第3話瑛美さまが操るのよ②


多摩川と、多摩川から聞いた噂について父に尋ねた瑛美は、ソファに座って父の方を向いていた。




「怪しい人間じゃないんじゃないかな、彼は・・・・」


「そうかしら」


瑛美は置いてあった知恵の輪をぐるぐると動かして答える。父の部屋にはこういうものが沢山置いてある。おかしなもの…歴史上重要なもの…それから、部屋の壁を埋め尽くす本。「壁が本棚状態」じつはこれは奥へ向かう幾重もの扉になっていて、えいみの知っている限り三重の奥行きのある本棚になっているのである。瑛美も、小さい頃はここに挟まってよく遊んでいた。

父はさっきからタワーディフェンスゲームをやっていた。

その、画面の中で城がなかなか攻めきれずに強めの兵が死んでしまう。


「おっと…。わかったよ。ちょっと調べてみる。」


「うん」えいみは厳しい目つきで腕組みをし、父を見る。


「ちなみに。」


「ん?」


「その保健室に運ばれた生徒と、瑛美は接触したことないんだな?」

父がPCの向こうからえいみを見ている。えいみはふと考えてから、「ないわ。」と応える。

(もしかしたら、忘れてるかもしれないけど)


瑛美はふうと息をつき、立ち上がった。それからくるりと部屋を見回し外へ出ようとする。その時にある本が目に留まるーーー「愛と拷問」というタイトル。



愛と拷問・・・吸血鬼がかつてこの社会を支配していたころの伝記で、軽めのものだから瑛美も読んだことがあった。



・・・父が調べるのにも、多摩川君の部屋に行けるのにもちょっと時間がかかるわね。


じゃあ私も、わたしの出来る範囲で何かをやってみなきゃ。





瑛美はそう思い、父の部屋を出る。





瑛美の教室。


「体育の授業今日おやすみなの?」


「そうよ」


「まただって。三年生で倒れた生徒、もうこれで10人目。」


「そうなの…」


ーまあわたしのナワバリには、支障がないか。





放課後。


多摩川とほかのクラスの生徒が一緒に帰る姿が見える。その後ろを、こっそりとついていく瑛美。


(多摩川くん、私にはだめって言っていたくせに。)

多摩川とその友人は二人は何やら話しながら歩いていく。どうやら多摩川の家へ向かっているようだ。

ヤクソク、と瑛美は口の中でつぶやき、だが多摩川の詳しい選択基準が飲み込めないでいる。


(裏切りね…あんな事をしといて)


瑛美は自分の唇に触れながらも・・・失望する。だが、吸血鬼なのでそれよりも空腹と生存の欲求に従うのである。

瑛美はどうしようかと迷い、しばらく二人のあとを付けていく。

・・・・・


そして二人がコンビニに入る。瑛美も次の客が入ろうとしたタイミングでその中に、そろっと入り込む。

立ち読みをしている多摩川を横目で見つつ、飲み物のコーナーで商品を選んでいる生徒の後ろまで来るえいみ。(そうだ。吸血のあとの操り人間の効果がある。)

それで見たものを後から思い出させて言わせれば・・・・

瑛美はどうしても多摩川という人間に対する確証が早めにほしいと考えていて、それ以外のことはあまり考えていなかった。まったく動物そのものである。

それからその後ろをついていく。

・・・・が、なかなかチャンスがない。


曲がり角を曲がったところで、首筋にかぶりつこうとするーーー

が、


(無理。むりむりっ)


煌々と照る蛍光灯の下で、生徒の首をむき出して食うのはさすがにまずい。それに、防犯ビデオにも映りそうである。

生徒は瑛美の迷いなどにも気づかずに、サラダチキンやサラダセットの棚を見ている。


「・・・・・」



瑛美が、ひとつ角を折れると現れるおつまみコーナーを見ていると、タイミングよく生徒がそこへ歩いてきた。

そして・・・瑛美の目の前で商品のひとつに手を伸ばした。


ー瑛美は、目の前に差し出された獲物の肌を見て、思わず生徒の手にかじりついた。






・・・・・・







何事もなかったようにして出て来る二人。そのしばらく後から出て来る瑛美。

二人はしばらく歩いて多摩川の家に着いたようだ。多摩川が玄関のドアのカギを開けたかと思うと、二人で中へと入って行く。



ー30分経過。


そうして、生徒は出て来た。


その生徒の後ろに忍び寄る瑛美・・・

「ねえ」


「ん?」


くるっと瑛美の方へと向きなおす生徒。「覚えてる?」


「なに?」


もはや、瑛美の催眠効果はとっくに消えていた。

(げげ。)

そりゃ、そうである。

これが狩りビギナーの瑛美の能力・・・・


(徒労だった、ってことね・・・)


これなら初めから何か見つけて来るように言っておけばよかった。瑛美は思う。

待てよ。そんな予約みたいな命令聞くのかな・・・?

