第1章 カディスの森にて

第5話 魔法剣士、迷う

 俺は、試合を見物していたパーティメンバーの女性3人に別れの抱擁をした。シータ、キア、サラの三人。仲間たちだ。いや、元仲間たちか。

 内心、今にもへたり込みそうなくらい痛みが残っていたが、それでもまだ日が高いうちに街をでるか、もう一泊、宿をとろうかと迷っていた。

 その前に傷を確認しなければ、と思った。宿をとる、街を出る、以前にやる事があることに思い当たった。それ位頭が回らない。

 鎧を脱いで下の服を脱いだ。鎧は切り傷がつき、服はボロボロだ。これは肌はひどい事になっているだろうな、そう思って傷のある辺りを触るとひりつく痛みと共に、指には血がついていた。これは傷口を洗わないとな、そう思って、戸口の外に居た小僧に金を渡し、水を張った桶とヴィクトリー・ジンを一本頼んだ。

 水と、ジンが届くと、それらで傷口を洗った。傷にしみる。だが、傷口の周りの血痕を洗い落とすと、それ程傷口は大きくないことが判った。少し安堵する。

 切り傷の他に打撲痕もあった。シールドバッシュを食らった時にできたものだろうか。こっちは骨には異常がないと思ったが、見た目が酷いな。まぁシャツを着ていればいいか。

 それから治癒魔法をかけようと思ったが。ここら辺は森林が無いんだよなぁ。宿の建材は木だが、これは材木であって生きた樹ではない。なので、此処では樹木魔法を使った治癒ができない。仕方ない、水魔法で止血するしかないか。水魔法では、傷口の治癒には不完全にしか効かないんだよな。

 水魔法を使うため、意識を集中させ、奥底から湧き出る力の奔流に方向を与える。今は血管と皮膚だ。水の力を与えられた力が血管をそれから皮膚を塞ぐイメージをする。このイメージが失敗すると、血流が止まったり、傷口がさらに傷ついてしまたりする。だから、慎重に、素早く力の方向を定めなければならない。

 うまく行った様だ。一応、血が流れる事はないし、皮膚も塞がって、赤い跡になっている。といっても塞がっているだけだ、激しく動けば、多分傷口が開く。樹木魔法で治癒すれば瘡蓋までできてくれるんだが。

 背負袋から別のシャツをとって、このボロになったシャツはどうしようか、と少し考え、何かの役に立つだろう、と思って背負袋にしまった。

 革鎧をしげしげと眺め、新調するか迷った。するべきなんだろうな、と思いつつ、この町で注文して出来上がるまで待っているのもなんだしな。鎧の新調は次にしよう。次は急所に板金を張ろう。少し豪華に行こう。

 などと考えて、さて、これからどうしたものか、迷った。

 迷ったときは、手持ちの金を数えるに限る。

 宿に泊まるなら100シュケル、街を出るなら20シュケル。20シュケルは口糧の値段だ。20シュケルの口糧が3日分で、切り詰めれば1週間は保つ。3つほど買えば3週間分は持つはずだ(四つにしないのは、流石に旅の間に悪くなってしまわないか、という心配からだ)。

 口糧は野菜や肉やナッツの類を細かく刻んで、カラカラになるまで炒めた後小麦粉を混ぜて焼き固めた物だ。一応味はついているので、そのまま齧っても良い。砕いて料理に混ぜてもいい。

 そういうつもりで、袋の口を開けてみれば、中から出てきたのは、4000シュケル。取り敢えず、一晩は泊まることができる。何だったら1週間だって可能だ。ただ、今夜一晩はベッドの上で眠りたい。そして明日、この街を出よう。カーティス達や、他の幻獣狩りハンターに顔を合わせるのも気まずい。

 次の日、宿を出る前に宿の食堂で3つ分の口糧を買って、市門に行った。市門は入る時は面倒臭いが、出る時も面倒臭い。犯罪を犯した者を外へ逃さないように、検査が厳しくなる。

