第11話 ナイトライト 後編

 お昼休みになって、セミナーハウスに集まった。山口くん、高木くん、体育祭実行委員長の私と文化祭実行委員長の佐智子の4人だ。佐智子は同じクラスでダンス部。秘密組織に絡まれるのが嫌だと言っていたので、皆、黙っていたが、話しに参加していた方が身の安全を確保できるだろうとの山口くんの判断で、引っ張ってつれてきた。秘密基地団の方からは、斎藤宏介さんと田淵さんが参加してくれた。藤原さんとも電話中継がつながっている。

 聖書の先生の計らいで、斎藤宏介さんと田淵さんの分の給食(我が校は給食!)も用意してもらって、私たちはセミナーハウスで6人でお昼ご飯を食べた。こんなことは初めてだったので、私は少し嬉しく思い、音楽のことに話しが弾んだ。

 そのあと、野球部顧問の小林先生と一緒に高橋監督も顔を出してくれた。高橋監督は通常、午後錬の時間になると来てくれるが、今日は騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれた。高橋監督は私の姿を見つけると微笑んだ。

 野球部OB代表、理事長は、来なかった。

 山口くんと荻野くんは顔を知っているらしかったが、野球部員にすらもその存在は秘密裏にされており、やっぱり秘密裏にしておきたいとの言伝があった。

 顧問と監督が、代わりに話しをしてくれた。

 まず、予備電源含めて野球部用の設備を確認するものやめてほしい。野球部の方は練習見学するのに留めて女生徒を優先してほしい。野球部のグラウンドにはナイトライトがある。そのナイトライトの電源も含めて、セミナーハウスなどの野球部の設備は、大半をOB会の寄付で賄っており、もし確認するにしても、他校の生徒まで含めてだと今日は止めておいた方がいい、と。文化祭でグラウンドを使うことは、ちゃんと筋を通せば話しを聞いてくれる人も多いけど、肝心の野球部員の代表者が、文化祭でグラウンドを荒らされるのは困る、なんて発言しているようでは、OB会を説得するのは難しい、との意見だった。それから、すぐ近くにあるセントマーガレット病院の方々にも十分配慮しなさい、元気な姿を見せてくださいっていつも挨拶すると言われているから、と言われた。

 私は中野と一緒で、グラウンドには神様がいる、と思うタイプの人間なので、グラウンドや設備を、しかも他校の生徒が使うのは難しいと思っていたけれど、やっぱりゆるしを得るのは難しそうだった。斎藤宏介さんは少しがっかりした表情を見せた。田淵さんは落ち着いていて、俺たちは教室を間借りするくらいがいいんじゃないか、と至極真っ当な意見を出してくれた。斎藤宏介さんはせめて講堂で演奏したいと譲らなかった。山口くんはグラウンドの使用をOBの方も反対してくれたことにほっとしていた。

 高木くんが話しを続けた。

「で、続き。文化祭当日だけだったら、教室でなら病院に迷惑掛けても多少多めにみてもらえるんじゃないかって。病院にも電話して、気を遣いすぎってわらわれたって。これ聖書の先生のお墨付きね。で、当日だけって言うのは守って。で、グランドは立ち入り禁止。車も駄目。病院の駐車場も使わない。それは俺たち野球部のOBも一緒だから。で、OBの代表の方も、病院に迷惑掛けないんだったらって、楽しみにしてたよ。で、これは内緒だけど、病院側も音漏れ楽しみにしている人も中にはいるだろうって」

 これなら、グラウンドは搬入作業含めて使用は許可できないけれど、教室でならバンド演奏ができるかもしれない。斎藤宏介さんが少し考えてから話し始めた。

「教室間借りできるんだったら、藤くんがマーシャルの手配と車での持ち運び、搬入っていうのか手配してくれるって」

 高木くんも話しを合わせた。

「じゃあ藤原さんは、野良部長と打ち合わせしてもらっていいですか?こっちまとめてんのあいつなんで」

『わかった』

 電話口から藤原さんの声がした。

「電話繋がっていたんだ。俺も一緒にいますんで。ちなみに野球部にも軽音楽部隊とアコースティック部隊が居て、文化祭でのライブをぜひ成功させたいと思っています。実は、藤原さんの日本一の影響を受けてアコースティックギター習い始めたやつが居て、男でのトップバッター引き受ける覚悟でいます。藤原さんの厚意で、じゃああいつも打ち合わせ、一緒に。秦野っていうんですけれど」

 高木くんが言った。

「で、当日持ち寄れば、打ち合わせは治安維持のことだけ・・・。あいつ、秦野、文化祭のことすげー張り切っているから、佐智子は秦野のこと、生徒会の副会長って呼んでね。頼ってくれていいから」

 山口くんが言った。佐智子はほっとした顔をした。

「使うのは教室だけ?」

 佐智子は言った。

「体育館は、リョータが不安がってて、剣道部も嫌がってるから無理だと思う」

 山口くんが言った。

「講堂は使えないの?」

 斎藤宏介さんが言った。

「講堂は業者の清掃が入るから外部の人が使っても大丈夫だろうって聖書の先生が言ってたよ。でも普段、綺麗に使ってるから大切にして欲しいって」

 山口くんが言った。

「わかった」

 斎藤宏介さんは静かな声でそう言った。田淵さんも神妙な面持ちで頷いた。

「講堂使うならハンドベル部に訊かないと。多分、アコースティックだけにしてって言われると思うよ」

 佐智子が言った。

「講堂でやるならアコースティックライブ限定で話し進めてみたらって、聖書の先生も言ってたよ」

 山口くんが言った。皆は顔を見合わせて頷き合った。

 教室でバンド演奏、講堂でアコースティックライブで準備を進めることで話しがまとまった。

 そのまま講堂を案内することになり、ハンドベル部の部長の琴子も交えて講堂を訪れた。秦野くんたち野球部軽音楽部隊も呼んで、講堂の電源設備を確認したあと、私たちは、琴子にパイプオルガンを弾いてもらって、賛美歌を歌った。


