第76話 魔法戦士、帰還する

 南から、北へ暫く旅を続けたが途中までは、旅人にも商人にも会わなかった。南に行けばカディスの森に近くなるからな、それに碌に村だの町だのある訳でもないし。


 そんな事を考えながら1人(と1頭)、歩いていた。1日歩くと、大体25マイルほど進んだようだ。馬が荷運びしてくれて助かった。昼は口糧を齧っただけで旅路を急いだから、夕食は肉だな。

 馬の背から荷物を下ろし、軽くブラシをかけてやった。しきりに顔を擦り付けてくるがこれは気持ちいいと言う事なのだろうか。

 手綱とくつわを外し、放してやった。

 さてと、と腰を下ろし小さな焚き火を焚いた。今日25マイル進んだとすれば、3日後の夕方にはトロイジャンにつきそうだな。トロイジャンについたら取り敢えず、尚武長官の前に出頭して、荷馬車の件を説明して、仮なめししたヒポグリフ擬きを渡さなければならない。それで、俺の首がようやく繋がる。

2日目は25マイル、3日目は18マイルほど歩いた。3日目に距離を稼げなかったのは雨が降ったからだ。油引きの外套を着て、雨をしのぎながら歩を進めた。

 

 4日日は夜明け前から歩き始めた。夕刻より前にトロイジャンに着きたかったからだ。到着が遅い時間になると、尚武長官の所へ話が行く前に、俺が収監される恐れがあった。


 そうして、午後の遅い時間になってトロイジャンに着いた。

 門をくぐると、門番から入市税を取られそうになった。こっちは金なんざ持っちゃいないから(考えてみれば御者の死体を漁っておくんだった)、持ってないから払えない、というと、問答無用で追い返されそうになった。

 その時、ふと思いつき、大切に丸めてある書状を門番に渡すと、門番達は書状をこねくり回し、印章に気がつくと、1人が急いで城に向かった。

「で、俺は何処で待っていればいいんで」

と聞くと、

「ちょっとこっちへ入っていろ」

と拘留所にぶち込まれた。そうなる気はしていた、金を持たないから犯罪者、と思うのも無理はないからな。

 まあ、荷物と一緒に放り込まれたのは良かった。この荷物は値千金のブツが入っている。これを取られるのは非常にまずいからな。

 暫く拘留所に居ると、微妙に愛想笑いを浮かべた門番が揉み手をしながら拘留所から出してくれた。

 馬も何処かで預かっていたいたらしい。馬も返してくれた。

 それで、馬に荷物を積みイエナ城に向かった。しかし、書状もないのだが、城に入城などできるのだろうか、と思っていたら、城の衛兵が、俺をみるなり

「少々お待ちを」

などと、言い、どうやら城に来るのが了解済みであった如くに対応された。

 暫くでも何でもない、本当に少々待つと、なんとアラミス尚武長官閣下が出迎えに来ていた。

「やあ、アレクサンドロ。何日振りかねぇ」

「10日振りかと思いますよ、閣下」

もうそんなに経ったかな、と尚武長官閣下は言い

「それにしても君、少し変わったんじゃないかね」

そんなことを言われて顔を撫でてみたが、特に変なイボもないし、鼻も耳もついているので

「気のせいでは?私は変わったと思いませんが」

と答えた。

尚武長官閣下は「ふーん」などと言いながら

「まあ、城の中に入りたまえ。話を聞こうじゃないか」

と言いながら、なぜか庭園に案内された。

「今日は天気も良いし、君が大荷物を持ってきたと言うので、外で見てもらおうかと思ってね」

「見てもらう?」

「うん、私たちの他に同席してもらう方がいるから。その方にも見てもらうよ」

「閣下は私が持ち込んだものがわかるので?」

「君の荷物を見ればわかるさ」

そういって、尚武長官は俺に椅子を勧めて来れた。俺はありがたく座り、一方に座っている男に注意を向けた。多分、身分の高いのだろうから、ジロジロ見ない。目端に姿を入れるだけだ。女中が俺のお茶を入れてくれた。

「この方はグラム卿。私の上司にあたる方だ。君には野暮な忠告だと思うが失礼は控えてくれよ」

これは、最初に尚武長官に会った時に名前を聞いたことを言っているな。それでグラム卿と言う名前を出したと。

 このグラムという名前もアラミスと同じく、偽名なんだろうな。

 「アレクサンドロと申します、閣下」

と、自己紹介をして、顔を上げた瞬間、男の顔を見た。それから目を伏せ、尚武長官にの方に向き直った。

 男は顔立ちから40代前後、しかしながらとても深い皺が顔に刻まれている。この皺のおかげでさらに10歳は老けて見える。目は深い茶で髪と同じ色だ。鼻はでかいな、唇も厚い。生粋の帝国人民の血筋という風情だ。

「ふふ。顔を上げてよく見せてくれ」

とグラム卿は俺に向かって短く言った。

 俺は顔を上げて、グラム卿の顔をよく見た。顔には深い皺が刻まれているが、目には闊達さが見て取れる。

「ふーむ?君は半エルフなのかね?」

「いえ、私は汎人ですが……」

「だが耳が特徴的だし、目も汎人というよりエルフに近い……少し耳を見せてくれ」

俺は髪を上げてグラム卿によく見えるようにかきあげた。

 全くなんてことを言うんだ、この人は。この俺がエルフのような美形なはずはなかろう。

「いや、エルフの特徴ではないな、何か別のものの特徴だな。目はエルフに近いように見えるが、色が薄くない」

俺は自分の耳を触ってみた。確かに耳が尖りかけている……いや、だが丸まっている。

 俺は以前の自分と別の何かになろうとしているのだろうか。少し怖い。


 俺の持ってきたヒポグリフ擬きの革を従者が広げ終えた。丘で解体しているときは気がつかなかったが、こうして庭園で見ると流石に大きさが際立つな。

「これは……ヒポグリフなのかね?頭が二つあるようだが」

と尚武長官が言うと、グラム卿が

「いや、翼は2対あるし、後脚は4本だ……。いや、君は2頭のヒポグリフを捕らえるか、買うかして手に入れ、このヒポグリフを作ったのだろう。でなければ私の知らない幻獣ということになる」

グラム卿は、これは偽物だと言い出した。


 仕方なしに、俺は幻獣を見つけてから斃すまでの話をするのだった。

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