第15話 秘密基地団とミーティング case 声で犯す

『弥生ちゃん、今日はね、藤くんがちょっと頑張って話してみようと思っているんだって。俺の進行にも慣れたかな。このあと重要な議題も控えているからね。藤くんの肩慣らし』

『俺が頑張んなきゃいけねえのか』

『藤くんが弥生ちゃんと話したいって言ってたんでしょ』

『俺は話すことなんかねえ』

『訊きたいこといっぱいあるって、俺には言ってたじゃん』

『バラすんじゃねえ』

『あのね、藤くん。もう少し、優しい声で話してみようか。緊張しているのはわかるけど』

『バラすんじゃねえ』

『早く会話進めろよ。いつも、ほんどふたりで話しているだけじゃねえか』

『そうなんだけどねえ。今の野球部の人の声ね。今日も皆もいるからね』

「はい、将棋先輩」

『ほら、弥生ちゃん、いつもみたいにちゃんと待ってくれているよ。はい、ほら、藤くん』

『おめえは俺の声、どう思ってるんだ』

『はい、弥生ちゃん、答えてあげて』

『会話に入ってくんじゃねえ』

『助け船出してあげているだけでしょ』

「まだ、怖いです。でも、素敵な声だなあと思います」

『おめえは俺とやりてえと思ってるだろ』

「やりてえって何をですか?」

『セックスに決まってるだろ』

『待って、藤くん、何でその話題選んだの?またいきなりそんな話題だと、いくら弥生ちゃんでも、困っちゃうよ。せっかく俺が肩慣らしした土壌を無駄にする気なの?いつもやっぱり斎藤がいいって言われちゃうのに、今日も言われちゃうよ。ごめん、弥生ちゃん、質問に誠実に答えてくれる?』

「はい、確かに、あなたの声は、男の人の声として素敵だと思いますし、身体的反応として、聞いていると、ドキドキするし、ほっぺたが熱くなります」

『身体的反応って言葉、面白いね』

『あたしもなる』

『私も』

『今日ね、ここにいる女の子たちも、弥生ちゃんみたいに顔が赤くなっちゃうんだって、藤くんの声を聞くと』

『おめえらは関係ねえ』

『藤くん、そんなこと言わないの』

『俺は悪い男だから、俺の声聞いて発情する女は、皆、悪い女だ』

『発情するとか言い方。弥生ちゃん、良い子じゃん。いいことなんじゃないの?藤くんの声に恋する乙女たちじゃないの?藤くんね、弥生ちゃんには普通に接して欲しかったんだって。でも弥生ちゃんに迫られたわけじゃないのに早とちりな話しだよ』

『おめえは俺とやりてえとは思わねえのか』

『藤くん』

「やりたいって、性行為をですよね?そんなこと、思ってないんですけれど。でもよくわかりません。あなたがそう感じるのなら私はそうなんでしょうかね?」

『弥生ちゃんも藤くんの言葉に惑わされないで』

『おめえは俺みたいな男が好きなのか』

『弥生ちゃんは、斎藤が好きなんじゃないの?』

『田淵におやすみプリンセスって言ってって言ってただろ』

「あなたがどんな人かはよくわかりませんけれど」

『スルーするのか』

『弥生ちゃん、そんなこと言わないで。けっこう話した仲じゃないの』

「いえ、一対一で、対面で、というのは、あまりないですよね」

『あまりないというか、全然ないことにしておいて。俺もはじめましてはとっておきたい』

『俺は高校卒業してねえ』

『いつもね、弥生ちゃんと話すとき、藤くんそのこと気にしているの』

「でも、父の部下にもそういう人いましたし、我が家に挨拶に来てくださったりして、話したこともあるんですけれど。あなたを怖いっていう理由が、高校卒業してないこと、って訳では、ないと思うんですけれど。ちゃんと食い扶持は自分で稼いでいるっておっしゃってたじゃないですか」

