第3話 昭和期の内閣(若槻内閣~浜口内閣まで)
内閣総理大臣は元老が天皇に推薦し、天皇が組閣を命じるというものだった。昭和期に入っては元老が西園寺公望一人になって、彼が推薦する役割を担い、元老は彼を最後にしたいと公望は考えていた。彼は伊藤博文が政府与党とした政党、政友会を引き継いで政党政治が軌道に乗ることを望んでいた。また、内閣総理大臣は筆頭大臣みたいなもので、他の大臣の罷免権を持たなかった。各大臣は天皇が任命するのでそれを罷免できない形になっていた。
第1次若槻次郎内閣(大蔵官僚)(憲政会)1926年(大15)1月~27年(昭和2)4月
金融恐慌:大戦景気から一転、1920年に戦後不況に陥って企業や銀行は不良債権を抱えていた。また。23(大12)年に発生した関東大震災の処理のための震災手形が膨大な不良債権と化していた。1927年3月議会での片岡蔵相の「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」と失言から、金融不安が表面化し、中小銀行を中心として取り付け騒ぎが発生した。一旦は収束するものの4月に鈴木商店が倒産し、その煽りを受けた台湾銀行が休業に追い込まれたことから金融不安が再燃した。台湾銀行を救済する緊急勅令案発布を枢密院で否決されたため若槻内閣は総辞職した。次の田中義一内閣の高橋是清蔵相になって、日本銀行から市中銀行への緊急融資を行い金融不安は解消した。急いだため、片面印刷の紙幣が印刷された。
二大政党制*の成立
憲政会は護憲三派を経て、分裂した政友会の一部と合同して『政友会』となった(昭和2年)。ここに2大政党制、政権移譲の仕組みが出来、普通選挙のもとで政党政治が進んで行くものと期待された。政党政治の発展を願って来た元老西園寺公望はこれを喜んだ。
昭和になって3年(1928年)田中義一(政友会)内閣は合同した民政党が政友会を上回っていたので1月議会を解散して第1回普通選挙を行った。投票率は80%、結果は政友会218、民政党216と辛うじて政友会が与党を死守した。因みに無産政党は8議席、初めて帝国議会で議席を占めた。
田中義一(政友会)内閣 陸軍大将1927年(昭和2)4月~29年(昭和4)7月
初めての普通選挙に対しては、与党政友会は内務省を通じて民政党系の知事を休職・免職にしたり、酷い選挙干渉を行った。特高警察や思想憲兵の設置、文部省による各大学高校の思想干渉、最高刑を死刑とする治安維持法の改正など思想取締の強化、3・15事件による日本共産党壊滅。田中義一は高橋、加藤友三郎、山本権兵衛内閣の陸軍大臣で、政治進出の野望を持っていた。予備役になって政友会総裁についた。総裁への持参金は軍の機密費を使ったと問題にされた。
政党内閣でありながら大正デモクラシーに批判的な内閣メンバーを揃えた。外務大臣を兼任し、従来の穏健な中国政策と国際協調を基調とした「幣原外交」を破棄して、民衆保護を理由に三度の山東出兵を行い、批判を受けた。民本主義で知られる吉野作造は政党政治を理解していない軍人出身者が総理・総裁となったことの最悪の内閣であったと糾弾している。
関東軍が行った張作霖爆殺事件の首謀者河本大作大佐に軍事裁判で厳しく対処すると言ったが、行政処分で済ませた。天皇は「田中総理の言ふことはちつとも判らぬ。再び聞くことは自分は厭だ」と奏上を聞くことを拒否した(原田熊雄『西園寺公と政局』)。奏上が出来ないでは総理の仕事は出来ないことになる。これを聞いて田中は辞職を決意し内閣は総辞職した。
浜口雄幸(大蔵官僚)(民政党)内閣1929年(昭和4)7月~31年(昭和6)4月
陸軍大臣宇垣一成、外務大臣幣原喜重郎でロンドン海軍軍縮条約*を成立させる。宇垣軍縮、4個師団削減。大蔵大臣は財界から信任のある井上準之助蔵相(日銀総裁)を起用して金解禁*を行う。東京駅構内で右翼団体党員に銃撃されて執務困難となる。幣原喜重郎が臨時総理大臣となるも、無理して国会に登壇したことが祟って病状悪化、内閣は総辞職する。
ロンドン海軍軍縮条約について
1921(大10)年のワシントン海軍軍縮条約では主力艦比率を米英5に対して日は3と決められた。海軍の主張は7割ないとアメリカとは戦えないと強硬であった。日露戦争で日本海は日本の海になった。海軍が戦うとしたら太平洋である。第1次大戦後、世界は協調外交を目指し、軍縮の流れにあった。政府は日露戦争の戦費返済・シベリア出兵の戦費増で軍備費を押さえる必要があった。補助艦比率が決められていなかったので1930年ロンドンで大戦戦勝国5か国が集まって会議が開かれた。米10に対して日本は6であった。日本の主張は7、粘って主張7に近い6.975となったので受託を決め、枢密院で条約は正式に批准した。海軍内部ではこの過程において条約に賛成する「条約派」とこれに反対する「艦隊派」という対立構造が生まれた。条約派は「戦争するにも外国から金を借りなければならないでないか」と日露戦争を例にして艦隊派の口を封じた。また、濱口内閣の蔵相の井上準之助が緊縮財政を進め、海軍の予算を大幅に削ったことも艦隊派の不満を高めた。
