第11話 魔法剣士、カディスの森を抜ける
カディスの森に入って(不思議なことにカディスの森というのは他の森と植生も獣も違うのだ)暫く経つと、ちょっとした、いや、マシュー達にすれば重大な問題が起こっていた。
食糧がないのだ。俺の口糧は既に無くなり、いまはシータの口糧で凌いでいるが、あと3日は持たないだろう。
狩りをする必要がある。
兎を何羽か、それか鹿か猪を一頭。それだけあれば、暫くは食いつなげるだろう。
俺とシータとマシューで組もうとしたのだが、マシューはどうしたことか、1人がいいと言う。何をするのかと思ったら、兎を3羽獲って帰ってきた。俺たちは大きな獲物はなく山鳩が5羽、狐が3匹、だったから危うくマシューの前で面目を潰す所だった。
「マシュー、それ投石で獲ったのか」
と聞くと
「ええ。丘人は子供の頃からそれで兎を獲っていますよ」
と言われた。
「私もできますよ」
と声がしたので振り返るとリリアナが言ったんだと気がついた。
「リリアとエランもそろそろ覚える頃ですね」
こんな
狩りをした日は1日獲物の下処理で終わる。
マシューが丁度いい小川があると言うのでついて行ってみると、小川というか幅2フィートくらいの水の流れだった。水は思いの外冷たく、熱った手には心地よかった。
血抜きして内臓を取り出した肉を洗うには丁度良かったので、文句も出なかった。内臓はすぐ悪くなるので、洗った後リリアナに渡した。すぐ調理してくれるそうだ。狐の内臓は遠くに捨てた。虫がついていることが多いのと、遠くに捨てたのは害獣がよってくるのを避けるためだ。
今日調理しなかった分の肉は全て薄切りにして、焚き火の煙で燻した。乾燥すれば腐りにくいし、煙で燻せば尚の事だ。
久しぶりにゆっくりと食事が取れた気がする。カーティスと一緒にいた時は空気が重かったからな。
俺が夜半から番をする、というと、シータがもう一晩寝ていろ、といった。問題ないと言ったが、心がまだ疲れている、と言われた。そんなことはない、と言ったら、じゃあ今『ガイドポイント』の魔法を使ってみろと言われた。
それで、ようし、疲れてなんかいるものか、と『ガイドポイント』を使おうとしたら、意識の奥底から湧き立つ力がちっとも出てこない。それで、その事をシータに伝えたら、勝ち誇った顔で、今晩一晩はゆっくり寝て心を回復させるように、と言われた。
仕方がない、シータのいう事に従う事にした。
皆より先に眠らせてもらった。
夜中に一度起きた。シータが夜番をしていた。シータに「君が夜番なのかい」と声をかけた。
「起きた?まだ真夜中だから寝てなさい」
「毛布の中に入らないか」
シータはふふ、と笑って
「まだ夜番をしているし、止しておくわ」
それから続けて
「それにマシュー一家がいるしね」
と言った。それを聞いて、暫く焚き火を眺めていると再び眠りに落ちた。
体を揺らされて目が覚めた。
「そろそろ夜明けよ」
「う、わかった」
大きなあくびを一つした後、伸びをした。
それから、
「何か変わったことは?」
と声をかけた。
「特には何も。獣が多い森ね。こちらに寄ってくる獣が多かったわ」
「そんなに獲物の濃い場所で山鳩に狐だけだとはね」
「夜行性の獣が多いみたいね。皆人間を恐れないみたい。幻獣も1匹寄ってきてたわ」
「何の幻獣?」
「さあ。私は初めて見たので何かはわからないんだけど。大きかったわ、8フィートか9フィート位の大きさ。2本足で直立していたわ。焚き火を覗き込むとすぐに居なくなったけど」
ふーむ、何だろうな、と考えたがいくら考えてもピンとこないので考えるのをやめ、体が欲することに忠実になる事にした。
「腹が減った」
「私の口糧、食べる?」
「肉がいいな」
「昨日作った干し肉?大丈夫かしら」