『俺はフリーターだ』

「フリーター?フリーターって何でしょう?私、はじめて聞きました。フリーライターじゃなくて?」

『フリーライターじゃねえ』

「ごめんなさい。辞書ひいてみましょうか」

『フリーターで辞書引くの?』

「えと、時間給で働く労働者のこと。時間の融通が利くって書いてありますね」

『藤くんね、音楽好きだからね。時間の融通利かしてる間はね、ずっと音楽のこと考えてる』

「それで日本一になったんですか?凄いですね。自由な時間は音楽に充てているんですね」

『おめえが俺を養え』

「またその話しですか?私に何を求めてるんですか」

『おめえは賢い良い子だろ。俺は音楽に専念する環境が欲しいんだ』

『藤くん、その話し、何故か弥生ちゃんにしかしないんだけれど。音楽の価値を理解してくれる女の子だと思ってるみたい。でも、弥生ちゃん、高校は卒業してて、食い扶持は自分で稼げる男がいいんじゃないの?いつも言ってるじゃん』

『おめえに嫌われたくねえ』

『藤くん、あのね、もっとわかりやすい話しの展開にしようよ』

「私、別に嫌ってるわけじゃないんですけど。声が怖いって言ってるだけじゃないですか」

『あのね、藤くんね、斎藤にやきもち焼いてるみたい。やきもち焼き過ぎて、発想が捻じれちゃってるみたい』

「なんで私に構うんですか?」

『おめえの声を聞くとよく眠れる』

『あら、正直に話しちゃったの。藤くんね、弥生ちゃんの声が好きなんだって。良く眠れるって。おやすみって言われたのがよっぽど嬉しかったのね。おやすみじゃなくておやすみなさいね。はい、はい。いつも不可解な発言かますけど、本当は恥ずかしがり屋で、単純明快な男なの』

「そうですか、不可解の塊みたいに思ってますが」

『おめえの好きな生徒会長は不良だろ』

『藤くんね、自分が生徒会長って呼ばれたかったんだって』

「生徒会長は不良じゃないですよ」

『おめえが唯一読む漫画の生徒会長は』

『藤くん、唯一じゃないでしょ』

『二輪なんか乗り回してて』

『俺も弥生ちゃんが読む漫画のレパートリー知りたいところだけれど』

『不良じゃねえか。おめえのバイブルは“あさきゆめみし”だろ』

『俺もねえ、漫画のことに関してはちょっと言いたいことがあってねえ』

『なんでおめえは「天使なんかじゃない」なんて読むんだ?』

『藤くんの口からねえ、天使なんかじゃないなんて言葉を聞く日が来るとはねえ。ところで弥生ちゃん、理由は何なの?どんな基準で読む漫画選んでるの?』

「『天使なんかじゃない』はたまたま主人公がドリカム好きだからハマっただけで、矢沢あいさんの他の作品読んだことないですよ」

『藤くん、ドリカム好きだからだって。藤くん、田淵にもやきもち焼いてるの?二輪で不良って短絡的過ぎない?それに弥生ちゃんの愛読書って「あさきゆめみし」でしょ。弥生ちゃん、俺の妹のために、君の愛読書を教えて。俺、美沙子が皆にエロ漫画読んでるって告白しちゃったこと、根に持ってるの』

「美沙子ちゃんは、怖い思いして、それで興味関心から、手元が狂っちゃたんじゃないですか?」

『そうなの?そうなの?そうなのかなあ』

『話が脱線してるぞ』

『ちょっと待って。俺、美沙子のことが何よりも大事なの。読んで欲しくなかったの、エロ漫画なんか』

『もう読んでないって言ってるぞ』

『私もそのこと知りたい』

「たぶん、誰かに部屋を覗かれたとか、何か怖い思いとか、嫌な思いをしたことがあって、その先にあるものが知りたくて、安心したくて、手を伸ばしたんじゃないですかね、私の考察だと。それに、それなら安心させてあげて、それで泣けたら全て元通りになりますよ。漫画と実際は違いますし、たぶん。経験ないからわからないですけれど。それに別に、読むことは悪いことじゃないんじゃないですか?需要と供給っていう位ですし。興味ある女の子もけっこういるんじゃないですか」

