第5話 宇宙船を探しに……

そこに、母が帰ってきて、玄関前で鉢合わせになりました。

「なにしてんの? 早く入りなさい。ところで、ちゃんと案内して、

買い物してきたの?」

「もちろん、してきたわよ」

「裕司がそっちに行ったでしょ」

「来たけど……」

「裕司からメールが来て、お母さんの予想が当たったって、言ってたわよ。

あんたは、頼りにならないんだから」

 私は、一言も言い返せません。

母は、玄関を開けると、彼も中に入ります。

「ただいま」

 彼は、そういって、中に入ると、弟の声が奥から聞こえました。

「姉ちゃんのセンスって、イマイチだよな」

 私は、慌てて中に入ります。

すると、買ってきたものを床に並べてみていました。

「ちょっと、勝手に開けないでよ」

「チェックしてやってんじゃないか。なにこのパンツ。ダサすぎない?」

 弟は、彼の下着をこれ見よがしに見せ付けます。

「光ちゃんには、ちょっと派手じゃないの?」

「もう少し、地味なのはなかったのか」

「それに、このシャツだって、デザインも微妙じゃん」

「そうね。光ちゃんには、似合わないわよね」

「やっぱり、オレか母さんと行くべきだったな」

「いいじゃない。ケチをつけないでよ」

 言いたい放題の弟たちに、私は、むくれて怒ります。

「いえ、そんなことないですよ。全部、令子さんが選んでくれたものだから、

ぼくは、うれしいです」

「ホントに光ちゃんは優しいんだから……。アンタももっと、光ちゃんに

優しくしなさいね」

 何で、私が怒られなきゃいけない…… その前に、私が撰んだものに、

彼はうれしいって言ってくれました。そこは、もちろん聞き逃しません。

彼も、買ってきたものを見ながらニコニコしています。

「それで、アンタの服も買ってきたんでしょ」

「これよ、これ。みんな、彼が選んでくれたのよ」

 そういって、手に持っている自分の服を見せてあげました。

「兄貴のがセンスいいじゃん。でも、姉ちゃんて、こんな服は、今まで

着たことないじゃん」

「どれどれ…… アラ、ホントに。令子には、勿体くらいいいじゃない」

 どうして、母も弟も、彼には優しくて、私には、言いたい放題なのか、

だんだん腹が立ってきました。

「もう、いい加減にしてよ」

 私は、自分の服を両手に抱えて、自分の部屋に行きました。

「姉ちゃん、何を怒ってんだよ」

「放っておきなさい。それより、光ちゃんもその服をたたんでタンスに

入れておきなさいね」

 言われた彼も、服を抱えて、器用にたたんでタンスの引き出しに入れます。

「まったく、みんな勝手なことばっかり言って……」

 私は、ぶつぶつ言いながら服を片付けました。

でも、この服は、いつ着たらいいんだろう。

思わずそんなことを思ってしまいました。


 すっかり暗くなって、母は夕食の支度を始めます。

私も片づけを終えて、一階に降りてくると、父も仕事が終わって、

ダイニングに現れると、早速、彼とお酒を飲み始めました。

弟は、テレビに夢中でした。

 父と彼は、今日の買い物のことや、町を見て歩いたことを楽しそうに

話しています。弟も、いつの間にか話しに加わり、母も夕食の支度を

しながら背中越しに話したり、笑ったりしています。

「姉ちゃんじゃ、頼りにならないからなぁ」

「そんなことはありません。ちゃんと案内してくれたし、

とても楽しかったです」

「イヤイヤ、令子のことだから、頼りにならなかっただろう。

今度、母さんに連れて行ってもらいなさい」

「そうね。令子じゃ、説明不足だっただろうしね」

 そんなことないから。ちゃんと、案内したし、ついでに手まで

繋いじゃったし。満点なハズです。

彼だって、楽しかったと言ってるし、これ以上、どうしろというのよ。

私は、抗議したくなりました。

「お昼は、なにを食べたの?」

「ハイ、お好み焼きを食べました。初めて食べたけど、

とてもおいしかったです」

「ランチに、お好み焼きかよ。姉ちゃんのチョイスって、

ホント雰囲気ないよな」

「もう少し、ちゃんとしたものにしなかったの?」

「昼間っから、お好み焼きって…… ありえないでしょ」

 いくら弟と母でも、それは言いすぎでしょ。

「いえいえ、とってもおいしかったし、令子さんは焼くのがとても上手でした」

 そうよ。私は、ちゃんと焼いたのよ。それより、焼くのが上手って、

彼の一言で、とても救われました。

「それじゃ、今度、父さんと飲みに行くか。うまい焼き鳥屋があるぞ」

「ハイ、ぜひ、お願いします」

 何を言ってんのよ。父と二人で飲みに行くなんて、私だって、彼と飲みに

行きたいわよ。肝心の私を差し置いて、父親とは言え、それは許せません。

しかも、彼も楽しそうにしているし、父にちょっとやきもちを焼きます。

「ハイハイ、出来ましたよ。今夜は、肉じゃがと天ぷらの盛り合わせよ。

和食だから、たくさん食べてね」

 母は、さらに山盛りのいろいろな天ぷらを乗せてテーブルに置きます。

さらに、てんこ盛りの肉じゃがを見て、私は、目が点になりました。

こんなにたくさんの料理は、見たことありません。いくら弟が食べ盛りと

言ってもこれほどの夕飯は、私も初めてです。

「すっげぇうまそう。いただきます」

 弟が彼に食べ方を教えながら、食べ始めます。

「これは、こうして、天汁につけて食べるとうまいんだぜ。

ちなみに、これは、エビの天ぷら」

 彼は、見よう見まねでそれを食べます。

「すごく優しい味で、とてもおいしいですね」

「だろ。母さんの天ぷらは、最高だから」

「そうよ。だから、たくさん食べてね」

 彼は、弟や母に説明してもらいながら、天ぷらを次々と口に入れます。

「この白いのは、なんですか?」

「それは、キスという魚よ」

「この緑のはなんですか?」

「それは、春菊という野菜の天ぷらね」

「ビールには、とても合いますね」

「そうか。それはよかった。いいから、どんどん食べなさい」

 四人だけで盛り上がっているのを見て、なんだか私だけ蚊帳の外みたいな

雰囲気です。

「アンタもボケッとしてないで、食べたらどうなの。なくなっちゃうわよ」

 母に言われて、自分の席に座ると、箸を取りました。

その前に、私のビールはないの?

