桐花の先輩

「こんにちはー。桐花ちゃんおるー?」


 そんなのんびりとした声が部室に響く。


 声の方向に目を向けると、見覚えのある女子生徒が入口に立っていた。


「あれ、泉先輩?」

「あー、図書委員の」


 以前相談部を結成するための部員を探していた時、樹を紹介してくれた図書委員の女子生徒だ。


 確か桐花の中学時代からの先輩だったはず。


「久しぶりやね。本当はもっと早く遊びにこようと思ってたんやけど。ほら、高校2年にもなると色々忙しくてなー」

「……そう言ってる割には、前の日曜一緒に映画行ったじゃないですか」

「あ、部活設立おめでとう」

「それこの前も言われました」


 随分と独特なテンポと雰囲気の先輩だ。桐花はそんな先輩の惚けた調子に慣れた様子でツッコミを入れている。


「まあ、とりあえず座ってください」

「うん、ありがとね」


 促された泉先輩は桐花の横に座り、部室をキョロキョロと見渡す。


「ふーん。ここが桐花ちゃんと吉岡くんの愛の巣かぁ」

「愛の巣ぅ? 何言ってんですか先輩」

「だって、他の部員は幽霊部員で基本的に二人きりなんやろ? 若い男女が放課後の部室で二人きりなんて、なんかない方がおかしいやんか」

「そんなわけないでしょう。全く、恋愛小説の読み過ぎです」

「お前が言うな」


 どの口が言ってんだ。


「だからこの部に来るのはしばらく遠慮してたんよ。お邪魔かなーって」

「そんなことあるわけないから、変な遠慮しないでください」

「だって吉岡くん、桐花ちゃんの肉奴隷なんやろ?」

「その設定まだ生きてた!? 桐花っ! お前適当に喋るからこういうことになるんだぞ!」


 怒鳴りつけるが、桐花は素知らぬ顔でそっぽむいている。


「というか、桐花ちゃんの方こそ遊びに来てよ。ご近所なんやし」

「ご近所?」


 お互いの家が近いということだろうか?


「うち文芸部なんよ。だから相談部とはご近所ってこと」

「あー、そういう」


 文化系の部室は相談部も含めて部室練にまとめられている。そう言えば放課後に泉先輩をこの部室練で何度か見かけた気がするな。


 図書委員もやって、文芸部にも所属しているって、よっぽど本が好きなんだな。


「なーなー桐花ちゃん。今からでも文芸部入ってくれん?」

「いやいや、無理ですよ」

「あー、寂しいなあ。今年文芸部入ってくれた子少なくてなあ。桐花ちゃん入ってくれるものかと思ったのに、うち振られるんやもん」

「ん、また?」

「あれ、聞いてないの? 桐花ちゃん中学の時文芸部やったんやよ」

「マジすかっ?」


 そうか、この二人はそういう繋がりだったのか。


 よく考えれば桐花も読書好きだし、文芸部でもおかしくない。


「え、ってことは何? お前小説書いてたの?」

「……まあ、一応」


 桐花が珍しくバツの悪そうな表情を浮かべる。


 それを見て、俺の中で好奇心といたずら心がむくむくと芽生える。


「泉先輩。こいつが書いた小説持ってませんか?」

「ちょっと吉岡さん! 何言ってるんですか!?」

「だって気になるじゃんかよ。中学の時のお前が何書いてたのかさ」


 誰だって過去に書いた文章を読まれるのは嫌だろう。


 見てみたいのだ。目の前で自分が書かれた小説を読まれて狼狽える桐花の姿を。


「あー、残念やけど桐花ちゃんの書いた小説は持ってないんよ。というか、公式には世に出回ってないというか……」

「へ? 公式には? いやいやだって、文化祭の時とか文集出すでしょう?」

「うん、それなんやけど。桐花ちゃんが書いた小説発禁喰らってて」

発行禁止処分はっきん!?」


 信じられない思いで桐花を見ると、速攻目を逸らされた。


「お前……中学の文集レベルで発禁って。何やらかしたらそんなことなるんだよ?」

「いいじゃないですかその話は。私も若かったんですよ」


 たかだか数年前の話だろうが。


「とにかくですね! 残念ながら文芸部には私は入れません。そもそも新しく部活を作った以上、他の部活には入れませんからね」

「あったな、そういう校則」

「そうじゃなくても放課後は私忙しいんですよ。学園の情報収集は欠かせませんし、依頼人の相談もありますからね。生徒たちの恋愛に関する悩みが尽きない限り、私に安息のひと時はないんですよ」

「……桐花。そういうセリフはチョコ食う手を止めてから言おうぜ」


 会話しながらチョコをむしゃむしゃ食べまくっている。忙しいという説得力はゼロだろう。


「それで今日はどうしたんです? 遊びに来たというなら、あいにく茶菓子の一つも出せない状況ですが」

「そのチョコやりゃあいいだろ」


 仲の良い先輩に自分の食べ物を上げるつもりはないのか。本当に食い意地が張っている。


「ううん。今日は遊びに来たんじゃなくて、ちょっと相談があってね」

「ほう?」


 ここでようやく桐花の手が止まる。


「相談? 私に? ということは恋愛相談ですか! 泉先輩が!? 中学の時、小説小説で男っ気ゼロだった泉先輩がですか!」

「桐花。お前失礼だぞ」

「だって泉先輩ですよ!? この人中学の時から男子相手にも無意識に距離が近くて、そのせいで勘違いした生徒が何人いたことか。あからさまに好意を寄せている男子がいたのに、泉先輩鈍くてフラグがへし折れるところを何度見たことか。ずっともどかしくて仕方なかったんですから!」

「……モテてたんだ、泉先輩」


 なんとなくわかる気がする。


 この人の持つ独特の雰囲気が安心感を与えてくれるのだ。そんな安心しきった状況下で、本人にその気が無くても距離を詰められたら不意打ちでドキリとするだろう。 


「そんなことないよー」


 熱弁を繰り広げる桐花とは対照的に、泉先輩はのほほんと笑うだけだった。


「それに今日は別に恋愛相談てわけじゃないんよ」

「あ……そうですか。なぁんだ」

 

 桐花のテンションが露骨に下がった。


「でも、多分桐花ちゃん好みの相談やとは思うよ。桐花ちゃんミステリー好きやもんね」

「ミステリーですか?」

「うん。だから相談、乗ってくれる?」


 ミステリーという言葉を聞いた桐花の目が再び輝きだす。


「もちろんです! 恋愛相談だけではなく、どんなミステリーもこの恋愛探偵、桐花咲にお任せあれです!!」

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