第14話 秘密基地団とミーティング case 立法政府と指導対局

 翌日、また山口くんからの電話を受けた。

『昨日ミーティング参加してくれてありがとう』

「こちらこそありがとう。色々気を遣わせてごめんね」

『いや、謝らなくていいから。それでね、荻野とこの時間に話したいってひとが他にもいてね、今日は一緒にミーテングに参加してくれているんだ。野球部員でもなくて、もちろんOBでもないんだけれど。俺たちもミーティングできるほど信頼関係つくるのこれからなんだけど、少し話してみてくれるかな?』

「わかった」

『一応先輩だから折り目正してね。俺、大丈夫そうなのわかる?』

「そうだね、キャプテンの山口くんって感じかな」

『そうなんだ。俺もこれから仲良くなりたいひとたちだから、一緒に仲良くなるつもりで聞いてるから。ずっといるから大丈夫だからね』

『山口、心配しすぎなんじゃないか』

『野球部員も昨日いた部員含めて大勢いるから。昨日は居なかったけれど、翔之介も』

『弥生』

「翔之介。昨日、居てくれたひとが今日も居てくれるのは助かる。私、昨日より緊張してる。なんだか大勢ひとがいるみたいに感じるんだけれど」

『ごめんね。昨日と違ってけっこうな人数いるんだ。いちおう電話だからね、俺ちゃんと責任取ろうと思って。あの、彼女は女子バスケ部の子ですけれど、野球部のマネージャだって思って接してもらえますか?』

「あの、山口くん、私、マネージャって言われちゃうと、ちょっと話しづらい。マネージャって伝統を守るユニフォームを守る大切なひとじゃん」

『そっか、どうしたらいいかな』

『マネージャの控えは?』

『それより部員の控えのほうがいいんじゃない?』

『野球部のグラウンドには部員以外入れないだろ。マネージャーもダメだし、いくらセミナーハウス使える女子バスケ部でも、グラウンドに女子はダメだろ』

『今の発言ね、皆、野球部。俺の仲間たちもちゃんと発言できる状況だから、あんまり不安に思わないでね。で、先輩だから敬語でね』

『山口、おまえすごいな』

『俺たちのキャプテンだからな』

『任せてよ、俺キャプテンの仕事もショートの控えも誇りを持って頑張るから。じゃあ、そのひとに代わるね。くれぐれも怖がらせないでくださいね。昨日、ミーティングの場にいなかったからわかないでしょうけど、キャプテンとしてせいいっぱい荻野と信頼関係築いたつもりなんで』

『山口の言いたいことはわかった。野球部の気持ちも、精一杯尊重するから、ちょっと話させてくれ』

『このひとがね、荻野と話したいんだって。どうぞ。じゃあ、俺、控えに戻るね、ずっといるからいつでも話しかけてね』

『おまえ、俺の声がわかるか、初対面の声だぞ』

『おまえって言われちゃうと誰に話しかけてるかわからないので、名前、呼んでもらっていいですか?』

『名前呼ぶの苦手なんだ』

『それだと、俺、責任取れないので、ここは野球部のミーティングルームだと思って俺に従ってもらえませんか』

『おまえに従いたくねえって言っちまうと、荻野との信頼関係が築けないから、勝手がわからないが、指示がでたらおまえに従うわ』

『おまえじゃなくて、山口って言ってもらえますか?一対一ならいいですけど、ここではミーティングルームのキャプテンとして電話番もするんで』

『わかった。おまえはこっち来れないのか?』

『彼女はお家の人の許可を取るのが難しいみたいです。この時間にコンビニにも行けないみたいなので』

『コンビニにも行けないなんて、ぶりっ子し過ぎなんじゃねえの?』

「山口くん」

『気にしないで。今の野球部の人間の発言だから。俺の言い方が悪かった。この時間は外出するのに、彼女にとっては難しい時間なんです。朝練も参加してくれてますし、考慮してもらえないと話せないです』

『面倒くさいやつだな』

『すいません。高校生だとそれが普通なんです。女の子なら特に。野球部の部員でもご両親の考えを考慮して、参加したくてもそれを控えている部員たちもいるんで。それが学校を守っている我々の実態なんです』

『おまえ、わざとなのか?』

「私に何の御用ですか?」

『荻野、この人、わざと俺に話しさせてるみたい。荻野のこと怖がらせないか不安なんだって』

「怖いっていうか、私、この時間受験勉強しているんで」

『だから英語の成績落ちないんだって』

『女の子の声聞いて、安心した?』

「・・・いいえ」

『ため息つかないで』

『おまえのためにやってんだ』

『そう言いたいだけだって』

「・・・山口くん、私、どうしたらいいの?」

『荻野、もう少し、山口の話し、聞いてあげてくれる?』

『それだと荻野、疲れちゃうんじゃない?』

『俺、なんか荻野がいつも疲れてるって言ってる理由が、わかる気がする』

『山口の話し、早く切り出してあげたら?』

『こうなったら、山口関係なくねえ?別にこのひとの助けなんて、俺らいらなくねえ?』

『話したいなら、直接電話番号訊いたら?』

『教えてもらえるわけねえ』

『俺の友達をこのひとって言うな』

『今の声聞いて安心した?』

「いいえ」

『斎藤の声聞いて安心できないんじゃ、おまえ、草野正宗さん好きな荻野弥生に謝れ』

『今の声、じゃなくて、さっきの声聞いて、斎藤宏介だってわかった?』

「わかりませんでした」

『わからねえんだったら、意味無くねえか?』

『意味って、居る意味なしってことね』

『おまえ、せめて草野正宗さんに謝れよ』

『荻野弥生の味方になれないんだったら、俺たちにとって、あなたの存在、意味不明ですから』

『斎藤が居るだけでいいかって』

『その前に、荻野弥生になんで電話掛けたか、理由、説明してあげたら?』

『俺たち、理由にしないでくださいね。荻野と俺たちの信頼関係に、あなた、介入する必要ないですから』

『でも、この電話は、荻野と俺の一対一だと思っているから』

「そうか、ありがとう」

『荻野のことおまえって呼びたいみたいだから、おまえって呼ばれたら言葉返してあげてくれるかな?』

「わかった」

『俺にもいちおう敬語、使ったほうがいいかな?』

『それは大丈夫じゃねえの?それよりこんなんで話し進むの?俺ら付き合わされて、わざわざ電話で話すことあんの?俺たち昨日、山口が信頼関係つくってくれたからお互い話しかけても大丈夫だってわかったじゃん』

『このひとたちが荻野と話したいんだって。ちなみに今の発言全員野球部の人間ね。俺の声はわかるかな、荻野?』

『このひとたちって、誰だか荻野に説明してあげた方がいいんじゃないの?』

『なんで最初に斎藤の名前出すの?』

『責任があるから』

『それより、荻野、さっきの山口に返事して。山口っていうか、キャプテンの山口』

「山口くんは大丈夫。あと、野球部のひとの声も聴いていて大丈夫。たぶん、いつもありがとうございましたってグラウンドに言っているひとたちの声だからかな」

『いい耳してるんだな』

『今の声が話したいひとね。どう思った?』

「ごめんね、キャプテン」

『ごめんはいいから、こっちがごめんだから。この人の声大丈夫か?』

「大丈夫じゃあないかも」

『大丈夫じゃないってどういうこと?』

『今の声は大丈夫?』

『俺のこと大丈夫?』

『今の声は?』

『なんで喋っちゃったの?』

『俺ね、喋るなって言われたけどね。喋っちゃった。自分が喋りたくて』

『話したくてって言ったら?』

「この時間に何の用ですか?」

『なんの用もねえ!』

『早く受験勉強に専念しろ!』

『馬鹿なの?』

『なんでこの人呼んだの?私、この人来ないって言うから今日楽しみにしておしゃれしてここに来たのに。ちなみに私がおしゃれしてるかしてないかわからない人はいますか。ちなみに私もう怒ってないから』