「ハイ、どうぞ」

 彼は、私の前に置かれたグラスにビールを注いでくれました。

「ありがとう」

 私は、グラスを両手で持って、彼にビールを注いでもらって、

一口飲みました。今までで、一番おいしいビールの味がしました。

「ちょっと、アンタ、光ちゃんにも上げなさい」

 私は、慌ててビールを持って、彼のコップに注ぎます。

「いただきます」

 彼は、私の目を見て、そういいました。思わず、ビールを

取り落としそうになりました。

そんなことを思っていると、コップからビールが溢れました。

「なにやってんの。よそ見してるからこぼすのよ」

 母が慌ててふきんでテーブルを拭きます。

「ご、ごめんなさい」

「まったく、姉ちゃんは、使えないよな」

「お前は、職場の飲み会でも、そんな調子なのか?」

 そんなことはありません。声を大にして言いたかったけど、

彼に見つめられたら手も震えます。

それからも、服を撰んだときの話とか、彼が話すと、みんながどっと笑います。

お好み焼きを食べたときのことなど身振り手振りで話すと、

みんなが笑いました。 なにこれ。この家族団らん的な雰囲気は、なんなのよ。

いつもと違うじゃない。普段は、こんなに口数が多くない弟やそんなに

笑ったことがない父とか肉じゃがや天ぷらを取り分けたりしている母を見て、

なぜかわからないけど、いつもと違う雰囲気に私一人が仲間外れに

された気分になって行きました。

 私は、大きなジャガイモに箸を刺して、思いっきり口に頬張ります。

口をもごもごと動かしながら、四人を見比べます。そして、残ったビールを

一気に飲み干しました。

「今度、オレとゲーセンにいこうよ。おもしろいゲームがあるから」

「それは、楽しみですね。連れて行ってください」

 今度は、弟と遊びに行く約束をしてます。私のが先でしょ。

「今日ね、買い物に行ったら、八百屋さんで光ちゃんのこと聞かれたのよ」

「えっ、それでなんて言ったの?」

 私は、そこに食いついて、初めて口を開きました。

「令子のお婿さんになる人って、言ったのよ」

「えーっ!」

 私は、思わず立ち上がってしまいました。

「ちょ、ちょっと、何を言ってんのよ、お母さん」

「なにって、アンタのお婿さんになる人でしょ。それとも、イヤなの?」

「イヤイヤ、それは……」

「姉ちゃん、顔、真っ赤だぜ」

 私は、両手で自分の顔を隠します。指の間から彼を見ると、

相変わらずニコニコ笑っています。

「ねぇ、光ちゃん。あなた、令子を嫁にもらってくれるわよね」

「ハイ、喜んで。ぼくは、令子さんが大好きだから」

「ほらほら、兄貴がそう言ってくれてんのに、姉ちゃんも黙ってないで

なんか言えよ」

 私は、立ったまま体も口も氷りついて、何も言葉が出てきません。

それ以上に、体が熱くなって、一気に頭に血が昇ってきました。

「まったく、こんな娘のどこがいいんだか……」

「いいじゃないの。行き遅れるより、ずっといいわよ」

「てゆーか、姉ちゃんには、もったいないんじゃない」

「それは言えるな」

 父が話をまとめると、また、笑いがおきました。

そうじゃなくて、何で、いきなり私が彼と結婚する方向に話が進んでいるのよ。

まだ、私は、結婚とか考えてないし、第一、彼は宇宙人だから、結婚なんて

無理です。相変わらず能天気な家族に、バカにされているような気持ちに

なりました。

「今時、国際結婚なんて珍しくないから、兄貴と結婚しても、

不思議じゃないよな」

 国際結婚どころのレベルじゃないでしょ。相手は、宇宙人なのを

わかってないのか。

「父さんも、光一くんなら、安心して令子を嫁にやれるしな」

「ホントに、いい人が見つかって、母さんも一安心よ」

 話が勝手に進んでいるのは、どういうことなの? 当人の私を差し置いて、

勝手に話を進めないでよ。

私のことなのに、父も母も盛り上がっているのが、許せなくなりました。

「あの、私は、まだ、一言も結婚するとか言ってないし、みんななに

言ってんの」

 やっと口から出た言葉が、こんなこととは、自分でも情けなくなります。

でも、頭が沸騰して、うまく言葉が見つからなくて、考えるより先に

