第6話社会のおきて
・・・
・・・・
扉が開いた。屋上に一人の男が入って来る。
・・・瑛美は目を見張ってそれを物陰から見ている。
生徒の髪は黒く、校則ぎりぎりに引っかからない程度に、耳や眉まで伸びていた。
屋上へ入り込んできた男子生徒はきょろきょろと用心深くあたりを見回したあとでドアを閉め、さっきまで瑛美も加わっていた焚火へと近づいてくる・・・
そして多摩川の近くでしゃがみ込んだ。
(多摩川くんじゃなかった・・・。)えいみは思う。
犯人は…わたしたちとは別の思考回路で動きまわっている…
瑛美はここへ来るまでそう考えていた。えいみにもすぐ分かるような足跡を残しながら。なぜ?それから相手は、もしかすると自分よりもずっとお腹が空いているのかもしれないと考えた。
(とりあえず多摩川くんは人間。)
瑛美は心のなかでつぶやいた。
それからあれが、吸血鬼の生き残り・・・・・
一方で男子生徒は多摩川のにおいをかぐ。
(もう跡なんて、残ってないから。)
きっとこれから食事をはじめるつもりなのだろう。
瑛美は隠れていた場所から出ようとしたが、男子生徒は既にそれを知っていたように瑛美の方を向く。
「っっ!」
知られていたことに気づいていなかった瑛美は声もなくおどろく。
それを見ていた生徒は瑛美に向かって人差し指を立て、子供がやるようにシーっと口で言ってみせた。
「はっ・・・」
(この生徒・・・・)
わたしが居るって知っていたのね。
瑛美は驚く。(それに・・・
食事中だから静かにシロ、ってこと??)
瑛美は、二人を見ながら何をするでもなく立ち尽してしまった。
するとこちらを見ていた生徒はニヤと笑い、そのまま多摩川の耳へかぶっ!とかじりついた。
(こ、こいつ・・・)
なぜか分からないが相手は瑛美のことを挑発してきたらしい。
なんとなくこういうときは、相手をじゃましないのが吸血鬼の掟だと瑛美は思った。
けれど瑛美のナワバリを破っているのは相手の方だ。ここは人間界だが、いまはその十字路で突如、けものとけものが出会わされたのに等しい。
こいつ、ルールを知らないんだ・・・ふと思う。
…えいみ。人間社会ではあいさつが大事だぞ。あいさつがな。
ーそれは、父親が言っていた言葉。
そうした方がより、スムーズにことが運ぶぞ。
「どうして?」おさなかったころの瑛美が尋ねる。
「…いずれ分かるさ。それが人間ってものだからな」
…
…
瑛美は、つかつかと男子生徒に近づいて行った。
瑛美もそれなりに力はあったがさすがに重すぎる筋肉のかたまりを起こすことが一ミリたりともかなわない。
瑛美は手に余るそれを持ち上げようとしたが諦め、こみあげて来る気持ちのままでおもいきりキックした。
ーどか!!
「いって!」
男子生徒が驚いた声を出してえいみを振り返る。
「はあっ…」背中を押さえる生徒。まず、食事を中断し、自分のことを見下ろしているえいみを見上げた。
「おまえ、挨拶しろ!」瑛美が叫ぶ。
「はっあ?」生徒が声を上げる。「なんだテメーは!」
「気づいてないのね。
あのね、言っとくけどあなたが今やっていること横入りっていうのよ。」
「ああ。」
「・・・」
「知ってる。」生徒はあさっての方向を見ながら言う。
「・・・じゃあ。」
「なに」
「言うことは?」
「思い切り蹴りやがって」
「そんなの当たり前でしょ。・・・ばかなの?」
「ああ?!関係ねーだろ。
てかお前!あし!その足を避けろ!」
えいみの足を背中から避けるため、ギュわっと立ち上がる生徒。
おっとと、とふらつくえいみ。
「・・・わたしが先だから」瑛美は言う。
「関係ねーよ」
「あるでしょう。」
「・・・・・」
「じゅんばん、って大事なのよ。」
「ああ?」
「お腹が空いたり、人がいっぱいいると分からなくなるのかもしれないけど・・・じゅんばん、ってだいじなの。わかる。
これ、わたしの。」瑛美は転がっているたまかわを指指して言う。
「俺のだ」
「違うの!わたしが先に見つけたの!!」
「じゃあ今日からは俺が先だ!!」男子生徒は唐突に吠える。
「そうはならないのがじゅんばんのシステムなの!!」
「なにをっ」
生徒が近づいてくるので瑛美がそれをよけるために後ずさった。
「おい」
「これはわたしのしょ く りょ う な んですっ」
瑛美が、なわばりを強調して言う。
「俺のだ。」
「ちがうっての」
「今日から俺の」
「わたしが先に見つけたの。それがナワバリっていうの。…うちのお父さんに、取り締られたいの。」
「は。」
「だから」
「お前さっきJUN-BAN言うてただろう」
「同じことなのよ!!」
瑛美が怒鳴る。
「・・・おれのだ!」
「違う!!」
「おれのダ!」
「は!?