『そんなことどうでもいい!』

『ますますどうでもいい!』

『俺ら昨日のこと、気にしてないから』

『なんでそんなこと聞くの?』

『そんなこと聞くの?の前に怒ってない理由、話してあげたら』

『私あなたのライブ行きたい。行けないけど』

『それが理由なの?それが理由なら、私、このひとのこと、大目に見ることできない』

『斎藤の声聞きたい?』

「大丈夫です」

『なんで大丈夫なのか、理由教えて欲しいんだって』

『お互い受験勉強に専念しましょ。俺は荻野をフォローにまわしてるの。やべえ、俺、無理かも』

『理由教えて、だって』

『皆、ちょっと黙ってて』

「電話番号、教えてない」

『教えてないから大丈夫なんだって』

『教えてないからこそ、大丈夫じゃないんじゃないの?』

『荻野』

「居て欲しい」

『今の斎藤の声じゃないってわかった?』

『なんで斎藤なの?』

『わかってるに決まってるだろ』

『荻野はマジパン先輩が好きだから』

『どっちでもいいの?』

「どっちでも、よくない。・・・ありがとう」

『朝練班』

「・・・ありがとう」

『どうすんの?これ』

『外野も野次も、まとまらない』

『ちょっと黙っててくれるかな?今、野球部のミーティング中なんでって言わないの?』

『俺たちがあななだけは発言を許可します』

『だいたいわかった?』

『わかるわけねえだろ』

『ちょっと黙っててくれますか。私、あなたの声、聞きたくない。この人の声、聞いてどう思った?』

「私も聞きたくないですね」

『ほらやっぱり』

『今、私が話してるの。男子は黙っててくれるかな?優しく話したのはわざとだから、ほんとは殴りたい』

『殴るのは男に任せとけ』

『じゃあ殴ってもらってよ。今のやり取り聞いてどう思った?しかも黙ってて言ったのに喋った。私、あなたに聞いているの』

『名前を呼んであげたら?』

『名前を呼びたくない』

『じゃあ荻野。俺が呼んでやる。俺たちは呼び慣れているからな。ミーティングでしょっちゅうおまえの名前出てくるもん。変な意味じゃなくて。俺に悪意は感じないだろ』

『変な意味は余計だろ』

『待って。今、声聞くチャンスだったんじゃない?どうしたらのいいの?』

『居るだけで悪意』

『おまえがフォローする必要ねーだろ』

『戦意喪失したって!』

『今の声聞いた?どうだった?大丈夫だった?』

『どっちだよ』

『斎藤!』

『待って、それあたしが聞きたい。この人の声どう思った?』

『さっき話したくないって言ってただろ』

「あなたの声が一番聞きたくない」

『それってどういうこと?』

『待って。弥生ちゃん。今、皆、笑ってる声、聞こえるよね?君の耳大丈夫?』

「大丈夫ですよ」

『なんでそんな自信満々なの?』

「自信満々なんじゃなくて、直球一本勝負です」

『でた!野球用語』

『あなたのそういうところがゆるせない』

「ごめんなさい」

『あやまられるとよけいむかつく』

『両者一騎打ちです』

「ありがとう、キャプテン」

『待って。今、誰が発言したかわからなかったの?間違えたの?』

『直球一本勝負ですって言っただろ』

『しかもキャプテンって』

『それがむかつくだってば』

『キャプテンは野球解説者か』

『荻野が好きになった男は、野球解説者になれる』

『荻野が聞き上手だからだって』

『おまえ、俺たちと普通に話せるんだな』

『そんなことどうでもいいでしょ』

『なんで普通に話すことに疑問を感じるの?』

『あなたに今、発言権ない』

「私のために発言してくれたんでしょ」

『待って、今の荻野の声?』

『待ってください』

『間抜け!』

『俺を信じてください』

『斎藤!』

『俺、彼女を守るために』

『野球部の発言にかぶせんなって』

『それより斎藤が間抜けってことを伝える方が、大事なんじゃねえの?』

『守るためじゃねーだろ。守るってのは言葉じゃなくて、態度で示すものなの。その証拠におまえなんでで彼女の電話番号も知らないんだよ』

『そらんじてる』

『怖えって』

『荻野を怖がらせるなって』

『今、何の用なのかなって疑問に思ってるところだろ』

『さっきからそれ何回か言ってる。だから斎藤は間抜けだって言われんの。自分の役割に徹して。居るだけでいいんだって。今更、かっこ悪いなんて思わないって。彼女の愛が信じられないの?ほんとに草野正宗に謝りに行った方がいい男になれるんじゃないの?』

『草野正宗さんに迷惑掛けないで』

『荻野弥生、心の声』

『待って、ちょっと中断していい?このひとにもう一回チャンスを与えたい』

『チャンスを与えちゃダメだ』

『待って。その発言ゆるせない。どっちのゆすせないにしようかな』

「康代ちゃん、この人の発言は大丈夫そうだからほっといて。気が散るから」

『わかった。気をつける。私、今信じられるの、あなたの声だけだわ』

『了解』

『ちょっと今、笑わないでほしかった。私もうこの場に居たくない』

『おまえは大丈夫だから。なんせこの野球部のキャプテンの女だから』

『キャプテンの女って言わないで。それから野球部を多用しないでくれる?なんで喋っちゃうの?これじゃああたしの信用台無しじゃない』

『そもそも俺が彼女に電話番号聞いただけだから、彼女は俺に対してしか心を開いてないはずだよ。現になにも喋れないじゃないか。俺も声、聞きたくないもん。おまえはこの人の声、聞きたいの?弥生ちゃんは、声、聞きたくないって言ってたよ』

「聞きたくないです」

『男気に負けた』

『男気に負けたの?それだけなの?それしか言えないんじゃ。あなた黙ってたほうがいい。黙ってたほうがいいって』

『なんで?』

『安全だから』

『安全だからって何なの?』

『すべてにおいて安全なの、私を信じて』

『治外法権発動させようか?』

『治外法権って何なの?』

『治外法権っていうのはって説明はじめんの?だったら俺帰るわ。帰るって言ったと同時に電話切ってくれる?』

「・・・」

『電話切らない方が賢いわ』

『なんで切らないの?』

『さっきから何の御用ですかって言ってんだろ』

『二度と話しかけんな!』

『話しかけてないって』

『さっきから、美沙子と、山口とキャプテンとしか、話してねえだろ』

『事情話してあげたら?』

『私もそう思う』

『康代ちゃんもそう思うって』

『私の名前呼ばないでって言ったでしょ』

『それじゃ、話し進まないでしょ。今、女の子がしゃべっているから男は黙っておいてあげようか』

『あなたは喋ってほしい』

『おまえは黙ってろ』

『今の声聞いてどう思った』

『怖い』

『おまえは黙ってろ』

『おまえって言われたくなかったけど黙ってたんだって』

『ふたりを連携させろって』

『まず女の子ふたりを連携させるから』

『ちょっと待って。前言撤回。指示に従ってってことは黙ってついてきてってことだから。私あなたの何もかもが信じられない』

『そっか、ちなみに、野球部がユニフォームで朝練することとか、礼儀を大切にすることとか、伝統や校風を守っていることとか、話したら、ちゃんと尊重したいって言ってくれてたよ、荻野』

『ちょっと待ってね、俺、まずキャプテンに敬意を払いたい。この場でミーティングを開いてくれてありがとう。神に感謝する』

『神じゃなくてグラウンドに感謝しろ。キャプテンに敬意を払え』

『今の声聞いてどう思った?』

『どう思ったって言った人を信じろ。荻野、おまえ俺の声わかるか?』

「野球部の人ですよね」

『野球部員って言え』

『三者出揃いました』

「ねえ、待って。私それがいい。今の人誰なの?」

『キャプテンって呼んでいいって』

「キャプテンありがとう。でも私、あなたが、話したいって言ってくれた人と、話したくないみたい。この人誰なの?どういう背景を持った人なの?肩書は?あとそれから、この、えーとなにかな?この場をどう定義付けようかな」

『定義ね、いい言葉だな。あなたが話せる人だって、俺、今わかった』

「・・・」

『俺をキャプテンって呼んでくれて、ありがとうって言ってくれたひとがそばにいるから、とりあえず信じているだけなんだけどね。ちなみに今の声わかった?』

「うん、じゃなくて、はい、かな」

『そうだね、その調子。たぶん、あなただけは話してあげた方かもいいかも。荻野、俺ね、今、野球部以外の人の中で、この俺をキャプテンって呼んでくれた人と信じてみようかなって思ってる。俺も必要なら発言するし、一緒に仲良くなるつもりで話してみない?』

「野球部のひとたちは大丈夫なの?」

『大丈夫ってどういうこと?』

「大きな意味で?」

『話したいのはこちら側だから心配しないで。俺たちは電話じゃなくても、もちろん電話でも話せるってわかったからどちらでもいいんだけれど、興味のある人と、俺、責任者として荻野に電話するときには必ずいるから』

「わかりました」

『待って。わかりましたって簡単に言っちゃダメ。わかったときは、わかりましたじゃなくて、言いたいときだけ、わかった山口くんって言って』

『やっぱりあなたと話したい』

「私もそうなんだ」

『やっぱり俺とはタメ口で話してほしいな。距離を感じて寂しいから』

「朝練控え選手仲間だもんね」

『気を遣ってくれてありがとう。ごめんねこんなことに巻き込んで』

『キャプテンが謝ることじゃないでしょ』

『わかってますけど、俺たち連帯責任で学校を守っている仲間なんで。そもそも荻野が巻き込まれたのは、体育祭実行委員長で、仕事中に、俺たちが野次から守ってあげられなかったのが原因なんで』