口から出てしまいました。

「だいたい、仕事はどうするのよ。やっと、仕事がおもしろくなってきたのよ」

 そこまで言って、口の中がカラカラに乾いていることに気がついて、

テーブルにあるビールを飲もうとします。

でも、自分のコップの中には、何もありません。

私は、隣の彼のコップを取り上げると、残ったビールを一気に飲み干しました。

「それに…… それによ。私は、地球人で、彼は宇宙人なのよ。

結婚できるわけないじゃない」

 そこまで、一息で、早口でまくし立てました。

家族も彼もシーンと静かになって、私のほうを見ています。

「バッカじゃないの。結婚できるわけないじゃない。この人、宇宙人なのよ」

 だんだん声が大きくなってくるのが自分でもわかります。

でも、もう止まりませんでした。

「わかってるの。この人は、宇宙人なのよ。宇宙人なの」

 そこまで怒鳴るように言うと、母が突然立ち上がると、私の右の頬を

平手打ちしました。

「令子! なんてことを言うの。自分で言ってることわかってるの。

光ちゃんに謝りなさい」

「なによ。みんな、彼のことばっかり。私のことなんて、どうでもいいのよ」

 打たれた頬の痛みと涙が自然と溢れて、自分でも押さえることが

出来ませんでした。

「もう、みんな嫌い。大っ嫌い」

 そう叫んで、二階に駆け上がります。

「令子さん!」

 彼が私を呼んで後を追いかけてきます。私は、一瞬だけ、登りかけた足が

止まりました。

「光一くん。心配せんでいい」

 父がそう言うと、彼は、それ以上追いかけてはきませんでした。

私は、そのまま自分の部屋に飛び込むと、ベッドにうつぶせに倒れこみました。

もう、溢れる涙を我慢できず、声を上げて泣きました。

声を聞かれたくないので、枕に顔を押し付けて、泣き叫びました。

 どれくらい泣いていたのか、泣くだけ泣くと、スッキリしたのか、

少し気持ちも落ち着きました。ベッドに座って、枕元のティッシュで涙を

拭きます。すると、急に、取り返しがつかないことをしたという、

気持ちが胸の奥から湧き上がってきました。

彼にひどいことを言った。父や母にも、言ってはいけないことを

言ってしまった。大きな後悔の気持ちで、体が震えてきました。

 そっと、ほっぺたに手をやると、母に打たれたところが

少し火照っていました。

そして、やっぱり、彼のことが好きだと言う素直な気持ちが

強くなってきました。

彼は、家族の前でも、堂々と私のことを好きといってくれました。

それなのに、彼の気持ちに応えるどころか彼を傷つけてしまいました。

 謝らなきゃ。私が悪いんだから…… 

でも、今更、どうやって謝ればいいのかわかりません。

それでも、悪いのは私なのだから、やっぱり、ちゃんと謝って、自分の気持ちに素直になろうと思い直します。

 部屋を出て、静かに足音を立てずに、階段を一段ずつ下りていきました。

途中まで降りていくと、彼と家族の話し声が聞こえてきました。

「なにしてんの、姉ちゃん。早く、こっち座れよ」

 私に気がついて弟が声をかけます。

「ほらな、兄貴。父さんの言ったとおりだったろ。すぐに戻ってくるって。

五分てのは、短かったけどさ」

 そういうと、彼も父もにこやかに笑いながら、私を見ました。

「まったく、お前は、子供の頃から、すぐに感情的になるからな。

大人なんだから、少しはその癖を直しなさい」

 父がビールを一口飲んで言いました。

「そんなとこに突っ立ってないで、座ったらどうなの」

 母が、私に言いました。

「あの…… さっきは、ごめんなさい」

 そういったものの、顔を上げることもできず、声も小さいままです。

「光ちゃんにちゃんと謝りなさい」

 母は、彼に料理を取り分けながら静かに言いました。

私は、彼に向き直って、顔を上げてもう一度言いました。

「さっきは、酷いこと言って、ごめんなさい」

「いいえ、大丈夫ですよ。それが、地球人としての当然の気持ちですから」

「違うの。違うのよ。私、私は…… 貴方のことが好きです。大好きです」

 また、自然と涙が溢れて頬を伝います。

「ハイ、ありがとうございます。令子さんの気持ちは、わかります。