わたし、説明したじゃない。
とにかくこういう・・・」
「あ。」
「初対面よね。会話、成り立ってる?こーいう意味のないどうどう巡りやめてくれる。」
あたまが停滞してくるう…こめかみをおさえつつ、えいみがそう言おうとするが、生徒は
「はあ~」とため息をつく。
「・・・・」
二人ともそこに、冷たい風を感じ、正体不明の焚火が揺れていた。
「なに」
「お前、気付いてないのか」
「気付いてるもなにも。」
こっちは既にナワバリとして一日おきに血、吸ってるっつーの。
(わかってないのはあんたでしょう。)…瑛美は思い、言おうとするがふと、何を言われているのかを考えようとする。
が、K田はそのまま、えいみとの会話の流れを無視して食事を続行しようとしてたまかわに近づいた。
(こいつ、また)
ムシしたわねーーー
再びかっとしたそのとき。K田をぐいっと何かが押しのける。
「あれっ。起きてる」
生徒がつぶやいた。
男子生徒に肩を押さえ込まれ、床の上でほぼ下敷きになっている多摩川がぱちくりと目を開けてK田の顔を手で押しのけていた。
K田は多摩川とえいみの顔を交互に見ている。
「多摩川くん。・・・聞いてたの」
えいみは多摩川を見下ろしながら言う。
多摩川はうなずく。
「なんでだ」K田。
「おはよう。」
い?!
ーまたしても多摩川は起き上がった。えいみから吸われても、このでかい生徒から吸われても・・・てっきり、今の流れ上ねむりこけてしまっているかと思っていたのに。
瑛美はとまどいながらも
「おは・・・よう」と応える。
それから数秒まえに、自分がたまかわのことを食糧と名付けて叫んでいたことをなんとかごまかす方法を考えだす。
ーだがパニクるあたまのなかで、瑛美はこれまでに何度か多摩川の血を自分が吸っていたときのことを思い出していた。
(まてよ・・・)あんなに都合のいいタイミングでひとって、眠るのかな。
あのときも、あの時も・・・
「・・・・」
「・・・・」
見つめ合う二人。
考え込む瑛美。
「は!まさかっ」
えいみは、後ずさる。
「おい」
生徒が不審そうに声を出す。
「…はじめから起きてたの?」
「・・・」
「はあ?」生徒がわけもわからず言う。
「ねえ。」
「ん?」
「だから、あのときも、
あの、屋上にいたときも。
それから・・・・」
うなずく多摩川。
「この前も?」
「うん。」
「お、おかしいと思ったの。」
多摩川は何かごまかすように首をぽきぽき鳴らしつつ黙っている。
「てか・・はじめから聞いてたの?」
「ごめん。ちょっと説明…」させて、といおうとするが、
「やっぱりお前へんだな」男子生徒が言う。「そのうえ、血を吸われても寝ないのか」
「そうよ。多摩川くんはいつも焚火していて、しかもその、」
えいみは言うが、パニくる姿をK田からチラ見されて恥ずかしいのか口をぱくぱくさせたあとで口ごもる。
そのときまでえいみは、自分があまり物事を深く考えないまま空腹だった➡満腹になった
という感覚にしたがって特に何の反省もなく食事を繰り返していたことをあらためて思い知ったのだった。
(う・・・・・コイツとなにが違う。。。)
だから今いる状況がまずよくわからない。
ええとええと・・・・
ーーそうよ。「見られてはいけない」んだった・・・食事しているところを見られてはいけないのに、多摩川くんは毎回それを見ていた・・・・
「どうして。」
「じゃ、狸寝入りしてたって事か。」
