第6話

「あ、シッピ……ってえええええええええええ!?」




 佐山だ。本当に佐山だ。そこには僕のよく知っている佐山が確かにいた。




「え、待ってなんでここにって!? ってかシッピーが二人いて、え、な、何これ!?」




 目の前に同じ人間が二人いる事に混乱を極めた佐山がバタバタとその場を駆けずり回る。




「おい佐山落ち着けって!」




 と言っても佐山はバタバタしっぱなしで全然ダメ。どうしようかと思ってたら、横にいた僕君がすーっと佐山に向かって歩き出し、彼女の肩をがしっと掴んだ。




「ごめん。全部説明する」


「あ、はい」




 やるじゃん僕君。




 白い世界に三人。佐山を含めて改めて状況を整理する。




「両方とも、シッピー、なんだよね?」


「シッピー?」




 僕君が怪訝そうな顔で僕を見る。




「あだ名。そう呼ばれてるんだ」


「なるほどね」




 僕君が若干悔しそうな何とも言えない表情を浮かべたのは気のせいだろうか。




「そう。両方とも三嶋聡史だよ」


「へーすごいね。双子みたいにそっくり。で、どうやって呼び分けたらいいんだろ?」


「適当でいいよ」




 僕君がそんな事を言うもんだから本当に佐山は適当に決めてしまう。


 僕は変わらずシッピー。そして僕君はタイムスルーで飛んできたシッピーだからタッピーとなった。




 そしてタッピーが分かりやすく簡潔に説明する。


 自分が佐山を追いかけて佐山の世界軸に飛んできた事。それによってバグが生じ僕と一緒にここにいる事。


 説明を聞き終えて、佐山は「はい!」と手を挙げる。




「何でタッピーは私を追いかけて来たの?」




 いきなり剛速球の核心ど真ん中ストレート。やるな佐山と思っていたが、




「まあ、色々あってね」




 とタッピーは適当に濁してしまう。何か言いたくない事情があるのだろうか。




「じゃあ、一旦交代」




 そしてタッピーはすっと僕達から離れてしまう。




「交代って……」




 突然の事で茫然とする。僕は視線を前に戻す。


 佐山。




 あ、そっか。


 色々と無茶苦茶すぎたけど、ようやく僕は今またスタートラインに立っているのだ。


 僕が佐山に会いに来た理由。あの時の失敗をやり直す為だ。


 分からない事もいっぱいある。佐山がどうして世界を飛んだのかとか。でも僕の目的は、覚悟は一つだ。




「佐山」




 佐山は僕の方に身体は向いているが、視線は下に伏せられていた。


 見てくれないか。そりゃそうだ。僕は佐山を怒らせた。どうして怒らせてしまったのかは、いまだにはっきりと分かっていない。でもおそらくそれは、僕が中途半端だったからだ。




 手が震える。震えるなよ。覚悟決めてきたんだろ。ぎゅっと拳を強く握りしめた。


 だめだ、おさまらねえ。でもいい、震えたって。今度こそちゃんと。




「佐山! 僕は、君が好きだ!」




 ……言えた。言った。


 言ってしまえば、こんなにも簡単なものだったのか。そして僕はあの時こんな簡単で大事な事すら出来なかったのか。情けない。ほんとに。




「っぽいとか、みたいとか、そんな曖昧なもんじゃない。佐山の事、すげえ好きだ。もう届かないかもしれない。でもあの後むちゃくちゃ後悔した。どうしてちゃんと言えなかったんだって。だから言わなきゃって思った。届かなくても届けなきゃだめだって思った。でも電話も繋がらなくて、家行ってもいなくて。なんだか世界は止まってるし、もう一人の自分は現れるし、わけわかんない事だらけでずっとパニックだけど。僕はただ君にもう一度ちゃんと伝えたかった。佐山が、本当に好きだって事」




 おいおい気付けば僕はべらべらべらめちゃくちゃ伝えまくってる。


 大丈夫か? これはこれでキモくねえか? 




 佐山を見る。なんだか表情が歪んでいるような。


 あ、引いていらっしゃる……? うわーって事はまた失敗?


