第72話 魔法剣士、怪物と出会う
信じられないものを見ていた。あんなの有りか?子供にキメラの絵を描かせても、あんなものが描けるとは思えない。常軌を逸している。
アイツは、ヒポグリフだ。並のヒポグリフと違うのは、一つはその巨体だ。ひと回りふた回りでかい。そして、双頭。これだけで異様さが際立つのに、さらに、翼が2対ある。もうこれだけで良いだろ、と思いたい所だが、後ろ足が4本ある。
咄嗟に俺は、アレは神々の乗り物かもしれないな、と思ってしまった。うん、神々の乗り物だったら捕らえるのは無理だ。
俺は、奴に見つからないよう、そろりそろりとその場を離れた。
驚いたな、びっくりだ。ヒポグリフが群れて生きている幻獣でなくて本当によかった。あんなのが群れのボスだったりしたら、ヒポグリフ狩りどころではない。犯罪者になろうが死刑囚になろうがすぐさま逃げる。
アレを狩るのは無理だな。獲物は別のを探そう。俺は、アレを一瞥して下がろうとした。アレの4つの目が俺を見ていた。見つかったのか?まて、鷲の類は上空から地上にいるネズミが見えるというし。もしアレが鷲の目を持っているのなら、俺を見つけ出す事など雑作もないだろう。
アレが丘の上を駆け降りてきた。どうするのかと思ったら、羽根を広げ、駆け降りた勢いで空気を受けて、飛び立った。
そうかヒポグリフというのはそうやって飛び立つものなのか。初めて知った。生きて帰ったらこの情報、誰かに売ろう。だが、今は逃げなければ。
成る可く背の高い木立がある所を走りながら、俺は南に向かっていった。木立の切れ目に出るとアレがダイブしてくる。悲鳴も出ない。ただ喉が、ひくっ、と鳴るだけだ。「怖いよ、怖いよ」と心の中で言いながら走る。一体アレの縄張りはどれ位あるんだ?まだ縄張りから出られないのか。
俺は必死に南を目指して走っていたが、別に無目的に走っているわけではない。馬車だ。馬車にのり、この場から逃げ、別のヒポグリフの狩場を探す。そう言うプランだった。
だが、あのアレは、俺の意図通りにはさせてくれないようだ。時折急降下してはその凶悪な前足の爪で俺を掴もうとしてくる。幸い俺に触れることはなかったが、代わりに木の幹を掴むと、その決して細くはない幹が砕け折れた。まずい。
こいつがもっと知恵を持っていたら、俺は樹木から守られていない、言わば丸裸にされる所だった。逃げなければ。
自分がいくらか正気を保っていることに安堵していた。
暫く走ると、アレの追撃が無くなった。諦めた?縄張りから出た?とにかく一息つけた。膝がガクガク言っている。呼吸がおかしい。深呼吸だ、深呼吸をしなければ。震える手で水袋の栓を抜いて水を呑む。ぼたぼたと水滴をこぼしながら、呑んだ。
少し休んで、また出発した。狩りの場所、少し南に来すぎたのではないか?もう少し北寄りの方が良い気がする。いや、俺がアレの寝床を見つけてしまったのが問題なのか。
そんな事を考えながら俺は馬車に戻った。馬車が停まっていた場所だ。動いていなければ馬車はあるはず。
馬車はなかった。道を間違えたわけでは無い。馬車の残骸はあった。車輪と檻と、御者台。残りは馬が引っ張っていったらしい。馬。どこに行った。
そして、馬車の残骸の上にはアレがいて、おそらく死んでいる御者を啄ばんでいた。啄むたび、死体の肉がずる、ずるり、と紐のように嘴に吸い込まれていた。
いくら戦場で無惨な死体を見慣れているとはいえ、その光景には嘔吐感を抑えられない。人の形をとった餌を食べている。この獣は、見た目の悍ましさとと共に、その習性までもが凶暴なる野性そのものなのだ、と思い知らされた。
片方の頭がこっちを向き、「ひゅるうるるる〜」と鳴いた。
やばい。アレは俺の事を諦めてなんかいない。俺が馬車に向かっていることを予測して馬車を襲っていた。糞、なんだって俺を狙っているんだ?俺なんか食べたって美味く無いぞ。
と思ったところで気が付いた。アレは自分のテリトリーの侵入者にたいして、怒っているのではないか。俺は不躾な侵入者ということか?くそ、碌でも無いところにアレの住処があったわ。
アレは俺の方に向き直ると、全力で突進してきた。「うわわああ」なとと叫びながら後ろに逃げた。
森の外に出れば、アレに捕まる。夜に逃げるか。ヒポグリフと言うのは暗闇でも目が効くのか?命あっての物種……とは言っても尚武長官から無法者に認定されてしまうと、隠れて一生を過ごすか、
だからと言って、今死にたいと思っているわけじゃない。足掻くというのは俺の美学に反するが、死にたくなかったら何かしなければならない。一旦美学は置いておこう。
足掻かなければならない。
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