第75話 魔法剣士、肉を喰らう
口糧を齧って朝飯にした後、ヒポグリフ擬きを剥製にするために解体を始めた。
獲物を解体する事は日常的にやっていたが、剥製用に、となると手を動かして覚えた事はない。
知識のみで解体を始めた。
夕暮れ近くになって解体を終えた。内蔵を含めて肉が2000ポンドは取れたんじゃないかと思われた。
そう言えば昼飯も夕飯もまだだったな。
この肉、食べられるだろうか?少し試してみようか。カルロも言っていたじゃないか、肉は食える時に食っとけ、って。そう俺は今、口糧も悪くないが、肉が食べたいと思っている。
そんな訳で石を組んで竈門を作った。竈門は100ヤード程移動した先に作った。移動したのはヒポグリフ擬きの肉を漁りに獣が寄って来るのを用心してだ。熊とか勘弁してほしい。
竈門の中で火を焚く。
取り分けておいたヒポグリフの肉をちょっぴり切り取り、竈門で焼いてみた。火が肉の内部にまで通るように、しっかりと焼いた。
その焼いた肉を食べてみる。悪くなっている感じはしない。いや、それどころか、美味い。今まで食べたことのない味だ。良い肉を手に入れたと喜び、俺は、肉を厚めにスライスして焼いた。
5ポンド程も焼いたんじゃないかと思うくらい食った。旅の間食べられるように、少しばかりの肉を燻製にした。これは、まぁ時間がかかる。夜半までには出来ていて欲しいが。
そんな事をやっている最中に、胃がシクシクと痛み出した。これはしまったぞ、やっぱりあたる肉だったか、大体、生物としておかしい獣だったしな、などと思い、指を突っ込んで吐き出そうとするも全く出てこない。胃液すら出ない。おかしい、こんな事は初めてだ。
仕方がないので、痛みが治るまで堪えている事にした。
魔法を使おうとも思ったが、なぜか意識の下の領域から力が湧き出ない。つまり魔法がかけられない。だから、自分の体に何が起こっているのか判らない。
痛みが持続するのでその場で横になった。夜空は満天の星空だった。ああ、こんな星空の下で死ぬのか、肉が食いたいなど考えなければよかった、だけど美味かったしなぁ、肉。などと役体もない事を考えていたのは、痛みから気を紛らわせるためである。
痛みに苛まれながら、す、と寝入ってしまったらしい。目が覚めたら竈門の火が熾火になっていた。俺は薪を追加するためにむくりと起きた。
すると、先ほどまで感じていた胃の痛みは失せ、訳もなく頭と体に爽快感があった。これはどうしたことかな。
作っていた燻製肉は捨ててしまおう、と思っていたのだが、胃の調子が良くなったので持っていくことにした。
薪を新たに焼べると、もう一度寝直した。
明け方寒気で目が覚めた。そういえば、毛布は馬車の中だったか。持って来ればよかったな。それから、目は肉の塊の方へ向き。悪くなっていそうな表面だけ刮げ切り、また肉を焼いた。また胃が痛くなるかも、と思いつつ肉を食べるのを止められない。
不思議なことに今度は胃が痛くならなかった。不思議なこともあるものだ、と思いながら竈門と火の始末をした。
それから荷物を持って、馬車、の残骸の方へ向かった。
ヒポグリフ擬きの皮が重い。何ポンドあるんだこいつの皮。
破壊された馬車の所まで戻った。
これはダメだな。完全に壊れている。四つの車輪が四方に飛び、荷台は潰れ、檻はひしゃげ、御者台は潰れている。
そして、御者の死体がこの上にある訳だ。またも持っていけない死体だ。鳥獣に食われても可哀想だしな。仕方がない、ここで墓穴を掘るしかないか。
そういえば、この御者、名前はなんといったかな。思い出せない、というかそんな話もしない位親しくなれなかった。ま、無銘の墓になるが、それは勘弁してくれ。
そんな事を考えながら墓穴を掘った。
俺もだいぶ墓穴掘りが上手くなったな、などと思いながら、出来上がった墓穴に御者の死体を放り込もうとすると、手に触るものがある。
何だと、思って死体を弄って取ると、丸めた書状に封蝋がしてある。印章は誰のか分からないが……多分、尚武長官のものではないかと思われた。
開けない方がいいんだろうな。俺は書状を荷物の中に入れた。
それから御者の死体を墓穴に安置して、土をかけた。
それから神に祈りを……こいつの信仰していた神様ってなんなんだ?よく分からないからウェヤムに祈りを捧げた。
とりあえず、足が確保できた。
何のことかと言うと、逃げ出した馬が、また戻ってきているのだ。くつわと手綱はまだ使えそうだ。鞍は……無いな。まぁ、馬車に鞍は要らないしな。
裸馬に乗れるほど乗馬が達者でもないし荷物を運んでいってもらおう。
こうして俺はトロイジャンに向けて出発したのであった。
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