第6話 魔法剣士、森を行く

 俺とシータは、西に進む道をとり、カディスの森を突っ切ることにした。途中までは帝国の敷いた、石畳の道があるから旅は捗った。


「ねえ、あんたのお婆ちゃんってどんな人なの?」

とシータに聞かれた。

どう答えた物だろう。俺はしばし考えた。

「とにかく若い。異常に若い。そして魔法は一流。剣術にも造詣が深い」

「なんで若いを強調するの?」

「俺は子供の年齢はよくわからないんだが、はっきり言って成人しているようには見えない。それくらい若い」

俺がそう答えると、シータはやや不信げに

「エルフとか?」

と聞いてきた。普通はそう思うよな。

「俺がエルフに見えるならそうなんだろうな」

「見えないわね〜」

まあそうだろうな。自分でもそうは思わないからな。

 やがて道が荒れ始め、いかにも手を入れていない様子となり、とうとう道そのものがなくなった。


「流石の帝国も手が回らないようだな」

「帝国が起ってもうすぐ800年よ。緩やかに衰退してると思うわ」


 俺は、そうかもしれないな、と答え、道の行き先をじっと見ていた。


「なにしてるの?」


と、尋ねるシータを手で制し、納得するまで見つめていた。

それから、シータに、

「この獣道を5マイルほど進むと、道が分岐する。そこを右に逸れる道に入ると、誰かが引いた道に出る。その道をまっすぐ行くと、楽に歩ける」


「なんでそんなことわかるの?この辺りの地形に詳しいの?」


「いや、道標ガイド・ポイントの魔法を使ったんだ。この魔法はかなり正確だよ」


と俺は答えた。


「この魔法があれば地下迷宮でも迷わないんじゃない?」


「残念だな。この魔法は、木立のあるところ、森林でしか効果がないんだ。樹木魔法だから、木々の気配の薄い場所では、この魔法は使えない」


 シータは樹木魔法なんて初めて聞いた、というように目を丸くしてそれから猜疑の目を俺に向けた。


「冗談言ってるんじゃないでしょうね、樹木魔法なんて初めて聞いたわよ」


俺は魔法の系統樹を地面に描いて説明した。


「この下の四つの円が地火風水の四大元素を表す。これから四つの魔法が派生する。陽月木金だ。例えば木は地と水から成り立つ。陽は火と風だな。月は水と風、金は地と火だ。まあこんなふうにして、互いに影響しあって魔法は成り立っている。元素魔法が四大元素しか知られていないのは、謎だな。いつからそうなったのかわからない」


「精霊魔法はどうなの?」


「精霊魔法は、世界が創造された時に神々とならなかった存在に、嘆願する魔法だよ。聖魔法は神々となった存在に嘆願する魔法。俺としては聖魔法も精霊魔法も、魔法と言って良いのかよくわからない」


よくわからないと言ったのは、聖魔法も精霊魔法も、『存在』に対して嘆願する方法であり、元素魔法と在り方が違う、と思ったからだ。


 元素魔法はどちらかと言うと錬金術と親和性を持つ。


「アレックは治癒魔法使えたのよね。それは聖魔法を使っていたから?」


「んー違うかな。俺は聖魔法は使えない。元素魔法で、似た効果を発揮するのがあるんだよ」


「へー。そんな話初めて聞いた」


「樹木魔法と水魔法にそう言ったものがあるよ」


そうして魔法の話をしながら、獣道を進んでいると、前方から、なにかがこちらに向かっている音がした。


 その物音を立てるものは、複数で、言葉を喋っているーー暗黒語。俺もシータも暗黒語の心得はないが、音で分かる。奴らの言葉は下劣で攻撃的で乱暴だ。


 シータは咄嗟に手頃な木に駆け上った。


 俺はそんな技術はないので、隠れることにした。木陰に隠れて『ハイド・ツリー』の魔法を使った。


 この魔法は隠れている木の木肌に合わせて、体の表面を変えてくれる魔法だ。例え、触っても触り心地は木そのものだ。


 だから、余程目の肥えた者でない限り、見破ることはできない。


 向かいからやってきたのは、やはりゴブリンだ。灰色の肌に暗褐色のマダラ模様。身長は5フィート6インチほど、体格は良い。恐らく戦士ウォリアー階級で、背の小さい奴隷スレイブは混ざっていない。