大丈夫と言うのは痛んでないか、と言うこととまだ生なのではないか、と言う危惧からきたものだろう。
「大丈夫だろう。少し試してみる」
と、小指の爪ほどの肉を齧ってみた。生でも痛んでもいないので、シータに大丈夫だ、と言った。やがてマシュー一家も起き出してきたので皆で軽く朝食を取った。それから荷物をまとめて、出発した。昨日藪漕ぎをしていた所まで戻ると、ガイドポイントの魔法を使った。
自分では回復しているつもりだったが、まだ、魔法が使えなかったら面目が立たないな、と思った。
そんな事を考えていたら魔法なんて失敗するに決まってる。魔法は意識の持ち様に左右されるのだから。
気持ちを切り替え、意識を集中させる。意識の奥底から方向がまちまちな力が湧き出てくる。これに方向性を与えて、魔法に昇華させる。すると、ガイドポイントの魔法が発動した。
暫く力の焦点を木々に寄せると、そこから次々と道が見えてくる。何本もの木の覚知を辿り、一番良い道を選ぶ。
迷いがあればそれらの道は迷い道となる。
だから、力の制御と、自身の意識の制御のために集中する。
やがて、俺は、ふう、と息を吐いた。
「どうだった?」
とシータが聞いてきた。
「概ね正しい方向に進んでいるようだ。このくそったれな藪漕ぎを少ししたら獣道に出る。その獣道を南西にすこし進むと帝国が作った道に出るらしい」
「らしいってなによ」
「その辺りは木々が綺麗に切られているから、少し確信が持てなくてな。でも大丈夫だろう」
俺は皆に、「よし、行こう」と声をかけ藪漕ぎを始めた。やがて獣道に出、南西に歩くと固い煉瓦で舗装された道に出た。
「文明を感じるな」
「森の中をうろうろしていたからねぇ」
とシータが答えた。
マシューとリリアナはへたり込んでいた。丘人が汎人の藪漕ぎについてくるのは、たいへんだろうからな、と思った。
マシュー夫妻はへたり込んでいたが、その子供たちは比較的元気だった。エランが道の上を、駆け、リリアがその後を追う。俺は遊ぶ2人に声をかけ
「日のあるうちは歩かなきゃならないからな。あんまり遊んで体力を使うな」
と言った。
「マシュー、リリアナ、立てるか」
と聞くとマシューもリリアナも億劫そうに立ち上がった。
ま、今日頑張れば、明日からは楽に歩ける。はずだ。
そうして歩き始め、順調に進んだ。5日間歩いた。その間ゴブリンの群れを2回見た。見通し良い丘の上を通る道だったものだから、火は焚かなかったことが幸いした。1回は
そうしているうちに御婆の庵まであと1日と言う所までやって来た。
一つ困った事が起こった。食糧が尽きたのだ。御婆の庵まで後少しと言うところで。マシューは狩りを主張したが、俺はこんな開けた土地で、狩りをするのは無謀だ、と説得して、強引に5人を歩かせた。
そんな腹をすかせた惨めったらしい気分で御婆の庵まで1日、歩いた。
「ここが、アレックスのお婆さんの家なの?」
とシータが俺に聞いてくる。
そのはずなんだが、なんだか庵が大きくなっている気がする。御婆が庵を増築したのか?
「うん、まあ、多分そう」
と曖昧に答えた。
「なんだか自信なさげね」
「うん……。デカくなってるんだよな、庵が」
「取り敢えず、入りませんか。私ゃそれはもう、腹が背中にくっついて、背中でご飯食べそうですよ」
とマシューが言った。
リリアナが、
「この人はご飯のことだけしか頭にないんだから」
と不機嫌そうに言った。
夫婦喧嘩が始まってはたまらないので、庵の扉を叩いて、
「御婆、生きているか?」
と声をかけた。
「アレックスかい。鍵は開いているよ、入っていきな」
と言う少女の声が聞こえた。
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