第67話 魔法剣士、処分が決まる
早朝起きると、間も無く朝食が運ばれて来た。
寝起きに朝食が運ばれてくるか。何処で監視されているんだろうな。まぁ……詮索しないほうがいいだろう。あまり俺を賢しい男だと思わせないほうがいい。
多分鈍感くらいで丁度いいな。
朝飯を食べた後、食器を下げにきた女中に、何か本を貸してくれないか、と頼んだ。
「本……ですか?」
「うん、どんなものでも構わないんだが。魔法や呪術の本があれば良いかな」
「はぁ。それでは警備の者に言付けしておきます」
それで問題ないだろうと思い、有難うと女中にいって下がってもらった。
「入っても宜しいか」
ドアをノックする音と共に男の声が聞こえた。
「どうぞ」
1人の衛兵が入ってきて
「そなたの所望する本とはこれで良いのか?」
と背表紙を見せた。
『高等魔法の教理と実践』
という堅そうなタイトルの魔法書だった。これは、読んだことがないな。
これで良い、と言って本を受け取った。ページを捲っていくと、この本は元素魔法について多くの記述を割いていた。実質元素魔法を対象とした本だな。ルーン魔法にも言及してほしかったのだが、仕方がない。
文体が硬いのでなかなか頭に入らなかったが、面白いと思える本だ。
と、1人で面白がっていると
「尚武長官のお召だ」
と、戸の外で声がかかった。
尚武長官とは何者か?と一瞬考えたが、俺を呼ぶものと言ったら、昨日のあの垂れ目の男以外に思いつかない。
剣も帯びてないのに、何故か剣帯は身につけたく思ってズボンの上に締めた。
準備はいいかな、忘れ物は?
扉を開けて「参りましょう」と待機していた衛兵に言った。
衛兵は俺には無言で先頭を歩きだし、俺を呼んだ男の部屋まで案内した。
……昨日呼ばれた部屋とは違うな。どういう事なんだろう?誰か別の人間が俺を呼んだのか?
俺はドアを開け、
そこにいた人物に立礼をしながら
「アレクサンドロ、お召しにより参上いたしました」
と言った。言いながら、目の前の男は昨日の垂れ目の男だと確認した。修道服の様な灰色の服を着ている。その男は鉢植えの薔薇と百合を見て虫がついていないか確認をしている様だった。
「なるほど。だいぶ礼儀を仕込まれたとみえる」
昨日と違い、目に笑みを浮かべ微笑んだ。こいつはこういうふうに笑うのか。
「はい、祖母が礼儀に厳しいものでしたから」
「ほう?お婆さまにかね?君の父母はおおらかな方だったのかな?」
「いえ、私の父母は物心ついた時にはすでに」
「おっと、これは悪い事を聞いたな」
「お気になさらぬよう」
ここで父母の話を切り上げてくれるのは有り難い。俺の両親は何処の誰かもわからないのだ。
御婆に訊いても、魔法研究の途中で魔力の暴走に巻き込まれて死んだとか、崖の上から空を飛ぼうとして、落ちて死んだとか、川で魚突きをしていたら、川に流されて死んだとか、とにかく話を聞くたび違う話が出てくる。爺さんに訊いても判らない、とだけしか言わない。
何か御婆は秘密を隠しているんだろうが、御婆が生きているうちに聞き出さなければならない。
「さて、君のお婆さんにも興味があるけど、本題に入りたいのだが」
「は」俺は短く答えた。少し緊張しているのだろうか。
「とは言っても卓も椅子もないのでは話辛いね。部屋を移ろう」
といって、窓際の、円卓と椅子のあるつづきの部屋に移った。
驚いたことにこの部屋には板硝子が明りとりに使われていた。
どの部屋にも板硝子が使われているとしたら、大公殿下は贅を尽くす方法を知っている稀有なお人ということになる。
「ここは、その、尚武長官閣下の私室で」
「いいや、此処は私が大公殿下から頂いている部屋の一つで、執務室兼私室だよ。まぁ、色々話し合いや、取り決めする前に、お茶でも飲もうじゃないか」
そう言って呼び鈴を鳴らすと、女中がトレーを押して入って来て、お茶の準備をしていた。
その様子を興味深く見ていた俺は、今度自分で入れる時はあの手際で入れてみよう、と思った。それ位所作が美しい。
「さて、それでは、話し合いでもしようじゃないか」
話し合いするとしても、先ず、俺はこの男の名前を知らないんだよな。それってフェアじゃないんじゃないかね。と思ったので訊いてみた。
「尚武長官閣下、私は閣下のお名前を聞かされておりません。私が訊いては困ることなのでしょうか」
「ああ、そうか、名前を知らないと会話し辛いか。私の名前は」
そこで少し間を入れた後
「アラミスと呼んでくれたまえ」
「アラミス尚武長官閣下、ですか」
これは絶対偽名のうちの一つに違いない。神々の一柱の名前を使っている事もあるし、名前を答えるのに一瞬間が空いた。あれは名前を選んでいたのか考えていたのか。
「其れにしても君は中々挑発的だね。私に名前を教えろという人間はこの大公領の中ではあまり多くはない」
