ショートケーキ殺人事件

「一旦この事件を整理しましょうか」


 越前先輩の日記を読み終わり、困惑している中桐花がそう提案してきた。


「事件が起きたのは7月22日……何年前の出来事かは分かりませんが……期末テストが終わり、夏休みを目前に控えた日のことです」


 続いて部室にあるホワイトボードに書き込みを行っていく。


「登場人物は次の5人、当時の文芸部2年生です」


・越前

・乙姫

・グッピー

・弓彦

・レオニダス


「……こうして並べるとわけわかんねえな」


 これを見て『あ。文芸部のメンバーだ』なんて理解できる人間がいるのだろうか。


「事件の始まりは放課後、仲の良い彼らが集まったことから始まります。まず、乙姫さんがレオニダスさんを除く文芸部の2年生を招集。ご自身が作ったケーキで期末テストのお疲れ様会を開くためでした」

「確かレオニダス先輩は友達と遊ぶ約束があったから来れないって話だったな」

「でも友達からドタキャンくらって、後から遅れて合流したんよね?」

「ふむ。登場人物の情報を少しずつ足していきますか」


・越前

 この日記の作者。

・乙姫

 ショートケーキ(ホール)を作って学校に持ってきた。

・グッピー

 ケーキいっぱい食べたい。

・弓彦

 生クリームが苦手なためケーキを辞退。

・レオニダス

 遅れて登場。当初来る予定はなかった。


「……なんだよケーキいっぱい食べたいって」


 間違っちゃねえけど。


「おっと、肝心なことを忘れていました」


 再度書き加える。


・越前 男子

 この日記の作者。

・乙姫 女子

 ショートケーキ(ホール)を作って学校に持ってきた。

・グッピー 女子

 ケーキいっぱい食べたい。

・弓彦 男子

 生クリームが苦手なためケーキを辞退。

・レオニダス 男子

 遅れて登場。当初来る予定はなかった。


「男女の情報いるか?」

「何言ってるんですか、超重要ですよ。性別わかっていた方が頭の中でイメージしやすいでしょう?」

「……まあ、そんなもんか」


 他に書けそうな情報もないしな。


「ただ日記の中では明確に性別が書かれていたわけではありませんから。あくまで口調を参考に推定したにすぎません」

「一人称わかってりゃ大体わかるだろ」

「いえ、越前さんと弓彦さんは一人称が『僕』でしたからね、もしかしたらボクッ娘かもしれませんよ?」

「やめろよ。ただでさえ名前に馴染みがなくて覚えづらいのに」


 これ以上ややこしくしないでくれ。


「そして最後。最も重要な情報です」


 桐花は登場人物の一番下に書き加える。


・ショートケーキ

 生クリームとイチゴが使われたホールのケーキ。

 5人で分けられるほど大きい。

 乙姫の手作り。


「それ登場人物の欄に加えていいものか?」

「あー、でも今回の被害者やし」

「泉先輩の言う通りです。今回の事件、ショートケーキ殺人事件と名付けましょう」

「……大袈裟な」


 別に構わないが。


「さて、殺人事件と名がつくように、乙姫さんの作ったケーキはぐちゃぐちゃになっていました。描写から見るになんらかの事故ではなく、誰かの手によって引き起こされた事件だと考えられます」


 日記の中ではぐちゃぐちゃになったショートケーキが事細かに描写されていた。越前先輩も誰かが悪意を持ってケーキを台無しにしたのだと断言していたな。


「ここまでが7月22日に起きた事件の概要です。さて、犯人は一体誰なのでしょう?」


 桐花はそう言って楽しそうに笑った。


「ちなみにですが、この時点で越前さんは犯人は文芸部の2年生の中にいることを確信していました」

「そういえば、なんで越前先輩は2年生が犯人だと確信できたんやろうね?」

「いやそりゃ、さっきも言った通り文芸部で起きた事件だからでしょう?」


 俺はそう答えたが、泉先輩の表情は納得していなかった。


「やっぱ変やと思うよ? ケーキは学校に来てから部室に置かれてたんよね? 確かにそれやと部室に出入りできる文芸部の部員が犯人やとは思うよ。だけど越前先輩は“2年生“が犯人だと確信してたんよね?」

「……あれ?」


 そう言われると変だ。


 犯行時刻は現在のところ不明。ならば部室に出入りできる部員全員が容疑者ということになる。


 というか、それならむしろ仲の良い2年生を疑うことの方が不自然じゃないか?