瑛美はいちはやく結論をだした生徒を見、それからたまかわの方を見るが何も答えない。
「そんな」
「趣味悪いな」
「。。。。。」
「ひどい」
「ん・」
「いや・・ひどく・・・ない。
分からない」
「は。」
「・・・」
「多摩川くん毎回、わたしがお腹空いてるかどうか聞いてきてて・・・まさか」
「ごめん」
「・・・・」うつむく瑛美。
「なんだお前ら」
(。。。。。。。。。。。)
えいみは、今この状況でひとりだけデカめのたまごサンドイッチになってしまったみたいに感じていた。
ーーー瑛美の回想シーン。
「先生。森田先生」
ひとりの教師が保健室教員の森田に声を掛けて顔を覗き込む。森田はドアの方へ背を向けてなにかを読んでいるかのように見えていたのだが、正面から見ると目を瞑って眠っていた。
「森田先生?」
普段はこんなことはないーー(あたりまえだ)森田を覗き込んでいた教員がおどろき、具合でも悪いのかと肩を掴んだ。だが森田はあたりまえの人間の持つような抵抗もなく人形のようにバランスを崩し、あっというまに椅子から転げ落ちてしまう。
げげっ。
保健室のドアがノックされたときから隠れて見ていたえいみは慌ててカーテンの奥から自分の手を森田に向かって動かした。
そうして森田のからだを操り、起こさせようとする…
「ご、ごめんなさい。ちょっと…眠くて。」
モリター操り人間は床から起き上がって、教師に向かって話しはじめた。それはさながらマシュマロくち食い運動をしているランナーのような動きかただったので、自分でやっておきながらもえいみは笑ってしまいそうになる。
「だ、大丈夫ですか?まさか先生も貧血とかじゃ…」
森田に声を掛けている教師は、先ほど倒れた生徒の担任の田中である。
この日、ふたたび体育の授業が中止になった。それをえいみが生徒の噂を聞きつけて、三年と自分のクラスとで同じ体育の教科担任であるこの田中に探りを入れ色々と話させた後だった。
・・・・
「そんなことないわ」
森田というかえいみはきっぱりと告げる。
生徒が倒れたのは体育の授業の半ばで、田中はもうすぐ六限目が始まる前に様子を見に来たのだ。田中はまた来るということと、とりあえず保護者には連絡してないと言うことを告げるとじゃあ、と言って部屋から去っていった。
えいみは、森田を操りつつ生徒から話を聞き出そうと思っていたのだが、生徒ははじめに考えていたよりも長く眠り続けているようである。…えいみが来てから一度も目を覚ましていない…
部屋が静まり返ってから瑛美は、ひとつの休息コーナーから出てきた。部屋の中を見回しもう一つのカーテンでふさがれている一角を見つけ、それに近づいてゆきカーテンをシャっと開ける。
ー中では、女子生徒がジャージを着たままで眠りこけていた。
(やっぱり。)
瑛美は思う。それは女子生徒をひとめ見て、自分のなかで緊急のベルが鳴っているような気がしたからだ。やっぱりこういうところは瑛美は動物なのである。
それからやはり、瑛美の友人が言っていたように、倒れた生徒には耳タブに傷跡があるではないか。
(わからないようにしているけど、歯型ね)
そこからメッセージを瑛美は読み取ろうとするが、意図はないようだ。
(いまは確実に、仕留めないと・・・。)
でも、それ以前に瑛美は自分が出来ることをためしてみたいという本能にあらがえず、そこに横たわる、耳たぶに傷のある生徒の首筋にかみついた。
かぶっ!
