戦前のミーティング

「眠い……」


 それが嘘偽り無い俺の本音だった。討伐報酬の紋章集め、言葉にしてしまうとこれだけなのだが、時折スタミナが尽きたときにCMを見てスタミナを回復させる必要がある。LoPは集金には手段を選ばず、スタミナが尽きたら広告を見れば多少は回復できた、気前がいいのかどうかは神のみぞ知るところだが、普通のゲームなら一日一回とか制限がある所で、このゲームは一日十回と大盤振る舞いだった。


 自動周回をさせつつスタミナが切れたら広告を見る、たったそれだけのことがとても面倒くさかった。大体スタミナが切れないと広告を見ることが出来ないというのが嫌らしい。一日の始めに十回まとめて見てしまいスタミナをストックしておくといった小細工は出来ないようになっている。


 そのせいで俺は三十分おきに眠い頭を動かして広告を表示してベッドに潜り込むというルーチンの繰り返しだった。


 別にそれ自体は放置ゲームならあり得るのだが、今は何しろ十一時、昨日も遅くまで起きていたので非常に眠たかった。


「これでラストッと……」


 今日の周回ノルマをこなしたので今度こそ眠れるはずだ。しかしそこで寝ておくべきだった、興味半分にイベントのランクを覗いてしまったのだ……上位ランカーに先輩と律子ちゃんのハンドルが鎮座していた。二人がAPドリンクを使用していないのならかなり石を割らないと無理な値だった。


「ガチャ以外に石かぁ……」


 俺はゲームとしてそれはどうなのだろうと思いながら意識の方もスマホと共にスリープさせた。


 陽光が部屋に差し込み、陰キャとしては眩しい世界を憂鬱に呪わざるを得ない。


 キッチンに向かうと阿多利あたりが熱心にゲームをプレイしていた。


「あ、お兄ちゃんおはようございます!」


「おはよう、朝から元気だな……」


「ええ、昨日はスタミナが尽きたので早めに寝たんですよ」


「羨ましい限りだ」


 俺は朝から回復したスタミナでサブのスマホを使用してオート周回を有効にする。


「さて、今日はミーティングはあるのか?」


 石動いするぎ先輩も律子ちゃんも周回で忙しそうではある。みことについてはマイペースで頑張っているだろう。


「はいはい、今日はお昼にファミレスに集合だそうですよ、皆さん元気なことです」


「どんなメンタルをしてればそんなハードスケジュールを組めるんだ……」


「私の方に集合までにスタミナを使い切っておいてねと伝えられてきましたんですよ」


 準備までしてから集合とは、なんとも手が込んでいる話だった。スタミナの消化自体は周回で簡単に使い切れる。しかし先輩は夜中に俺に進捗報告を求めてきたのだが、翌日にミーティングをするほど体力があるんだな……


「お兄ちゃん、私が今朝はご飯を作りますよ!」


「ああ、ありがと」


 少し待つとトーストにシナモンシュガーをかけたものが出てきた。甘い香りが非常に心地よい。


 食パンをかじるとシナモンの香りが鼻腔に張り付く。いい香りだった。


 美味しい食事が終わるのとほぼ同時にスタミナ切れのブザーが鳴った。計算通りだ。


「さて、昼まで少し休憩が出来るな」


「私はそーもいかねーんですけどねー」


 俺は布団にダイブするか、ぼんやりした意識で相場を考えていたが、よく考えてみると祝日は東証もお休みしているので実際俺は完全な休日を得ることになってしまった。


 阿多利の周回サポートでもするかな……


「おーい、周回の準備はいいか?」


「お兄ちゃんは朝っぱらから気が重くなるような発言はやめてくれませんかねえ……」


「ソシャゲ道とは時間を使うことと見つけたリって格言があるぞ」


「はいはい、お兄ちゃん創作格言シリーズは結構なものですね」


「いいじゃねえか、日曜朝からおばあちゃんの言葉を語ってたヒーローもいたんだぞ?」


「それはともかく、お兄ちゃんは何でこのゲームをそんな熱心にやってるんですか?」


 困った質問だ。誤魔化そうか……


「ちなみに私は第六感をもっていて人の嘘を見抜けます」


「嘘だろ! 絶対嘘だろ!」


「そうですね、八割方嘘ですがお兄ちゃんの嘘は見抜けますよ? 私も長年一緒に暮らしてませんからね」


 じー……


「……」


 じー……


 俺はその視線に負けて正直にゲロッた。


「可愛いキャラがいたからです」


「ほほぅ……ちなみにお兄ちゃんがサポートに出しているキャラのなかにいますよね?」


「本当に変なところで勘が働くな! お前は!」


「で、お兄ちゃんの好みは誰なんですかね? 私の勘では妹キャラの『ロザリア』だと踏んでいるんですが……」


 あのさあ……


「そこまで分かってるなら俺に聞く必要もないだろう?」


「なるほどなるほど、お兄ちゃんはシスコンであると……それなら私に魔法のカードを定期的に買ってくれる理由にもなりますね」


 その慧眼をもう少しまともなことに使用して欲しいものだ。まるでネズミを駆除するためにちきゅうはかいばくだんを使用するようなものだ。その判断力と分析力があればもっと勉強だって出来るだろうに……


 世の中は何をどう使うかがいかに大切か理解できた。少なくとも才能の無駄遣いは余り褒められたことでは無いだろう。


 そんなことを話していると阿多利のスマホからビープ音が聞こえた。どうやらあちらもスタミナ切れらしい。時計に目をやると午前十一時、そろそろ集合の準備を始めるべきだろう。


 俺は討伐結果の紋章の数を見てそろそろ10kに到達しそうなことを確認してから阿多利に言う。


「ちょうどスタミナも切れたことだし先に集合場所に行っておくか」


「ですね、先に行っておいても問題無いでしょう。律子ちゃんが奢ってくれるとありがたいんですがねえ……」


「余り期待しないで行こうか。昼飯もまとめて食べてからみんなが集まればいいだろう」


 昼食を作る手間が省ける、それは結構ありがたいことだった。


「じゃあ計画も立ったところで行くとしましょうかね」


「そうだな」


 玄関を開けて近所のファミレスを目指す。以前は律子ちゃんの奢りで高級店を舞台にミーティングをしていたらしいがどうしても目立ってしまうので高校生相応の場所で集会をすることに決まってしまったらしい。


 俺としては高級店というのに興味がないわけではない、一度くらい上級国民御用達の店舗で食事をしてみたいものだ。


「集合は午後一時らしい、十二時前に入っておけば昼食も済ませられるだろう」


 そうして俺たちは昼食を食べに早めにファミレスへと向かった。


「いらっしゃいませ!」


「テーブル席を、あとから人が来るので大きめの所をお願いします」


 そう阿多利が言って席に案内された。俺は休み明けの市場で勝てるように験を担ぐ意味でカツ丼を注文して、阿多利は唐揚げ定食を注文した。


 しばらく経って注文の品が届いたが、まだ十二時を少し過ぎたくらい、時間に余裕があったのでドリンクバーもセットで頼んでおいたのは正解だった。


「お兄ちゃん、カツ丼好きですねえ……」


「案外こういうのもバカに出来ないぞ、カツ丼を食べた日のトレードは勝率が高い気がするし」


「それは確証バイアスではないでしょうかね……」


 そんな風に食事を終えてドリンクバーで粘っていると一時少し前からギルメンたちが集合してきた。これからゴールデンウィークの戦略会議の始まりを告げていた。

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