第5話

「えーっと、君は、僕ですか?」




 頭のおかしな質問だ。でもこれ以上に言いようがない。目の前にいる存在はそっくりさんなんてレベルじゃない。同一の存在だ。複製されたかのように全く全てが一緒だ。




「うん、そう。僕は君だ。君と同じ三嶋聡史。いろいろと聞きたい事もあるだろうけど、今はちょっと急がないといけない」




 そういう僕君(目の前にいるそっくりな僕の事をそう呼ぶことにする)は、自分の両手の指をそれぞれの指の間に絡めてぎゅっと握りしめる。まるで神のご加護を求めるようなポーズ。と思っていたら、




「なああああああああああああああああ!!」




 と僕君がとんでもない咆哮をあげるもんだから思わず僕は飛び上がった。しかし次の瞬間、本当の意味で僕は飛び上がる事になる。




 佐山の部屋が一瞬にしてホワイトアウトし、世界が白一色になる。




 ーーいやもうついていけねぇよ。




「よし、行こっか」




 もちろんどこに何て説明はない。いつまでもどこまでも僕は置き去りだ。そんな虚しさに駆られる僕の事なんて無視して僕君はさくさくと白の世界を歩き始める。


 僕君という道しるべを失ったらそれこそもう本当に置き去りなので僕は仕方なく彼に続く。




「行くってどこに?」




 もうどうにでもなれと思って彼に尋ねると、




「佐山のところ」




 一瞬でどうでもよくなくなった。




「佐山いるのかよ!? どこ!? どこに!?」


「それを答えるには色々と順序立てて説明しないといけないんだけど」




 佐山はいる。早く会いたい。




「まず佐山はもう元の世界にはいないんだ」




 ーーえー、ダメじゃんそれ。




「いないって……でも、今向かっているのは佐山のとこなんだろ?」


「そう」


「どゆ事?」


「時間が止まった。その時点で佐山はもうこの世界から消えている。正確には、君がいた世界から消えている」




 ーーんー?????




 ぽかんとする僕を見て僕君は苦笑する。




「分からないのも当然だよね。説明していくよ。まず一言で言うと、佐山はタイムスルーしたんだ」


「タイムスルー?」


「パラレルワールドって言葉ぐらいは聞いたことあるだろ?」


「ああ……」




 そこから僕君の説明でタイムスルーとは何か、この世界が止まった理由とは、そして彼女はどこに行ったのか、全てを知ることになった。


 その事実は本当に意味不明で無茶苦茶でとんでもなくて、それって神様破綻してないかとか色々と思うことはあったが、それがこの世界の真実だと言うのなら僕は受け入れてそれでも佐山に会いにいかないといけない。




 ともかく何かと言うと、まず人間は簡単に時を止める事が出来、世界を超えてしまう力を持っているという事。長年夢のような理論、技術だと思われてきたものは、他の世界では当たり前のようにそんな芸当が出来てしまう。これが前提。




 次にその技術、というか力であるタイムスルー。これに関してはまだ原理や理屈は追い付いていない。そういう意味では未完成な力だとは思うのだが、じゃあ一体これが何なのかというと、平たく言うと命ぐらい当たり前のように人間に備わっているモノの一つという事。


 どうして生きているのか、という命題に明確な回答がいまだないのと同じように、タイムスルーとはそれぐらい不明瞭だが絶対的に存在している力なのだという。




 次にこのタイムスルーという力についてなのだが、やはりこれは未完成の力であり、その上とてつもなく凶悪で暴力的なものだ。


 この能力はタイムスリップやタイムリープ程便利なものではない。というか別物と言ってしまってもいいぐらい違う。


 まず、過去や未来に行くといった力ではない。タイムスルーで出来ることは、パラレルワールド内の移動。


 パラレルワールドとは並行世界の事だ。今生きている自分の世界とは別に、別次元で並行して自分が存在し、世界が存在するというもの。


 つまり、今自分が生きている世界に不都合があれば、この世界を捨てて別次元の自分が存在している世界に飛ぶ事が出来るというのがタイムスルーなのだ。




 これはタイムリープ等と違ってかなり博打な能力だ。タイムリープなら自分の世界で起きた過ちをその地点に立ち返って修復する事が出来る。でもタイムスルーは違う。


 起きた過ちの地点に戻る事は出来ず、同じ地点、似ている地点にいるであろう他の自分の世界に飛ぶというものだ。他の自分の世界が今の自分と全く同じ状況にいるとはまず限らない。だとすればこんな能力意味があるのだろうか。


 そう思ったが、この点については並行世界というだけあって同じような人間がだいたい同じような運命を歩んでいるので、誤差はあっても大差はないのだ。もし大差があるような世界だっとしたらその世界を諦め、より誤差の少ない世界に飛べばいい。そういう理屈になるそうだ。でもそれってめちゃくちゃ面倒じゃない?




