第74話 魔法剣士、巨獣を狩る その2

 少し円からはみ出る事にした。俺があるタイミングで後ろへ飛ぶと、アイツは飛び掛かってきた。アレの前脚が俺の円に入った途端、バネと金属同士がハネ擦れる音がした。  

 うまい具合にトラバサミに掛かってくれた。しかも掛かったのは前脚だ。  

 大型獣用のものを持ってきたから、簡単には抜け出せないぞ。

 しかし、トラバサミを固定している鎖の範囲内なら動けるので、蔦で拘束バインドするより怖いな。アイヴィ・バインドをかけてみるか。丈夫な蔦があればいいのだが。


俺はアレに向かって【アイヴィ・バインド】を試みた。


 なるほど、アイヴィ・バインドを掛ける前に拘束バインドしておくのは有用って事だな。バインドを掛ける前にキアが精霊魔法で霊的に拘束していた理由が腑に落ちたわ。


 うまい具合に拘束されたと、喜んでもいられない。止めを刺さなければいけない。どこにスピアを刺せばコイツは死ぬ?

 取り敢えず、コイツが死にそうなところを、滅多矢鱈に刺した。どれだけ刺しても死ぬ様子がない。これは、スピアでは無理なのか?

 そう言えば尚武長官殿から頂いた剣があった。この剣で腹の辺りを断ち切ってしまえばあるいは?

 俺は剣を抜き、剣で胴を切り付けた。


「うそだろ、おい……」


 斬りつけた胴には醜い切り傷が出来ているはずだった。いや、出来ている。暗闇で見え辛いが、切断された内臓の断片が見える。

 だが、奇妙なのは、血液がほとんど流れ出ないことだ。

 嫌なことを思い出した。あのゴブリンとの戦闘での事だ。ゴブリン・チャンピオンとの決闘で代理戦士チャンピオンと戦ったロドリゴが斬り飛ばした腕。代理戦士チャンピオンに残った上腕。普通ならあの上腕から血が噴水のように噴き出していてもおかしくないはずだ。それが血がほとんど流れなかった。あの時は巫蠱師ヴギーの呪術か、そういう作用のある薬物ではないかと思ったのだが。

 あの状態を思い出すような事が起こっている。このヒポグリフ擬きは、不死か、限りなくそれに近い存在なのではないか?どうしたらいい、どうしたら?


 俺は放心しながら、迂闊にもコイツの間合いに入っていたらしい、体当たりを食らって10フィートほど吹っ飛んで、立木に背中を強かに打ち付けて悶絶した。背中の痛みが酷い。呼吸がうまく出来ない。具体的には吸気できない。魚のように口をぱくぱく動かして空気を肺に送った。

 暫くそうしていると、やっと呼吸がきるようになった。だが、俺の四肢はマトモに動きそうもなかった。

 

 悶絶していた時間はそれほど長くはないはずだ。何故ならアイヴィ・バインドの魔法が解ける様子がよくわかったからだ。危なかった。『アイヴィ・バインド】がかかっていなかったら、もっと強い痛手を受けていただろう。

 右手には剣を握っていた。この非常事態に手放さなかったのは、僥倖だった。

 どうする?本格的に逃げる事は難しくなった。このまま朽ち果てるか、もっと嫌なのはコイツに啄まれる事だな。

 ふと手に触る何かがあった。


 クロスボウだ。


 まだ攻撃する手段はある。効くかどうかは別にしてだ。

 剣を鞘に戻し、矢筒を探した。クロスボウの直ぐそばに転がっていた。

 それを取り上げると、クロスボウのレバーを上げて、弦を絞った。その時に考えた。何を撃つ?と。この矢筒の中の太矢クォーラルではアレに止めを刺す事は難しいんじゃないか?と、そう思った。何か手段があるはずだ、と太矢クォーラルを見ながら必死に頭を回らせていた。すると、一本毛色の違う太矢クォーラルがあった。これは?

 と考え、思い出した。確か、先代だったか先先代だったかの大公を暗殺した太矢クォーラルの一本、とのことだったな。あの時見たら邪悪なものとは思えなかった。聖別されたものか、精霊の加護があるものの様に見えたのだった。


 これを使おう。


これを使ってダメなら、仕方がない、ここで朽ち果てよう。決して諦めたわけではない。負けたことを受け入れる事にしただけだ。

 急所を狙いやすい位置を取る。まぁ、ヒポグリフ擬きの真正面だ。前脚が届かないギリギリのところでクロスボウを構える。奴の胸から槍の柄が生えているのが見える。まだ、突き刺さったままだが、その内抜けてしまうんだろうな。と思った。

 あの近辺に打ち込もう。

 トリガーを引き、太矢クォーラルを打ち込む。


 不思議な事が起こった。


 ヒポグリフ擬きは太矢クォーラルを受けると、仄かに青白い輝きを全身から瞬かせ、輝きが消えると倒れた。ピクリとも動かなくなった。何かが起こったのかよく分からないが、多分死んでいるな、と思った。

 だが、直ぐに手を触れる気になれなかった。あれだけしぶとく戦っていたのだ、また擬態でもされていては困る。

 それに、俺の体が休みたがっていた。それで、俺は下生えのところ、ヒポグリフ擬きの寝床の辺りで眠った。


 体の節々の痛みで早朝目覚めた。どのくらい眠っていた?太陽の高さを見る。

 まだ朝っぱらだ。眠っていたのは56時間という所だろうか。

 起きあがろうとすると、ずきりと痛む。背中か?背骨だったら不味いな。

 俺は手足の指が動くか試してみた。問題ない、動くようだ。となると、背骨が折れているわけではないのか?

 俺は上体を起こし、魔法をかける事にした。

 先ずは痛みの大元の背骨だ。背骨の損傷を確かめてみる。

 意識の下の領域から湧き出す力を、木元素に方向づける。そして背骨を順に痛みとなるところを探る。探り出したら取り敢えず、痛みの元を麻痺させる。


 これだけで額に汗が浮かぶ。だが背中の痛みが麻痺したおかげでだいぶ楽になった。次は背骨の骨折を治さなければならない。

 再び意識下の領域から湧き出す力を木元素に方向づけ、先ほど麻痺させた背骨の位置に到達させる。

 どの程度の傷なのか確かめてみる。

 圧迫骨折の一歩手前だった。ヒビが入っている。木元素でヒビの入っている所を塞ぐ。それから骨に成長を促すと、トランス状態から抜けた。


 他に痛めた所がないか確認してみる。

 問題はないようだった。俺は安堵して、次にやる作業に頭を回らせ、あまりの煩雑さにうんざりする思いを抱くのだった。


 

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