「……一つ推測ができます」


 桐花が口元に手を当てながらそんなことを言い出す。


「犯人はこの日記を書いた越前さんなんですよ」

「はあ?」


 急に何言ってんだこいつは?


「越前さんが犯人なら本人が言ってた『犯人は間違いなく、この場にいる我々文芸部の2年生』という言葉に矛盾はありません」

「待て待て! 自分でやっといて『さあ、犯人は誰だ!』なんて日記を書いたってか? どんなサイコパス野郎だよ」


 そうツッコミを入れれば桐花がくすくすと笑う。この女からかってやがる。


「あー、でもたまにミステリーでもあるよね。今まで事件に巻き込まれた第三者の語り手が、急に犯人でしたっていうオチのやつ」

「はい。私が一番嫌いなタイプのミステリーですね」


 そんなことを桐花が笑顔で吐き捨てた。


「最後まで読んでそんなオチだった時のガッカリ感ときたら。時間返せよふざけんなって言いたくなります」

「き、桐花?」

「主人公の一人称視点の話で内面の描写もしっかり書かれているのに、実はイカれた殺人鬼でしたなんて、伏線もなく言われたらたまったもんじゃないです。反吐が出ますね」

「どうしたんだ桐花!?」

「別にノックスの十戒しっかり守れなんていうつもりはありませんよ? でもミステリーを名乗る以上最低限の作法はあるはずです。主人公が犯人というトリックを否定するつもりはありません。主人公の内面に不可解な点を作って、『あれ、こいつおかしいぞ?』と読者に違和感を抱かせるなどしっかり伏線を張るとか、そういった工夫ができている作品なら歓迎です。ですがそんな必要最低限こともできていないくせに奇をてらっただけの小説がミステリーを名乗るなんて不愉快もいいところです。挙げ句の果てに帯に『本格ミステリ』なんて書かれていたら殺意湧きますね。そもそも、本格推理小説という定義はーー」

「桐花! き、桐花さん!?」

「あー、桐花ちゃん。ミステリーになると結構うるさいから」


 何やらよくわからないことをぶつぶつと呟き続ける。溜め込んでいた不満を一気に吐き出しているみたいだ。


「は! すみません。少々取り乱しました」

「少々?」


 側から見てだいぶいかれてたけど。


「さて、7月22日の記録はこれで終わりです。そして問題なのは翌日、7月23日の記録です」

「だな」


『最悪だ。裏切られた気分だ。』


 そんな一文から始まる日記。


 前日の記録には文芸部に起きた事件について、困惑しながらもどこか高揚した雰囲気でしっかりと描写がされていた。普段の桐花がそうであるように、事件を自分の手で解決してやろうという気概があったように見えた。


 だがこの日の記録は違う。


 いや、もう記録だなんて言えないだろう。ただ己の荒ぶる感情を書き綴っただけで、事件につながるような情報はまるでなかった。


「裏切られた気分って、いったいなんでそんな気分になったんやろうね?」

「犯人はわかったけど、それが自分の信頼していた人物だったからとか……ああ、いや違うな」


 口にしてすぐ自分が言っていることがおかしいと気づいた。


「22日の時点で犯人が文芸部2年生の誰かだって確信して、そのことをわざわざ日記に書くくらいの余裕はあったんだ。その中の誰が犯人だとしても、裏切られたなんて書き方はしねえよな」


 あるいは、文芸部2年生の誰かが犯人であるという確信が間違っていて、全く予想できない第三者が犯人だったのだろうか。


「なあ、桐花これ犯人当てるの無理じゃねえか?」


 思わずそんな弱音を吐いてしまう。


「手がかりはこの日記だけなんすよね、泉先輩」

「うーん、他にそれっぽいものはなかったね」

「ですよね。なら情報が圧倒的に足りねえだろ」


 得られた情報は日記に書かれたものだけ。


 当時の関係者はおそらくとっくに卒業してて、話を聞き出すこともできない。


 明らかに情報不足だ。


 流石の桐花でも、真相につながる情報が不足しているんじゃ推理できないだろう。


 と、思って桐花を見たが、こいつの目はまだ諦めていなかった。


「泉先輩。文芸部にお邪魔していいですか?」

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