廃人の日常
眠い……眠い眠い眠い!
先輩はどれだけソシャゲに入れ込んでるんだよ……もう十二時を回ったぞ。
先輩からの催促はグループに入った日から止むことなく届いていた。食事中に『スタミナ回復したんじゃない?』と入ったときにはスマホの電源を落とそうかと思った。しかしそれを
『そろそろ紋章千個たまったかな?』
イライラするが切れてはいけない、本人に悪意はないのだ。ただ少し常識に欠けるだけなんだ……
signalではちゃんと未読と既読がつく。その辺はLINEと一緒だ。だからこそ見て見ぬ振りというのがやりづらい。俺はアメリカ株のトレード用の画面を開きながら考える。
結局、二時まで周回をさせられて意識が落ちた、ぷつんと糸が切れたように記憶が途切れている。
翌日、俺は何とか遅刻をしない程度の時間には起きられた、自分で自分を褒めてやりたい気分だった。
キッチンには阿多利の姿はない、アイツも周回をさせられたのだろう。
「あ゛……お兄ちゃん……おはようございます」
「よう、お前も深夜まで付き合わされたのか?」
「違いますよぅ……今朝までです……」
よく見ると目の下に隈を作っており、どことなく生気のない目をしていた。
「それは……ご愁傷様」
「何を他人事みたいに言ってるんですか! お兄ちゃんの既読がつかないからって私に延々と送ってくるんですよ! 夜中に!」
「なんというか……すまんかった」
「悪いと思っているならプリカ一枚を所望します!」
「三千円のでいいか?」
「微妙な値段で来ますね……」
「こっちだって金が無限にあるわけじゃないんだよ、十連一回分くらいにはなるだろう?」
「そですね、じゃ登校途中にあるコンビニで買ってもらえますか?」
「わかったよ……」
俺には俺の責任というものがある、お互いよく眠れなかったようなので寝ぼけながら歯を磨いて顔を洗い、俺は朝食代わりのエナドリを、阿多利は朝食用のゼリードリンクを胃に流し込んで登校することにした。
「太陽が憎い……」
「……」
俺は何も言わず歩を進めていた。というか何も言う気になれなかった。夜中まで延々とクエスト周回に費やしたので非常に眠い。喋っていると会話中に気を失いそうだった。
途中にコンビニがあったので課金用のプリカを一枚とエナドリを二本、自分用に買っておいた。出るなり缶を開けて二本を一気に飲み干した。多少意識がハッキリとしたような気がする。
「おはよう! 稗田くん! 阿多利ちゃん!」
俺がこうして眠気と戦っている元凶の先輩は何事もないように話しかけてきた。
「あれ? 元気ないね?」
「先輩こそ深夜までゲームやってて眠くないんですか……?」
この人は人間の生活リズムからかけ離れているとしか思えない。
「深夜まで? 私はちゃんと寝てるよ?」
「嘘でしょう!? 俺に二時頃までメッセージを送ってきたじゃないですか!?」
キョトンとした顔をして先輩は答えた。
「ギリギリオートでクリアできるクエストを周回させて合間合間にちゃんと寝てたけど?」
「合間って……一番重いクエストで五分くらいしか余裕がないと思うんですが……」
「五分『も』あるんだよ? 時間は有意義に使わなくっちゃ! クリアできるのは確定なんだからぼんやり眺めててもしょうがないでしょう?」
だめだ、この人には普通の人間のメンタルを理解できないんだ。なんで出来ないの? と心底不思議そうに聞いている。
「五分で満足いくほど眠れるんですか?」
「慣れよ、慣れ。私も始めてはキツかったんだけどねー、慣れちゃってさあ」
「寿命を犠牲にしてますよ、先輩」
「私はトップを取るためなら多少時間を犠牲にするのもいとわないけど?」
ダメだこの人、常識が通じない人だ。
「何をやっているんですか? こんなところで大々的に話すようなことでも無いでしょう」
後ろから声がかかった、そこには律子ちゃんが立っていた。
「先輩、あんまり後輩にプレッシャーかけるのはやめてくれませんか? フォローが結構大変なんですけど」
よく見ると隣に
「稗田……あなたも随分苦労したみたいね……」
「ああ、周回って言葉を聞きたくなくなったよ、お前は?」
「エンドコンテンツ全制覇をさせられたわ、メインシナリオが終わったからいいんじゃないかって思ってた私が甘かったわ」
先輩は何のこともなさそうに言う。
「当然でしょう? クリアしてからがスタートラインですよ?」
LoPはリリースされてからそれなりに経つ、つまりエンドコンテンツもそれなりに発展している。これを全部クリアするのは不可能ではないが非常にキツいだろう。
「クリアは出来たのか?」
「ええ、コーヒーを五杯くらい飲んでなんとかクリアしたわ」
ご愁傷様です……
「じゃあ今日はスタバで昨日の成果と反省会ね!」
そう言って軽やかな足取りで去って行った石動先輩を見送りながら、俺はこのゲームのベテランだと思っていたが上を見ればキリがないことを認識したのだった。
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