第14話 帝国憲法と天皇


「2・26事件のときと、終戦のときと、この2回だけ、自分は立憲君主との道を踏み間違えた・・・」と、入江元侍従長は戦後まもなく天皇の言葉と記している。

第1条大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス(立法・行政・司法全ての大権は天皇にある)

第3条天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス(神聖だから侵してはならない、責任を責めてはいけない)

第4条条天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ(立憲主義) 

第5条天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ

第37条凡テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス(法律は議会の賛成がないと決められない)

第6条天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス(行政権は天皇に属す)

第7条天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス(天皇が解散を命じたことはない)

第11条天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

第12条天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム

第13条天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス

第55条国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス 2 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス(国務大臣のサインがないと法律・勅令は無効である)


 天皇は全ての大権を持つがゆえに、輔弼・協賛を、自らを規制するものと捉えた。帝国憲法では「輔弼の臣」が責任を負う。ということは内閣から奉請があって初めて天皇が裁可出来るのである。天皇が一方的に何かを命令することはあり得ない。

『裕仁天皇の昭和史』を書いた山本七兵氏は〈2・26事件のときは、本来なら川島陸相が反乱の勃発を天皇に上奏し、これの鎮定を奉請して裁可を受けるのがルールである。また総理の生死も不明な場合、内大臣がその実情を奉請して同じように裁可を受ける。ところが川島陸相は反乱側に同調的で、態度がはっきりしない。このままいけば立憲政治は崩壊する。その崩壊を食い止めるため立憲君主として逸脱せざるを得なかった、という実に奇妙な状態に天皇は置かれる。終戦の時も同じような状態である。こういう時の行動さえ、天王は「立憲君主の道を踏み間違えた」と考える。こういう点、天皇はまことに憲法絶対的であったと云える。〉と評している。


 事実、天皇は首班指名した内閣総理大臣には、① 憲法を遵守せよ、② 外交上に無理をせぬこと(外交は英米を軸とせよ)③ 財界に急激な変化を与えぬこと、が定番だとされている。色々読んでいて憲法遵守の考えは天皇が一番と考える。それから比べると、軍部の憲法軽視の甚だしき事、憲法を盾にした内閣の弱いこと。朝鮮軍総督の林銑十郎の朝鮮軍越境派兵など「天皇の統帥権の侵犯!」の一言で、政府が恫喝出来るのではないか。それなのに派兵に予算をつけたり、軍に舐められて当然である。


 私の考えは山本七兵氏とは少し異なる。2・26事件は、議会を否定し、内閣を否定するものである。それを軍の武力を使ってするのであるから当然、反乱軍と規定すべきものである。第11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」には内閣の輔弼事項がない、天皇が一番遠慮なく行使出来る大権、「統帥大権」を使う時であるし、べきである。第14条には「天皇ハ戒厳ヲ宣告ス」とある。2.26事件に対する天皇の対処は、政治的にも正しく、憲法に則ったものだと云える。それに比べると、近衛が皇統派に共感を持ち、首相になった時恩赦まで考えたという、近衛の間違い、弱さの源泉のような気がする。


 終戦の聖断であるが、第13条「戦ヲ宣シ和ヲ講シ」とある。戦争を開始するのも天皇であり、当然終結するのも天皇である。内閣・軍の意見を聴くのは重要であるが、最後の断を下すのは統治するものの義務だと云える。第3条の「神聖ニシテ侵スヘカラス」とは何故神聖なのか、世界に類を見ない皇統故か、長いが値打ちなら他にも色んなものがある。民の暮らしや命を祈願し守る存在であるからである。これに反対するようなものが神聖である筈がない。出来れば聖断はもっと早くすべきであり、戦争を避けたかったのなら「多くの民や兵の命を失うような、無謀な戦争を朕は望まず、戦を宣せず」と強い意思で述べることは出来たと考える。これが私の帝国憲法観である。運用によっては結構民主的に活用できるのである。天皇は少し杓子定規過ぎるきらいがある。幼少より立憲の教えは徹底されたようであるが…。


 憲法教育は大事である。戦前、教育勅語は暗唱させられただろうが、国民はどれだけ憲法を教えられただろうか。軍人は「軍人勅諭」を暗唱させられただろうが、どれほど憲法をおしえられたのだろうか。戦後の私たちは憲法前文を暗唱させられたほど憲法を教えられた。不思議なことに戦前にあった帝国憲法は全然教えられていない。比較して知ることは歴史的にも有益だと思うのだが・・。

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