だから、泣かないで下さい」

 私は、何度も首を縦に振りました。

「今まで、優しくしてくれてありがとう。今日からは、私が優しくするから、

嫌いにならないで……」

「もちろんです。嫌いになるわけがありません。地球では、好きな人には、

愛してるというんですよね」

 そこまで聞いて、私の胸が熱くなって、感情を抑えることが

できませんでした。私は、彼の胸に抱きついて、声を上げて泣きました。

「私と結婚してください。大好きです。あなたを愛してます。

だから、だから……」

 彼は、大泣きしている私の気持ちが落ち着くまで、優しく抱きしめて、

頭を優しく撫でてくれます。

そして、やっと、言いたいことを言った事で、気持ちが落ち着くと、

彼から離れました。

「やっと、言ったね。遅いよ、姉ちゃん」

「ほら、顔を拭きなさい。さっきは、ぶってごめんね」

 母がテーブルの上にあったティッシュを箱ごと私に渡しました。

私は、それを数枚抜き取ると、涙を拭って、ついでに鼻をかみました。

「あぁ~あ、全然色気ないんでやんの」

 弟が呆れたように言いました。

「親の前で、光一くんに抱きつくなんて、見ておれんな」

「ホントよ。見てるほうが、恥ずかしいわ」

 父と母が、笑いながら言いました。

「いいんですか? ぼくは、宇宙人なんですよ」

「そんなの関係ないわ。愛した人が、宇宙人だって、火星人だって、

あなたはあなただもん」

「ありがとう。令子さんに会えて、ぼくは、とても幸せです」

 そういって、私を優しく見つめてくれました。

「でも、ぼくは、火星人じゃありませんからね」

 彼がぽつりと言うと、どっと笑いがおきました。

「姉ちゃん、こんなときに、笑いを取ってどうすんだよ」

「ぼくは、令子さんだけでなく、お父さんやお母さん、裕司くんに

会えてとてもうれしかった」

 彼は、私たちを見ながら話を始めました。

「ぼくには、皆さんのような親とか家族はいません。だから、皆さんの

ような人たちに出会えたことが心の底からうれしいんです。最初に

助けてもらったとき、ホントは怖かったんです」

 彼は、少しずつ話し始めました。

「もしかしたら、怖がって何かされるんじゃないかとか、地球人のことは、

知ってるつもりでも実際に会ったことはなかったから、ホントは、

すごく怖かったんです。なのに、皆さんはとても優しくしてくれて」

 彼は、ここで、一度話を切ると、私のほうを見て口を開きました。

「令子さんは、ぼくとても親切にしてくれました。お母さんは、おいしい料理を作ってくれました。初めて食べた地球の料理は、とてもおいしくて、地球人が

羨ましいと思いました。お父さんは、家族のみんなをとても大事にして、

守ってくれて、すごく誇らしく思いました。裕司くんは、宇宙人のぼくに、

いろんなことを教えてくれて、すごく勉強になりました。お姉さん思いの

いい人だと思います」

 彼は、一人ひとりを見ながら話し始めます。

「そして、令子さんは、ぼくに水も飲ませてくれました。それに、ぼくを

信じてくれました。ホントの姿を見てもきれいと言ってくれました。

空を飛んでいるときの顔は、とても楽しそうでした。そんな令子さんをみて

好きになりました。初めて好きになったのが、令子さんでよかったです」

 せっかく拭いたのに、また、涙が勝手に流れて止まりません。

母がティッシュをそっと進めてくれます。それで涙を拭いて、ついでに鼻も

かみます。

「まったく、いい話をしてるときに、鼻をかむなよ。少しは女らしくしろよな」

「うるさい……」

 それ以上の言葉が出ませんでした。

「それで、光ちゃんは、この子と結婚してくれるの?」

「令子さんさえよかったら」

「お前はどうなんだ。もう一度、はっきり言いなさい」

 もう大丈夫です。何度でも言います。いえ、何度も言いたいです。

「私と結婚してください。よろしくお願いします」

 私は、深々と頭を下げました。 

「ハイ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「それじゃ、みんなで記念写真を撮ろうよ。姉ちゃんと兄貴の結婚記念日

