それぞれのカード
場所は変わって近所のスタバ、昨日から今日にかけての成果報告会となった。
「えー……私はエンドコンテンツ全クリしました」
「おー……」
「なかなかですね」
「一日かよ」
「エンドコンテンツって結構あったと思うんですけどねえ」
「意外と簡単でしたね。時間はアホみたいにかかりましたけど」
「え!?」
俺は驚き声を上げた。
「何を驚いてるの? あのくらいキャラが揃っていればクリアできるでしょ?」
「俺は結構苦戦した気がするんだがな……」
先輩がそこで口を挟んだ。
「
「え!? マジですか?」
「気になるならボスを一体倒してみるといいわね」
俺はスマホを取り出してイベント周回から以前は必死に戦っていたエピローグ後のクエストをプレイしてみる。ザコをパシパシと倒してボス戦になる。オートモードを切るのを忘れてキャラが一撃殴りを入れる、それだけでボスは消えていった。
「え、弱い……」
「ね? ザコでしょ?」
「いつの間に下方修正されたんですか……?」
「クエストがイベント中心になった頃かな、エンドコンテンツクリアに必死でイベント参加者が減ったからかなりナーフしたのよ」
「先輩はあっという間にクリアしてそうですけどよく知ってましたね」
「私は情報収集を欠かしませんからね! 上方修正も下方修正も効率のいい攻略法もバッチリ頭の中に入ってるよ!」
「すごいことで……」
余り感心しない海馬の使用法に呆れつつ適当に返答しておいた。この先輩、学業の方もトップなんだよなあ……人類の調整を神様がミスったのかな?
「ばかばかしい」
そう辛辣に言ったのは律子ちゃんだ。
「先輩、そんなことを熱心にしなくても大抵の敵は石を割ってリトライする限りHPを削り続けられるんですよ? そっちの方がよほど効率がいいでしょう」
金満な考え方をしている後輩だった。というかこの子は石を割って攻略していたのか……そんな無茶がまかり通るのだろうか。
「課金はそこまで出来るんですか?」
「預金なら口座にたっぷりとありますよ」
デビットカードなら高校生でも持てる。そういうゴリ押しの勝利がいいとは思わないが、現実問題それは最も簡単な解決法だ。面倒なことを言わず金の力で敵を叩き潰す。シンプルかつもっとも確実な方法だ。
「ちなみに先輩の資金はどこから出ているんですか?」
ああ、そういえば言って無かったか。
「トレードだよ、ぼちぼち上がりそうな株を買ってる。割と効率はいいな」
「ふぅん」
余り興味も無さそうにそう言って自分のスマホを取り出した。
「ちなみに私の戦力はこのくらいです」
そう言ってスマホをこちらに見せてくる律子ちゃん、その画面には俺が今まで稼いだ額より遙かにたくさんの金額が並んでいた。
人類って生まれながらに平等じゃあないんだね……
「俺はとてもおよばない額ですよ」
謙遜でもなく、マジで彼女のスマホに表示された金額がヤバかった。下手をすれば当分働くこと無く暮らせそうな金額だった。しかも彼女の口座は当然だが
天上人のような金額を見せてもらった後で俺は自分の所持金が酷く心細いものだと思えた。これからこの人たちとソシャゲをプレイするのか……時間かお金を犠牲にしないといけない、余りにも無茶振りが過ぎる話だった。
「あらあら、先輩も結構課金してるんじゃないですか? 今朝だって妹さんに魔法のカードを一枚買ってあげてたじゃないですか」
「見てたんですか……」
プリカ、通称魔法のカード、これを使えば決済用カードがなくても課金できちまうんだ!
「あれだけ気軽に妹ちゃんに買ってあげる君がそんなに貧乏には見えないんだよねえ……」
「はぁ……確かに課金くらいでどうにかなるほどの資産じゃないですけどね、気軽に十連回せるくらいはありますよ」
「意外とお金を持ってるのね……」
隣から命のうらやむ声が聞こえてくる。そんなことを言われても俺にはその程度の金額しかないのだが。
「と、とにかく! 律子ちゃんと稗田くん、ついでに阿多利ちゃんはガチャを回せるお金が有るって事だね!」
先輩が強引にまとめた。先輩はガチャを自在に操れる(自称)らしいのでお金がたくさんは無くても問題無いのだろう。俺は先輩がそこそこの良家の出身であると噂で聞いたので多分ガチャをひいても問題無いのだろうが。
「それで、ニュービーの命ちゃんはイベントクエストどのくらい回せそう?」
「え!?」
突然話を振られて命が動揺している。ニュービーなどと言われた意味もわかっていないようだ。
「先輩が一日何周できるかって話ですよ、まあ現在のレベルならスタミナ的にも一日十五周くらいじゃないですか?」
「まあそんな所よねえ……」
「ちなみ先輩はスタミナ回復用のAPドリンクはどのくらい持ってますか?」
「ちょっと待ってね……九百九十九個以上ね、それ以上は桁が足りなくて表示されてないわ」
ふむ……と何やら考え込んでいる律子、APドリンクは重要だが今は効率のいい周回を求めるべきじゃないか?