『私も読んだことある。レディースコミックとか』

『レディースコミックって何なの?』

『週刊少年ジャンプみたいな本』

『ジャンプみたいな本もあるのかあ』

「私はもともとほとんど漫画は読まないですけれど、余計なビジュアルが脳にインプットされるのが嫌なので」

『活字が好きなんだもんねえ』

『官能小説は読まねえのか』

『藤くん、ちょっと会話に入ってこないで。今、大事な局面なんだから。弥生ちゃん、官能小説についてはどうなの?』

「かんのう小説って何ですか?」

『官能小説ってね、いわゆる、活字でのエロのジャンルだよ。活字のエロ』

「そっか、活字でもエロのジャンルがあるんですよね。思いもよらなかったですね。表現されているんですか?いわゆる“あさきゆめみし”での“寝屋”での中身が?」

『そうだよ、“寝屋”での中身が表現されているんだよ。俺もちゃんと読んだことはないけどね。よくキオスクとかで売ってるんだよね。藤くん、いいところに目をつけたね』

「読んだことないですね。興味もないですけれど。私には、そういった類のものは、“あさきゆめみし”の漫画の中での表現で十分ですね」

『これからもそのままでいて欲しいな』

「でもそういった、エロ系の知識って言うんですか、ないわけではないですし」

『包み隠さず、話してくれるよねえ。義務教育の保健体育の知識として』

「一年生のときに、野良に下ネタ仕込まれて」

『仕込まれたなんて嫌な言い方しないで。俺、夢が壊れちゃう。それに、弥生ちゃんが知ってることなんて、たいしたことないよ』

「でも、かまととぶってなくて話しやすいっていつもおっしゃってくださるじゃないですか」

『そうなんだけどさ』

「私、それに凄く救われているところもあるんですよ。ほんとうは聞きたくないことばかりでしたから」

『俺も聞きたくねえ』

『藤くん、下ネタ駄目なの?なんでやりてえのかなんて聞いたの?俺の努力を水の泡にしたいの?3年生になって一発目のネタがそれなの?藤くんねえ、ちょっとやきもち焼いてからかってみたくなっちゃっただけなんだって』

『おまえ、もう、指導対局する気ねえだろ』

『美沙子ちゃんが話したいって』

『何?美沙子、どうしたの?』

『エロだけじゃないんです』

「あー、ときめいちゃうわけかあ」

『エロ漫画に?』

「シナリオ、とかストーリー。女の子はときめきと感情移入が大事だから」

『官能小説とは違うって言いたくて。絵も少女漫画と同じなんです』

「私、その話し興味あるなあ。今度、話し聞かせてね」

『なんの話し?』

「ときめきポイント」

『ときめくポイントかあ』

『私も興味ある』

『私も話したい』

『指導対局!』

『俺の指導対局はねえ、大事な局面のためにとってあるの』

『今が大事な局面なんじゃないの?』

『いいの。他にもエロ漫画に興味ある女の子がいるってわかったから。このあと大事な議題が控えているんだから』

『誰かまわして!』

『野良って今は大丈夫なの?』

『だいぶ大人しくなったんだって』

『野球部の皆がその件で、弥生に感謝したいって』

「よかった。OBの方にも安心して頂きたい」

『お嫁さんにしたいって』

「ありがとう。嬉しい。野球好き」

『解説風の野次飛ばしてあげたら?』

『話題がエロ漫画で?』

『美沙子、落ち着いたって。否定されるかと思ったんだって。弥生さんと同じになりたいって』

「じゃあ、美沙子ちゃんはお兄さんと綺麗な景色見て、いろんな思い出、沢山つくろうか」

『そんなこと言われると思わなかったって』

「ビジュアルはビジュアルで塗り替える。素敵な思い出のキャンバスを増やしていこう」

『外階段から野球部の練習風景眺めてみたいんだって』

『文化祭の日、練習してくれるって』

『よかったな、美沙子』

『お兄ちゃんがその話題しつこく振るのは、心配だったんだって』

「藤原さんのせいなんじゃないの?」

『今、弥生ちゃんの声?』

『藤くんが来るのが嫌なの?お兄ちゃんの部屋から出ないで欲しいのかあ。早く言ってあげたら良かったのに。わからなかったのかあ。藤くん気をつけるって。良かったね。兄弟のわだかまりが解けて』