『おまえが荻野を守る義理ねえだろ』

『すいません。それだと俺あなたのこと信じられないんで、電話切ってもらっていいですか』

『おまえって言ったからか』

『いいえ、違います。それがわからないからです』

『それってなんだ』

『説明しないといけないなら電話切ってほしいですし、この状況でこの段階でわかってないなら説明してもあなた理解できないでしょう』

『なんであなたって呼ぶんだ』

『あなたが正体を伏せて彼女と話したいって言うから、俺はあなたに協力してあげているんです』

『協力してくれてありがとう』

『それだと小学生と話してるみたいなので、やっぱりやめてもらっていいですか。俺たち明日も朝練するんで』

『荻野は明日も朝練来んの?』

『訊く必要あんの?』

『朝練やめさせたら、こいつ、学校来るか、わかんねえよ』

『俺たちとは逆だな』

『俺は違う。俺、朝練好きだもん』

『朝練が、っていうか、朝練の空気が、な』

『荻野、ごめんね。荻野、怖がってますよ』

『ありがとうって何回も言わないといけないの?』

『声が怖くて好きじゃないんだって。好きじゃないって言われて余計構いたいの?ウザくね?』

『荻野、疲れちゃうって』

『グラウンドにありがとうって言ってみたら』

『ちょっとわらってくれて、ほっとしたよ』

『このひとたちね、荻野の予想通り、バンドマンの人たちなの。今日はおまえの好きな保護者もいないの。このひとたちね、自分のフィールドにもっと感謝の意を捧げたいの?もう、俺も疲れた』

『荻野を疲れさせないことが、最も草野正宗さんに感謝してるってことにすれば?』

『草野正宗さんの名前聞いただけで、荻野、疲れちゃうって。あ、わらってくれた』

『斎藤のことは大目に見てあげて』

「斎藤さん」

『おいって』

『斎藤だけは疲れさせないって』

『俺たちのことも疲れさせないで』

『俺、朝練の最中に、朝練の文句言うの、やめるわ』

『それより、荻野に俺たちのキャッチボール姿見せてあげたら?』

『もっと早くあがって欲しいって。荻野、謝んないでね』

『朝練班、和む』

『和むとか言うな!俺たち真剣に』

『今の声、斎藤ね』

『斎藤らしき声』

『間抜け度が一緒』

『あまり楽しくないみたい』

『マジパンって本気なんだ』

『先に言っておきますけど、俺たち集まる場所には困ってないんで、場所のことで強気に出るのはやめてください』

『わかった。協力してくれてありがとう』

『何度も言わなくていいんで、空気で理解してもらえますか。で、あなた、俺をキャプテンって呼んでくれた人ね、俺のこともフォローしてもらえますか?』

『わかった。なるべく手短に済ませるから、今日だけはこれ受け入れてくれる?』

『俺、彼女があなたたちに従うとは思えないんですけど』

『従って欲しいんじゃなくて、興味を持ってほしいだけなんだよね』

『興味ねえ!荻野、頷け!』

『頷いてる。俺には見える』

『俺に敬語使ってもらえますか?』

『敬意を持って接してるつもりなんだけど、足りなかったら教えてほしいな。キャプテンには敬語を使った方がいいかな』

『俺に敬語使ってもらえませんか?』

『なんでだか理由を教えてくれるかな?』

『俺が使って欲しいと思っているからです』

『ここまで頼んでも使わないんなら、山口喋るのやめたら?山口疲れさせるやめて』

『俺はいいから、今日はこのままでいるつもりだから。それに彼女の電話番号、直接教えてもらえて知ってるの俺だけなんで。こういうやりかたで連絡とるの、卑怯じゃないですか。ちょっとキツイ言い方になってしまったんで、敬語のことについてお話ししますね。俺、あなたと初対面なんで、知らない人のつもりで話してます。これが俺のやり方なんで。で、合わせてもらえないのは自分がなめられてるからだって思ってます』

『そんなつもりはなくて、俺もこのほうがいいかなと思ってわざとやってる』

『それはわかってます。荻野、この人の声聞いてどう思った?俺おまえの意見が一番聞きたい』

「この人の声について私がどう思うかですよね」

『俺との会話にして、タメ口でいいから。昨日みたいに、野球部のミーテングの中でハンズフリーフォンで俺と話していると思って話してくれる?』

「じゃあ昨日の状況を再現して、それを心得として呼んで、話してみるね」

『おまえちょっといらっとしただろう、誰にいらっとしたの?山口の味方でいてあげて』

「ふふ、ごめんなさい。いらっとしたのは山口くん困らせているひとに対してです。ちょっと気をつけますね」

『ちょっとじゃなくてだいぶ気をつけろ』

「はい、わかりました」

『大いに気をつけろ』

「電話切りますね」

『ちょっと待って。電話切られたら困る。俺キャプテンに敬語遣うわ。キャプテンごめんね。今からね』

『もう俺、あなたに話しかけませんから。話しかけられても無視します。荻野の声は無視しないから』

『それだと俺、信用の担保がねえな、今の声聞いてどう思った』

「・・・はい、山口くんに対して話しかけるつもりでおこたえしますね」

『俺に話しかてもいいから』

「あなたとは話したくありません」

『なんで?山口が好きなの?』

「お話になりません」

『自分に敬語使ってるの?』

「・・・あなたの主な生息地はどこですか?」

『下北沢』

『今の声は野球部員ね』

「今の声は野球部員ではありません」

『あのね、何で決めつけるの?』

「決めつけているわけではありません。伝統と文化をなめないでください」

『伝統と文化?何それ?』

「お母さん、お塩持ってきて!」

『・・・おもしろい。美沙子これ使える』

「さよなら」

『挨拶するなんてちょっと俺のこと気になり出したでしょ』

『待って、今から喋らないでね。私が質問してみる』

『この声、誰だかわからねえんだったら電話切れ』

『美沙子が喋りたいって』

『私がまず喋りたい』

『いい加減にしろって』

『美沙子が喋りたいって』

『おまえが一番黙ってろって』

「事情を話してもらえますか?」

『おまえがいちばんわかっているはずだ』

「わからないから聞いているんです」

『なにが?』

『ここまでする理由が』

『おまえは黙ってて。今せっかく弥生ちゃんが喋るチャンスだったんだぞ』

『弥生ちゃんって呼ぶんだ』

『今、美沙子の声が怖くなった』

『おまえ、美沙子のこと一番に考えてやれって』

『それじゃあ、何も始まらないだろ。解決の糸口を見つけてやって』

『いちばんに考えてもうらうのはお兄ちゃんでいい』

「解決の糸口ですか?」

『俺と話せる?』

『私はお兄ちゃんだけでいいから』

「そうしましょうか」

『おまえは黙ってろ』

『今黙ってろって誰に言ったの?』

『誰に言ったのかわかんねえような女なら俺は電話で話したくねえ』

『今の電話関係ねえだろ』

『それはわかってるんだけど、弥生ちゃんが勘違いするじゃん。勘違いすることは皆の雰囲気みて大丈夫そうだけど、怖い人がいるって思われるかもしれないじゃん。・・・あ、そうだ、男は頭叩いて、女の子は頭にポンすることにしよう』

『私はお兄ちゃんがいい』

『おまえは喋っていいんだって』

『今の声、やりとり聞いてどう思った?』

『いや、どう思うかは俺が聞いてみよう。何か喋りたいことはないかな?荻野くん』

『それじゃあわからない』

『いや、君、俺を男として尊重してよ』

『まだ男じゃない』

『待って、今それ言わないで。俺、おまえら全員にそう思われてるの?』

『お兄ちゃんがそういうときはそう言えって』

『待って、美沙子、それ言わないで』

『私はお兄ちゃんだけでいい』

『そういうことか。こっちも連携取れてないのか』

『おまえはどうするんだ』

『待って、藤くん。おっと。いや、これじゃ俺も荻野に信じてもらえなくなるか。俺、今日どっちでいこう。ここで荻野の声を聞いてみよう。荻野どうかな?』

『荻野って言わないっでって言ってる』

『なんでわかるの?』

『心の声がきこえる』

『私がわかりたかった。今日こそ私の出番だって思った。私が仲良くなりたい』

『私が仲良くなりたい』

『思ってもいないこと言って大丈夫なの?』

『おまえらなりきれてねーぞ。もう無駄な時間使わないでさっさと本題はじめろ。荻野は何言っても動じないぞ』

『俺たちもそう思ってる』

『じゃまな外野がいるな』

『佐倉高の生徒がいますねって言って』

『美沙子黙ってろ』

『佐倉高の生徒がいますねって言って』

『それ一番言っちゃいけないワードだったのに』

『なんで?』

『命綱にしようってふたりで相談してきただろ。おまえお兄ちゃんを裏切るのか』

『お兄ちゃんの命綱なんじゃないの?』

『皆、仲間だろ』

『私、怖い』

『航平くんは大丈夫だから』

『弟さんって言おうって』

『航平くんでいいんだって』

『これじゃあ、どっちつかず。私、何を信じたらいいかわからない』

『“礎”を信じろって。あそこのことは俺より信じていいから』

『そしたら私お兄ちゃんのこと信じられるかな』

『俺はあの馬鹿の升秀夫を佐倉高に入学させてやっただろ』

『それでどうやってお兄ちゃんと航平さんを信じればいいの?弥生さんの弟さんである航平さんを』

『なにやってんの?』

『わざとだから。私あなたを藤原の女だなんて思ってないから』

『それが一番の元凶なんだって』

『私、弥生さんがいい。藤原の女を名乗っていいのは弥生さんだけにしよう。その方が学校が平和になる』

『ほら元凶きた』

『あなたにだけは言われたくない』

『今日は弱気だな』

『お兄ちゃんだけが私に話しかけて。私、お兄ちゃんとしか話ししないから。私はそれを皆に信じてもらって、それを担保に生きているだけだから。・・・お兄ちゃんだから話すけど、私、エロ漫画読んでる。私、そのことだけ弥生さんにあやまりたくて』