「だから今回も僕は飛んできたんだ」




 今回も。僕君は今回もと言った。これが初めてじゃないという事だ。




「多分もう50回ぐらいは飛んでる」


「そんなに!? なんでそんなに飛ぶ必要があるんだよ?」


「佐山も飛ぶからだよ。追いかけようと思ったら必然的にそうなった。本当は嫌だけどね。もうどれぐらいの人間が死んでるかって考えたら鬱になりそうだ」


「は? どういう事?」




 その次の僕君の発言は衝撃的なものだった。




「飛ぶ毎に元の世界は消滅するんだよ」


「消滅する……?」


「そう。佐山は君がいる世界から飛んだ。佐山は別の世界に行くから生き残る。でも佐山がこの世界を捨てた事で、佐山以外の人間は全て消滅する」


「はあああ!? なんだそれ!?」




 ーーえ、ちょっと待てよ。じゃあこのままだと僕は……。




「そう。このままだと君も消える」




 ジーザスクライスト。どんな世界だよ神様。




「なんだよそれ無茶苦茶すぎんだろ……」


「嘆いても仕方ない。そういうもんなんだよ。君は今の世界が君自身のものだって思って過ごしてきただろうけど、それがそもそも間違いなんだ。君がいた世界は佐山のものなんだよ」




 また頭が混乱する。ここは僕の世界ではなく、佐山だけの世界。


 自分が主人公だと思っていた世界だったが、主人公は佐山で、佐山の世界に僕は生かされていただけなのか。


 そして今、佐山は世界を飛んだ。残された僕は消滅するしかない。




 ーーおいおいひどいな佐山。




 佐山は、僕もろとも世界を捨てた。なんで。どうして佐山は飛ぶんだ。どうして世界を捨てていくんだ。




「いや待て待て待て。でもちょっと待ってくれ。だとしたらおかしくないか?」




 僕は必死に頭を整理する。今の説明だと生じる世界の欠陥を懸命に整理する。




「君が追いかけてる佐山って、”僕のいた世界”から消えた佐山なんだろ? でももし、その佐山と君が”同じ世界にいた存在”だとしたら、君はどうして消えずここにいるんだ? 佐山が飛んだ時点で君は消滅するはずじゃないか?」




 しかしそれを僕君はあっさりと否定する。




「違うよ。僕は元々違う場所から飛んできた。そしてここにいる佐山を見つけたんだよ。だから消えない」




 ーーもう無理わかんねー!




「あ、あっちだな佐山。で、そうそう。タイムスルーってのは基本的には”自分の世界の並行移動”なんだよ。でもこれがまた奇妙なもので、”他人の並行世界への移動”も出来るんだよ。一人につき一つの世界軸。飛ぶとしても基本の自分の世界軸の範囲内だ。君も言った通り、タイムスルーされた後の世界は消えるわけだ。他人の並行世界に足を踏み入れて、先にその世界軸の主人がタイムスルーを発動させたら、自分もろとも消される可能性があるからね。あ、やっぱあっちだ!」


「おい待て急に走るなって! でも君消えてないじゃん! どういう事なんだよ!」


「この世界は欠陥だらけだ。まずタイムスルーなんて力がそもそも無茶苦茶なんだから。世界が壊れる事を前提として創られたものとしか思えない。バグだよこんなの。一つの世界ににタイムスルーを使用出来る人間は一人だけだ。タイムスルーが発動すると世界がまず停止する。そして崩壊が始まるんだ。でも僕みたいに別の世界軸から飛んできた人間がいる。そうなるとタイムスルーを使用できる人間が世界で二人になる。ここでバグが発生する。君が動けたのもそのバグの一つだ。僕が来たから君は唯一動けたんだ」




 なんだか分かったような分からないような。ともかくこの世界を創った神様は乱暴だ。それだけは分かる。


 そしてそんな乱暴な神の世界で僕君も世界を飛び続けている。自分が消滅するかもしれないリスクを冒してまで。




「どうして、君は飛び続けるんだよ」


「佐山に会うためだよ」


「なんで」


「佐山が好きだからだ」




 ーーこいつライバルかよ!!




「佐山をこっちで見た瞬間、泣いたよ。あー佐山だって。でもどうしてか佐山はすぐに飛んでいってしまう。だから追いかけるしかないんだよ。あっ!」




 途端僕君が声を上げて白い世界の先を指差す。


 その先を見て驚く。真っ白な空間の上から突如制服姿の女の子が降ってきたのだ。彼女はすっと白い地面に着地する。




 僕君が走り出した。僕も同じように走る。


 時間にしたらちょっとの間だったかもしれない。でもなんだかとてつもなく久しぶりに感じる。




「佐山!!」




 僕と僕君の声が綺麗に重なる。さすが僕だね。息ぴったり。

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