『斎藤がアコースティックコンサート頑張りたいって』

『今年は外部の人呼べるといいね』

『しんみりしちゃった』

『弥生の愛読書は何なの?漫画の』

「いいですか?話しして」

『皆、聞いてるよ』

「私の漫画の愛読書は、『あさきゆめみし』と『天使なんかじゃない』。あと、いとこのお姉ちゃんの愛読書だった『ときめきトゥナイト』を読んだことがあります。あと、『姫ちゃんのリボン』を読んだことがあります。これは友達と一緒に。『あさきゆめみし』は、この学園、学園って千葉英和高校ね。を生き抜くためのバイブルで、one songの返答歌を楽しみにしています」

『one song についても教えて欲しいって』

「じゃあ、まず、私の王子様は斎藤宏介さんね」

『美沙子もお兄ちゃんはお兄ちゃんで、王子様は斎藤宏介がいいって』

「文化祭楽しみだね」

『美沙子が泣きながら頷いてる』

『美沙子って呼び捨てで呼ぶのやめて』

『お兄さんの方は何するの?』

『それより藤原の出禁、解けたの?』

『俺もアルペジオ頑張るから』

『まだ未定なんだって』

『エレキできねえだろ』

『弥生に迷惑掛けるなだって』

「ありがとう」

『漫画の続き』

「そう、『あさきゆめみし』は、懐が深い、恋愛のバイブル。性行為を否定してない。否定しない方がいいよね?好きな人と触れ合いたいってことは、自然なことだから。きちんとそれを受け止めていて、それでいて中身は秘密ってところがいい』

『皆、頷いている』

『弥生の性教育は、中学の保健体育で十分だ』

「そうね」

『ここでも野良は全否定』

『いらねえだろ』

「それに加えて、四季折々の移ろいも素敵。和歌のやりとりもあって、関係性が豊か。文学の嗜みが必要ってところは、恋愛のバイブルとして最高!」

『文学だけじゃねえ』

『そうだよね。結構楽器弾くシーン出てくるよね』

『藤くん、出番じゃん。弥生ちゃんねえ、アコースティックギター弾かせたら、藤くんの右にでるものはいないよ。こういうとき弥生ちゃん、恥ずかしがって黙っちゃうんだよなあ』

『one songは?』

『繋がってるんだね。返答歌だって』

『和歌みたい』

『和歌っていうか、“あさきゆめみし”の世界みたい』

『マジパン先輩は?』

『弥生にとっては和歌のやりとりみてえなもんなんじゃねえの?俺だったら嬉しいけどね。“マジパン”に“先輩”。それだけ愛着を持って好きってことだろ』

「そう。斎藤宏介さんの声、ね。本人にとっては悩みのタネなの?」

『最強の武器なんだって』

「いいね、好き」

『好きっていいよな』

『秘密の必殺技って言ってた』

『美沙子が元気になってきた』

「でね、せっかくだから、one song についてまとめておく。”One song “っていうのは、白雪姫の”Someday my prince will come” に対する返答歌で、曲のタイトルね。内容としては『今、ついに君に会えた。君のために胸、ときめかせ、真心を告げよう。愛の夢、軽く羽ばたき、ただ愛の歌、君に捧げる』っていう、極、極、シンプルなラブソングなの。がんばれば和歌にでもできそうでしょ?」

