妹は本気を出したくない

 スタバから帰宅しながら阿多利あたりと今回の作戦についてプランを練っておく。


「俺の方はオート周回にしておくから問題はお前だな……」


 阿多利は不服そうだ。


「私はやる気満々なのにどうして分かってもらえないんでしょう?」


 それはシンプルな話だ。


「LoPはカンストしてからが本番だからな」


「今更ですがやべーゲームですね」


「伊達に廃人専用ゲーとはいわれてないさ」


 ビビっている阿多利はさておき、幸いなことにLoPはシングルサインオンを利用しているため、俺はサブのスマホを用意して電源に繋いでからLoPを起動する。サインインしてゴールデンウィーククエストを選択して、自動周回の選択をする。APドリンクの使用は無しだ。


「じゃあ俺はオート周回を始めたから晩ご飯でも作るよ、お前は手動周回してていいから」


「はぁい……ちなみに夕食は何ですか?」


「麻婆豆腐」


「いいですね、花椒マシマシでお願いします、もうすでに私は眠気が来ています……」


「はいはい、ピリッとしたやつを作るから寝るなよー」


 俺も気怠げに豆腐の下処理をしてスパスパと切って準備完了。鍋に材料を入れて炒めていく。そこに花椒をいつもより多めに入れる。というか普通なら辛くて食べられないほどの量だ、アイツは辛党だから問題無いだろう。


 一丁上がりっと……


 ちゃちゃっと作った料理に炊飯器の炊いてくれたご飯で夕食の準備は整った。


「阿多利、ごはんできたぞ」


「はーい、じゃあ周回は一旦止めますね」


 そうして二人でテーブルについていただきますをした。ご飯を半分くらい食べたところで阿多利のスマホが震えた。


「まったく……食事中になんなんですかね……無粋ですよ」


 グチグチ言いながらもスマホをチェックする阿多利、コイツはなんだかんだ言って礼儀はある。しかし連絡が来たからには見ずにはいられない、そんな社会だった。


 露骨に顔をしかめる妹、ものすごく渋い顔をしている。


「どうした、スパムでも飛んできたか?」


「いえsignalですね……先輩から『周回が遅れてるけど大丈夫?』だそうです」


 普通に怖い、そんな人の討伐数を四六時中監視しているとか普通に怖いんですけど。


 それを読んでから食事を食べる手が止まり、どう返そうか考えているようだ。しばし気を揉んで送信音が部屋に響いた。


 マナー違反だがなんだか気になったので聞いてみた。


「返信はどうしたんだ?」


 阿多利は何でもなさそうに答える。


「『こっちは暇じゃねーんですよ、食事くらいとらせてもらいます』と毅然とした対応をしました」


「そうか……」


 印象は悪くなるかもしれないが、食事の時間まで介入してくるのはルール違反だろう。食事くらいゆっくりとらせて欲しいものだ。


「まったく、お兄ちゃんとの食事を邪魔しないで欲しいものですね」


「そうだな」


 俺は適当に相づちを打っておいた。食事の邪魔は良くないな、まったく。


 ピコーン


 俺は即座にスマホを開く、為替の変動アラートだ、急がなくては!


 幸い俺の持っている通貨では無かったのでスマホをポケットに戻して食事を再開する。


「お兄ちゃん……食事中にスマホを見るのはどうかと思いますよ?」


 微笑みながらそう言う阿多利に俺はぐうの音も出ないのだった。しかしアラートには心底恐怖せざるを得ないのが経済弱者のサガだった。


「まあ私の石代もそこから出てるんでしょうし、とやかくとは言いませんがね」


「それはご配慮は痛みいるよ」


 口に辛くてしょうがない麻婆豆腐を押し込みながら食事に意識を向けてスマホの細々したことは出来るだけ気にしないことにした。


 幸いそれだけで何事も起きることなく夕食はしずしずと進んでいった。阿多利は辛いものにヒーヒーいいながら食べていた。


「ごちそうさま」


「ごちそうさま」


 さて、食器を洗うかな。


「ねえお兄ちゃん」


「なんだー?」


 俺は使った食器を洗いながら話を聞く。


「オート周回ってレベルいくつくらいになったら出来るんですか?」


「出せるコストの関係から大体百だな」


 場に出せるキャラのコスト上限はユーザーレベルアップと共に増えていく。自動周回が出来るほどのパーティを組むにはそれなりにコストがかかる。つまりレベルアップはキャラだけでなくユーザの方にも必要だった。


「ちなみに現在のレベルは?」


「八十九ですね」


「あー……その辺か……」


 俺の反応に怪訝な顔をして質問してくる。


「あとたった十一じゃないですか? 割といけそうなのでは?」


「レベル一から十まであげるのとはわけが違うんだぞ……」


「いうて敵の経験値も上がってるから割と楽なのでは?」


 コイツはソシャゲの過酷さを知らないようだ。現実を知った方がいいぞ。そこで俺の方のスマホにもメッセージが届いた。


『報酬の紋章はどのくらい集まった?」


 俺は黙って『1k』とだけ打ち込んで返しておいた。見て確認したわけではないが相場と時間から考えてそんなに違わない値だろう。1k、つまり千個集めたというわけだ。ドロップは一戦ごとに五から十個、イベントが始まった瞬間から回しているのでそのくらいにはなるだろう。


「お兄ちゃん、フレンド機能で一人サポートが欲しいので水属性最強キャラをサポート要員に入れておいてもらえますか?」


「了解、サポートメンバーに一人入れとくよ」


「じゃあちょっと試してみましょうか……」


「試す?」


 阿多利は妙なことを言っている。


「ああ、お兄ちゃんから高レベルのサポート要員をもらえれば結構なんとかなるんじゃないかと思いまして……」


「オート周回がか?」


「そうです、私のパーティを無敵に出来るんじゃないかと思ってます」


「あのさあ……阿多利、大切なことを忘れてないか?」


「へ? 何ですか?」


「サポート要員は手動で呼ばないと来てくれないんだぞ?」


「あ……」


 サポートはレベル帯に関係なく呼べるが、オートモードだとサポキャラは呼び出してくれない。あくまでも自力で周回が出来るようになることが前提のオート周回機能だからな。


 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。

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