『わけわからねえ』

「いや、大事なことでしょ」

『え?今、荻野弥生の声なの?』

『お兄ちゃんが弥生さんと一緒にしろってきかないの。私は十分守ってもらっているから』

『元凶ってなんなの?私こんなに苦労してるのにいつもおまえが元凶なんだって言われる』

「今日はどうしたんですか?」

『ほら落ち着いてきた。私たちが悪いこと一切考えないで弥生さんが、まあいいか弥生さんが落ち着いて対処できるようにしてあげればなんとかなるんだって。演歌うたったからってその罪を・・・続きがわからない』

「現時点では、佐倉高の生徒ではないんですよね?」

『そうなんですけど。私たちの絆は大丈夫なんですか?命綱にもなろうってお兄ちゃんが騒いでて。弥生さんは悪い子じゃないから。本気で藤くんを更生させようって。本当の藤くんはこんなんじゃないってうるさくて。役割押し付けられすぎて勉強に集中できないんです』

「私のことも受験生だって思って欲しい。この時間は受験勉強に充てたい」

『疲れさせるなって』

『私はお兄ちゃんだけでいいって』

「お兄様のことが一番お好きな方なんですか?」

『美沙子は俺の妹だ』

『今の声誰だかわかった?』

『美沙子は俺の妹なんだ』

『お兄ちゃんの声がいい』

『今の声誰だかわかった?』

『今の声誰だかわかった?』

『今の声誰だかわかったって言うのやめよう』

『そうしよう』

「私もその方がいいです。大丈夫なので」

『私もその方がいいと思う』

『美沙子と弥生がかぶった』

『さっきから何回もかぶってるし、美沙子がしゃべりたがっているんだから、ちょっと待ってよう。はい、美沙子しゃべって』

『私、仲間はずれにされてた』

「そうですか」

『あっさりしてるね』

「いや、怖いです。少し疲れてきましたし」

『だいぶ疲れているだろ』

『外野は黙っててて』

『外野は黙ってるんじゃなくて、観客席はしーんとする』

『同じこと繰り返しても意味ないから、俺が立法、立てていい?』

『そうしろ』

「そうしてください」

『その方がいい』

「私、最初からそうして欲しかった。じゃなくて、その前に」

『詳しい話しはしたくない』

「そうかあ」

『やっと落ち着いてきたか』

「そうだね、私もそう思う」

『野球部員が話すのを許可する』

『なんで野球部員だけなの?』

『立法が決めたから』

『なんで立法なの?立法ってなんなの?』

『おまえ、俺が立法やるのが気に食わないんじゃなくて、立法って制度を知らないの?だったら俺、おまえがここにいるのやだ。俺、帰りたくない。だって弥生ちゃんが、俺といちばん話したがってる』

『なんで話したがっているってわかるの?』

『俺、おまえと話したくないんだけど』

『外野は黙ってろ』

『外野は黙ってて』

『筆おろしのこと話してやれ』

『待って、俺、すげえかっこ悪い。中学のときのこと話すの?せっかく立法立てたのに?弥生ちゃんも賛同してくれたのに?』

『私が筆おろししてあげたの』

『待って。美沙子が話したいって』

『筆おろしのことわかる?』

『弥生はサッカー部のキャプテンがしこたま下ネタしこんだから、知らないことはこの世にないんだって』

「ふふ、そうですね」

『そうなんだ、私、筆おろしのことの教えてあげるためにここに呼ばれたのかと思った。なのにここにいないのはなんでかなってずっと思ってた』

『おまえは、ほんと、黙ってて。美沙子は何?弥生が筆おろしのこと、わからないと思ってたの?そんなことないよ。ちゃんとわかってて、それでも真面目に性の話しに付き合ってくれてただけだよ。俺、荻野の話し方が、一番性に対して誠実だって思ったもん。別におまえを否定しているわけじゃ、ないけど。おまえ、なんなの?そんなこと、女の子は知らなくてもいいの』

『知ってたって、知らねえふりしてた方がよくねえか?美沙子も聞きたくねえって』

『荻野、何か言いたいことある?』

「私の草野正宗さん返して」

『わかった。俺、頑張る。あのな、まず、ここで何かしようって考えるのは、やめよう。おれの弥生ちゃんを混乱に巻き込むだけだから』

『ごめんなさい。私を筆おろしにつかってっていったのに』

『私は筆おろしにつかわれてよかった』

『待って、それだと弥生ちゃん話しにくいから。俺の筆おろしの練習台につかいたい女の子はみんな了承してあげるから、ごめんなさいって言ったあと、俺のステージでは黙って。ごめんなさいって言うのはこの場の責任者に対してだけね。責任者って言うのは、俺らを保護してくれる保護者。俺のステージでは女の子はあやまることないから。男は俺にあやまらなきゃならないようなことはしないで。以上、わかった?じゃあ、俺がせーので魔法をかけてあげるから、一緒にまずせーのであやまろう。いくよ、せーの』

『ごめんなさい』『ごめんなさい』『待って』

『あれ、弥生ちゃんからの声が聞こえなかったな、俺のステージにいるはずなのにな』

「ごめんなさい。だた見つめてただけでした」

『じゃあ、弥生ちゃんはゆるすから、女の子にゆるすはひらがなのゆるすね。みんなまとめてゆるしちゃう。みんなもひらがなね。女の子だけね。男は野郎どもって言うからね』

『おまえすげーな』

『さすがボーカリストだな』

「私、好き」

『はいはい、俺、このままじゃ田淵のお株奪っちゃうかな?』

『ボーカリストの力量が試されてる』

『待って、俺、おまえにだけは言われたくなかった。今のは誰かな?誰の出番かな?俺は誰に言って欲しかったのかな?』

『私が言いたかった』

『そうか、でもわからないな。いや、俺の男としての力量が試されてる。そうか、じゃあだめかな?いやいいのか。じゃあ、今俺ね、男としての力量とボーカリストとしての力量が試されているから。俺の女?俺の女って使い方合ってる?俺を筆おろししてくれた女?でいっか。でも俺、超はずかしい。荻野の前でこんなステージやらされると思わなかったな。あ、気が散っちゃった。でも、まだチャンスはある。いろいろ力量が試されてるな。まず、俺の女は俺のステージでは黙っててね。あれ?これって何なの?もしかして俺、立法を立てた責任者としての存在価値を試されてる?』

『立法を試されてるなら、まず私をあなたの女にしてほしい』

『私もあなたの女になりたい』

『私はあなたの女』

『おまえはもう黙ってろ。二度と俺のステージに来んな。俺のステージはもうおまえに用はねえ』

『わかった』

『あれこれ俺、言い過ぎかな?俺の女傷ついちゃったかな?』

『まだ女になってないので大丈夫です』

『あれ、これだと俺、男としての力量が』

『力量の問題じゃないと思う』

『俺の・・・ベイビィたちに助けられてるな。おい、俺、自分のリスナーのことベイビィって呼びたかったのか。でも男は野郎どもだろ。べいびぃたちって何にしようかな?ひらがな?カタカナ?それとも英語?いや、ボーカリストの力量でなんとかしよう。おい、田淵』

『そんなこと考えないでどんどん喋ってほしいー。あなたは私の立法政府でしょ』

『よし、君は俺になんて言ってほしい?』

『レディって言ってほしい』

『私はそれやだ。たぶん弥生さんと同じが良くて、弥生さんにそれ先に言ってほしい』

『そうか、わかった。それ、俺のボーカリストの力量でなんとかしよう。がんばって男としての度量をあげよう。おい、これ、ボーカリストの筆おろしの儀式なのか?やべえ、恥ずかしいな。荻野の前で。また気が散っちゃった。俺、今日卒業するわ。正直に話す。俺ね、中学のときに筆おろし済んでるの。藤くんの女を使って筆おろしの儀式がね。藤くんの女って言うのはナナさんのことね。みんなは敬意を込めて』

『私は敬意なんて持ってないし、名前を呼んだこともないです』

『右に同じ』

『右に同じっていいね。私それ、藤原の女さんに言ってほしかったわ』

『藤原って言うのは藤くんのことね。俺たちは藤原基央さんのことを敬意を込めて藤くんって呼んでいるのね。何でかと言うとね。藤くんはね、音楽界の甲子園で優勝を果たしたのね』