 これはちょっと意外な気がした。ゴブリンの戦士階級は、雑用をさせるために倍くらいの奴隷スレイブを連れて歩く。


 それをしないと言うことは、戦士だけで何処かを襲った、と見るのが正しい。しかもつい今し方だ。ゴブリンが昼間に外を出歩くなんて余程のことだから。


 数は10匹。2人の人影が入ったカゴを一つ、2匹のゴブリンが担いでいる。


 それを見なかったら、このままやり過ごす、でも良かったのだが。


--やるか--


と目で問いかける。

それを了承したように、シータは弓弦を静かに張り始めた。


 ゴブリンどもが目の前を通り過ぎた瞬間、俺は一番後ろのやつに抜き放った剣を背中に突き立てた。致命傷だったらしく、大量の血を吐いて倒れた。


 それから、右手のゴブリンの首を突き、返す剣で左手の奴の脇の下を切った。此れは上手くいかなかったようで、肋骨に撥ねられた。が、激痛を感じたようで、木の根に足を引っ掛け、倒れた。


 其れからカゴを持っているゴブリンを、なんとかしようと突っ込んだのだが。


 逆に包囲されてしまった。4匹のゴブリンがこちらを見て威嚇している。


 と、そこへ、立て続けて2匹のゴブリンに矢が突き刺さった。目と心臓だ。どちらも致命傷に違いない。


 俺はシータの援護を確信し、また、ゴブリンの群れに突っ込んだ。


 何やら気分が高揚していたんだと思う。普段なら距離を開けて位置取をするはずなのに、今日は自分から間合いを潰しに行っている。


 そして、それが功を奏したのか、ゴブリンどもは明らかに恐慌をきたしていた。俺は、ほとんど抵抗らしい抵抗を受けることなく、1匹、1匹と突き切り殺していた。


 あらかた片付けて、逃げ出した最後の1匹をシータが仕留めると、漸く息が上がっていることに気がついた。


 先ずはカゴの中の人を助け出した。2人男女の虜囚だった。


その姿は、10歳くらいの子供なのだが、顔も体つきも成熟した大人のそれだった。


「パットフット……」


とシータが呟いた。


「お嬢さん、助けていただき有難うございます。ゴブリンどもに捕まって、何処に連れられてなにをされるのか冷や冷や物でしたからな、私らが何をされるのかご存知ですかな?おや、ご存じでない?弱りましたな、私らも存じておりませんので。そうそう、お嬢さんは、私らを『パットフット』とお呼びになりましたが、私どもは自らを『丘人』と呼んでいますので。以降お嬢さんもそのように呼んでいただけると嬉しき次第でして」


 俺は丘人の長広舌を聞き、また、話し始められてはたまらん、と思って、


「とどめを刺してくる」


と言ってシータと丘人のそばを離れた。


 1匹づつ止めを刺しているうちに、俺は奇妙なことに気がついた。連中の顔や胸につけられた、あるいは彫られた、焼印や刺青に、だ。


 焼印や刺青自体は珍しいことではないのだが、今訝しんでいるのは、十字印の上に下向きの三角形、その二隅に二本のツノ、と言う今まで見たことがない文様だった。


 これは、一体なんだ?まさか、ゴブリンどもが神を持ち始めたのか?


 紋様が描かれている、ゴブリンが身につけていた端切れを引きちぎると、小物入れに仕舞った。


 御婆なら解るかもしれない、と。

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