『それだけなの?』

「そう」

『それよりおまえ、そんなこっ恥ずかしい歌、よくpleaseなんて言えたな』

「恋する乙女を侮るなかれ」

『斎藤に恋してんの?』

「あなたの声に夢中」

『確かにいつも嬉しそうだけど』

『斎藤は嬉しくないって』

「あっそ」

『あっそなの?』

『ズッコケてる』

『じゃあ電話するのやめろって』

『「あさきゆめみし」と“ディズニー”って繋がってるんだね、だって』

「『あさきゆめみし』と“ディズニープリンセス”ね」

『「あさきゆめみし」のテーマソングがジュディマリの“Lover soul”って、度肝を抜かれんたんだって』

『センスいいよねって皆で話してたんだよ』

『藤くんも、いいねって言ってる』

「嬉しい」

『藤くん、初耳だって。この前、居眠りしてたの?』

『もう、読むたび流れてきて、両方エンドレスリピートしたいくらい』

『斎藤のおかげで“イロトリドリノセカイ”も「あさきゆめみし」の定番になった』

『私、“イロトリドリノセカイ”の方が好き。「神のお気に召されるように」ってところが、私たちの学校に合ってるもん。恋愛よりも勉強をまず頑張らないといけないんだけれど、これは鉄板。恋愛を、大切に、大切にしたいって思えるようになった。語彙力が』