『甲子園って使うのやめろ』

『敬意持ち過ぎだと思う』

『使ったっていいじゃない。私は使わないけど』

『おまえが使わないなら。まとめてゆるしてやるか。でもおまえらグラウンドって言葉は使うな。おまえも。おまえはわかっているよな』

『野球部のボスが、この場にいる全員がゆるしちゃった』

『神はゆるしてない』

『神って言葉、あなたは使わないで』

『じゃあ、仏』

『じゃあ長嶋茂雄』

 バシッ。

『今野球部のボスがサッカー部の馬鹿を叩いた』

『それ荻野は伝えなくてもわかってるから』

『いつものことなんで』

『サッカー部の馬鹿だけ筆おろしのおろしが済んだ』

『まだ早い』

『なんでまだ早いの?』

『あなたはこの学校の生徒じゃない』

『生徒じゃないは言い過ぎじゃない?』

『あなたは』

『叩いたのはダメなことを体で教えただけで、こんなのは男社会ではあたりまえのことで、こんなことで千葉英和高校の筆おろしのおろしを済ませたなんて思われたくないです』

『なんで荻野のことそんなに気にするの』

『待って、俺の女は喋らないで。筆おろしのおろしを卒業する』

『おまえの男気が試されているぞ』

『男気って言葉使ってくれてありがとう。男としての度量を試されてるって重すぎるわ。俺、性別男だから自分は男としての度量はピカイチなんだって思い込むことにするわ』

『俺もおまえがピカイチだって思ってるぞ』

『野郎どもも助けてくれた。今の野球部だよね。野球部の男どもは俺の味方なのか』

『野球部かどうかなんてどうでもいいだろ』

『ちょっと待って。俺、野球部かどうか、すっげー大事。俺、この学校の野球部の人間に男として認められたい。あれ人間って変か』

『大丈夫だって。ちょっと変だって見守ってくれるって』

『ちょっと待って。俺おまえに喋られたくない。一番喋られたくない』

『私、藤原の女なの』

『お願いだから、黙って。俺のこの筆おろしのおろしの卒業に付き合って。俺、藤くんと同じステージに立ちたいから』

『私は藤原の女なんだって』

『同じステージじゃなくて違うステージにしたら』

『ジャンルとベクトルだろ』

『それ弥生さんに言ってほしかった』

『今、俺の妹の声。今、俺の妹の声聞いて、どう思った?』

『ボーカリストが黙っているあいだは、ほかのバンドのメンバーも黙っててくれる?女も黙ってて。特に俺の筆おろししてくれた女は。おまえは俺の女にしてやれねえから、お願いだから黙ってて。俺のステージでは今後一切、何もかも主張しないで。俺、藤くんのステージは尊重してるから。頷くのもやめて。あ、おまえ馬鹿なんだ。立法が何かもわかってねー女だもんな。なんで俺こんな女、自分の筆おろしの儀式に選んじゃったんだ。失敗したな。俺ちゃんと、義務教育のおろしが済んでいる女の子とちゃんと恋愛すればよかった』

『ちゃんと恋愛してただろう』

『そうね、思っていたけれど、そうじゃなかった。ちゃんと俺、ちゃんと俺、大事なこと、見て見ぬふりしてた。俺、荻野弥生に謝りたい。俺、これ以上、どうしたらいいのか、わからない。荻野弥生、俺のこと助けて』

「待ち合わせしましょうか?」

『待ち合わせ?』

「どんなうたにします?」

『一緒に曲作りしようってこと?』

『それ俺も参加したい』

『こいつの口癖「俺のこと好き?」だぞ』

『今の声聞いてどう思った?』

「制服を脱いだ野球部員かな?」

『制服は着てる』

「じゃあ、あなたは学校で私と話したくても話さないでください」

『なんで?』

「伝統と文化の積み重ねに軋轢が見られますので話しかけられたら怖いです」

『わかった、話しかけないでいる』

『俺との会話続けてくれるかな』

「治外法権を発動します」

『治外法権の使い方間違ってる』

「間違っていますかね?」

『あのね、俺、話したい』

『どっちと話したい?』

「・・・治外法権を発動し、三人での会話を許可します」

『許可しますだと俺がおまえをゆるせねえ』

「治外法権の権利をあなたに譲渡します」

『あのね、権利を譲渡しますだと、言い過ぎ。権利を放棄しちゃだめだから。権利って知ってる?それよりね、言い方としてはね治外法権を管理する権利を全員で共有し、その管理管轄の権限を俺の責任のもとに、え、俺責任者なの?』

「・・・」

『あ、今笑われちゃった。治外法権の土地ってどこなの?俺この質問じゃ馬鹿だと思われないかな?』

「馬鹿だと思ってません。変な言葉を多用して申し訳ございませんでした」

『謝らなくていいし、変な言葉じゃないから。むしろ親しみが沸いたわ。何でそんな言葉知ってるの?』

「・・・民生委員の心得と申しましょうか」

『民生委員か、その言葉いいね』

『なんでいいの?』

『いや、ちょうどいいから』

『ちょうどいいってなんで?』

『いや、盛ってもいないし、謙虚でたくましいから。俺この子いいな。お嫁さんにほしいな、今の聞いてどう思った?』

「びっくり仰天しました」

『そんなこと言われると思わなかった』

『私が言われたかった』

『その言葉嬉しいな、俺のお嫁さんになる?』

『私、野球部のキャプテンの彼女なんで』

『なるほど』

『なるほどって言われてほっとしちゃった』

『またまたなるほど。これ聞いてどう思った?えと、電話口の君?その前に、何でびっくり仰天したの?』

「えと、人生初のプロポーズの言葉でした。どう思ったかは、えと、もてあそばれてる?でいいですかね?お気に障りましたか?」

『いや、大丈夫。もてあそばれてるっていうと語弊があるから、かまってあげてるって自分で言っちゃおうかな。』

「かまってもらわなくて結構です」

『そう言われると俺、傷ついちゃうな、へこんじゃう。でもその言い方と声が可愛いからおまけでゆるしてあげちゃう。ところで、このやりとりなんて名前つける?』

『あなたに譲る』

『なんで譲っちゃうの?』

『だって彼女の反応の方が正しいと思うから』

『あのね、そうだ、君、制服着てる?着ているってことで話し進めていこうか』

『着てないと着てるって自分の服装いかんに関わらず、自分で選べないの?』

『それだと君、喋り過ぎだな。敬語と甘えたタメ口ぐちの使いどころを押さえてない』

『・・・あれ、反応なしか。早く誰かあだ名でもつけてほしいな。ひとりごとって恥ずかしいな。なるべく言わないようにしなきゃな。おい、おまえら俺をフォローしろ。誰も喋んないか。なあ、田淵、おまえ喋ってみたら?怖いか。俺が責任持って治外法権発動してやるからさ。田淵っていうのは俺の相棒の名前ね』

『田淵さんか』

『そう田淵』

『なんで名前繰り返したんですか?』

『君に相棒の名前呼んでほしいから。俺専属の俺の相棒ね』

『私この中でこのひとが一番怖い』

『うーん、そうか。田淵治外法権発動する?いや大丈夫か。田淵が一番怖いだと君ちょっと困っちゃう』

『わかってて言ったんで。その隣にいる人はどういう人なんですか?』

『んー、そうだな。置物。所属は誰にしようか?それともどこ?』

『あなたにしてください』

『おまえは絶対喋らないでね。で、俺、女の子におまえってなるべく使わないから、この場にいる限りは、なんちゃって。あ、今君わらちゃっただろ』

「すみません」

『すみませんじゃないよ、すみませんじゃ』

「ごめんなさい」

『そんな小さい声であやまられると怖がらせ過ぎたかと思っちゃう』

「間違えちゃったかと思って」

『何を間違えちゃったのかな?それよりなんて言いたかったのかなのほうが早いかな』

「申し訳ありませんでした」

『それだとおおげさかな、ごめんなさいでよかったかな』

「ごめんなさい」

『うん、ごめんなさいでちょうどいいことにするか。君が話しやすいかな』

『このやりとり意味あるのか』

『待って、俺、すっげー傷つけられた。今俺せっかく治外法権の空気を醸成してたのに。醸成って言葉は変か』

『それよりあなたの相棒の田淵さんの名前の漢字を教えてください』

『ナイスアシスト。田淵の名前はね、漢字はね、田んぼの田にさんずいの、これ難しいなみぞのあるほうのフチかな』

『ぶちだろ』

『おまえ俺のライブ来んな。ほんとはこの場にも居てほしくねえ。怖い声だしてごめんね。ねえ、今の声怖かった?』

『怒ってらっしゃるだけかと思った』

『正しい。ちなみにね、話変わるけどね、傷つけられた原因は、俺、今ステージの上に立っていると思っているから』

『ステージとグラウンドはどれくらい違うんですか?』

『うーん、それはね、ボーカリストの力量によるかな。あ、これだと俺、職業ばれちゃうかな』

『それって夢じゃないんですか』

『そうだな、どうしようかな。俺、実際ステージに立って唄っているからな』

『自分の歌じゃないじゃないですか』

『それだと君ね、俺の女にはなれないな。ただの正しい女でいてほしいな。いや正しい男か』

『正しい男ならここにひとりいるから。それに女じゃなくてレディって言って欲しかった』

『なるほど、いろいろよくわかった。ちなみに荻野は俺に、俺の何って言って欲しい?』

「プリンセスがいい」

『待って、君本当にそう思ってる?田淵いたぞ。ここに本当のプリンセスが』

『本当のプリンセスっておこがましいだろー、せめてプリンセスたちって言えー』

『ははは、君を俺のレディにしてやる』

『ありがとうございました。私もう十分で、ここらでお暇させていただきます。がちゃん』

「わたしも切りたい」

『いや、待って、本当に切らないでくれるかな。あ、この場合帰らないでっていう心境を、いやどうやって表そうかな。やだ俺焦っちゃった。今さ、何か言いたいことある?さあ、荻野さんこたえてみようか』

