第70話 魔法剣士、出立する
3日後、夜明け前に出立することにした。
出立する時間をアラミス尚武長官に伝えた。見送りに行く、とは言っていたが、そんな朝早くから来るものなのだろうか?などと思っていた。
3日後。当日のその時間に、本当に尚武長官が見送りに来ていた。なぜ、尚武長官はそこまで俺を気にかけるのだろう。
「準備は良いかね」
尚武長官が言った。
「はい、大丈夫です」
と答えた。
「良い狩りを。成果を期待しているよ」
今回も笑みを浮かべ、しかし、いつもと違い目も笑っていた。
正直出立なんかしたくない。俺に割り当てられた部屋でゴロゴロしながら飯を食って本を読んで、怠惰に生きていたい。
しかしそれも許されず、俺は今、再びカディスの森に行こうとしている。
カディスの森の南端は幻獣が多い所と聞いているが、この身で経験したことはない。
ヒポグリフの好みそうな地形をしている、と言うがそれも見たことがない。
現地に行かないことには分からない事尽くめだ。
途中で考えることが面倒臭くなり、御者台の隣で手綱を握っている御者に話しかけた。
「あんた、カディスの森の南端まで旅したことあるかね?」
御者はジロリと俺を睨み、また視線を正面に向けた。
寡黙な男なのだろうか、それとも罪人とは話したがらない男なのか。すこし薄毛になった40絡みの男は特に会話好きということでもないようだった。
「ある」
唐突に御者が言った。
俺は不意をつかれて、何を言われたのか一瞬わからなかった。
先ほど話していたのはカディスの森の南端のことだったから、多分、ある、というのはカディスの森の南端へ行ったことがある、ということなのだろう。俺は急にこの御者の知識を知りたくなってきた。
「南端のどの辺までいったかね」
男はまたしてもぼそり、と答えた。
「森と海との境目まで」
それからゆっくりと
「森の南端は、海とのさかい目まで続く。そこまでは行った」
「さかい目というと?」
「森は突然途切れる。そこから崖になってその下が海だ」
なるほど。だからカディスの森は海に近い、という話も出るのか。東側は海から遠く平野が続き、西側も海に行くには2日ほどの行程は見なければならない。
旅慣れているのだな、と御者対して思った。
御者の話が聞きたくなって来たので、カディスの森のどこらへんを旅した事があるのか聞いてみた。
「……東側は大体回った。森の中には入ったことはない」
御者は少しづつぽろりぽろりと話してくれた。
お陰で森の東側と南側のイメージが掴めたように思った。南端に行くよりはその手前が良さそうだな。大型の猛禽類が翼を広げられるほど開けた所を捜そう。
昼近くになると荷馬車が止まった。飯の時間だろう。御者が石で簡易なかまどを用意してくれた。そこに鍋を置き、シチューを作った。
2人分作ったのだが御者は手を出さずに、保存食を食べている。
「2人分作ったんだから食べろよ」
と強く言っても頑なに食べようとしなかった。
何ぜそこまで頑固なのか、と聞いたら、別の御者の話だが、以前この様に罪人を運んでいて、食い物を分けて食べたら、毒を盛られて死にそうな目に遭い、罪人には逃げられ、回復してから話を聞いたら、そいつは行方しれずになっていた、という話をしてくれた。
それで俺が作ったものは食べないのか。
仕方ないな、と思って2人前のシチューを食べた。
食事が終わると再び馬車に乗った。午後の馬車でもぽつりとつりと会話し、カディスの森について多少の知識を得た、と思った。
陽が傾く前に馬車を止め、焚き火を起こし、それぞれ飯を食べた。暗くなると、御者が
「俺は寝るから、アンタは朝まで火の番をしててくれ」
といった。途中で起きると、眠気が取れず、馬車を御するに支障が出るらしい。俺は昼に寝てくれ、と言われた。馬車を御することができない、と言われれば仕方ない、昼に眠ることにした。
「昼に寝るのはいいとして、どこに寝るんだ」
「荷台があるじゃねぇか。そこで眠りゃいい」
「檻の中でか」
「この辺りはもう、人も馬車もほとんど通らねぇし寝る時にゃ布をかけてやるよ」
駄目だな、この男はやけに頑固だ。俺の説得も聞くつもり無いだろう。
仕方ない、明け方まで火の番をしているか。
御者は夜明け前に目を覚ました。
俺は口糧を齧り朝食にした。
御者は湯を沸かして白湯を飲んでいた。あれで朝食の代わりにするつもりだろうか。
朝食が終わると、御者が馬車の準備を始め、俺も手持ち無沙汰なので手伝った。
檻に厚手の毛布をかけ、なるべく陽が入らないようにしてから、檻の中に入った。
陽が中天に達すると起き上がって、飯を食い、御者台に上り、煩わしそう受答えしている御者にはなしかけていた。
そんな出来事を3回繰り返し、4日目の午後遅くなってからカディスの森南端に着いた。
「あんまり歩き回りなさんな」
御者の方を振り向くと、
「崖から落ちるかもしらねぇし、獣に襲われるかも知れねえ」
この男なりの心配だろうか。
「アンタが不注意で死ぬのは勝手だが、わしにとばっちりが来るのは困る」
俺は肩をすくめ「そりゃ悪い事をした」と言った。
明日からヒポグリフ狩だ。
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