何分後まで・・・?

姿が見えない部分も聞くのかしら・・・?


それは、やったことがないので瑛美も分からない。


「君ってもしかして・・・」生徒に問われかけた瑛美はこのところ、小腹が空いていた。

「・・・・・」そのため、そのまんま正面から首筋にかぶりついた。


がぶっ!


しばらくちゅうちゅうと血を吸うえいみ。

「・・・・!」


目を見開く生徒。だがすぐに、睡眠状態に入るために目をつぶってしまう。

その上にのしかかり、血を吸う瑛美。



ーあんまり好きな味じゃないけど、まあ仕方ないわね。

これは、瑛美にとっての1,5日ぶりの食事になる。

・・・・


・・・・


「起きて」

倒れこんだ生徒に瑛美が話しかけると、生徒が立ち上がる。

これは、さっきみたいな覚醒している状態とはちがう、完璧な睡眠状態で、生徒の意思はない。


「教えて。あの部屋で、何か…特別なものを見た?」


「ゲーム。任天堂3DSとゲームキューブ」


「う、うーん。他に何か変わったものは見なかった?」


「なんでもいいの。服が皆と違うとか、家族に牙が生えているだとか」

・・・


ノーコメントな生徒。


はあ。


駄目だ・・・瑛美は今日、血液をあまり飲めていないでいたのと待たされたせいで、力を使いきってしまいより苛々していた。


腹立ちまぎれに、えいみは友人の足をキックしようとして、はっとする


「そうだ…ねえ。家へ入って、多摩川くんと会話して来て。

そうね、ええっと…」


えいみは考えてみる。そうだ。


「聞いて欲しいことは昨日から今日までに起きたおかしなこと」でいいから。


操り人間である生徒は瑛美の指示を聞き、もと片道を戻り歩いて行く。


ー5分後


生徒が家からふらふらと出て来る。

戻ってから聞き出そうとするえいみ。


「で、どうだった」



「?」


「何か話した?」


「みみ。また、耳に傷がいつのまにかあるっていう話」


「みみぃ?」


だが、思ったよりも話し込んでいた生徒がそこで目覚めてしまう。


(やばっっ。時間がとっくに10分を過ぎてたんだ…!)

瑛美はちゃんと腕時計を持ち歩こうと考えていた。一分くらいは、数えられるのだが・・・・・


「あれ?だれ」

驚く生徒の声に瑛美は後ずさりする。

それから、特に説明することも声を上げることもなくそのままダッシュで逃げ去っていった。


「・・・猫かよ!?」



・・・・


男子生徒は走り去る瑛美の後ろ姿を眺めながら、右手で自分の耳元を抑えている。









帰宅する瑛美。とりあえず小腹がみたされたので機嫌は悪くなさそうだ。


「瑛美。」


「んー…」だが、気のない返事が返ってくる。


「特におかしなところは何もなかったぞ」すっとぼける父。


「ふーん?でも・・・」


「けど気になることはある。

・・・特にその、倒れる生徒たちのことだ。」


「ええ。そういえば今日もあったらしいわ。」えいみは背負っていた通学用のリュックを肩からおろす。


「ああ。これはスクールではまだ教えていなかったけど、可能性として今日、瑛美に話しておこうかと思う。お前とわたしに関係ある話だが」


瑛美は居間のソファに腰かける。

これが瑛美にとっての日常だった。学校へ行き、人間の生徒たちと同じように勉強をしたあとで帰って来ると人間の家族ごっこをしたがるのんきな父親がいる。

ふう、と瑛美は身体をよこたえてさっき飲んだ血がいきわたっているのを感じていた。


父は、オープンキッチンからこちらを見ながら話している。

・・・・・いま、彼は夕食のシチューを作っているのだ。


「人間がいろんなものを食べるのは知っているな」


「うん」


「世の中にはいろいろな生き物がいて、わたしたちの主食をエネルギーに変換できない生き物もいる。わたしたちは血液を、人間はたんぱく質や糖分、脂質を欠かして生きることはできない。」



