戦場の予感
帰宅後、俺は自動周回をオンにして放置することにした。ボスへの挑戦券なども時々ドロップするが、そちらは寝る前にまとめて処理すればいいだろう。
「お兄ちゃんは周回できてますか?」
「ああ、問題無いな」
現在プレイしている『新春新人応援イベント』では明らかに初心者向けでは無い難易度のクエストが実装されている。
初心者も途中まではクリアできますということなのだろう。初心者向けの部分だけでもシナリオとしては成立しているのでおまけシナリオを見るために高レベルが必要と言った感じだろう。
「じゃあお兄ちゃん、晩ご飯は作ってくださいね、私は手動周回なので手が離せないんですよ」
「しょうがないなあ……」
俺はキッチンに立ってチャーハンを作ることにする。割と楽に作れるのでありがたい。本格的にやれば結構面倒らしいが俺はご飯と卵とチャーハンの素で作るので手間では無い。
『大勝利ですー』
そんなボイスが響いてくる。阿多利(あたり)のスマホからのボイスだ。周回パーティーを組んでいる俺はオートで周回するのでサイレントモードに設定している。まだオートでクリアは出来ない阿多利からすれば、俺とは雲泥の差だった。
「ほら、チャーハンできたぞ」
「はい! お兄ちゃんのチャーハン好きですよ?」
「そりゃどうも」
チャーハンを口に運んでいくが、やはり阿多利の作ったチャーハンの方が美味いな等と思う。
「お兄ちゃん、お金の準備は十分ですか?」
「先輩も言ってたろ? 本番は夏休みイベントでゴールデンウィークは前哨戦だよ」
「つまりあまり課金をする気は無いと?」
「そうだな、スタミナ回復にしたって夏休みに向けて大量に貯めておかないといけないからな」
「APドリンクですか……でもアレは石で代用がきくんじゃないですか?」
確かに石を割ってスタミナ回復はある、あるけれどな……
「お前なぁ……あのガチ勢たちに合わせて石を割っていたらすぐに金が無くなるぞ」
あの講座の数字を見てから震えが止まらない。本物の上級国民とはああいう人たちを言うのだろう。
「明日学校に行ったら連休ですね……勝てるんでしょうか?」
「まあ対戦って言っても討伐ポイントの勝負だからそうカリカリしなくてもいいんじゃないか」
「明日の五時にイベント開始でしたね……いけるんでしょうか?」
不安そうな阿多利に俺は一言だけ言った。
「勝てるかどうかじゃない、勝つんだよ」
ドン引きする阿多利を放っておいて俺はシャワーで疲れを洗い流して布団にダイブした。
明日からのイベントに備えてたっぷり眠る必要がありそうだった。
ジリリリ
スマホのアラームで目が覚める。たっぷり寝たので朝はスッキリと目が覚めた。先輩たちもイベント前日くらいは休ませてくれるようだった。ただし、それが逆にこれから始まる激しい勝負を予想させるものだった。
俺はキッチンに行きトースターにパンを淹れて焼く。久しぶりの人間らしい食事だった。バターをたっぷり塗って口に含む、甘さで疲れが飛んでいった。冷蔵庫にあるエナドリの山は気にしないことにした。アレだけあると二、三日は徹夜に耐えられそうだが実際に頼まれたらお断りしたいところだ。
「ふぁぁあ…………お兄ちゃん……おはようございます」
「おはよう、よく眠れたか?」
「ええ、とっても。出来ればお兄ちゃんが起こしてくれるともっと良かったのですがね」
「はいはい、そりゃあ悪かったよ」
「ほら、朝ご飯だぞ」
「久しぶりにまともな食事をした気がしますね」
どうやら阿多利の感想も同じらしい。美味しい食事は人生の栄養だ。
食パンを食べ終わった後、通学鞄を手に取る。阿多利は露骨に嫌な顔をした。
「マジで学校って突然爆弾が落ちてきて消えてくれたりしませんかね?」
「それが出来るのはテロリストだけだ。諦めろ」
阿多利も渋々鞄を持って俺たちは玄関を開ける、そろそろ気温が上がってきており、陽キャの象徴である太陽が眩しくてしょうがない。
「お兄ちゃん、そろそろエアコンの季節だと思いませんか?」
「少なくとも学校では無理だろうな」
「はぁ……」
そんなしょうもない考えを俺は一蹴してさっさと学校に向かう、エアコンがなくても日陰と言うだけで随分と違うはずだ。
「二人ともおはよう!」
後ろから声がかかった、もちろん先輩の声だった。
「先輩ですか、いよいよ今日ですね」
「そうなんだよ! 今日の午後五時から聖戦が始まるんだよ! 準備はいいかな?」
「俺はスタミナを完璧にしてますよ。石は割りませんがね」
「そっかー……石は使わないんだ」
「そりゃそうでしょう、石は夏休みのイベントに向けて溜めてるんだからね」
俺たち三人でのやりとりの後に少女の声でツッコミが入った。
「石を割ったらまた買えばいいでしょう? 何を悩んでいるんですか……」
「律子ちゃん、そういうなんでもお金で解決しようとする姿勢はどうかと思うぞ」
パンがなければお菓子を、みたいな言い方でそんなことを言われても俺にだって金の限界はある。
「貴方はいつも金の力で解決するよね……」
石動(いするぎ)先輩も思うところはあるようだった。
「先輩だって親のすねをかじれば多少のお金は出てくるんでしょう?」
先輩は困ったように答えた。
「嫌な顔はしないと思うんだけどねえ……やっぱり自分の力でやりたいっていうかさあ」
「まったく、ソシャゲプレイヤーは金に無頓着みたいなイメージをつけるのやめてもらえますか?」
そう言ったのはいつの間にか合流していた命(みこと)だった。確かに言っていることはごもっともなのだが……
「ソシャゲなんてかけた金額と時間で決まるゲームデザインなんだからしょうがないじゃん」
「まああなたたちがお金を使う分には自由だけどね……私は」
「構わないよ、『一枚の金貨』は廃課金じゃなくても参加可能だからね!」
先輩がそう言う。その言葉の真意は……
「その分たっぷり時間をかけてくれればいいんだよ!」
「えぇ……」
困惑顔の命を置いておいて俺たちは校舎の方へと向かった。
予鈴に間に合う時間で無事登校に成功する。日頃の行いがいいとガチャ運もよくなるという噂を聞いたことがある。今はそれだけにでも縋りたかった。
そしてクラスに分かれるとき、「今日はコメダで打ち合わせね」と言われて予定を決められてしまった。
そうして昼休みにメンテ中のLoPをストアからアップデートしておいた、後はイベントのデータをメンテ明けにダウンロードするだけだ。
学校を終え、校門に向かうとギルメンが勢揃いしていた。
「おそいよ?」
「遅いですねえ」
「もうちょっと急いでくれませんか?」
「私は今来たとこ」
「みんなが早すぎるんだよ……」
「じゃあコメダに行こうかな?」
「分かりましたよ……でもなんでコメダ?」
「律子ちゃんが奢ってくれるって言うからたくさん食べられますよ?」
「ゴチになります……」
律子ちゃんは微笑みを湛えて言った。
「皆さんにはその分しっかり頑張ってもらわなくてはいけませんからね、先行投資みたいなものです」
その言葉に俺はゾッとした。貸しを作っておいて徹底的に追い込むタイプだなこの子……
こうして、俺たちの初陣の準備が始まっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます