さよならworld

見鳥望/greed green

第1話

僕はポケットの中のスマホを取り出しディスプレイを点ける。


 15:50


 ため息が漏れる。さっき同じようにスマホを見てから2分しか進んでいない。




 だめだ。落ち着かない。そわそわするを100点で体現しきっている。


 もう何度こんな不毛なサイクルを繰り返しているだろう。




 ーー落ち着け落ち着け落ち着け。




 いやもう自分への言い聞かせすら落ち着ていない。


 あー見るよ。また見るよ。まだ1分も経ってないよ。ほらほら。はいポケットに手突っ込んだ。スマホ開いた。いや1分すら経ってねえじゃねえか。




 約束の時間は16:00。


 大丈夫か僕。この調子だと時間が来た瞬間爆発するんじゃないか?


 こんな事なら時間ギリギリに来ても良かったんじゃないかとも思うけど、もし遅刻でもしたら最悪だ。その時こそ本当に僕は爆ぜ散るだろう。




 ーーあー早く早く早く。




 もう落ち着くのは無理だ。諦めよう。今とにかく出来ることはただ待つ事だけだ。落ち着こうが慌てようが時の流れだけは変わらない。必ず時は来る。




 ガチャ。




「……!」




 時は、来た。


 僕は最高速度で首を扉の方に向けた。




 ーーあれ、でもまだ16時じゃねえぞ?




「ごめん、待った?」




 そして彼女は少し申し訳なさそうな顔をして言った。




「う、ううん。全然全然。何にも特に予定ないし余裕」


「そっか、ありがと」




 言いながら彼女はくしゃっと笑った。




 ーーほおおおおおおおおおおおおおかわえええええええええええ。




 そんな勝手な盛り上がりを内に放っている事などきっと知らない彼女は僕の横にすっと来て、フェンスの向こうに広がる空を眺める。




「あーやっぱいいね屋上って。シッピーここよく来るの?」


「ん? あ、あーうん。たまに野郎共で集まったりはするよ」


「へー。あ、ひょっとしてタバコとか隠れて吸ってたり?」


「しねぇよそんなの。別に不良とかじゃねえし。バカみたいな事やったり喋ったりしてるだけ」


「後エロい事とかもでしょ? ホント男子ってサイテー」




 言いながら彼女はケラケラ笑った。


 ちょっとだけ落ち着いた。そうだ。もともと彼女との関係性はそれなりにある。日頃気軽に話す程度には地盤は出来ている。


 それでも僕は緊張する。今日という日はさすがに。




 ーーあ、佐山が好きだ。




 彼女への恋の時限爆弾は自分の気づかぬうちに仕掛けられていた。


 何てことない高校生活の日常。彼女を意識する事なく過ごしていたつもりだったが、その実彼女と話す瞬間や、彼女が笑った瞬間、彼女の全てが何故だか僕の心を揺さぶっている事に気づかされた。




 そしてそれが、自分の中に芽生えている彼女への恋心だという事に決定的に気づかされる瞬間が訪れた。






 それは夢の世界。


 放課後の教室。僕は彼女と二人で放課後の教室に残っていた。


 設定は佐山が今度の英語のテストの為に僕に勉強を教えて欲しいというシチュエーションだった。成績で言うと僕の方が佐山より総合的に上だった。特に英語は僕自身も得意だったという事から、どうやらこんな夢になったらしい。




「わからないー無理ー日本語で書けー」と根底を覆すような発言を繰り返しながら頭を搔きむしる彼女に僕は英語を教え続ける。




 そんな中、急に佐山が動きを止め、僕の顔をじっと見た。


 なんだと思っていたら、ふっと彼女の顔は僕に近づき、そしてそのまま唇が触れた。




「え、佐山?」




 完全なる不意打ちだった。




「シッピー、私ーー」












 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ。






「があああああああああああああああ!」




 バンと力強く僕は反射的に目覚まし時計を叩き潰した。




 夢。夢? 夢??




「お前何邪魔してくれとんじゃこらあああああああああああああああ!」




 僕は目覚まし時計にマウントポジションを取り、何度も布団に叩きつけた。






 佐山とのキス。


 自分にとってそれはただの夢ではなく、自分の気持ちに気づかせてくれた大事なきっかけでもあった。




 明るく活発で健康的に焼けた肌。ショートカットに少し細めの目とシャープな輪郭。


 ルックスは申し分なし。並みの高校生なら緊張していまいそうなルックスの彼女だが、少なくとも意識する前の僕はそうはならなかった。


 このルックスでノリの良さもありバカも出来るというポテンシャルから女子だけではなく男子全般とも分け隔てなく接することが出来る彼女は、そのせいで接していてあまり”女の子”というふうに思わせないタイプだった。




 でも普通に考えればトータル彼女は最高に素敵な女の子だった。だから心のどこかで意識していても不思議ではなかった。ひょっとしたら僕は変に自分にカッコつけていたのかもしれない。彼女は友達で、意識なんかしていないって思っていたのかもしれない。


 今思えばこの時点で完全に恋だ。バリバリに意識しているじゃないか。正直になれよ聡史。




 そんな聡史に見かねた聡史がきっとあんな夢を見せたのだろう。


 そして聡史の目論見は成功した。




 ーーあ、佐山が好きだ。




 高校二年。一年の頃からの付き合いだった佐山仁美に対しての恋心を認めた瞬間だった。


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