さよなら世界

「僕の世界軸では、僕と佐山は付き合っていた」




 いきなり先制パンチな入りだった。これだけならなんだてめえこの幸せ者となる所だったが、もちろん話はそんなに単純なものではなかった。




「幸せだった。本当に。でも、幸せは長く続かなかった。一緒に学校から帰って、いつもの十字路で別れて家に帰った。佐山がバイクにはねられたって聞いたのは家で晩御飯を食べている時だった。一瞬何を言われているのか全く理解出来なかった。病院についてからもまだ実感がなかった。手術中のランプがともる扉の前で僕はだんだん現実を理解し始めた。佐山が死ぬかもしれない。途端に怖くなった。そんなの絶対に嫌だ。僕は祈った。祈り続けた。頼むから生きて帰ってきてくれって。何時間そうしてただろう。でも結果はダメだった。眩暈がした。世界が終わるような感覚だった。その時に僕は咄嗟に思った。飛ぼうって。そして僕は飛んだ。飛び続けた。でもね、僕の世界軸に佐山はもういなかった。何度飛んでも、佐山という存在はもう死んでしまっていた。遅すぎたんだ。並行世界だから、あまりに遅すぎるとダメなんだよね。絶望したよ。もう佐山とは会えないんだって。でもその時に禁じ手がある事に気付いた。佐山の世界軸があるじゃないかって。そこなら絶対に佐山に会える。迷う理由なんてなかった。そして僕は、佐山の世界に飛んできたんだ。消えてしまうかもしれないけど、それでも佐山に会いたかったから」




 もう僕は何も言えなかった。


 完璧だよ。モブでバグな僕とは違う。やっぱり君は主人公だ。自分が消えるリスクも厭わず、彼女に会う為だけに禁じ手を使う覚悟。僕なんかとはまるで違う。




「ありがとう、話してくれて」




 タッピーは静かに泣いていた。




「もう一つ聞いていい?」


「何?」


「何で僕をすぐに消さなかったんだ?」




 彼にとって僕の存在はリスク以外の何者でもない。でも彼は僕に成り代わらなかった。




「佐山への想いが真っすぐだったから。今まで見た他の僕は信じられないぐらい情けない奴らばっかりだった。その中で、君は一番真っすぐだった。だから、最後まで見届けてやってもいいんじゃないかって思った」


「……そっか。ありがとう」




 終わりだ。もう十分だ。僕はこの世界でやるべき事を果たした。


 ……いや、まだ残っているか。




「タッピー」




 これが僕に出来る最後の役割だ。




「消してくれ、僕を」




 僕は存在してはいけないバグだ。もう役目はない。唯一後出来ることは消える事のみだ。




「分かった」




 すっとタッピーが僕に歩み寄る。手を伸ばせば僕を消せる距離。




「シッピー!」




 佐山が僕を呼ぶ。




「泣くなよ、佐山。これしかないよ」


「……そうかもしれないけど……」


「僕みたいな情けない僕より、タッピーがいてくれるよ」




 目の前の僕を見る。姿形、ほんとにそっくりだ。でも今はなんだか違って見える。同じ自分だけど、自分よりもっとずっとかっこよく見える。頼もしく見える。




「タッピー。お願いがある」


「うん」


「佐山の事、頼む」


「うん」




 こいつなら安心して佐山を任せられる。一人の女の子の為にここまで出来る奴だ。きっと大丈夫だろう。




「佐山」




 佐山を見る。




「お願いがある」


「何?」


「僕は、君の笑顔が特に好きだ。最後は笑顔でお別れしたい」




 その瞬間佐山は泣き崩れた。笑顔でお別れは難しいか。そう思っていたが、




「ちょっと……待ってて…!」




 声が揺れている。また涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。必死に佐山は涙を拭う。




「……ジッピー」




 ぼろぼろと泣きながら、佐山は僕を見た。




「ありがとう。大好きだよ」




 今まで見てきた中で、一番へたくそな笑顔だった。でも、最高に可愛かった。




「ありがとう。僕も大好きだよ」




 もう、未練はない。




「タッピー、頼む」




 すっとタッピーが右手を上げる。




「君は完全に消える。存在も記憶も」


「うん」


「でも、僕は忘れない。君の事を」


「うん」


「私もだよ、シッピー」


「うん」


「……じゃあ、いくよ」




 彼の右の手のひらが、僕の左の胸に触れた。僕は静かに目を閉じた。




 あまりに色々な事が起きすぎた。


 歪で不完全で欠陥だらけの世界。おもちゃのように消費され壊されまくった世界達。


 僕らは無茶苦茶だ。世界が壊れるのもお構いなしに、ただただ自分たちの想いを全うする為に飛び回った。




 やり直す力を持っていても、世界をやり直すなんてやっぱり簡単な事じゃない。その為に払った犠牲はあまりにも大きすぎる。


 僕はとにかく二人の幸せを願う。でもその先でもうタイムスルーなんて力は使って欲しくないと思う。やり直しが出来るって選択肢は、やっぱりきっとあまり良くないと思う。


 やり直せないからこそ大事に出来るものがあると思う。だから失敗を大事に出来る。僕は今回失敗したからこそ動こうと思えた。最終的に消える結果になったとしても、動いて伝えて、僕はやり切った。やり直しがきかない僕の世界で、僕は最後に全力を出せたと思う。




「さようなら、僕の世界」




 僕に僕の意識と意思がある限り、僕がこの世界の主人公で、ここは僕の世界だ。


 僕はこの世界で生きる事が出来て、良かったと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよならworld 見鳥望/greed green @greedgreen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