第3話
「バカ野郎ー!!!!!!!」
枕に顔を埋め何度大絶叫しても過去は変えられない。自分の中に込み上げてくるやるせなさとかやり切れなさとか憤りとかせつなさとか、そういった自分自身を追い込む感情がたまらなく欲しくて僕は僕を出来る限り責め立て続けた。
僕はとんでもないミスを犯してしまった。取り返しのつかないミス。一世一代の告白は木端微塵に砕け散り、もう二度とおそらく告白の機会、いや、それどころかもう二度と話す事すら出来ない程に修復不可能な状態になってしまった。いくら僕が手を伸ばしたところで、半径数メートルにいるだけでもかまいたちのように無数の刃で僕を切り刻む程の拒絶を佐山は纏っているだろう。
終わった。アホバカマヌケ。こんな言葉じゃ足りない。もっと自分を卑下する痛めつけるボキャブラリーが欲しい。
言葉にならない自分への軽蔑は拳を布団に打ち下ろすのみとなる。そんな僕の拳を我が枕様は無言で受け止め続ける。限りない大地のような優しさじゃないかお前。こんなにも理不尽に殴られてるってのに。
それに比べて僕は、僕はー!
「ああああああああああもう!!」
どうしようもねえです、僕。
あの場でちゃんと言えてれば、きっとこうはならなかった。
大事に大事に暖めてきた想いだった。なのに孵化直前にチキって中途半端に殻を破った事で出来損ないの歪な雛が顔を出すだけになってしまった。ちゃんと産んでやりたかった。こんな事になる為に育てた想いじゃなかったのに。
「なー!!」
バフっと枕様をもうひと殴り。
”言うならちゃんと言いなよ”
本当にな。その通りだよな佐山。男らしく、バシッと言うべきだよな。
”何よっぽいって、バカ”
怒るのも当然だよな。
ーーこのままでいいのかよ。
……良くねえだろ。
っていうか、本当に終わりなんだろうか。
佐山は怒ってた。本気で怒ってた。そしてきっと心底呆れてた。
だったらこれ以上下はないんじゃないか。佐山の中で僕はもうカーストの最下層にまで叩き落されただろう。
終わったのかもしれない。でも終わりって逆になんだ?
僕が終わりって決めてるだけじゃねえか。ダメな自分が嫌すぎて、もうダメだ終わりだって情けなく嘆いているだけじゃないか。
僕は終わった。一度終わった。
でも死んだわけじゃない。僕はまだ生きてる。だったらまだ伝えられる。
佐山は聞いてくれないかもしれない。相手にもしてくれないかもしれない。でもそれだって、かもしれないの領域で僕がそう思っているだけなのだ。
だったら確かめよう。
第一僕もせっかく覚悟を決めたのに、その覚悟だけの言葉をちゃんと使い切れたか。
使い切れていない。しっかりと伝えきれていない。本当に伝えたかった言葉を100%伝えきれていない。
これでダメなら仕方がない。チャレンジしてみて、それでもダメならもうどうしようもない。でも決めた。僕は言う。今度こそ、しっかり堂々と。
まだあれから数時間。すっかり夜だが善は急げだ。善か? 善なのかこれは?少なくとも僕にとっては善だ。全く持って自分の気持ちしか考えていないが、きっとちゃんと伝える事がせめてもの佐山への礼儀だと思う。謝罪も含めて。
よし。僕はまたも覚悟を決めた。今日一日で何度覚悟を決めるんだ僕は。
スマホを取り出し、RINEから佐山を呼び出す。そして聞きなれたコール音が鳴り始める。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
出てくれるのだろうか。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
ここで躓いたらなかなかに辛いのだが。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
あ、これマジで出ないタイプのやつ?
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「ふぁー!!!!!!!!」
出ねぇー。佐山出ねぇー。
これはちょっとマジで詰んでるのかもしれん。改めて覚悟を決めて早くもファーストステージでこの様。前途多難。マジ勘弁。
いや、諦めぬ! この程度では! 僕の決心を舐めるな!
”バカ”
バカって言われた。本気で。そうだ、僕はバカだ。でもただのバカで終わってはいけないのだ今度こそ。告白にこぎつけてそれでまたバカと言われても、今度のバカは最初のバカとは全く違う。僕は頭を切り替える。RINEがダメならダイレクトアタックだ。
次なる案。ダイレクトホームアタック。僕は部屋着を脱ぎ捨て、野郎共と遊ぶ時よりもワンランク上の私服をチョイスして身にまとう。気分を高める。これは戦だ。闘いだ。
時間を確認する。18:45。まぁ、まだ突然の訪問だとしても常識の範疇だろう。
ぐぅー。
ーーあ、晩飯。
そうだ晩飯時だ。さすがにそんなタイミングで訪問したら向こうのご両親にも失礼だ。よし、腹ごしらえしてから行こう。腹が減っては何とやらだ。
ーーん?
ここでふと違和感を覚える。いつもならば「ご飯よー」と威勢よく呼びかけてくれる母さんの声が全くない。そういえば、あれだけ枕をバフバフして絶叫していたのにお咎めの一つもなかった。
僅かな違和感。でも確かな違和感。何にしても晩御飯をかじっておきたいので一階のリビングへと降りる。
「母さん、ご飯出来てーー」
違和感が一気に膨れ上がる。
明かりのついたリビングの中、僕に背を向ける形でキッチンで料理を作る母の姿。いつも通りだ。全く持っていつも通り。でも何かがおかしい。
視線を右に向ける。テレビには女性のニュースキャスターが映っている。しかしこれが妙だ。ニュースを読み上げるキャスターの彼女の口が、ぽかんと開いたままで静止している。まるで録画を一時停止しているかのようだ。
いや、録画? ニュース番組を?
あまりない。というか考えにくいだろう。録画している番組を流しながら家事をしているにしても一時停止したままはおかしいし、今流れている番組はいつもこの時間にやっているニュース番組だ。だとすればこれは今番組表通りに流れている番組のはずだ。だとすればやはりおかしい。音も流れていない。
そうだ、音がしない。これに気付いた瞬間戦慄した。テレビから音がしていないんじゃない。家の中の音が全くないのだ。恐る恐る母さんの背中に視線を戻す。
動いていない。
鼓動が速くなっていく。僕は母さんの方にゆっくりと近づいて行った。母さんはフライパンを片手に野菜炒めでもつくっているようだった。だが、だとすれば、絶対におかしな現象が目の前で起きている。
ーー何の冗談だよ、これ。
フライパンの中に入っている具材たち。まさに母さんはフライパンを振るい、彼らが宙に舞う瞬間の状態だった。これは、チンジャオロースだ。宙を舞う肉やピーマン達。
そいつらが揃いも揃って、空中で止まっていやがる。
いやダメだろ。お前たちはフライパンに着地してそこからジュワジュワ炒められておいしく仕上がっていかなきゃダメだろ。それがお前達の運命だろ。
ーーなんだこれ?
あ、夢か。そうか夢なのか。
僕は自分の頬をぎぃっと強くつねってみた。
いや痛い痛いめちゃくちゃ痛い。
痛い。痛いぞ。痛いって事は……つまり、これは……?
ーーふーこいつは参ったぜ。
やれやれと海外映画の俳優のように両手を挙げる。
これはつまり、あれだ。そうあれだ。よく映画とか小説とかでも出てくる一つの夢のようなシチュエーション。それが現実に何故だか今起きちまってるって事だ。
停止したキャスター、母さん、チンジャオロース。そしてその世界で動ける僕。
どうやらこの世界は、僕だけを置き去りにして時を止めてしまったらしい
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