 その検査を早く済ませるために、賄賂が横行していた。最近は払わない者に、何かと嫌がらせをして、払わせる衛兵がいるらしい。なんて事だ、この街もそろそろお終いかな。


 100シュケル取られた。


 あいつらに天の怒りが雷となって心の臓を打ちますように。


 西に行けば、バレンシアを通って海に出る。東に行けばピレネス山脈の麓を通って南ガリアに着く。

 南ガリアまではここからだと2週間はかかるから、細かい仕事を請け負いながら路銀を稼がなくてはならない。金は有るが、無限に消費できるほど有るわけじゃないからな。節約しながら旅をするべきだろう。

 海に行くのは、まあ、大して変わらないな。

 などと考えながら歩くと、やがて道が二股になる。


(どっちへ行こうかな)

迷ってると後ろから

「アレック!」

振り向くとシータが居た。

「シータ、なんでまた」

「あたし、あんたと行くから」

とやや強引に決められてしまった。

 まあ、一人旅も悪くないが、一人さは寂しいといえば寂しいな。それに2人なら夜が楽だ。交代で休む事ができる。

「それはわかったけど、なんで来たんだ?パーティはどうした」

「抜けてきたよ。キラもサラも来たがってたんだけど、全員抜けるわけにも行かないから、私が来ることにした」

「何だそりゃ。あ、カードで決めたのか」

「八百長はしてないよ」

 俺は本当かよ、と呟いたが、本心では三人がついてきたがった、と言う言葉に痺れた。

 涙が泛かぶくらいに。

「で、どっちへ行くかきめたの?」

「ああ、西へ行くことにした」

咄嗟に答えたが、我ながら良い思いつきだと思った。

「何故?海に用でもあるの?」

「いや、海ではなくその手前のカディスの森に行こうかと思ってな。そこに御婆が住んでいるんだ」

「あんたの身内?なら挨拶くらいしたいわね」

「それは構わないが……まぁ未だ生きていると思うけど」

 俺はこの時、ぼんやりと自分を鍛え直す必要があると、感じていた。

 カーティスとの一戦は、相手が上手く嵌ってくれただけ、と思わざるを得ないのだ。2度目にやったら、どうなるかわからない。3度目、やったら多分負けるだろう。


 4度目は確実に負ける。


 やはり、御婆と爺さんのところへ行ってもう一度魔法と剣を鍛え直すべきだろう。

 御婆はカディスの森のはずれに庵を構えていて、そこで1人で住んでいるはずだ。爺さんはもう少し里に近い処に小屋を建てて住んでいる。2人の仲は……友達みたいなものなんだろう、と思う。

 俺の魔法は御婆仕込み、剣は爺さん仕込みだ。だから、御婆と爺さんのところへ行って魔法と剣を鍛え直してもらうか、爺さんの伝を辿って弟子の誰かに入門、と言う形になるだろう。

