第5話ナワバリ争い!ー小腹が空いたから。

一方、多摩川は首をコキコキ鳴らしながら図書室で本を読むふりをしている。

(瑛美さん。だいたい週に2回は来てくれるようになったな)と思う。


これで、瑛美さんのテリトリーの移行は5割がた終了・・・まだほかにも吸っている対象がいるのは仕方がないか。瑛美さんの父親と話したことを多摩川は思い出そうとしていた。

・・・完璧に移行するためには。僕のことを言ってしまった方が・・・

多摩川はそう思うが、いったいどうやって切り出そうかと思う。一体どこから説明を・・・


スケジュール帳にしるしをつけていく。瑛美はなんとなくで図書館や屋上を訪れているが、じつは多摩川がフリーでいる日と居ない日があるのである。

水曜日→委員会

この日は屋上にも図書室にも行ったことがない。自分は聞かれない限り余計なことは言わないようにしているが、瑛美さんもなんとなくで居ないときには家に帰ったりしてるんだろうか。


多摩川は手帳を見る。






ーその日の放課後。


多摩川は美化委員会の仕事で職員室でコピーを取っていた。

ういーん、ういーん。コピー機が作動している。

3年の担任の最期の一人が席を外すのを多摩川は横目で確認していた。

(よし。紙がなくなったっていう設定でいこ)


多摩川は3年の担任の一人松川の席へと歩いていく。放課後ということもあり職員室にいる教員はまばらだったから、委員会でよく出入りしている多摩川が歩き回っていても何も不思議がるものはいないようだった。

それから、コピー用紙を探すふりをしてしゃがみこみつつも、そこに置いてある時間割表をチェックし、見つからないようスマートフォンでそれを撮影した。

それが終ると次の席へ・・・と、そこに3年生の見慣れない生徒の姿がある。ふら・・ふら・・と何やらおぼつかない足取りだった。


「どしたんですか?」


しばらく、待っていたが男子生徒はそのままでそこに居座る。職員の机の上で何か探し物をしているようだった。

(日直かな?委員会にこんな人いたかな)

多摩川は返事がないのを不審に思いつつも、生徒の顔を覗き込む。が、それはどこにでもいるような見知らぬ生徒だった。

それから生徒が出ていくのを待って、多摩川は持っていたスマートフォンをつかってすべての時間割表を撮影し終える。


自分の教室に戻った多摩川は席に座り、荷物を横にかけてから、そのかばんのなかに入っている手帳を開いた、

それからそこに何やらめもを書き入れている。


(のぞき見した時間割表を見ると3年生の体育があるのは月、火、木、金曜日だった。


聞きこみによると、3年生が倒れたのは皆体育の終わりだった。おかしな事件だから、皆がたまたまか神経質になっているだけだと解釈している。でも自分たちみたいに、吸血鬼を知っているものからしたら、違和感を抱いて見てみようと思うのかもしれない。


ー耳に傷。いるのは三年か、体育の教師…?)


「あ。」

水曜日だけ、体育が一時間もないようだった。多摩川は手帳にそれを書き入れた。

僕も放課後、委員会があるんだけど…だからこれまでもえいみさんにもお腹を空かせたままにさせておくしかなかったんだよな


多摩川はスケジュール表を見ながら考えこむ。

水曜日か・・・・










そして、水曜日。

いつもなら来ない曜日だったが、屋上にいる多摩川はそこへ荷物を置いたまま焚火をしていた。


しばらくすると突然屋上へとつながるドアが騒がしく開いた。

一人の生徒が入ってくる・・・




「多摩川くん」


多摩川は驚きつつも「どうかした」と笑顔をつくる。

ナワバリ兼恋人(仮)としてはもっと喜んであげた方が良かったのかもしれないが・・・

「ううん。ちょっと・・・」瑛美は応える。



「・・・」


「えと数学のテストが悲惨だったから、外の空気吸いにこようと思って」瑛美は焚火の近くに腰を下ろした。


「ふうん。そうなんだ」


「うん」

瑛美はそのまま焚火に当たる。


「・・・あつい」


「うん。」

季節は秋にさしかかろうとしていたが、まだはっきりいって夏だった。


「・・・あと四週間ね」瑛美が鞄を置いてから、多摩川の顔を覗き込んで言う。

にこ!