 そのあと、田淵さんの意向で、図書室で聖書を読んだり賛美歌をなぞったりして過ごした。琴子と田淵さんは気が合うようで、一緒に聖書を読み込んでいた。

 私はちょっと飽きたからという斎藤宏介さんに外階段に連れて来られた。

 話しておきたいことがあるんだと真面目な顔で言われ、どうしたんだろうと思った。斎藤宏介さんは下北沢のステージで草野正宗さんの唄を唄っているという。そのきっかけは私だ、ということだった。私は以前から草野正宗さんの詩が好きでノートに書き写していた。そのことを人に話したのは、吉田先輩に「ホタル」を歌った時だった。私はそのとき草野正宗さんに”恋焦がれている”と言った。斎藤宏介さんは、女の子に恋焦がれられる詩人ってどんなもんだろう、と自分の好きな曲も「ホタル」だったから、一曲だけと思って、自分でも詩を書き写したんだそうだ。それから自分にとってSpitzが身近なものになって、唄ってみようと心に決めて、あとから私が最初に詩を書き写したのが「スカーレット」だと知って、一曲目には「スカーレット」を選んだんだそうだ。それまで洋楽のカバーを主にしていたのに、そのあと斎藤宏介さんのステージはSpitz一色になったそうだ。

 それだならまだ良かったのだけれど、なんとそれが元で、草野正宗さん(ご本人ではなく関係者)に声を掛けられて、誰のために唄っているのかと問い詰められたのだそうだ。そして思わず、私の個人情報を言ってしまったらしい。

 私は驚いて何も言うことができなかった。声を掛けてきた人は草野正宗さんにかなり近しい人で、自らを悪友であると名乗って、名刺を差し出しだのだそうだ。

 草野正宗さんに会うときは一緒に会おうね、と頓珍漢な約束を斎藤宏介さんと一緒にした。私は斎藤宏介さんにSpitzの曲を唄って欲しいと言ってみた。斎藤宏介さんは照れた様子を見せ、「ハネモノ」を少し、口ずさんでくれた。私は外階段にピッタリの唄だと思っていたので嬉しくなった。

 斎藤宏介さんが、私が彼の時計をしていないことに気付いた。斎藤宏介さんはちょっと困った顔をして

「俺の時計どうしたの?」

 と訊いた。私はため息をつきながら

「翔之介に取られたの。翔之介が着けてる」

 と言うと、

「あの野次男かあ」

 とちょっとふくれっ面をして、翔之介を探しに行ってしまった。

 私は誰も居ないグラウンドを見ながら、「ハネモノ」を歌った。


 部活動の時間が始まると、斎藤宏介さんと田淵さんの他に、秘密組織のメンバーも姿をあらわして、講堂で、ハンドベル部とダンス部の部員たちと、文化祭についての打ち合わせをしていた。教室でのバンド演奏、講堂でのアコースティックライブ、もしかしたらいちばん楽しみにしているのは、聖書の先生かもしれない。


 部活が終わって、部室で着替えて外へ出ると、斎藤宏介さんと田淵さんが待っていてくれた。もう黄昏時だった。私は斎藤宏介さんに、ネクタイを貸しっぱなしだったことに気がついた。斎藤宏介さんは、時計を取られた罪を、一曲唄ったら水に流して、そしたら返してあげると言ってきた。私はしばらく考えたあと、右の手のひらを斎藤宏介さんに向けて、小さな声で「時間旅行」を口ずさんだ。


指輪をくれる?ひとつだけ2012年の金環食まで待ってるから

とびきりのやつを そうよ 太陽のリング


『太陽のリングくれなんてスケールが大きいな』

 電話越しに藤原さんの声がした。

「あー藤くんが喋っちゃった。今日も中継繋がっています」

 斎藤宏介さんがそう言うと、まわりにいた部活終わりの生徒たちが野次を飛ばしてきた。

 「この学校ってさ、卒業記念にロザリオもらえるんだろ?今の歌のお礼に卒業記念のロザリオ持ってきてくれたら、下北沢のステージでおまえの好きな曲なんでも唄ってやるよ」

 斎藤宏介さんが言った。私はちょっと微笑んでから、胸元から”乙女のロザリオ”を出してみせた。

「え?それは?」

「これは、推薦生としての特別な”乙女のロザリオ”というものなんです」

「それだと俺、俺、俺やべえ。俺のこと、俺のステージは卒業まで待ってて。お願い。卒業したら、乙女のロザリオ持って会いに来て」

 皆が笑っている。私も微笑で頷いた。

 

 田淵さんはハンドベル部の部活を見学して、その演奏に感銘を受けたようだった。普段はしないけれど、講堂でアコースティックライブをしたい、と話してくれた。

 

 その日の最後には野球部のグラウンドのナイトライトを、外階段から皆で眺めた。



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