「なあ、命に周回を任せるのはちょっとキツいんじゃないか? やっと全クリしたところだぞ?」
先輩は少し考えてから答える。
「その発言ももっともなんだけどね、私たちはトップを目指しているの、妥協は出来ないの……とはいえ、本番はお盆のイベントだからゴールデンウィークは回せる限りで周回してくれればいいわ」
周回は確定なのか……
「幸い今年のゴールデンウィークは六連休だからね、回すのはかなりいけるでしょ?」
「え、ええ、頑張ります」
命の声が震えていた。今更になってソシャゲガチ勢の課金や時間の使い方にドン引きしている、ソシャゲ初期の頃はもっと闇が深かったぞといいたいところだが黙っておいた。
「命、辛かったらやめてもいいんだぞ?」
「嫌に決まってるでしょ! せっかくソシャゲ仲間を見つけたんだよ! 仲良くしたいじゃない!」
キレられた。正直ここでもう辛いなら無理じゃないかと思うのだが、退く気は一切無いようだ。
「よーしよし、みんな、地獄へ突っ込む準備は出来てるようね? じゃあゴールデンウィークに備えてデイリーとウィークリーの消化は必須! 出来れば曜日クエストもこなしておいてね?」
「ふぎゃあ」
命が声にならない悲鳴を上げた。LoPにおける曜日クエストはやたらと厳しいので有名で、曜日ごとに最適キャラが違い、自動周回が出来ないくらい敵が強く設定されている。もっとも、先輩や律子ちゃんレベルで課金をしていればゴリ押しでクリアできるくらいの戦力があるのだけれど……
俺は自分の編成を確かめる、編成セットには曜日クエスト専用のパーティが七個用意してある。ギリギリになるが曜日クエストは自動で回せる程度に戦力があった。
「稗田くんは大丈夫そうね、私と律子ちゃんも大丈夫だし、命ちゃんは頑張ってね、後は……阿多利ちゃんはどうかな?」
先輩の問いに阿多利は首を振った。
「私は手動周回が必要ですね。オート周回できるほどキャラが強化されてません」
「じゃあ阿多利ちゃんは手動周回で頑張ってね、ちなみにAPドリンクは夏のイベントに備えて温存しておいてね。まあ……石を割ればスタミナは回復できるんだけどね……」
先輩に一つ質問する。
「先輩、ドリンクはともかく石を使うなとは言わないんですね?」
「それ言っちゃうと私たちが苦労するからね……」
実質先輩と後輩はガッツリ石でスタミナを回復する予定のようだ。
「ちなみにお休みは一日中周回できるよね?」
「あーすいません、俺はトレードで平日はキツいので休日は昼頃まで寝たいんですけど……」
俺は恐る恐るそう言う。先輩からの返答は簡単だった。
「休みを削ってみんなに奉仕する、美しい精神だよね?」
これで俺の休みに安息はなくなった。
「阿多利ちゃんは大丈夫よね?」
「私は休みは問題無いですね。いざという時はお兄ちゃんに養ってもらう気ですから時間をガン積みできますよ」
「頼れる家族ね、羨ましいわ」
「私もちょっと羨ましいです」
先輩と後輩は何か羨んでいるが、集られる方のみにもなって欲しい。
「アンタって意外と甲斐性あるのね……」
「意外とは余計だし、こっちもあっちこっちで騒動が起きて乱高下してるんだからあんまり楽じゃないんだぞ……」
「それはそうでしょうね、最近は市場が荒れてますからね、父様も母様もピリピリしていますよ」
律子がそうため息をつくように言う。最近の相場の荒れ具合から言えば、お金持ちもイライラしてしまうのはしょうがない。もっとも、律子ちゃんのご両親は多少の変動なんて気にもしない程度のお金は持っているのだろうが。
「まあそれはさておき、明日は四半期の決算発表だからあまり積極的にプレイは出来ないんですが……」
「あら、どうせなるようにしかならないでしょう? 諦めて周回してもらえます?」
律子ちゃんはどうしようもなく冷徹だった。
「ええ……だって結構重要なんですけど」
俺ももう敬語になっていた尊大な態度に金持ちオーラを感じて恐れ入ってしまう。
「だって実際どうしようもないじゃない、公開だって場が閉じた後でしょう? 売るならさっさと売っておきなさい、賭けるならホールドしておけばいいじゃない」
うっ……まあ実際そうではあるのだけれど……
「厳しいですね律子さん」
「ちゃんでいいわよ。どうせ私が生まれた環境が良かっただけだし、実際どうしようもないでしょう。とはいえ、貴方なら自動周回に任せても問題無く進むでしょう? だったらどうしようもない要素に思い悩むことも無いんじゃない?」
「そういうものかなあ……」
世の中はどうしようもないことで出来ている。だからどうしろという話でもないのだが……なんだか世知辛いものだ。
「じゃあ私は何をすれば……」
命が声を上げる、このマラソンに付き合うのが怖くなったのだろうか?
「貴方は普通に手動で適当にやってね、貴方はその……正直に言うと……あまり戦力として求めてないから……」
先輩の言葉にショックを受けたようで、命は口を閉じて下を向いてしまった。
「私、頑張りますから! 絶対……役に立って見せます!」
その一言で皆やる気が出たのか気色ばんだ。
「さて、それなら私たちも頑張らないとね!」
「そうね、私も負けてられないわ」
「お兄ちゃん、頑張るのでガチャ引いていいですか?」
約一名の空気を読まない人間とその他の愉快な仲間たちによるゴールデンウィーク闘争の幕開けとなったのだった。
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