「・・・見つめる」

『見つめられちゃっただけか、それだと俺お兄ちゃんに戻っちゃうだけかな』

「お兄さんって呼んで差し上げます」

『お、嬉しいこと言ってくれるね。そろろろ誰が俺にあだ名つけてくれるかな』

『まだ早い』

『野球部のキャプテンはどう思っているのかな』

『私がゆるさない』

『君にその権限があるのかな』

『それはわからないですけど、私たちには権利があると思っています』

『なるほど、それはどんな権利かな』

『どんな権利かはまだわからないですけど、それはグラウンドとステージがどれくらい遠いのか把握してから腑に落ちるまで考えます』

『では、君には腑に落ちるまでの時間を自分で管理する権限を与えよう』

『与えられるものではなくて、もともと持っているものとして定義してください。でも管理する権限をあなたに与えてもらったことは神様に感謝して、あなたを誇りに思います』

『よろしい。では君は下北沢へ来る際には、生徒手帳を持参したまえ、そうしたら無料で俺のライブに招待してあげよう』

『生徒手帳を持参する件はわかりました。でも無料でライブはおこなわないでください。あなたの体の管理に差し障ります』

『よろしい、では入り口で料金を払って自由に参加しなさい』

『自由参加のライブには参加しません。治安が悪いからです。それよりあなたのライブのチケット安く譲ってください』

『おこがましいやつめ、正規の料金を払え。でも君はかわいい女の子だから特別に半額にするからその代わり俺の女になれ』

『女じゃなくてレディがいいって言ったじゃないですか。からかわないでください』

『いいね、指せるようになってきたね。君、名前は何て言うのかな』

『名前は聞かないでください。ただの女子生徒です』

『君は千葉英和高校の生徒さんかな』

『あたりまえです。ここをどこだと思っているんですか。あなたを信じてここまでついてきたのに』

『ここがどこだろうと構わない。さっき、君に自分の時間を管理する権限を与えてやっただろう。今度は土地を管理する権限を与えてほしいというのか。それだと君、欲張りすぎだぞ。いや君が欲張りなんじゃない。俺には土地を管理する権限を与える権限がないようだちょっとひと息つこうかな。田淵、俺、交代してほしいわ。喋れる?喋れないか。田淵が認めてもらえるにはどうしたらいいかな。誰か俺の仕事を手伝ってくれる子はいないかな。荻野、君に頼みたい』

『それより訊きたいことがあります』

『それだと君、俺のステージを邪魔しに来ているだけだな。控室に戻ってなさい』

『控室だと怖いです』

『on the stageにしろ』

『ちょっと待って君、それだと君は俺のステージを乗っ取ってる。えと、控室が怖いの続きは、それだと俺無理、疲れた。治外法権を発動した権限を持って、君の発言権を撤去する』

『治外法権を発動したのは彼女なんで、彼女に・・・えと、私もわからない』

『じゃあ、俺に任せてくれる?俺、心底疲れてるけど、何かを発動させて君を守るために頑張るわ』

『それでは質問できません。質問するにはどうすればいいですか』

『では、それではこの場を荻野に任せてみようか』

『先生、これ以上は自分たちで管理できません』

『よし、鍵括弧終わり。ちょっと普通に話すね。今俺頑張ったから、荻野と一対一で話していいかな。話すね。荻野は今何してるの?どんなことを思っている?』

『がっかりしたって言われたくない』

『撤去って言ったでしょ、ってやりたくないから黙ってろ。質問はあとで個人的に受けつけます』

『ごめんなさい。発言権撤去されたあとで、私自分の肩書に誇りを持っているので。自由に発言する権利を与えてもらっていいですか』

『発言を許可する』

『今の発言は正真正銘本物の野球部です』

『私のことなめないで。野球部の発言かどうか、声を聴けばわかる。私たちの世界だって一発勝負の世界なんだから』

『それを言うなら俺たちの世界は一発勝負じゃねえんだから、おまえらの方が上だ』

『ちょっと待って、そんなこと言っちゃっていいの?どうして彼女の方が上なの?・・・あらあら誰も助けてくれない。俺の頑張りは無駄になっちゃたのかな、荻野どうかな?』

『私の話しを聞いてください』

『ちょっと、俺、荻野の声聞きたい』

『私の声じゃだめなの?』

『俺ね、本心からね、荻野と話したいの。ひとりの男として、君はキャプテンの女でしょ。ちょっと怒っちゃった。でも黙っててくれたからゆるしちゃう。君はほんとうに俺のレディって言葉に弱いな。あ、ちょっと笑ってくれた。これいちいち言うのめんどくさいな。君に会いたいな。ここに来てくれるかな?それとも君はもうおねむの時間なのかな』

『おねむなんて気持ちの悪い言葉使うのやめろ』

『あのね、おまえ、俺のステージを冒涜してるから。ちょっと黙っててくれる?同じ職業の男として、一家訓、提言するわ。・・・提言って言葉で黙ってくれたんなら神に感謝する』

『神に感謝するなんて言葉簡単に使わないでください』

『ちょっと待って。女は黙っててくれる。俺のステージを汚さないで』

『あなたのステージは私が守ります』

『ちょっと待て。それだと俺かっこ悪い。荻野の前でかっこ悪いとこ見せたくない』

『あなたのステージは神が守ります』

『ちょっと電話切っていいですかって言わないの?』

「それだとステージ守れないから、私も応援席に一緒にすわることはできますか?」

『あなたはただの生徒だから、私の隣じゃないところにすわって、私に合わせて一緒に応援してください』

「・・・」

『なんで黙ってるの?』

『あなたは返事もできないの?』

『あんたは黙ってて、このあばずれ、あんたのせいであたしたちの学校はめちゃくちゃなの、あんたなんか学校に来んな。一生下北沢に居座ってろ。あなたのステージを守れなくてごめんなさい』

『いいから言いたいこと言って。俺のステージに来てくれた女は俺が守る』

『私は女じゃなくてレディです。自分の身は自分とあれやこれやで守れますから。でも自分を守る権利と権限の半分を、あたなと神様で半分ずつ分け与えてくださいました。私は誰に感謝すればいいですか?』

『ねえ、今俺ちょうどいいから私情話していい?田淵どっちにする?まだわからないか。俺、君に対してどのくらい責任取っていいのかわからない。君って荻野のことだよ、この際、もういいや、荻野じゃなくて弥生ちゃんって呼んじゃおう。いいかな』

『やだ』

『俺どうしよう。おまえ嫌い、俺のステージに来るな、ここにも居てほしくない、ほんとに・・・はー怒鳴ることもできない、手を挙げることもできないどうしよう。君にたずねる勇気もない』

『そういうときこそ荻野さんの発言を期待するべきなんじゃないですか。私信じてる。あなたがラジオ体操をきちんとやり遂げて、そのあと・・・そのあと』

『不適切な野次にしろ』

『続けて』

『俺はお前がいい』

『私に頼らないで。私はいつも観客席から応援しているだけなの。ベンチにも入れない』

『その言葉を待っていた。今からここは俺たちのステージだ、でいいかな。俺一人じゃ無理だなこれ、誰か助けてくれないかな。でも面白いな。・・・ちょっと待って。これ発言するとその場の空気つくるの任されちゃうの?これあなたの名前呼んでもいいですか?荻野にも知らせてあげたいから』

『許可する』

『許可するだと一緒にグラウンドでは戦えないな。グラウンドって言いたくなかったな。ここはどこかな』

『おまえは許可する。許可するし、野球部全員許可するし、おまえらは全員グラウンドって言葉は使うな。言葉じゃなくて態度で清めろ。それを100年続けたら伝統になる。伝統って言葉を使っていいのも野球部だけにする』

『急に真面目な話しになったなあ。ここらで君の発言を許可しようかなあ』

『女子バスケットボール部の部室を覗かないでください、かな?』

『お、君は野球部のキャプテンの女かな、それとも彼女のままかな?それともいつも男のままなのかな?』

『どっちでもいいですけど』

『正しいというよりは、この場にふさわしいというか。場慣れしている?』

『場慣れしているだと朝練の時間にそぐわない』

『なるほど、これを空気で理解しろってことか』

『君こういうのが得意分野なの?』

『なんで君たちじゃないんですか?なんで名前呼ばないの?』

『んー、俺は場慣れしたいから。俺これだと怖いな。キャプテンの気持ちが少しわかってきた』

『腑に落ちたんですか?』

『腑に落ちただとおこがましいかな。おこがましいっているのは野球部のキャプテンに対してだけね。ちょっと気持ちを切り替えよう』

『なんで気持ちを切り替えるんですか?』

『ん?今ね、この場の空気の流れを一心に背負ってしまっていて、千葉英和高校の、なんだろな、風紀の乱れの原因を・・・。ちょっと休憩ね。君と話しているとちょっと責められてる気がして疲れちゃうんだよね。兄弟姉妹がいないせいかな。ちょっと荻野に話しかけてみるね』