 ダメだったか、聡史。まあでも今回はいい。ちゃんと言い切った。伝えた。これでダメならもう仕方がない。




「う……うぐぐぐ」




 ってあれ? なんだか佐山の様子がおかしい。


 両手で顔を覆って、そのままその場に屈んでしまった。


 そんなにキモかった? さすがにそれは傷つくぞ。


 と思っていたら、




「ご、ごべーん! ごべんばぱい!」




 顔を上げた佐山が謎の言語を口走った。




「ジッピー……ごべーん!」




 佐山はぐちゃぐちゃに泣いていた。そして佐山がごめんと言っていることにようやく気が付いた。




「い、いや何謝ってんだよ! ってか泣くなよどうしたんだよ佐山!」


「だっで……だっでええええ! わだじ、っんとにざいてえだよー!」


「濁点だらけで全く分かんねえよ佐山とりあえず落ち着いてくれ」




 その後もしばらく佐山はぐずり続けたが、しばらくして泣き切ったのかようやく佐山は落ち着いた。目元は真っ赤に赤らんでいたが。




「あーいっぱい出た」


「おしっこみたいに言うな」


「シッピー最低」




 にひひっと佐山は笑った。そうこれこれ。これが佐山だ。この佐山が好きだ。




「タイムスルーって、ほんと無茶苦茶だよね」




 佐山は寂し気に笑いながら話始めた。




「全然便利じゃないし。過去にも戻れない。未来にも飛べない。やり直しがきくわけでもない中途半端な能力」




 だんだんと彼女の表情に悲痛さが混じる。まるで自らの罪を告白するようだ。こんな表情の彼女を見るのは初めてだった。




「でも無茶苦茶なのは私の方。ただ私はシッピーに、ちゃんと好きって言ってもらいたかった。ただそれだけだった」


「え……」




 佐山の言葉に僕は驚く。今のはつまり……。


 僕はそこで初めて気付いた。佐山の気持ちに。




「最初に屋上に呼び出された時は、もっとひどかった。シッピー私の事呼び出したはいいけど、なーんにも喋らないの。あんまりにもだんまりだから何なのって言ったらようやく喋ったけど、全然ダメだった。告白のこの字もなかった」




 ーーうわ、これもしかしてダメだしが始まるのか?




「すっごい期待してた。初めて呼び出された時、え、嘘、まさか両想いだったのってめちゃくちゃ勝手に舞い上がってた。でも肝心のシッピーの告白は全然ダメで。なんだか無性にやり切れなくて。衝動的だけどもうこの世界いいやってなっちゃったの。この世界とはおさらばして、別の世界で普通にシッピーと過ごす、いつも通りの形でいいかなって。でもね」


「でも?」


「飛ぶ先飛ぶ先で、シッピー私の事呼び出すの。シッピーめっちゃ私の事好きだったんだね」




 悪戯っぽく笑う佐山。


 蒸気機関の煙でも出そうなくらい顔が一気に熱くなる。




「そしたら私、どーしてもシッピーにちゃんと好きって言って欲しくてたまらなくなった。何度も何度も飛んだ。シッピーが私にちゃんと告白してくれる瞬間に出会うまで。でもね、うまくいかないのよ。私から告白するならまだしも、シッピーがちゃんと告白してくれるのを待ちな状態だから。何十回って飛んだけど、結局告白された回数って今回のも含めて5回ぐらいだったけど」




 僕はがっくりと項垂れた。ダメすぎるだろ僕。今すぐタイムスルーでくそみたいな僕達を殴り飛ばしたい。佐山が飛び続けた理由は、僕のせいだったのだ。




「もう意地になってるとこもあった。でも、やっと聞けた。私が聞きたかった言葉。けど、その為に世界を壊しすぎた。最悪にわがままだよね。自分の好きな人に好きって言って欲しいが為だけに世界を壊し続けるなんて。しかもそれって、好きなシッピーの事を殺し続けてたって事にもなるわけだし……」




 佐山の表情が一気に暗くなる。


 そう。今回も僕は消されるはずだった。でもタッピーが来たことで運命が変わった。そして今、僕は消えずにここにいる。




 確かに佐山のした事は酷い。それこそ何十億人なんてレベルじゃない人が死んでいることになる。でも、それは佐山一人の罪じゃない。もとはと言えば、僕がしっかりしてさえいれば、世界が壊れる事もなかったのだ。




 これは、僕の罪だ。だから彼女を許す。何より、僕は彼女が好きだ。




「関係ない。僕は佐山が好きだ」




 僕も無茶苦茶なのかもしれない。本当は世界を壊しまくった佐山を軽蔑し非難するべきなのかもしれない。でも知らない。僕は佐山が好きで佐山も僕が好き。それで十分。




「ありがと、シッピー」




 満面の佐山の笑顔が目の前にいる。世界を壊してでも惜しくない存在だ。




「えーっと……ところで、どうしようか」




 そんな僕達に水を差す存在が一人。タッピーだ。




「今更ながらで、非常に言いづらい事なんだけど……」




 タッピーは気まずそうに頭を掻きながらこちらに歩み寄ってくる。何だよ。これ以上何があるってんだよ。




「君、佐山と一緒にいたいよね?」




 何だその質問は。どういう意味だ。


 嫌な予感がする。しかもとてつもなく。




「そりゃ、そうだよ」


「そうだよね……」


「何だよ一体。はっきり言ってくれよ」




 ふうっと覚悟を決めたかのようにタッピーが真っすぐこちらを見て告げた。




「同じ世界に同じ人間が二人いちゃまずいって話」




 ーー……確かに。

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