第66話 魔法剣士、偉い人に目を付けられる

 俺は手枷を嵌められたまま、手枷に結えた綱を引かれていた。

 数日、引きずり回され、足の痛みも限界になった頃、夕刻にトロイジャンに着いた。帽子を目深に被り、少しは顔を見せないように軍の列の最後尾に並ばされる。裁判で有罪となったものは俺1人という事はなく、数十人が列を成していた。俺より酷い判決を受けた者はいないんだろうな、と思っていたら、何故か俺だけ列から外され何処ぞへ連れていかれることになった。

 俺を連れて歩いている馬上の騎士は、俺に急げと急かすこともなかった。

 騎士は俺を、何やら大きな屋敷に連れて行き、手枷をはずされた。

 屋敷の中の小部屋に連れて行かれ、先日、脱がされたままになっていた、リネンのシャツとズボンを渡され、身につけた。ズボンとシャツは切り裂かれた所を繕ってあったが、綿入防具ギャンベソンと鹿皮のズボンは繕う時間もなかったか、それとも捨てたのか、戻ってこなかった。

 剣帯を身につけると、多少マシな格好になった。それにブーツ。ブーツは新しいものがあてがわれた。

 こうして下着姿よりは見栄えのする格好にされると、先ほど俺を連れてきた騎士が現れた。

「これから、其方が会わねばならぬお方のところへ案内する」

俺が合わなければならない人だって?

「大公殿下かその下の人なのかね?」

「いや、大公殿下ではない。お忙しい方なのでな、其ような手間を取らせられぬ。其方が会うのはずっと下の官吏だ」

その官吏の方が俺の処分を決めるのだろうか。

「私は処分が決まっていないのだが、その官吏の方が私の処分を決定するのだろうか」

「さあな。私は其方を連れていくことしか聞かされておらぬ。言わば単なる道案内だ」

道案内ねえ。大公殿下のお屋敷はそれは大きなものであるけれども。

「其方、まだ思い違いしているようだな。もっと想像力を働かせてみよ。大公殿下という地位の方の屋敷というものを」

俺は、この騎士の言いたいことが何か、よく飲み込めなかった。思案顔をしている俺に騎士は、

「この大公家の屋敷にはな200以上の部屋があるのだ。従って、私のような案内人が必要となる」

私も全ての部屋を知っている訳では無いのでな、と言った。

 やがて、目的の部屋に着くと、ドアをノックし「罪人を連れて参りました」と言った。

 そうして案内の騎士は俺を部屋に残したまま退出した。

 目の前に執務机の前に座っている男がいる。其男は、俺が残ると何やら書き留めていたペンを止め、俺を見つめた。

 俺もその男を見た。男の顔は目尻に皺がなければ30代でも通りそうだった。茶色の癖毛に綺麗に剃り上げた髭のない口周り、そしてわずかに垂れた目。その目は相対した者には好ましく、かつ闊達な印象をあたえる。

 だがイエナ大公の屋敷に執務室を持っている人間がただの温和な人間であろうか。その逆だろう、と思った。

 俺の心はチリチリと鳴った。目の前のこの人物は油断がならない、と。

 ともあれ、此方から声をかけるのは得策ではないと思った俺は相手が口を開くのをまった。

「君がアレクサンドロか」

「はい、閣下」

そして会話が途切れる。

それから対面の男は、ふふ、と笑い

「君は用心深い質なんだね、そう言われないかな?」

「私が用心深かったら今頃は仲間と共に祝宴に加わっていたでしょう」

だから、俺は不用心という訳なんだ。

「ああ、今回の出兵では、君は何かしらの理由をつけてこの部屋に来ていたと思うよ。プルサーノが君をずいぶん買っていた様だね」

そう言えば軍監アルモルダも似た様な事を言ってたな?

 なんでそんな話になるのか、意味がわからん。それにプルサーノって誰だったか。

「プルサーノは君のところに使した使者だよ、覚えていないかい?」

とのこの男話を聞いて、ハッと思い出した。

 あの野心家の男か。

 いや、野心家というより、なんというか、気持ちの悪さを感じたな、得体の知れない情念を持った男。

「ああ思い出しました。若い男ですね」

「君が一番若いじゃないか」

と言って目の前の男は笑った。笑っているのだがあの垂れた目が笑っていない。

 不自然だ。怖い。

「その方は私について何と?」

「そうだね、『見識高く有能』らしいじゃないか君は」

「その様なことが何故わかるのですか?」

「君との契約書さ。符牒で人物評が書かれている」

「ああなるほど」

と言いながら、あの契約書に符牒が入る文言があったか?と思わずにはいられない。

 まあ、いまはそんな事を考えている場合じゃないな。

「それで閣下、私に下される処分は何になるんでしょう」

「普通なら敵前逃亡で有罪だと、死刑、斬首だね。でも、君にはそうで無いものを与えられると思うよ」

この男、いちいちまどろこしいな。

「と、言いますと?」

「いくつか考えている事があるけど。それはそれとして、流石に今日は疲れたんじゃ無いかな。今晩は休むと良い。明日また話そう」

と言って呼び鈴を鳴らした。

案内役の衛兵が1人、女中が1人ついて来た。

案内役の衛兵について行って1部屋に入った。牢に繋がれると思っていたので、これは驚いた。この部屋に比べたら御婆の家は馬小屋だ。

「食事はこの部屋で食べてくれ。トイレはつづきの部屋の風呂場にある。最も風呂は使えないんだがな。細々とした用事はエリシアが受ける」

エリシアと呼ばれた女中が頭を下げた。

「用があるときは文机の上の呼び鈴を鳴らしてくれ。エリシアが来る。エリシアが来れないときは別の女中が来る。それから」

「出入り口は外から鍵をかけさせてもらう。申し訳ないが」

と言われた。軟禁状態だな、これは。仕方ない、軟禁生活を暫くの間享受しよう。

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