『なんで荻野さんだけ名前で呼ぶんですか?』

『彼女の方が直観力に優れている。俺が管理管轄したい治外法権の権利にちょっとした休息を与えてくれるかな?どうかな?荻野くん』

「あなたが心配です。私、田淵さんとお話ししてみたいな」

『田淵、ちょっと話してみたら?はじめましてした子だよ。覚えてる?』

「田淵と話すくらいなら俺たちと話せ」

「皆さん、ここに、制服を脱いだ野球部員の方が何名かいます。野球部員は体育はジャージ、グラウンドではマネージャが手入れする白いユニフォームを着てグランドに向かってありがとうございましたとグラウンドに敬意を持って感謝の一報を発し」

『一声にしろ』

「あなたの声をインストールします」

『なんで俺の声をインストールするの?』

「再インストールします」

『インストールはもういいから、理由教えてくれる?俺女の子に付きまとわれて困ってって、原因を知りたいの』

「原因はあなたの声です」

『俺の声が原因なの?じゃあしょうがないや。俺の声をきいてどう思ったの?その前になんでインストールするの?』

「・・・この場を統治するのに適した声ではないかなと感じました。山口くんのキャプテンの任を軽くするために」

『任は解くときにつかうの。軽くするのは役職ね』

「・・・」

『なんか言って』

「あなたの役職を何にしようかな」

『あのね、俺いちおう年上だから敬語使って』

「ごめんなさい、ひとりごとです。電話なのでひとりごとの声が漏れてしまいました」

『この子俺より上手だわ。俺に話しかけてるのかと思っちゃった』

『どういうこと?』

『今の女の子の声だってわかったよね、君、俺となら話せそう?』

『それは嫌ですけど、今のどういうことか、あなたが教えてください』

『あなたって俺だよね、これだと一対一の会話に近いな』

『一対一の会話じゃなくて、ミーティングルームで節度を保ってルールに従って会話してるんです』

『わかった。この声聞いて、荻野はどう思った?俺今回限りで名前呼ばないからね』

「・・・負担ですか?」

『今日はいい』

『これだと話すの俺の方がいいのかな?俺の声どう?』

『それよりあなたの説明をしてください』

『わかった。ひとりごとで「あなた」って高度な技だなって』

『この人これくらいのこといつも考えて生活しているんじゃないですか』

『そういうことか、そういう子なんだ』

『私あなたのこと誤解してた。友達にはなれそうにないけど、味方がいるんだって思ったらほっとした』

「私もほっとしました」

『ほっとしたってなにかな?』

「・・・腑に落ちたんじゃないですかね」

『腑に落ちたか、ちょっと俺この言葉インストールしようかな』

『それだとこの学校の生徒全制覇するなんて野望もうくだらないから捨ててあげた方がお互いのためなんじゃないのか』

「今の声誰ですか?」

『バンドマン』

「バンドマンかあ・・・」

『面白い。声聞いた弥生ちゃんの反応そそられる』

『気持ち悪言い方しないで』

『今弥生ちゃん笑っちゃったでしょう。それだと弥生ちゃんの負けだよ。名前呼ばないって難しいな。今の声聞いてどう思った?』

「・・・お兄さん?」

『え、じゃあさっきの人の声は?』

『さっきの人って誰のこと?』

『いいから荻野に任せとけよ』

『そうしたいし、その方がいいと思っているけど、私、今日、ブラスバンド部で制服着てるって思ってここにいようと思う。練習はあまりしないけど、ブラスバンド部っていうのはほんとうだし』

『ブラスバンド部なんだ。どんな曲演奏するの?』

『野球の応援のための曲です』

『そっかあ。じゃあ、制服着てブラスバンド部まで戻ってきたところで、今日の本題いってみようか。そろそろ俺本気で疲れてきちゃった。誰か助けて』

『じゃ俺。弥生ちゃんに、話したい人がいるの。話したいんだって』

「はい、なんでしょう」

『はい、頑張って。斎藤が場をあっためてくれたでしょ。はい。はい、頑張って』

『なんでドリカムで一番好きな曲が【眼鏡越しの空】って言ったんだ』

「・・・なんでってそりゃもちろん好きだからですけど」

『いつ好きになったんだ』

「父が好きでドライブするときにCDかけてくれてたんです。【The Swinging Star】に入っていた曲なんで、小学生のときでしょうか。」

『小学生の時から聞いてたのか』

「そうですね、ところであなたは誰なんですか?野球部の方ですか」

『野球部ではねえが、正体はあかしたくねえ。執着されると面倒だからな』

「・・・そうですか」

『とにかく、発売当時から聞いていて、父ちゃんの影響で好きだったんだったら、しょうがねえな。だろ?お前らの絆の歌だからって嫌がらせで選んだわけじゃねえもんな』

「絆の歌ってなんですか?」

『山口と彼女がふたりで一緒に好きな歌だったんだ。おまえのせいでふたりが喧嘩しはじめて、俺が仲裁に入ったんだ』

「ごめんなさい」

『野球の話ししてたら、山口も楽しくなっちゃって調子乗っちゃたって言ってるから、おあいこだな』

「ごめんなさい」

『おまえ聞き上手だな』

『褒めてんだからありがとうって言え』

「・・・ありがとうございます」

『康代になんか言うことないのか』

「好きな歌が同じで、ふたりの絆の歌だったから、だから康代ちゃん、機嫌悪くなっちゃたんだ。ごめんなさい、知らなかったし、他意はなかったんです」

『あやまったんだから、おまえも許してやれ。仲裁してやったんだ。おまえは俺に礼言え』

「・・・ありがとうございます」

『結構揉めたんんだぞ』

「ごめんなさい」

『何度も謝らなくていいから、藤くんの声覚えておいて』

『おまえ、俺の名前ばらすんじゃねえ』

『いいじゃん、藤くん。弥生ちゃん、藤くんが噂の演歌歌手と話してみたくて、きっかけ作りたくてわざわざ喧嘩の仲裁に入ってくれたんだって』

『言うな』

『いいじゃん、電話なんだから。ちゃんと話したいって言った方が話が早いでしょ』

『俺は人見知りなんだ』

『人見知りなんて、電話で克服すればいいじゃん。早く俺以外の人とも話しできるようになった方がいいよ。集まり来る度、皆と話したいって言ってたじゃん』

『おまえ、余計なこと話し過ぎだ』

『いつも今日は誰か話しかけてくれるかなって恥ずかしそうにしててさ』

『言うなって』

『喧嘩の仲裁はじめたときはびっくりしたもん』

『俺たちも驚いた』

『俺がいちばん驚いた』

山口くんの声だ。

『実はね、さっき言ったとおり、弥生ちゃんの話しは野球部の人たちも聴いてて、いつもの野球部の集まりに、僕らも混ぜてもらっていたんだ。俺も少年野球をやっていて、理由はそれだけじゃないんだけど、その繋がりもあって入れてもらっているから、怪しいひとじゃないんだよ』

『それは俺たちが保証する』

『今のはね、ピッチャーの声だよ』

山口くんの声だ。

『体育祭で、部活対抗リレーで話し合っただろ、あのとき名乗らなかったけど、俺はあのときおまえと話した野球部員のうちのひとりだ』

『今のは4番打者の声』

山口くんの声だ。

『皆、弥生ちゃんが度胸があって、監督との秘密の約束を守って練習を続けるがんばりやさんだど思っているから。ちなみに俺の声わかる?』

「はい、わかります」

『俺は藤くんの親友。それだけとりあえず覚えといて。名前はね、俺の名前を呼びたくなったら、何にしようかな、とりあえず将棋先輩ってことにしよう。大丈夫?』

『おまえは何で名を名乗らないんだ』

『藤くん、ちょっと待ってね。理由もちゃんとあるから』

『ますかわ』

『あ、今の声ね、藤くんと違うってわかる?』

「はい、わかります。将棋先輩」

『お、話がわかる頭のいい子だね』

「・・・」

『褒められたら礼を言え』

『今のは藤くんの声ね。わかる?』

「はい、わかります」

『礼を言えって』

『今のは俺の友達の声ね。違いと特徴覚えてね』

『おまえは一体何をしているんだ』

『実は藤くんが弥生ちゃんとしゃべれるように体裁を整えてるだけなんだけど、野球部のミーティング乗っ取っているみたいで恐縮なんだけど大丈夫?』

『大丈夫、気にしてねえ』

『今のは野球部の誰くんなのかな?』

『名前は誰でもいいけど、野球部だってことだけわかってもらえれば』

『今の人はね、野球部じゃないんだけど、君の学校のひとだから、心配しないで』

『野球部はいつも放課後の練習のあと、皆で集まっていて、ここがどことは言えないけど、最近・・・ますかわのことはますかわって呼んでいいの?』

『俺の名前は呼んでいいことにしようか、将棋先輩って呼ぶときは、将棋先輩、ますかわって名前を使うときは、野球部の、いやこの学校の生徒は、これだと俺やだな』

『野球部はますかわ、それ以外はますかわさん、にしよう』

『それありがたいな。フォローありがとう。弥生ちゃんの場合はどうしようか』

『ますかわさんだろ』

『今の声は藤くんね』

『もうそろそろ俺の声は覚えただろう』

『俺もそう思うけど、いちおうね』

『なんでまだフォローするの?』

『今の声は将棋先輩の友達ね』

『バンド仲間って言え』

『チャマね、ちょっとしゃべりすぎ』

『名前ばらされた』

『ごめんね。弥生ちゃん、ちょっと待っててね。チャマ』

『なんだよ』

『俺に任せるって言ったじゃん、今俺、いろいろなものを掛けて、弥生ちゃんが参加しやすくするため、王手を掛けてるの。チャマとりあえず俺を信じるって言ってくれたじゃん。信じるってことはね、ここでは黙って待つってことなの。誰かがしゃべると、特にチャマがって言っておこうか。俺に野次を飛ばしているのと同じことなの』

