第6章 手作りケーキは突然に

第6章プロローグ ジンジャークッキーデンジャー

「吉岡さん。クッキー食べます?」


 とある日の放課後の部室にて。


 いつも通り二人でダラダラとしていると、桐花が急にそんなことを言いながら机の上に何やら可愛らしい包みを置いた。


「……何これ?」


 突然のことに疑問符が浮かぶ。


「だからクッキーですよ。今日午前中に調理実習があって、そこで作ったんです。だからお裾分けです」

「ああ、あれか」


 家庭科の授業の一環だ。


 俺のクラスでも事前に何を作るのか、どうやって作るのか班毎に決めている最中だ。桐花のクラスはもう終わったらしい。


「味見してくれませんか? 我ながら美味しいものが作れたと思うんですけど」

「そういうことなら。いただくわ」


 当然だが、桐花の手作りお菓子なんて食べたことがない。


 少し緊張する。


 慎重に包装を解き、中のクッキーを取り出した。


 ……ふむ。見た感じ異常はない。


「へー。見た目は結構しっかりしてんな。白と黒の二色か」

「はい。黒い方はココアが入ってるんです。ほろ苦い甘さで美味しいですよ」

「なるほどね。ん? ココアの方もなんか白いのが見えるな。なんか混ぜてる?」

「砕いたアーモンドを入れてるんです。香ばしさと食感がいいアクセントになるんです」


 結構凝った作りだな。


「ほうほう、香ばしさね。確かにいい匂いがする……いや待てよ。なんかスパイシーな香りが、あ。生姜かこれ?」

「よくわかりましたね。そうです。実はこれジンジャークッキーなんです。生姜とシナモンが入ってて刺激的な口当たりになってます。だからぜひ食べてみてください」


 生姜とクッキー。食べたことのない組み合わせだ。


「ならなんか飲み物が欲しくなるな。少し辛くなった口の中を洗い流すさっぱりしたものが」

「お目が高いですね吉岡さん。私たちの班はクッキーと一緒に紅茶も淹れたんですよ。あいにく紅茶はありませんが、クッキーだけでもかなり美味しいはずです。食べて感想を聞かせてください」


 残念ながら飲み物はこの場にない。


「なるほどなるほど……この包装可愛くていいな」

「ちゃっちゃと食べてくださいよ!!」


 クッキーを手にしながら口に運ばない俺に、桐花がとうとう激昂した。


「なんなんですかさっきから! 一口も食べてくれない!」

「いやだって、食い意地張ってるお前が食べ物を人に差し出すなんて裏があるとしか」

「誰が食い意地張ってるんですか! 誰が!!」


 よく言う。この前のチョコの一件を思い出して欲しい。


「正直お前なら、デスソースくらい当たり前のように仕込んでそうだし」

「私をなんだと思ってるんですか!」


 これまでの関係性が全てだと言っておく。


「女子の手作りクッキーですよ!? 今までそんなイベントがなかった吉岡さんなら、そんなの問答無用で感涙するべきでしょう!」

「……お前が言うと本当にありがたみねえよな」

「そんなこと言ってると、もうあげませんからね!」

「わかったわかった。食べる食べる。ありがたくいただくよ」


 意を決っする。


「じゃあ食べる。食べるぞー」

「早くしてください」

「よし…………砂糖と塩、間違えてたりーー」

「いいから黙って食べるの!」

「むぐ!」


 豪を煮やした桐花がクッキーを奪い取り、俺の口の中に押し込んだ。


 口の中に甘さと、ほんのりと辛さが広がる。


「ん? お、おお! 美味い。結構美味いじゃねえか! やるな桐花!」

「……なんか言い方腹立ちますね」


 そう言いながらも、褒められて満更でもないのか桐花の頬は緩んでいた。




「それで、なんでクッキーなんだ?」


 桐花のクッキーを口にしながら、ふとそんな疑問を口にした。


「はい?」

「調理実習は自由課題だっただろ? なんでクッキーにしたんだ?」

「なんで……と言われましても、特に理由はありませんが」


 俺の質問の意図がわからないのか、桐花は戸惑いながら答えた。


「そうか。俺はてっきりお前の班の誰かに恋人か思い人がいて、そいつに渡すためにクッキーを作ったのかと」

「ああ、なるほど。確かに調理実習のクッキーって、そういう鉄板ですからね」


 班の中にそんな色恋沙汰の雰囲気を持つ人物がいると桐花が知れば、無理やりプレゼント用のクッキーを作らせかねないからな、こいつは。


「残念ながらそんな人はいませんでしたね。当然班のみんなに聞き込みを行いましたが、それぞれ家族や友達用に包むだけでした」

「なるほどね」


 どうやら桐花好みの展開にはならなかったらしい。


 ……いや待てよ? たとえ恋人や思い人がいたとしてもそれを桐花に素直に話すか?