だからさ」

 そういうと、弟は、部屋からデジカメを持ってきます。

「姉ちゃんと兄貴は、そっちに並んで」

 弟は、三脚を立ててカメラを取り付けながら言いました。

「それじゃ、お前たちは、ここに座りなさい。主役だろ」

 父が椅子を私たちに譲ります。私と彼は、二人並んで座りました。

後ろに父と母が立って、いろいろ弟に指示を出します。

「俺は、父さんの隣だから空けといてよ。姉ちゃん、もっとくっついてよ」

 私は、椅子ごと彼の隣に移動します。

「そうそう、いくよ」

 弟は、カメラのセルフタイマーにしてシャッターを切ります。

「笑ってぇ!」

 弟の掛け声に、私は、泣きながら笑います。そして、シャッターの

切れる音がしました。弟は、カメラを見て、笑いました。

「なんだよ。姉ちゃんの顔」

 父や母に撮ったばかりの写真を見せます。

「まったく、なんて顔してんの」

「こりゃ、傑作だな」

 父と母が笑いました。私も写真が気になって覗くと、泣き笑いの

自分の顔がありました。

「なにこれ。やだぁ…… それ消して。もう一回、撮ってよ」

「これはこれで、いい写真だぜ。消しちゃもったいないよな」

 そう言って、彼にも見せます。

「いいですね。これは、最高の一枚ですよ」

 彼までそういって、笑いました。

「もう、保存したから消えないからね。パソコンでプリントアウトして

くるから、ちょっと待ってて」

「待ってよ。ダメったら、裕司、ダメだってば……」

 私の声を無視して、二階に駆け上がります。

「それじゃ、このスタンドに飾ったらどうかね」

 父まで、引き出しから写真立て持ってきました。

「ちょっと、お父さんまでなにやってんのよ」

「いいじゃないか。記念写真としては、最高の出来だぞ」

 そんなやり取りをしている間に、弟は戻ってきました。

「見てみなよ。意外によく撮れてるし」

「ホント。令子も見て見なさい」

 母に言われても、私はその写真は、見る気になりませんでした。

「兄貴にやるよ。部屋に飾ったら」

「ありがとう。でも、これは、令子さんが持っていたほうがいいと思いますよ」

「えーっ、そんなへんな写真イヤよ」

「ちっとも変じゃないですよ。令子さんの笑顔は、最高です」

 そういわれて、改めてみると、涙で目が真っ赤だし、鼻をかみすぎて

赤くなっているし髪は、乱れているし、それなのに笑っている顔は、

恥ずかしくて家族にも見せたくない一枚です。

「それじゃ、ぼくの宝物にします」

 そういうと、その写真を大事そうに眺めています。

後日、その写真の私の顔には、ニコちゃんマークのシールを張りました。

そして、それは、彼だけでなく、私にとっても、記念の一枚になったのです。


 そんなことがあって、数日後のいつもの夕飯のときです。

彼に告白して気持ち的にも吹っ切れてからは、私自身も彼に優しく

接するようになりました。

「あのさ、今度の日曜日、兄貴と宇宙船を探しにいくんだけど、姉ちゃんも

来るよな」

「えっ、私も?」

「来ないの? 別に来たくないなら、来なくてもいいけど、どうせ暇だろ」

「別に用事はないけど……」

「だったら手伝えよ。それと、どうせ行くんだから、弁当も作れよな」

「私が?」

「兄貴にいいとこ見せるチャンスだろ。手作り弁当で、今までの借りを

返さなきゃ」

「それは、そうだけど……」

 確かにそれはいい考えかもしれません。でも、私は、料理には、まったく

自信がありません。私は、母を見ると、こういいました。