『黙ってるの苦手』

『今さ、チャマの発言聞いた?ちゃんと「発言」になってたでしょ』

『なんとなくわかった』

『チャマね、自分で言っちゃダメでしょ』

『名前呼びすぎじゃね?』

『今のは誰?』

『野球部』

『野球部ってことは間借りできるの?』

『どうしたらいいかは、ますかわが、決めて』

『今の発言で信任をひとつ取れたって信じる。俺もびびっているからね』

『どーするんだ、ますかわ』

『えとね、ここにいる人たちは、全員身の程をわきまえて、野次にならないように発言して。身の程をわきまえろっていうのはわかるよね?野次も。それでね、弥生ちゃんはね、聞いてる?』

『身の程をわきまえろってどういうこと?』

『おまえはしゃべるな』

『その前にね、弥生ちゃん大丈夫?』

「はい」

『身の程をわきまえろってね、いつものヒエラルキーに従ってっていうこと』

『それだと疲れる』

『今のは野球部の人だよね、ごめんね』

『とりあえず大丈夫だから続けろ、ますから』

『ありがとう、ちなみに今のはこちら側を一手置いたのね』

『わからねえ』

『チャマは習うより慣れろね』

『俺じゃねえ』

『今の声はチャマね、「わからねえって」言ったのは誰かな?』

『野球部の控え』

『それは事実なのかな?』

『事実じゃねえ』

『今のは藤くん』

『事実だろ』

『今のは野球部かな?ねえ、藤くん、今何で『事実じゃねえ』って言ったの?・・・藤くんもしゃべっていいから。・・・さあどうぞ』

『しゃべっていいのか』

『しゃべっていいのか?』

『それだとおまえらの信頼関係を疑うわ』

『信頼関係じゃなくて将棋の指し方を検討中って言ってくれるかな?』

『間違えた』

『そうだね、チャマはけっこういいね』

『俺はダメなのか?』

『あのね、藤くんは大丈夫だから。優しすぎるだけだって俺はわかってるから』

『皆わかってる』

『俺はわからねえ』

『優しすぎるとダメなのか?』

『藤くんはそのままでいようか。藤くんのひととなりが伝わるから。弥生ちゃん、今の流れ聴いてどう思った?』

「ミーティングですね」

『それだと俺不満』

「・・・『藤くん』が優しいかどうかは私にはわかりません」

『まだ?』

「・・・それもわかりません」

『そうか、わかった』

『今のが一手置く?』

『今の声聞いて、弥生ちゃんどう思った?』

「流しますか?」

『いいね、弥生ちゃん。ちなみに今のは指導対局にしようか?』

『指導対局?』

『ちょっと黙って。弥生ちゃん、「指導対局」って聞いてどう思った?』

「・・・『指導対局』って何本同時に打っているんですか?」

『いいね、よくわかった。指導対局はね、2本にしようか。でね、対局はね、打つ、じゃなくて、指すにしようか』

「わかりました」

『ついていけねえ』

『今の発言はチャマにするね。チャマはこちらの指導対局相手の名前ね。理解できてる?』

『わからねえ』

『弥生ちゃんは?』

「大丈夫です」

『じゃあ、弥生ちゃんの指導対局は一手進めて、こっちは指導するね』

「はい」

『わからねえ』

『わからない人は指導対局を見ている人ね。ミーティングルームでは将棋先輩が指導対局をしていて、相手はチャマ。観客は野球部と千葉英和高校の生徒。電話口では弥生ちゃん』

『なんでチャマなの?』

『その方がいいかなって俺の感。弥生ちゃん今の気持ちはどう?』

「おもしろいですね、少し怖さが軽減します」

『少しか、もっと配慮が必要だな。なんかしてほしいことある?』

「将棋先輩、野球部、チャマさん、藤くん、の他に登場人物を増やしてほしいですね」

『わかった。ちょっと待っててね』

『ちょっと待っててね、じゃなくてすぐに解決したほうがよくないか?』

『うーん、挑戦者にどんな配慮が必要か対局者が悩みだしたってスクリプトを入れたいな。藤くんちょっと何か喋ってみて』

『何喋ったらいいのかわからねえ』

『うーん、この駒は違うかな?』

『将棋の駒なの?』

『ちょっとだけね、わかりやすくするため。電話で無言はよくないかなと思って。今ね、俺の頭の中をスクリプトで声に出してる』

『なるほど』

『弥生ちゃん、何か訊きたいことある?』

「大丈夫ですよ」

『ありがとう。ちなみに質問しないのはなんでかな?』

「質問できるほど情報も状態も把握できていません。それにあなたに進行を任せています」

『あなたって誰?』

「将棋先輩です」

『俺を名指しするときは将棋先輩と言いなさい』

「はい、わかりました。先生」

『今の発言なんなの?』

『今の声わかる?』

「女の子の声ですか?」

『誰の声だかわかる?』

「康代ちゃん」

『「康代ちゃんです」って言って欲しかった』

「ごめんなさい、いらっとしちゃいました」

『正直に言ってくれて助かった。今俺の信用失墜したのかと思った』

『だから何なの?』

『ちょっと待っててね。今の発言控えるね』

『発言を控えろってこと?』

『いや、横に置くってこと。横に置くのは一手だけね』

『先に解決してほしい』

「待ってね。弥生ちゃん、俺に進行を任せてる理由は何なの?」

「合わせてるんです」

『合わせてるって、俺に?』

「野球部のミーティングに、ですかね」

『なるほど、ここはミーティングルームで、指導対局室と中継で繋がっているってことかな』

『ミーティングルームなの?』

『ミーティングルームレベルの法律を適用しよう』

『法律だと固くね』

『お、弥生ちゃん、今の声聴いてどう思った。?』

「先輩ですか?」

『俺はね、ここにいる野球部員は2年生だけね。俺はひとつピッチャーゴロを投げてみようかな』

『ますかわが野球用語を使うことを許可する』

『今のは声援だね。同じ声でも野次と声援は違うね』

『俺たちは、グラウンド慣れしているし、ミーティング慣れしているから』

渡部くんの声だ

『おまえがグランドって言葉を使うな、あと、今の発言気に食わなかったから、二度と喋んじゃねえ』

『今の野球部の人が』

『ピッチャーな』

『バッターだろ』

『4番打者にしとけ』

『弥生ちゃん聞いてる?大丈夫かな?今野球部の四番打者が「グラウンド」発言した男を、男のひとの声ってことはわかるよね』

「はい」

『今ので弥生ちゃんが俺を信じてちゃんと話しを聴いてくれてるんだってわかった』

『今頃わかったの?』

『こういう子なの?』

『野球部のマネージャやってほしかった』

『今のはチャマの声ね』

『ますかわのことは信じる』

『今ね、ここにいる皆が俺をますかわって呼ぶ練習しているの』

「そうですか」

『弥生ちゃん、指せるね』

「・・・」

『なんか言って』

「将棋だと怖いですし、おこがましいです」

『そうなんだ、それは嬉しい発言だね、これ誰がフォローできる?』

『俺が将棋教えてあげたい』

『同じね、学校の生徒が弥生ちゃんに将棋教えてあげたいって。弥生ちゃんね、大丈夫。良い対局者だよ』

『俺たちの学校にも将棋同好会があると思って欲しい』

『藤くん、弥生ちゃん、俺たちと話してくれそうだよ。良かったね。今日は取り合えず肩慣らしということで、この辺でお開きにしようか。またミーティングルームでの指導対局したいから、覚えておいてね。電話が鳴ったらよろしくね。キャプテンもどうもありがとう。キャプテンというのは、この場合、山口くんね』

『指導対局より、野球中継の方が楽しそうじゃなかったか?』

『そう思うんだったら、藤くんもっと頑張って。じゃあ、弥生ちゃん。お疲れ様』

「はい、おやすみなさい。ごきげんよう」

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