文芸部の事件簿

 相談がある。


 そう言った泉先輩は改めて俺たちに向き直った。


「この前な、文芸部の大掃除があったんや。部室の隅っこの段ボールの中に、昔の先輩が使ってたメモ帳とか、小説の下書きとか、あとはなんか古い雑誌とか。そういうのがすごい量溜まってたんよ」


 誰かが片付けるだろう。そう思って手がつけられないまま数年間。溜まり溜まった段ボールが文芸部の部室を圧迫し始めてきたため、現部長が大掃除を敢行したのだと言う。


「大掃除言うても、そこはほら先輩たちから受け継がれてきた遺産なわけやん? 捨てていいものかどうか一つ一つチェックしたんよ。要するに断捨離やね」


 聞けば文芸部はかなり歴史のある部活だそうだ。そんな部活が受け継いできた遺産は数知れず。しかし部室の広さという制限がある以上、数を減らす必要がある。


「で、その断捨離中に見つけたのがこのノートなんや」


 そう言うと、泉先輩は懐から一冊のノートを取り出した。


 一見するとなんの変哲もないノート。


 表紙には『記録』と言う題名らしきものと、おそらく書いた人物の名前であろう『越前』という手書きの文字が書かれていた。


「このノート、数年前の先輩の日記らしくてな。文芸部で起きたとある事件について書かれてるんや」

「ほう。事件ですか」


 ミステリー好きの桐花が笑みを浮かべる。


「とりあえず、読んでみてくれん?」


 泉先輩に促され、俺と桐花はそのノートを読み始めた。



***

 このノートは、我々文芸部の中で起きたとある事件を記した日記……いや、事件簿である。


 僕には日記を書く習慣がない。なんの変哲も面白みもない日常を書くぐらいならば、僕の頭の中に存在するアイディアの数々をアウトプットする、創作活動に没頭する方が有意義だからだ。


 しかしながら今回起きた事件を整理するためには、事件当日の状況を詳細にかつ、時系列に沿った形で書くには日記という形で記すことが最適であると判断した。


 不慣れな形ではあるが、僕であれば有効に活用できるはずだ。


 この事件に隠された真実。


 その真実を追求するための事件簿をここに記す。

***



「……なんか、キザったらしいな」


 表紙をめくって最初のページに書かれた文章。この事件簿を書く目的を読んだ最初の感想がそれだった。


「なーんか鼻につく文章書くな、この『越前』って先輩。会ったこともない、顔も知らない先輩にこんなこと言うのも申し訳ないが」

「いやいや、私にはこの先輩の気持ちがなんとなくわかりますよ。身近なところで事件が起きるってかなり非日常的な体験じゃないですか。その謎を解明しようとしてテンションが上がったまま書いたからじゃないですからね?」


 まあ、言われてみれば普段謎解きをしている時の桐花も奇妙なテンションになっていることが多い。


 この事件簿を書いているときの先輩もウキウキしていたんだろうか?


「ほら、続きを読みましょう」 


 桐花に急かされる形でページをめくる。


***

 7月22日


 日差しが日を跨ぐたびに強くなってきているのを感じる。


 朝方の気温すらもはや涼しいとは言えなくってきた今、学校に登校することすら憂鬱だが、それもあと数日の辛抱だ。


 1学期の期末テストが終わり夏休み目前。授業はテストの返却と、夏休みに課された宿題の説明が大半を占めている。


 そんなある日の放課後、我ら文芸部の2年生は同じ部活仲間の『乙姫』に呼び出されていた。


「あ、やっときた。越前くん遅いよ」

「ごめん。うちの担任話長くて」


 扉の前で一人佇んでいた乙姫に声をかける。


「へー。うちのクラスの担任はホームルームのやる気とかないからすぐ終わるんだけどね。こっちも楽でいいけど」

「そう。他のみんなは?」

「弓彦とグッピーはもう中にいるよ。レオニダスは前から言ってた通り用事があって来れないってさ」

「そっか」

***



「ちょっと待て」


 俺は読む手を途中で止める。


「なんだグッピーとレオニダスって?」

「ふむ、確かレオニダスは古代ギリシャの王様の名前だったはずです。グッピーは、魚の名前だったような? アクアリウムとかの」

「なんで古代の王様と魚が当たり前のように出てくんだよ? あだ名か何かか?」


 だとしても、グッピーはともかくレオニダスなんてあだ名は壮大すぎる。一体どんな学園生活を送っていたらそんなあだ名がつくというのだ?


「あ、多分それペンネームとちゃうかな?」


 と、ここで泉先輩が手を挙げて発言をする。


「ペンネーム?」

「うん。うちら文芸部には、入部してすぐ自分のペンネームをつける伝統があるんよ。この日記に書かれてる人って全員文芸部やろ? だから本名じゃなくて、ペンネームを書いたんじゃないかーって」

「あー、なるほど」

「ということは、この日記を書いた『越前』という人も、文芸部の2年生を呼び出した『乙姫』って人も?」

「うん。ペンネームやと思うよ」


 ややこしい。


 そう思いながら再度日記を読む。



***

「じゃあ中入ろっか」


 乙姫に促され、扉をガラガラと開けて部屋の中に入る。


 乙姫が言った通り、部屋の中にはすでに弓彦とグッピーがいて、椅子に座っていた。


「おっそい! 何やってたの越前!」


 気だるそうに机に身を乗り出していたグッピーがこちらに気づいて文句を言う。


「何って、ホームルームだよ」

「遅い遅い! 暑い中待たされた私たちの身になってよ!」

「うちの担任に言えよ。ていうか、そもそもこの部屋涼しいじゃん」


 部屋の中は我々四人しかいないにも関わらず、エアコンが全力で稼働しているため教室よりも涼しかった。


 そのことを指摘すれば、弓彦が苦笑いをしながら反論してきた。


「来た時は暑かったんだよ。僕たちがエアコンをつけてようやく涼しくなってきたんだから感謝してよ」

「そうだそうだ! 感謝しろー!」


 グッピーの合いの手が夏に鳴く蝉のようにうるさかった。


「はいはい、わかりました。感謝しますよ。で、乙姫。今日は何の用?」


 今日の集まりは乙姫の呼びかけによるものだった。わざわざ僕たち2年生だけを呼び出すなんて一体何事だろう?


 そう思って乙姫に問いかけると、彼女は照れたようにはにかみながら答えた。


「実はね、最近お菓子作りにハマってて。今日みんなにケーキ作ってきたんだ」

「ケーキ? 乙姫そんなの作れるの?」


 グッピーが驚いた顔を浮かべた。


「うん。と言ってもまだまだ練習中だけど」

「すごいじゃん!」

「ありがとう。期末テストも終わったし、私たち文芸部の2年生だけでお疲れ様会をしようと思って」


 素晴らしい試みだ。乙姫の手作りケーキなんて、考えるだけで心が躍る。


「へー。じゃあレオニダスは可哀想だね。友達と遊ぶ予定があるからって言ってたけど」

「いいじゃんいいじゃん! あいつの分も私たちが食べちゃおう!」


 弓彦が同情したような台詞を言うと、グッピーが意地悪そうに笑った。


 楽しかった。


 仲の良い仲間たちと一緒にケーキを食べるなんて、それだけでワクワクした。


 だけどこの時はまだ誰も知らなかった。


 乙姫のケーキに、まさかあんなことが起きるだなんて。

***


「おっと。何やら不穏な空気になってきましたよ!」

「ワクワクしてんじゃねえよ」

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