『思えるようになったというか、腑に落ちたというか』

『今日、保護者も呼んどけば良かった』

『藤くんのやりてえのか、からこんな風に話しが進むと思わなかった』

『エロ漫画を挟んだ』

『私、官能小説ってジャンルが活字にあることをはじめてしった』

「わたしもそうなんです」

『活字で読んで何が面白いの?』

『話題を戻さないで』

『あたし、「あさきゆめみし」好きになった』

『そうだよね、いいよね。今まで受験勉強の足掛かりとしか思ってなかったけれど、ちゃんと読んでみると、いろいろ、興味深い』

『“イロトリドリノセカイ”』

『ね』

『ディズニーに戻そうか』

「斎藤さんのもう一つのあだ名」

『もう一つの前に、一つは何なの?』

「生徒会長ね」

『藤くん、ツッコミたいって』

「待ってね。斎藤さんのもう一つのあだ名」

『今日は斎藤の日なの?』

『文化祭マジック』

「私が好きなの、この話題」

『藤原さんの出禁を何とかしてあげるから』

「そう、そう」

『藤くん、待ってるって』

「で、斎藤宏介さんのもう一つのあだ名、フィリップ王子は、愛のために正義の剣を振るう、オーロラ姫の幼馴染の王子様の名前ね」

『幼馴染の王子様って親しみ沸く』

「で、藤原さんの出禁をその剣で解く、と言うストーリー」

『まとめちゃったね』

「ね。もっと広げた方が良かった?」

『確かに、藤原の前に斎藤が出張った方がいいんじゃないかって。これここにいるエースピッチャーの意見ね』

『俺たち3年生だからなあ』

『私も図書委員だから、弥生ちゃんと一緒に、ハンドベル部の実行委員長、なんとか上手く丸め込みたい』

『ハンドベル部の実行委員長は斎藤のベイビィたちのひとりなんだって』

『私もベイビィって呼ばれたい』

『じゃあ、ここはクリアで』

『私もおやすみプリンセスっていってもらいたい』

『職員室のことは藤くんに任せてもらって』

『私もおやすみプリンセスがいい』

『それが出禁の原因なんじゃないの?』

『講堂でその話し、しないで欲しかった』

『弥生、凄い困ってたよ』

『俺たちが気をつけよう』

『今年も野球部のアコースティック隊頑張るって』

『軽音系のやつらより野球部のアコースティック隊の方が頼りになるな』

『斎藤は田淵と一緒ならそれでいいって』

『アコースティックコンサート、やってくれるの?』

『次の委員会で議題に出してみる。弥生ちゃんも協力して』

「了解。斎藤さんのone song楽しみ」

『弥生の“はじめてのチュウ”のあとだからプレッシャーだって』

『もう一回歌ったら?』

『それより斎藤がおろしの男気みせたら?』

『その続きやだって』

『続きは図書員会に持ち越し』

『藤くんが“太陽のリング”の返答歌は日本一の歌でいいかって』

『あれ、ディズニーのミュージカルみたいだった』

『弥生は聞いちゃだめだって。やきもち防止』

「わかりました」

『武道館はどうするの?』

『“ray”だって』

『藤くん、弥生と一緒に考えたいって。待ち合わせの唄にしたいって』

「光栄です。なんか、やっと藤原さんこと好きって言えそう」

『“好き”より“おやすみ”の方が早いって凄いな』

『電話越しだろ』

『「眼鏡越しの空」歌ったらどう?』

『それいいね。皆で野球部のために合唱したい』

『私、「はじめてのチュウ」がいい』

『あれはあそこで歌ったからいいんだって』

『藤くん、そろそろ生徒会長のツッコミしたいって』

『おめえにとって、生徒会長って、「天使なんかじゃやない」の晃みてえなもんだろ』

『藤くんの口から「天使なんかじゃやない」って聞けるの凄くない?』

『それさっきも言ってた』

『今、弥生が話す番なの』

『生徒会長の定義をしてみろよ』

「そうですね。じゃあ落語風に。準備はいいですか?さて。容姿端麗、頭脳明晰、その名は生徒会長。持って生まれたその才能を支えるのは」

『何!』

「遺伝子!」

『努力って言って欲しいって』

『単純、明快!』

『遺伝子の方がよくねえ?』

「マジパンのような声で、たったひとこと言葉を発するだけで、電話の先の私を安心させてくれる」

『そうなんだ』

『安心、大事』

「そのこころは!」

『そのこころは!』

「歩く姿はボーカリストの鏡。挨拶をすれば雰囲気だけで返してくれる。通り過ぎるだけで治安維持パトロール。女子生徒はその御姿を拝見すればその日一日夢気分。存在感だけで学校中の女子生徒を良い子にしてしまう。生徒会長の御姿を眼にしたときは、決して黄色い声をあげてはなりません。女子生徒は常に生徒手帳を持参し、大和撫子のごとく平和を体現した声で、ひとこと、ごきげんようとご挨拶。生徒会長は静かすぎるほど静かな雰囲気を愛していらっしゃいます。一体、ふだんはどちらに身を隠しておいでなのか。完全防音と噂される生徒会室はこの校内のどこにあるのか。知っているのは相棒の、田淵さまだけにございます。練習大好き、超絶凄腕ギタリスト」