野党・政友会は、兵力量を決めるのは、帝国憲法第11条の「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(統帥大権)を干犯していると、いわゆる「統帥権干犯問題」*で、海軍の条約反対派を味方につけて政府を追い詰めた。政府浜口首相は質問には「抽象的の問題」については答えられないと、憲法解釈の問題を避け、正面から議論せず押し切ってしまった。この時に与野党の政争のために統帥権を持ちだしたことは、後に議会は統帥権を主張する軍部の独走を押さえられなくなるという取り返しのつかない過ちを犯してしまうことになる。
金解禁問題
金(輸出)解禁とは紙幣と金(金貨)の交換と国外持ち出しをみとめること、金本位制に戻すことを意味する。これに対するのが通貨管理制度で、金の保有に拘束されず通貨を発行できる。第一世界大戦中、世界の主要国が金本位制から離れたので、日本も1917年に金本位制を廃止、金の輸出を禁じる。その後、徐々に金本位制に主要国も復帰して来ると、日本も国際協調の観点からも戻す時期を探る。積極財政主義の民政党(前身の憲政会)はする筈もない。浜口内閣になって、井上準之助蔵相のもと勇気を持って緊縮財政政策を実行するために金解禁に踏み切る。金保有の範囲内でしかお金は出せないという、金の自動調整作用に期待したのである。平時なら良かったのだが、タイミングが悪すぎた。1929年10月ニューヨークのあの大暴落であった。一過性だろうと見ていたのだが、世界中を飲み込む大恐慌となった。後にある財界人は「暴風のさなかに雨戸を開け放ったようなものだ」と批判した。日本の主要輸出品は生糸と綿製品だった。生糸の輸出先はアメリカで綿製品はアジア諸国であった。こうして主要な輸出先が二つとも不況となり、日本の輸出は激減する。農村の唯一の現金収入となっていた繭値は暴落、それでなくても小作料負担の多い農村は疲弊、娘の身売りが新聞沙汰になる惨状を呈する始末。アジア向けの綿紡織・製品は最安値でしか売れず、中小企業は倒産、織子・職工は失業、失業者が都市に溢れる状態になり、事態は昭和恐慌を呈する。
統帥権干犯問題(大事な問題なの詳しく述べる)
私は、陸軍大臣(海軍大臣)は軍の全てを司るトップであると思っていた。作戦立案し軍隊を動かすのは統帥部で、天皇に直結して軍政部からも独立した存在である。陸軍大臣は軍政部の長でしかない、かつ内閣のメンバーである。軍は政治にはタッチしないが建前である。同時に時の政府に軍が介入利用されることがあってもいけない。この両立のために考えられたものと思われる。
帝国憲法では第11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」第12条「天皇ハ陸海軍ノ編成及ビ常備兵額(兵力)ヲ定ム」となっている。陸海軍の統帥権に関しては政府の権能は及ばず、統帥部の輔弼によって行使されるということで意見の違いはなかった。問題は12条で、陸海軍の編成及び常備兵額決定の輔弼の責が政府にあるのか、統帥部にあるのかである。軍大臣は軍政を担うことになっている。編成・常備兵額を取ってしまったらあと何をするのかと私は思ってしまう。当時の代表的憲法学者の美濃部達吉は12条の規定は政府の輔弼事項を決めたもので、11条とは明確に区別されるものとみなした。軍大臣は軍組織(統帥部を除く)のトップであると同時に内閣のメンバーである。
野党の執拗な質問攻めに、濱口は『たしかに、最終的な決定権があるのは天皇陛下だが、天皇の補佐を任されている首相が条約を結んで何が悪い。ならば外務大臣が外交を行うことも天皇大権の干犯なのか!』と反論するも、憲法判断には「抽象的なことには答えられない」と口を噤んでしまう。
この時の陸軍大臣宇垣一成はどう考えていたのであろうか?12条の編成大権は政府と統帥機関の共同輔弼事項とみなす。兵力量決定については完全な同意が必要で、不一致はあってはならないことだが、もしそのようなことがある場合は軍政機関(陸軍大臣)が両者の意見調整を行う重要な役割を持つとして、統帥部を立てながらも陸軍大臣の権限強化を図ったのである。軍内部はこれで統一させたのだが、外に見解を出すとすれば、野党よりに近いものと受け取られかねない。陸軍内部の交渉事項には「答弁の限りにあらず」と、野党質問には回答を拒否した。
浜口は宇垣を助け、宇垣は浜口を助けたのである。こと左様に統帥権の問題は天皇大権に絡む問題として微妙なものなのであった。事実、軍政部(陸軍大臣)と統帥部の意見が異なることがあった。統帥部が先行して作戦実行してしまえば、軍政部はこの後を追うしかない。統帥部が不拡大方針を立てても軍政部が組織を上げて行動を起こせばコントロールできない。中国大陸では統帥部中央を無視して現地軍司令が独断先行してしまう場合も多々あった。こうして政府が不拡大方針を取っても、事態はどんどん拡大してしまうという構図になるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます