第2話

「風、気持ちいいね」


「そうだね」




 ーー言葉が出ねえ。




 今日言うと何度も決心を重ねてきたのに、いざとなると重ねすぎた重みのせいか全く用意した言葉は舌の上にまで上がってこず外に出てきてくれない。やっと出てきたと思ったら微塵も思っていないスッカスカの風への感想だった。




 こうやって呼び出している時点で、佐山はもう勘付いているかもしれない。


 ベタに放課後の屋上に呼び出すなんて喧嘩か告白かのどちらかだろう。そしてまさか喧嘩の呼び出しなわけがない。




 もともと級友としての付き合いは一年ある。その中で彼女と友好的な関係はそれなりに築けている。僕の三嶋という苗字を「なんかミシシッピ川っぽい」という謎のインスピレーションからシッピーというあだ名で呼ばれるぐらいには仲は良い。でもそれは別に彼女にとって僕が特別だという事にはならない。佐山は誰とだって仲が良い。僕はその中の一人にすぎない。




 あの夢を境に自分の中に積もっていた彼女への思いが爆裂してからというもの、僕は今まで心地よかった佐山との距離感にやきもきするようになった。


 楽しい。楽しいんだけど、激烈に違う。自分が求めているのはこれじゃない。そう思えば思うほどに僕はどんどんぎこちなくなって、なんだかうまく彼女に冗談も言えなくなってしまった。




「バッドコンディションシッピー」




 どっかの売れないパンクロックバンドみたいなフレーズをつけられてしまう程に僕は佐山単体でどんどん調子を下げていってしまった。




 なんでだよ。これなら今までの方が良かったじゃねえか。こんな事なら自分の気持ちに気づかない方が良かったと僕の心はどんどん佐山でぐしゃぐしゃになっていった。


 これが恋なのか。なんて恐ろしいんだ。僕はもう佐山と前みたいに日常を過ごす事は出来ないのか。




 もう戻れない。自分の中の爆弾が起動した瞬間からもうそれは決まってしまったのだ。


 でもどうせ爆ぜるなら、一発ぶちあげるしかない。


 そして僕は今日という決戦の日を迎えたのだ。




「で、シッピー。今日はいかがなされた?」




 なのに、なのに、なのに!


 いつもはフル開門の僕の喉は事もあろうにこんな今日一番という日にまさかの閉門。しかも門番付き。ここは通さんと一切の侵入通過を許さないクソセコム。なんでやねん邪魔すんなよ。でもその邪魔をしているのが何より自分自身という恐ろしい事実。ほんとにどうしようもない。




「あー、うん。そうだな。そうだよな」




 自分で呼んどいて用件を忘れているようなヤバい反応だがもちろん忘れているわけはない。ずっと頭のど真ん中に大事な言葉は鎮座している。




”実は前から好きでした。付き合ってください”




 こんなシンプルなワンセンテンスが何故言えない。意味が分からない。いつまでも鎮座してもらっては困るのだ。大事な言葉ではあるが、ずっとそこに引きこもられていても困る。


 だのに僕沈黙。


 言おうとするたびにまるで催眠術で喋れなくなったかのように口がパクパクするだけ。




「どしたシッピー? 金魚のモノマネ?」




 なわけねーだろ。どんな放課後だよ。


 いやマジで待って待って。さすがにこれ以上の沈黙はマズイ。分かってる分かってる。言うよ、言うから!


 ごくんっと一際大きく唾を飲み込んだ。




「あ、あのさ!」




 出た。声出た。




「うるっさ! 声でかっ!」




 出過ぎたごめん。


 でもいける。これならいける。声が出せる。伝えられる。


 よし、いけ。いくんだ僕。


 重ねた覚悟を、僕はついに吐き出す。




「……なんか、佐山の事、好きっぽいんだよね」




 ーーなんか、違うくない?




 出た。出たけどそれは自分の中で用意していたしっかりとしたフレーズとはほど遠い軟弱なものだった。でも言った。好きって言った。言ったぞ!




 でも僕は分かっていなかった。当たり前すぎる事に、自分の事でいっぱいいっぱい過ぎてその先の事を全くイメージしていなかった。




 告白をしたなら、その次はなんだ。僕のターンが終わったら、次は佐山のターンなのだ。僕の告白に対してイエスかノーの答えがあるのだ。


 僕はもっと考えるべきだったのだ。未来の事を。佐山に告白した結果起こり得る未来をちゃんともっとイメトレするべきだったのだ。




「……何それ」




 一瞬それが誰の声か分からなかった。冷たく、重く、深い。それが佐山から発せられたものだと認識した瞬間、血の気が引いた。あんなに笑顔が眩しい佐山から全くの表情が消えているのを見た瞬間、全身から温度が消えていった。




 何が起こっているのか分からない。ただ、ものすごくマズイ事が起こっているのは間違いなかった。




「わざわざ呼び出しといて、何よそれ」




 佐山の声は以前冷たいままだった。この時点で愚かな僕はまだ自分の致命的なミスに気付いていなかった。そして日頃明るい佐山の冷徹モードにどうやって対応していいのか、僕の引き出しには一切ない。そうなると僕はもうただただあたふた冷や汗をかくばかりだった。




「言うならちゃんと言いなよ。何よっぽいって、バカ」




 佐山の肩が僕の肩にズドンと当たって、僕はそのままへなへなとその場に尻もちをついてしまう。




「……へあ?」




 寝起きのウルトラマンみたいな情けない声を出している僕を残し、佐山は屋上から足早に去ってしまった。




 ーーえ、なにこれ?




 茫然自失。


 何の意味もなく空を見上げる。夕焼けは綺麗で、その綺麗さがどこまでもどうでもよかった。




 しばらくしてとりあえず理解した事。


 僕の告白は失敗した。それも盛大無残に。




 ーーえ、なにこれ?




 動けないので、しばらくこのままでいさせて下さい。 


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