第7話 魔法剣士、絶望を見る

 夜通し走り続け、灌木もまばらになってきた頃、太陽が昇り、道が丘の間を縫う様に走っていることが見てとれた。

 マシューとリリアナは、道を進むうち村の大体の位置がわかって来た様だ。


「こっちです、こっちです。直ぐそこから道を逸れるんです。その先に岩肌の出た丘に向かうんです。いやあ、懐かしい、子供の頃は良くここにキノコを採りに来たものでした。なんのキノコかと申しますと、こう言った岩場に転がる倒木に生えるツルギダケと言うものです。これを穫ってスープに入れると、なんとも良い風味が出るのです。丘人はこのきのこが大好きなものでしてな、皆争う様にこのきのこを獲りに岩場にでます」


マシューの話はまだ続きそうだったので俺は

話を遮る様に言った。

「川側村とアンタらの村は近いのかい?」

「1日……いえ急げは半日でつきます」


と、リリアナが答えた。


「私らの村は川辺村と申しましてな、両村から嫁が出たり婿が入ったりと人の行き来が盛んでもう、兄弟の様な関係でして……」


こうして暫く川辺村ついて話を聞かされることになった。


 しばらく歩くと岩場にでた。丘陵が岩場になっており、其処を登るのだそうだ。俺は、ため息を一つつくと登り始めた。礫石で足を取られそうになる。丘人2人は器用にするすると登っていくが、俺たちは慣れていないし、体重もあるので、結構しんどい。


 訂正。シータは丘人2人に続いて登っている。どうやら、遅れているのは俺だけのようだ。


 こんな様を晒している時に、ゴブリンに襲われたら、真っ先にやられるな。


 冗談でもそんな事態になるのは、勘弁してもらいたいので、俺も必死で登った。


 ようやく登り切ると、マシューとリリアナが呆然と立っていた。


「まだ村まで距離があるかね」


そうリリアナに声をかけると


マシューが答えた。


「いえ、ココじゃない、ココじゃないんですけども……いえ、ココではなかったんです。しかし、ココからなら村が見渡せるはずなんです。でも村の印が見つかりません。炊事の煙も上がっていない、誰かの笑い転げる声も聞こえない。子供達の声も聞こえない。誰か、誰かー」


と言うと、マシューは二三歩踏出し、それから跳ねる様に走り出した。そんなマシューを、俺たちは追った。何か嫌な予感がしたからだ。それに、もし敵が残っていたらどうするのかと、そちらの心配もあった。