「じつは社会にはそうじゃない事もあるんだ」


「ん…」


「たとえば姿かたちを持たない。理由も帰結も求めない。わたしたちみたいに縄張りや、人間のように社会も持たないようなそういう生き物もあるんだ。それも沢山いる」


「ん…えっと多摩川くんと関係があるのかしら」


「いや…これは単なる教育だよ。えいみ。おまえ本読まないだろう」


「うん」

たしかに。父の書斎の中で隠れるのは好きだったが、勉強以外の本はからきし読んだことがない。

父の言っているのは十三日の金曜日みたいなやつかしら?瑛美は、あそこでみたたくさんの映画を突如思い出した。


「瑛美も気を付けておいたほうがいい。

お前はまだ色々知らないことがあるから。かと言って、頭でっかちに通り抜けても欲しくない。


そいつらは、思念をエネルギーにしている。どこにでも湧いてくる。姿も形もない。あるとしたら、私たちが自分を通した目でしか確認できない。えいみは、それらに会う前にまず、…人間たちのことをもっとよく見ておけ。」


「うん…?」


「はは、わかってないって顔だな。無理もない」




ーーーそして父には、誰も突っ込まない。



ぐるぐる・・・シチューをかき混ぜ、味見をする父。


※実は料理やお弁当はあくまで人間の生活習慣のまねごとで、これは・・・フェイクの品だった。これはじつは、人間と組成のよく似た豚の血液を使ってつくっているものなのだ!


ーお父さんはそのことも含めて研究しているんだよ。

私たちは一度滅びそうになったが、こうやって生きながらえている。その理由ももしかすると、何かあるのかもしれない。


・・・瑛美の方は疑いの色が濃くなってきているみたいだから、ちょっと細工も必要かもしれない。


今日みたいに力を使わせないように・・・・



もっと強力な術をかけておこう。









「瑛美。朝からでかい音立てて何してる」


自分の部屋から計算を終えて出てきた父が台所にいる瑛美に声をかける。

ぬっと瑛美のうしろから覗き込む父。


「なんだこれ」


「きゃー!お父さん・・・?」


「ん?」


「見ないでよ!!」


瑛美は父親のことを膝蹴りで蹴り上げようとする。

だが、慣れた手つきで瑛美の足を軽く受け止める父。


「はは。なんだからんま二分の一みたいじゃないか」


「ふんっ」


(・・・・瑛美、だが視界がまる見えだぞ)


それはお前のせいやないか。という突っ込みはさておき、瑛美は常に父にジョーカーを握られているのだった・・・・



瑛美はたたたっと走って学校へと向かって走っている。


「おはよー」

「おはよう」


午前8時過ぎ。多くの生徒たちがが顔を合わせる校舎前に、多摩川も皆とだるそうに登校してきた。それから何人かの生徒と挨拶をしている。

はあ、はあ。そこに着いた瑛美・・・。

リュックを背負い、手に何かを持っている。それからきょろきょろとあたりを見回し・・・あっ!多摩川くんいた!

瑛美の目がきらっと輝く。


「・・・おはよう」

「瑛美さん」

多摩川はいつもよりも寝不足なのか、眠そうな顔をしている。

「あの…多摩川くん。これ」

その前に立った瑛美が、多摩川の目前にナプキンで包まれた「なにか」を差し出す。


「なにこれ」


「クッキー」


「えっ」多摩川は瑛美の顔と包みを見比べながらもそれを受け取ってみる。

それからくんくんとにおいを嗅ぎ、包みを開けてしまう。

瑛美はそれを凝視しているー真剣に。



それから、多摩川はその場でタッパーを開ける。そこには全部丸型のクッキーがいっぱい入っていたのだが、一枚それを手に取って瑛美の前で食べてみた。

「歯ブラシしたのに」

「う・・ごめん」なぜか謝る瑛美。


「おいしい」多摩川が言うと、瑛美はボルテージが溜まりきったようにキャーッと叫んで校舎の中に駆け込んでいった。



ーーーーーーー



いっぽうこちらは、瑛美の自宅内、書斎の椅子に座っている父の姿。



父親は目をつぶってすわりながら上を見上げて瞑想しているかの状態になっていた。これは父が今、中高年がストレスのはけ口として見ている魔女っ娘ドファソン子のアニメのことを思い出しているのではない。瑛美の視界を「また」のぞき見しているのである

この特殊な能力を使っているあいだの父の目はほぼ、瑛美の視界と重なっている。今、多摩川がクッキーをかじり終えたところだった・・・


「瑛美…やったな」


第一段階クリアだ。


それで…とにかく、あれだ。お互いに馴れ合っていけばいい。多摩川には申し訳ないが、これが運命だ。君は栄養をたくさんとって、そして・・・瑛美の専用の食糧になってくれ。

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