「左様で、それは失礼申し上げました」
「まぁいいよ。別に気分を害した訳でもないからね」
俺は無言で礼をした。
「それで、アレクサンドロは
「幻獣、この世に在らざる獣を狩っております」
俺は用心した。これからの会話の何処かで本題に入るぞ、と。
「そも、幻獣とは何かね?以前、グリフォンだったかな?その幻獣のトロフィを見た事があるが、とても大きい鷲の頭で驚いた事があるな」
と手のひらで20インチ位の大きさの輪を作った。
「左様ですか。その大きさだと頭だけですね。四足が揃っていればずっと大きかったはず。懇意にされている商人はおりますか?幸運なればその者から購入することも出来ましょう」
「ああいう不思議なものを幻獣と呼ぶのかねぇ。なんでまた幻獣などと言うものが生まれるのか教えてくれるかね?」
困ったな。俺も幻獣がどうやって生まれるか知らないんだ。
いや、なぜ、どうやって、生まれるのかはいくつかの学説を知っている。
が、それらに納得しているか、と言われるとどの説にも懐疑的にならざるを得ない。
「私めにも、どのように産まれるか、知り難く……ただ、人間の情念、人の理が幻獣を生む、そんな話を聞いた覚えがあります」
「ふぅむ。人間の情念が幻獣を生むか。それは捉え所のない話だね。しかし、幻獣は普通に罠で捕らえるんだろう?実体のあるのではないのかね?」
「はい。実態はございます。なれば親がいて子が居るはず。ですが親子の幻獣というのは見たことが御座いません」
「不思議なものだね。時に最近捕らえた幻獣とは何だね」
「最近、というよりは2か月以上前の話になりますが、ヒポグリフ、頭と前足が鷲で、後ろと胴体が馬、鷲の翼をもつ幻獣を捕らえ損いました。まさか幻獣が死んだふりをするとは思いませんで」
「幻獣が死んだふりをするのは珍しいのかね?」
「寡黙にして聞きません。初めて見ました」
なんだか話が変な方向に行っている気がする。
いや、巧妙に誘導されているような、そんな感じだ。
「ヒポグリフとグリフィンは似た動物な様だけどどちらが強いのかね」
この質問にも俺は参った。戦わせた人間がそもそも居ないだろう。
鷲の半身に獅子の半身を持つグリフォン。鷲の半身に馬の半身を持つヒポグリフ。
一説によればグリフォンが雌馬と交尾した結果ヒポグリフが生まれる、などという話も聞くが。
「それは分かりません、何しろ戦わせた者がおりませんので。尚武長官閣下は何れかの優劣を御知りになりたいのですか」
「いや、それは結構。実際に戦わせてみたいと思っている訳でもないんだ」
この話は何処に転がっているのだろう。
幻獣の話を聞いてくるのに幻獣自身には興味がないという。
「それで、アレクサンドロは何人でヒポグリフを捉えようとしたのだね?」
「5名です、閣下」
「それは、幻獣狩りとしては多いほうなのかね、少ないほうなのかね」
「多くもなく、少なくともなく……平均だと思います」
アラミスは指輪で円卓を叩いていた。そのリズムに少し不安を覚える。
しばらく何事かを考えているようだった。
その様子を見ていると緊張してくるのか、やたらとのどが渇いて来た。ついカップに口をつけてしまう。お茶は飲み干してしまったにも関わらず、にだ。
「そうか。よし、アレクサンドロ、君の処分を決定したよ。グリフォンかヒポグリフの何れかを捕まえてくること。これはアレクサンドロ1人でやらなければならない。期限は定めないが、概ね1ヶ月と思ってほしい。誰かの手助けを求めてはいけない。必要なもの、金、などはこちらで用意する。遠慮なく言ってくれたまえ」
正直死刑にしてくれるほうがましだった。
グリフォンかヒポグリフを1人で捕まえる?どうやって?しかも1か月でだって?
「尚武長官閣下は捕らえるとおっしゃいましたが、生捕にせよ、という事ですか?」
「いや、生死は問わないよ。殺した場合は、そうだな、頭と前足を持ってきてくれればいい」
「頭と、前足ですか」
「うん、私もね、トロフィを作りたくなった」
事もなげに言うな、この人は。
だが尚武長官閣下にとっては、グリフォンを捕まえると言うところはどうでも良くて、グリフォンと戦い勝利か、あるいは敗北するとこの方が重要なのだろう。
「逃げても構わないよ。その場合は無法者として処分するから、カディスの森の奥深くに一生潜んでいるか、思い切って
「それは尚武長官閣下がお見逃ししていただけると言う事なので?」
アラミスは、ふふっと笑い
「
と言った。
「さて話は終わりだ。自室に戻って構わないよ」
と呼び鈴を鳴らし、衛兵を呼んだ。
俺は衛兵に連れられて、すごすごと与えられた部屋に戻った。
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