ」
部誌とやらが年にどれくらい発行されているのかわからないが、毎年毎年増え続けると考えると相当な量が溜め込まれるのだろう。
「越前先輩って、何年前の先輩だ?」
「書いてませんでしたね」
「うちもわからんね」
「…………」
ということは、これだけある部誌のを一つ一つ調べる必要があると?
「さ、張り切っていきましょう!」
「めんどくせぇ……」
お前と違って俺は活字に慣れていないのだ。それに昔から辞書を引くといった作業が心の底から苦手なんだ。
「越前さんだけでなく、他の4人の名前にも注意してください。一人でも名前を見つけられれば、その部誌が
それから3人で手分けしなが30分ほど格闘し、ようやく越前先輩の代の部誌を見つけることができた。
「やっと見つかった。5年前の先輩やったんやね」
「……疲れた。なんか目がしょぼしょぼする」
俺たちは部室に置かれている机を囲んで座りながら一息ついた。
「吉岡さんのせいですからね! なんで5人分の名前を一回見逃しちゃうんですか!」
俺の担当分の部誌の中に越前先輩や他の四人の名前があったのだが、気づかずにスルーしてしまい余計に時間がかかってしまったのだ。
「さて。越前さんの作品を拝読させていただきますか」
そう言って桐花は部誌を開く。
「俺たちは?」
桐花が部誌を読んでいる間何をすればいいんだ?
「待っててください」
「へ?」
「だって他にすることないんですもん。私が読み終わるまで大人しくしててください」
「えぇ……」
待ってろって。何すりゃいんだよ。
文芸部の部室には暇を潰せそうなものなんてない。まじで本しかないのだ。
スマホは相談部の部室に置いてきた。
取りに行こうにも泉先輩がいる。ここで俺がスマホを部室まで取りに行くのは、なんか泉先輩との会話を拒絶しているようで気が引ける。
かといって、あんま喋ったことのない女子の先輩に話題を振るようなコミュ力は俺にはない。
なんてことをあれこれ考えていると、気を遣ってくれたのか泉先輩の方から話しかけてきてくれた。
「なあなあ、相談部って普段何してるん?」
「へ、何って?」
「いやだって気になるやん。桐花ちゃんがうちの誘いを蹴ってまで作った部活やろ? どんなことしてるんかなーって」
「まあ、あれですよ。名前の通り生徒たちからお悩み相談を受けてそれを解決するって感じっすね」
「へー。じゃあ毎日忙しいんや」
「忙しい……?」
忙しいか? 依頼人が来ない限り基本的にやることなんてないし。この前なんてあまりに暇すぎて桐花と二人延々とババ抜きやってたくらいだ。
「なあ桐花。ここは嘘でも忙しいって言った方がいいか?」
「なんですか嘘でもって。実際私は毎日忙しいんですから」
「いや嘘つけよ」
「というか、読むのに集中させてくださいよ!」
怒られた。
仕方ない。ここは話題を変えることで誤魔化そう。
「俺からも聞きたかったんですけど、中学の時の桐花ってどんな感じでしたか?」
視界の端で桐花の肩がぴくりと動いたが、それ以上の反応はなかった。
「お互いあまり中学の時の話とかしないんで、文芸部だったってこともさっき初めて知りましたよ。だから仲の良かった泉先輩に聞いとこうかなと」
話のネタとしての質問だったが、桐花がどんな中学生だったのか知りたいのは割と本心だ。
泉先輩は首を傾けながらゆっくりと口を開いた。
「中学の時の桐花ちゃんか。そりゃ、もう……やばかったよ」
「桐花ぁ……」
「な、なんですか吉岡さんその目は! 何か言いたいことでもあるんですか!?」
「お前さあ、仲の良い先輩の第一声が『やばかった』って、何やらかしたらそんなことになんだよ?」
「泉先輩も適当なこと言わないでください!」
読むことをすっかり放棄した桐花が泉先輩に食ってかかる。
「いやいや、実際やばかったやん桐花ちゃん。桐花ちゃんの書いた小説はうちらの代じゃいまだに伝説扱いされとるよ」
「小説? それってさっき話にあった発禁くらったやつのことですか?」
「そうそう。本当すごかったよ」
なんだ伝説になるほど凄かった小説って?
「中学の時ね、すごいかっこよくてモテてた男子がいてな」
「はあ」
「……どこがかっこいいんですか。顔が良かっただけのクズだったでしょう」
珍しいくらい辛辣な言葉を桐花が口にする。
「まあ実際クズやったんやけどね。モテるのを良いことに隠れて三股、四股もやってたらしくてね」
「そりゃあ……クズっすね」
そこまでいくと男として若干尊敬してしまうが。
「ある時うちの文芸部の女子も被害に遭うてね。付き合ってるつもりやったんやけど浮気相手の一人だったんや。当然その男子に抗議したんやけど『お前なんかと付き合うはずがない』『何か証拠はあるのか?』って言われて泣き寝入りしたんよ」
とんでもねえ話だ。というか、これ本当に中学生の話か?
「で、それに怒ったのが我らが桐花ちゃん」
泉先輩はどこか楽しげに語る。
「どうやったのか知らんけど、その男子が付き合ってた女の子全員調べ上げて、口説いてきた時の手口聞き出してそれを小説に書いたんや」
「しょ、小説に?」
「そう。しかも男子を実名で登場させたんよ。内容はあらゆる手口で浮気を繰り返すクズ男が、振られた女性の復讐で凄惨な殺され方をするっていう猟奇サスペンス」
「うっわ」
「それを文化祭で配る部誌に載せて大々的に発表しようとしたんやけど、顧問のチェックが入って直前で止められてな」
「それで発禁」
そりゃあ、そんなのストップかかるわ。
「だけど
「……すげえな」
なんというか、桐花以外では絶対にありえないエピソードだな。
「な。やばいやろ」
「まじでやばいっすね」
「なんなんですか! 人のことをやばいやばいって!」
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