 マシューのすばしっこさに負けて、全員が村の中に入ってしまった。

 村に人影はなかった。

 いや、人影はなくとも幾つもの白い塊が立っていた。

 俺は手近にあった塊からほんの少し削り取り、口に含んだ。やはりと言うか、

「塩だ」

そう塩の塊だった。それは人を思わせる造形になっている事に、今更ながら気がついた。

「丘人に見えるわね」

シータの感想に俺は僅かばかり吐き気を催した。こすり取った塩が丘人のものではないか、と言う推測が当たっているのではないか、と思ったからだ。

 マシューの方を見れば、涙を流しながら、無事な者を探していた。

「おーい、ミラン、エンヤー、マウリン、リリン、ナナーやーい。ほーい、エイコブ、ハリム、トーリン、ハクム、ナランやーい。おーい……」

マシューの呼び声は続いた。

涙を流しながら呆然としていたリリアナは、突然走り出した。俺とシータは慌ててその後を追った。

丘の中腹に建てられた一軒の家の前に立つと、扉を開けた。

「リリア、エラン、出ていらっしゃい」

と言いなが伏せてあるタライや桶や、何やらかんやらをひっくり返して回った。

かまどの中を覗くと、2本の腕を捕まえて引っ張り出して来た。

「リリア、エラン、あんたたち無事なの?!」と言うと2人の丘人らしい子供達を抱きしめた。子供たちは竈の灰まみれになっていたが、それ以外は特に負傷もない様だった。

「竈の中に隠れていたのか。賢明だな」

「ええ、賢い子供達だわ」

リリアナは子供たちの灰を落とすため、2人を連れて奥に引っ込んだ。

やがてマシューも俺たちのところへやって来た。

俺は

「他に生存者は?」

とマシューに尋ねた。

「いえ、居ませんです……」

マシューの声が沈んでいた。言葉も短い。俺はマシューに

「子供が2人助かっていたぜ。アンタらの子供か?」

と訊いた。

「リリアとエランが?」

「リリアナはそう言ってたな」

そう答えると、マシューは涙と鼻水を流しながら奥の方へと向かった。

 俺は「やれやれ」と言いながら手近の椅子を引っ張り座った。椅子は低くかったが、床に座るよりはマシだった。

「疲れているようね」

「そりゃ疲れるさ。一睡もしないで走り尽くめだったんだからな」

「今夜はここで眠れるんじゃない?」

「どうかな。あんな事をした連中が戻ってくるかも」

「アンタの勘はそう言ってる?」

俺は彼女の言葉に一瞬詰まったものの、

「いや」

と短く答えた。大丈夫か。なら今晩はゆっくり眠れるな。日が暮れるまでは警戒していないとならないが。

 シータはテーブルを挟んで向かい側に座った。

「なんで人間が塩になったりする?」

と俺に訊いてきた。

「魔法かな?」

「魔法なのはわかるけど。何の魔法か、訊いているのよ。アンタ知らない?」

「神話でなら」

「どんな神話?」

「背徳の街に怒った神が天誅を下し、街の住人はみな塩の柱になりましたとさ。めでたしめでたし」

「何それ」

「知らんよ、俺だって全部知っているわけじゃないし」

「他に心当たりはないの?」

「こんな魔法、知らんなぁ。強いて言えば錬金術が関わっているのかもしれないけど」

「錬金術?」

「錬金術の触媒に使われる物質、水銀、硫黄、それから塩だ。重要な物質なのさ」

「じゃ、この村の人たちは錬金術にかけられたってわけ?」

「まさか。錬金術にそんな使い方はないさ。ただ錬金術を連想させる、ってだけだよ」

俺が大きな欠伸をすると、シータが

「ごめん。眠かった?」

と言って来たので

「いや、良いよ。眠ってしまいそうだから話しかけ続けてくれ」

「じゃ、アレックには心当たりのある魔法はないってわけ?」

「うーん。まぁそうなんだが」

俺は一つの仮説を立ててみた。

 人間の体を構成するものは、水と塩だ。血液にも汗にも涙にも塩が含まれている。つまり、人間の体は水と塩で出来ていると見做しても良い。

 その人間の体に物質反転の魔法をかけたら?少量の水と大量の塩が出来るのではないだろうか。

俺は台所に向かうと、水瓶から水をコップに移し、棚の中から塩を探した。

「何しているの?」

シータが寄って来た。

「うん、ちょっと思いついたことがあったので、実験しようとしてるんだ」

「ふーん。で、何探しているの」

「塩」

「これじゃない?」

とシータは小降りの壺をとって見せた。

俺は、それが塩だと確認すると、小匙一杯分の塩をカップの中の水に溶かした。

 それをもって先ほどのテーブルの上に置いた。シータが対面に座ったので、危ないから後ろにまわってくれ、と頼んだ。

 しかし、俺は物質反転の魔法なんて知らないんだよなぁ、と思い、それらしい呪文を組み立ててみる。

 少し長くなったが、それっぽい魔法が組み上がった。それを発声してみる。


 特に変化はなかった。まぁ変な副作用が無かったから、方向性は間違っていなかったのだと思うが。

 

 俺はそれから4回ほど呪文を組み変えて唱えてみたが、結果は変わらなかった。

 俺の知らない秘文字ルーンを使っているのかもしれないな、というか、この方向で良いのかもわからなくなった。


「だめだな」

「変化ない?」

「発想は悪く無かったと思うんだけど」

「魔法も大変ね」

うん、と答える前に腹が大きく鳴った。

「腹が減った」

「リリアナがご飯の準備しているわ。手伝いに行きましょう」

そうだな、と言って重い腰を上げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る