それから笑顔を作る。


「んっ?」


「約束したでしょ。多摩川くんわたしのこと、一か月後に家に入れてくれるって言ったじゃない。」


「え・・・」


「忘れたの?」

えいみはここまでずうっと空腹のような我慢を感じつづけていたのだ。


「あー。」


「もー」



「知ってる知ってる。ちょっとずつ片付けしてるから大丈夫」


「本当?」


「うん」


・・・・・・



・・・・・


「ねえ。」


「んっ」


「多摩川くんって、もしかしてさあ・・・

こうやって群れから離れたがったり、ふと気づくと一人でフラスコ磨いてたりするじゃない。

そういうの、好きなの?それとも、秘密主義者なの」


「え?そんなことないよ」


「・・・だって。」

瑛美は多摩川の方に向きなおして顔を見る。じいーっ


「言ってみて」


「へ?」


「わたしに、言えないこと、隠していることがあるでしょう。」

じーっと見て来るえいみ。えいみのでかい目に見つめられてたじろぐたまかわ。


「へっ・・・な、なんで。」



「あなたが隠してる事、全部、わたしに言うべき」

えいみはそういうと、ふと多摩川の首を見る。

(ごくり。)

…でもいま、仮に腹が滅茶苦茶に空いていたとしても、えいみは多摩川のことを気絶させることも出来ない。

瑛美は考え、はじめて他人に対して歯がゆく思う。


「ええーっ。どうしてそんなふうに思うの?

別にないよ。やましいことなんて何も・・・」


「やま?

じゃあなんで、……」


「ん」


瑛美はじぶんのくちをちょんちょんと指さす。


「それは」

多摩川は口ごもる。

そういえばこれは、父親も見ているにちがいない。いつもいつも意識しようとは思うが、まるきり忘れてしまっている部分であった。

が・・・今は・・・・

いや多分これは、ずっと言えない。


「・・・・つい」


…というか、どこまでを父親と共有していたっけ。多摩川はふと思った。

「ふーん?」

だが瑛美は、苛立ちはじめていた。えいみは人間ではないので、きわめて上昇しやすい血液を持っているのである。(狩りをするために)

瑛美は・・・・ついでに、多摩川のことも調べた・・・多摩川は今日本当は、委員会があるはずなのに休んでいることを知っていた。

・・・・

(多摩川くん。どうして)


えいみは多摩川の方を見る。



(そういや最近キスしてねーな)

いっぽう多摩川は見られていることにも気づかずに思う。ぱちぱち、と焚火が燃えて、ちょっとだけ多摩川は瑛美にちょっかいを出してみようかと思うが、それを瑛美が猫のように目ざとく気づいて多摩川の顔を見る。


「ねえ」


「ん・・・・・」

じーっ。


「わたしにもやらせて」


「え、何を」


「焚火に木をくべる作業」


「…いいよ。」


「やったあ。やってみたかったの。」それを毎日のように見せられているうちに瑛美はいつのまにか焚火を起こしてみたいと思うようになっていた。

「んじゃこれ・・・」


「うん」


「中身出して」



「うん」


「入れ込んでくれればいいから。ぽいぽいって」


多摩川は黒ビニール袋のひとつを瑛美に差し出す。瑛美はそれを開けて中を見てみるが、シュレッダーされたプリント類が山のように詰まっている。

「・・・・・」

多摩川が「美化委員」のバッジを付けているのを瑛美は見、(火事、なんないのかしら)とふと思う。


ーそうこうしているうちに、火もかなり燃え広がって来ていた。


瑛美は目をらんらんとさせて火を保とうとしている。

はあ・・はあ。意外と燃やすのってたのしい・・・


ふと、足元を見てみると多摩川が、自分のリュックを枕にして眠っているではないか。


(多摩川くん・・・!)


ぐうぐう。寝息を立てて眠りこける多摩川をみてえいみは思う。

(またなの?)


しばらく多摩川のことを見下ろし、前回自分が付けた首の傷跡が既に消えていることをえいみは確認した。

瑛美はしばらく火を燃やし続けていたが、ある程度落ち着いたのを見計らって、多摩川を残して屋上の物陰に隠れることにした。


・・・・・・・・


もちろん、焚火の前で横たわっているという異様な姿の多摩川自身も・・・、それは本当に眠っているわけではない。


(いま、何時だろう。)


多摩川は、瑛美からは多分死角になっているだろうと思いつつも、寝たままの体勢で袖を這わせて腕時計を確認してみた。


(四時か。)


授業も掃除も終わり、委員会で生徒は教室に入るし、先生も各種会議で静まるころだ。


(水曜日。腹を空かせてきっと…来る)

ガチャ!


ドアが開いた。

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