『それ嬉しいって』

「わが千葉英和高等学校女子生徒のすべては全員、生徒会長のそのマジパンのごときお声に夢中にございます」

『マジパンに戻っちゃったって』

『フォーリンラブって言え』

「・・・フォーリンラブにございます」

『鈴木もいるぞ』

「失礼しました」

『鈴木って誰?』

『鈴木って貴雄』

『それが誰かって訊いてんの』

『置き物の名前』

『あたし、はじめて知った』

『本人は何言ってんのか聞き取れなかったって。でも落語ぽかったって』

「そうですかあ」

『凄い褒めてたんだから、ちゃんと聞いといてあげれば?』

『それより、弥生は斎藤のライブ来てみた方が良くない?』

『斎藤は恥ずかしいって』

『なんで自分で喋らないの?』

「ライブって、マミリンがケンのライブ行ったときのみたいのですか」

『もう、おろししたくないって』

『全然違げえって』

『おまえは翠みてえになりてえのか』

『藤くん、普通に会話できてるね』

「私、天ないだったら、翠ちゃんよりマミリンとか志乃ちゃんの方が好きです。まず、私、晃があまり好きではなくて、晃にラブってのも、つまんない」

『意外、だって。弥生は晃が好きなのかと思ってたって』

「ケンの方が好き」

『二輪男より草野正宗の方がいいって』

『ケンって、草野正宗さんなの?』

『その質問、意味わからない』

「でも、田淵さんにはときめいた」

『田淵の話しはいいから、翠ちゃんの話し』

「もっとケンの音楽に寄り添って欲しかった。曲に思いを寄せるって凄くないですか?」

『確かになあ』

『one songのラブソング』

「翠ちゃんみたいなうるさいタイプも好きじゃないです。マミリンはいいですよね。図書館が似合うし、ちゃんと一途で、夢があって、勉強も頑張り屋で」

『弥生も図書室に似合うって』

「ありがとう、嬉しい」

『「眼鏡越しの空」みたいに、“空の写真集”あればいいのにね』

『今度の議題にするか、写真集』

『難しくない?』

『外階段からのグラウンドの風景でいいんじゃないの?』

『写真集よくない?』

『なんですぐ話しが脱線するの?』

『ただの駄弁りだから』

『確かにそう言われてみればそうだよね。本当の友達思いだしね』

「そうですよね。大人対応だし、趣味もいいし」

『あれは趣味がいいって言えんのかあ』

『半分はお父さんの趣味でしょ』

『ケンの音楽もブルースでジャジィでいいって言ってたしね』

『美人でおっぱい大きいしね』

『俺、あの、翠ちゃんのネックレス発見した時。あんなん俺でもキスするわ』

『おめえ、結構読んでんな』

『泣けるよ。え?俺、藤くんと普通に喋ってた。藤くん少女漫画読むの?』

『藤くんがねえ、弥生ちゃんのおかげで野球部員と普通に漫画の話しできるようになったよ。藤くん、漫画好きだしねえ。何と言ってもお姉ちゃんふたりも居るから』

「それに志乃ちゃん。私は志乃ちゃんこそ主人公になって欲しい」

『その理由はなんなの?』

「成長がみられる!これ一番の理由。翠はねえ、成長しない!私ねえ、天ないは、翠ちゃんなんかの恋愛沙汰なんかよりねえ、マミリンと志乃ちゃんの成長物語として読んだ方が面白いと思ってる」

『どういうところが?』

「友達や大切に思い思われる仲間ができて、失恋を乗り越えて。でも最大の理由はね、答辞!」

『答辞じゃなくて送辞だろ』

『肝心なところでミスするよな』

『ああ、あれね、良かった』

『藤くんね、弥生ちゃんが翠ちゃんよりマミリンや志乃ちゃんが好きっていうと思わなかったんだって。もっと少女漫画読んでみようかなだって』

「色んなものより、同じの何回も読んでほしい」

『藤くんわかったって』

「そんで泣いて欲しい」

『藤くん、けっこう泣き虫だよ』

『藤くんに泣いて欲しいなんて良く言えるな』

『電話越しなら怖くないの?』

『藤くん、怖くないから』

『そんなことより、送辞』

「“自分を信じること、周りを愛すること、明日を夢見ること。先輩たちが教えてくれた幸せの3原則を、私達は決して忘れません「送辞」2年C組 原田志乃”」

『そんなこと言ったの?あのかませ犬の志乃ちゃんが?卒業式に?生徒会長として?』

『おまえ、生徒会長してたの知ってんなら、そこまで読めよ』

『俺、セブンが失恋慰めてたことしか把握できてねえ。泊りで生徒会室合宿行ってたよねえ?』

『生徒会室って』

『泊りで合宿なら、うちの学校でもできるでしょ』

『だって合宿してんの、俺ら野球部と女子バスケットボール部だけじゃん。別々で』

『一緒にしたいの?』

『覗くだけで十分』

『俺も志乃ちゃんみたいな青春送りてえ』

『イケメンに振られて海まで逃亡すんの?』

『せめて海が見えるところで合宿してえ』

「野球部の合宿ってどんな感じなんですか?」

『おめえらみてえなおやつの時間はねえ。ねえ、今の話し方、藤くんに似てた?俺も藤原さんみたいに話したい』

『最悪だよ』

『OGの人たち沢山来るし』

『OBじゃないの?』

『OGも来て欲しくてえ。OGってマネージャーのことね』

『合宿やりたくねえ』

「私たち、結構楽しい」

『な、結構、楽しそうにやってるよな』

『それおまえだけじゃねえの?』

『練習見てると吐きそうだけど』

『合宿の話しやめようぜ』

『俺、したい』

『合宿を?』

『一緒に?』

『話しを』

『志乃ちゃんの答辞から合宿の話しにいけるとは思わなかった』

『答辞じゃなくて送辞ね』

『志乃ちゃんと合宿』

『弥生ちゃん、藤くんね、今日は野球部の皆と漫画の話ししたいんだって。今日はどうもありがとうね。そろそろ、電話切ろうか』

「はい、ありがとうございました。将棋先輩」

『その名前で呼んでくれて嬉しいよ。今日はこれまで、ね』

「はい、おやすみなさい。ごきげんよう」

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