瑛美は、保健室で吸血した生徒をベッドの上に座らせて、向かい合う。
記憶というものは日がたつほどにあやふやになるし、他人がそれを思い出させようとするとなおさら余計な意思が働いて取り出しにくなる。だから表層にそのままで刻み込まれているいま、時間をおかないうちに聞きださなければならないことを瑛美は知っていた。
ーこんなふうな操り人間に尋ねるときは、siriに聞くように直立不動な質問をした方が返事が返って来やすいのだ。
これは父の部屋にあった拷問の書物に書いてあったものだ。吸血鬼はかつては人間からいろいろな手段を持って記憶を書き出そうとしてきたのである!
「何をしていたの?」
瑛美は女子生徒に向かって尋ねる。
「体育で、バレーボールを」
「それじゃそれが終わった後は、何をしてたの?」
「いつもと同じ。更衣室に行って・・・」
生徒が目を見開いて、耳を押さえた。
「耳を、かまれた」
(…多摩川くんの部屋から出てきた生徒と同じ。耳たぶに傷。それから噛まれて一日も経たない…)
えいみは数日前のことを思い出す。多摩川の家から出てきた生徒。
「一体誰に?それは男?女?」
「男の生徒」
「名前は?」
「分からない」
「どうして?」
「いきなり飛びつかれて…けど体格も、見た目も男にしか見えなかったから」
犯人は男の生徒か。瑛美は思う。
(たぶん、三年生。…それが多摩川くんでなければの話)
これは書くのを忘れていたが、えいみは父親からも多摩川からも何も知らされていない為、状況証拠と本能からかぎとったものから多摩川も貧血事件のホシとして挙げて考えていた。
えいみの、何も考えていない顔・・・何かよくわからないがきりっとしていた。
(やっぱり、思った通りだった。)
瑛美は内心喜びつつ、驚いていた。
ーもう一人いる。スクール外に、吸血鬼がふつうにあたりまえに社会に溶け込んで暮らしている。
(父も知っている・・・?)
瑛美は考えてみる。いや、それは多分ないだろう。けれどもしかすると何かを隠しているかもしれない。
瑛美はそう感じ取る。
男子生徒がどうしてか、体育の終わりに血を吸いに来る・・・
ーー
ーーー
「きみは濃い血を欲しがっていたんだな。体育の終わりに汗を掻いて、濃くなった血」
「・・・」
うつむき、考え込むえいみ。
「ああ。そうだよ。」
「ああ、もう・・・。あっちこっちで大騒ぎしているのに。
こんなのが、なかなかばれない…きみが吸血鬼だから。」
えいみが多摩川の方を見た。多摩川も自分と同じように生徒を探していたのかとやっと思い当たる。
「2年で吸われたのは二人いたけどこれは、例外だったんだなって人の話を聞いていくうちにやっぱり思った。・・・僕も授業があるから、怪しいと思う相手をずっとついてるわけにはいかないし、それに、本当にいるのかも分からなかったから空いてる時間に待つのが一番手っ取り早いかなって思ったんだ」
「・・・・」
「こんなに空腹をアピールしてくるようなのが相手だとしたら、もしかするとお腹を空かせたら僕のところへまた、来るんじゃないかって。
それが今週は今日。僕の委員会のある日だけ。」
瑛美がその顔をじっと見る。(ふうん…。だから休んだのか…)
「瑛美さんはこんなに慎重なのにさ。」ちらとえいみの方をみる。
「えっ……」とえいみ。
K田は二人の顔を見比べている。
・・・それから職員室でふらふらしていた生徒もきっと瑛美が操って、どうしてかはわからないけど自分と同じように時間割をさぐっていたのだろう。多摩川はそう考えていた。
(瑛美さんの能力は知っている。僕以外の人間を操ることが出来る)
「耳に傷も一日で消えるから当事者か、ごく親しい人でなければなかなか気付かない。
蚊みたいなやり方なんだよな・・・」
えいみが多摩川を見る。
「あ、ちょっ・・・そういうわけじゃないけど」
「そう。」K田は笑って言う。
「ナワバリはわかりやすく。…けどやり方は原則秘密でやる。
それがこの社会での生き残り方。
それがおれが、これまでに身に着けて来たルールだよ。」
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