 と言う話を、思いついた順にシータに話し、暗にシータの時間を食い潰すだけかも知れないぞ、と意味を持たせた。

「あたしはあんたが扱かれている所を見たいから。それにカディスの森にも興味あるし」

「広い森だぞ、イエナ大公領の半分はカディスの森だ」

「へー。それは試し甲斐の有りそうな森ね」

 と、取り留めのない話を2人で続けていた。

 午後の陽もだいぶ落ち、俺はそろそろ野営の支度をしようと思った。

「未だ早いんじゃない?」

「カーティスにだいぶやられた。少し休みたい」

「見せてみなよ」

と言ってシータは俺の服を脱がせた。ちょっと恥ずかしい。

「もう傷ふさがっているのね。カーティスの剣は鈍だった?」

「いや、切れたよ。それは治癒の魔法を使って傷口を塞いでいるんだ。激しく動くとまた開くかも知れない」

「ふーん。じゃ、薬塗ったほうが良いね」

「薬がもったいないぜ」

早く治さないと、道中厳しいでしょ、というシータの言葉に負けて薬を塗ってもらう事にした。確かにこの状態で長旅は大変かも知れない。

「背中には傷はないね。正面の正中線は外しているね。えらいえらい。傷は腕と脇腹だね。ちょっと待って、薬出すから」

と背負い袋から何やら軟膏やペースト状のものを取り出した。

といって、打ち込まれて傷口になっている所に軟膏を塗ったり、盾で殴られて出来た打撲痕を後を何かの葉を刻んだものを布に挟んで貼ってくれた。

「アレックスは若いから治りが早いと思うよ」

「シータと年は変わらないと思うけどな」

「私はアレックスより若いわよ」

取り敢えず、俺は、シータに有り難う、と言うと荷物から毛布を取り出した。

「シータ、毛布は?」

と聞いたら、今晩はそんなに寒くならない、と言った。本当か?と思ったがシータには確信があるようだった。

「俺、夜半から明け方まで火の番するよ」

「じゃ、あたし日暮れから夜半までだね」

じゃぁ眠くなるまで、話をしていようか、とどちらともなく話し始めた。

 話すのは嫌いじゃない。ただ、最近どうも口が重たくなるような出来事が続いて、それで話せなくなっている、っていう事はある。

だから、

「カーティス、体中打ち身だらけだったよ。あの石礫の魔法、鎧の上からでも効くんだね」

 と言われた時には、心底びっくりした。あの魔法にはそんな威力はないはず……いや、カーティスが痛みを顔に出さなかったのか?

 そう言えば、途中からシールド・バッシュの威力が落ちてきたような気がする。

 と俺が考え込んでいると、

「毛布の中入って良い?」

 なんだ、やっぱり寒くなって来たんじゃないか、と思い、俺の隣に入れた。

「一緒に入ってると暖かいね」

 俺は、シータをまじまじと見た。こんなに見たのは初めてかもしれない。

 目鼻立ちは人だ。耳が少し尖っているくらい。そこは妖精と似ている。体毛は短めなのか?よくわからない。1インチよりは長くなっていないと思う。

「なに、ジロジロ見て。そんなに面白いことある?」

「いや、こう、近くでシータを見た事がないからさ」

「で、どう?見た感じ。ムラムラする?」

「いやー……」

という微妙な会話をしていたら、じきに唇と唇が重なった。

「どう?」

「少し来たかな」

「少し?」

「傷口が痛いんだよ」

「じゃあ、傷口が治るまでお預けって事ね。あんたが異種族間に興味が無いわけじゃない事がわかって良かったわ」

やがて、シータが

「カーティスとやった時、最後に妙な技使ったでしょ。あれ、何?」

と訊いてきた。うーん。教えるのは吝かでない。教えても多分できないと思うし。

ノーム・パスノームの小径という技さ。対峙している2人の位置を、瞬間的に入れ替えるんだ。この技は狭いところ、壁とかドアがある場所なんかで使うと有効だ。反対に広いところで使うのは、相手に対処されやすいから、少し使い所が難しい技だな」

「ふーん。それも魔法なの?」

「いや武技だよ。魔法剣士のね。そして魔法剣士以外は覚えられない」

「それにしても可愛い名前だね、ノーム・パスだなんて」

 魔法剣士の技名には、妖精の伝承から取られた名前が多い。

 ノーム・パスだってそうだ。ノームの民話から取られた名前だ。

 ノームは被っている帽子を取られると、自分が溜め込んでいる、全ての財宝を 支払って、帽子を返してもらう。

 でも、ノームだって帽子を取られたままでなんかいられない。だから、追い詰められたノームはそこで消える。

 ノームを追い詰めた者はその辺りにノームがいるんじゃないかと手探りで探すが見つからない。

 何故ならノームはとうの昔に逃げ去っているからさ。

 なんて言う話をしていたら、シータが寝息を立て始めた。仕方ない、夜半までは起きていよう。


 俺の話、面白くなかったかな?

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