 桐花の悪評を知らない生徒なんてこの学園に存在しない。色恋沙汰の話を桐花に知られることになれば、それこそ根掘り葉掘りだ。ペンペン草すら残らないだろう。


 そう考えると、家族や友達用のクッキーというのも疑わしい。実はこっそり恋人や思い人用に作っていたんじゃないか?


 つまり桐花は、班のみんなに嘘をつかれた可能性がある、と。


「桐花……クッキー、美味いぞ」

「な、なんですか急に?」


 今度から少しこいつに優しくしてやろう。俺はそう決心した。


「さっきも言った通り何か特別な理由があるわけじゃありませんよ。あえて言うなら調理時間と難易度の兼ね合いですね」

「ちょうど良かったのがクッキーだと?」

「はい。作ってみるとわかるんですが、クッキーってそこまで難しくないんですよね。材料を混ぜて、形を整えてオーブンで焼くだけ。分量さえ間違えなければ味で失敗することもありませんし、あとは焼く時間に気をつけるぐらいですかね」


 焼く時間なんかはレシピ通りにオーブンを設定するだけだろうし、そう考えるとクッキーってのはお手軽な題材だったのかも知れない。


「調理実習、班毎に特徴があって面白かったですよ。一品だけじゃなく、サラダ、スープ、メイン、デザートと、フルコースを作った班もありましたし」

「気合い入ってんな、調理時間確か2時間だろ?」


 普段から家で料理してるやつでもいたんだろうか?


「めちゃくちゃ手抜きな班もいましたね。サイダーの中にナタデココと、缶詰のフルーツを淹れて『フルーツポンチ!』なんて言ってた男子ばっかの班が」

「……調理時間2時間だろ? そいつら残りの時間何やってたんだよ」


 いるよなあ、そういう馬鹿な奴ら。


「逆に2時間じゃ終わらなかった班もありましたね。アイスを作ってた班があったんですけど、冷やす時間全然足りなくて」

「そんなもん、レシピ調べた段階でわかるだろうに」

「結局家庭科室の冷蔵庫借りて冷やしてました。放課後集まって食べるそうです」

「あー、うちの家庭科室って鍵かけてなかったよな」


 たまにあそこで昼飯を食ってる連中を見かける。


「とまあ、こんな具合でして。波乱に満ちた調理実習でした。流石にフライパンから火柱を上げるような人はいませんでしたが」

「いてたまるか」


 そんなの大事件じゃねえかよ。


「吉岡さんはどうなんです? 調理実習まだでしたっけ?」

「ああ、今週末だな」

「何を作るんです?」

「……カップケーキ」

「へ?」


 桐花が素っ頓狂な声をあげる。


「カップケーキぃ? 吉岡さんがぁ?」

「なんだよ、うっせえな」

「だってカップケーキですよ? それこそ女子が男子にプレゼントした時好感度が高くなる定番のアイテムじゃないですか! それを吉岡さんが? 学園一の不良が!?」

「俺が作るって決めたわけじゃねえよ!」


 桐花の楽しそうなニヤケ面が鬱陶しい。


「いやー、こういう時吉岡さんと同じクラスじゃなかったのが悔やまれますね。カップケーキ作る吉岡さん見てみたかったなあ」

「ほんと、お前と同じクラスじゃなくて良かったって思うよ」

「写真頼もうかな? 進藤さんにお願いすれば撮ってくれますよね?」

「ゼッテーさせねえからな! そんなの!!」



 こんな感じで、とある日の放課後は過ぎていった。


 今にして思えばこの時手作りお菓子の話で盛り上がったのは、次に来る依頼を暗示していたのかも知れない。


 なぜならその依頼は、甘くてほろ苦いショートケーキにまつわるものなのだから。

 

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