「お母さんは、手伝わないからね。自分で作りなさい」

「えー…… そんなぁ……」

「何を言ってるのよ。アンタが作らないで、誰が作るのよ」

 そう言われると、何も言い返せません。

「日曜日が楽しみだな。でも、兄貴は、期待しない方がいいぜ。

姉ちゃん、料理下手だから」

「そうなんですか? でも、ぼくは、令子さんの作ったものは、

何でもいただきますよ」

 あんなことがあってからも、彼は、どこまでも私に優しくしてくれます。

だったら、私もがんばってお弁当を作ろうと決めました。

 ところが、当日の日曜日は、見事に寝坊したのです。

慌てて起きて作ったのは、おにぎりだけでした。

 奥多摩までの電車の中で、私は、小さくなっています。

「まったく、この大事なときに寝坊するかなぁ」

「ごめんなさい」

 私は、小さな声で謝りました。

「これじゃ、力も出ないよな」

 そこまで弟に言われると、返す言葉もありませんでした。

「大丈夫ですよ。今日は、天気もいいし、令子さんに裕司くんがいるから、

きっと見つかると思います」

 彼は、笑顔でそういいました。それに救われた思いがするけど、

申し訳ない気持ちのが大きかったのも事実です。

駅について、バスに乗り換えて、あの時会った小高い丘までやってきました。

熊に気をつけながら、歩いていると、その時のことを思い出します。

「こりゃ、いかにも何かが埋まっているって感じだよな」

 こんもりと盛り上がった小山を見上げて弟が言いました。

「それじゃ、掘り返してみますか」

 弟が用意してきたシャベルを使って、三人で土を掘り返します。

と言っても、どこをどう掘ったらいいのかわからないので、三人で適当に

掘って見ました。だけど、三十分たっても、一時間掘っても、

何も出てきませんでした。

 私が寝坊したおかげで、遅れたせいもあって、時計を見ると、お昼の二時を

過ぎていました。いくら掘っても何も出てこないし、汗もかいてきたし、

腕も疲れてきました。

「ちょっと休憩して、お昼でも食べない?」

 私が言うと、彼と弟が顔を見合わせます。

「そうですね。少し休憩しましょう」

 ということで、ランチタイムになりました。

私たちは、ベンチに座って、持ってきたお弁当を広げました。

と言っても、おにぎりしかないのだけど……

「ごめんなさい。これしか作れなくて」

 私は、申し訳なさそうな顔をして、袋を開けました。

「おにぎりですね。ぼくは、これが大好きです」

「これで、兄貴の奥さんが務まるのかねぇ…… 先が思いやられるな」

 弟は、そういいながらも、一つ摘んでおにぎりを食べました。

「では、いただきます」  

 彼もそういって、おにぎりを一口食べました。

「おいしいです。中は、おかかですね」

 彼は、うれしそうにおにぎりを頬張ります。私は、そんな彼を見ている

だけで、お腹一杯になりました。

「姉ちゃんも食べろよ。自分で作ったもんだろ」

 弟に言われて、慌てて一つ手に持って、かじりつきました。

自分で言うのもなんだけど、なんだかいつものおにぎりよりも

おいしく感じました。

お昼ご飯を食べながら、彼は、いろいろ話をしてくれました。

「ぼくの星では、こういう食べ物はないんですよ」

「それは、前に聞いたけど、ホントに水だけなの?」

「そうです。だから、いろんな惑星に行って、その星の食べ物を食べるのも

楽しみだったんです」

「他に、どんな星に行って、なにを食ったの?」

「そうですね。例えば、機械の星に行ったときは、ネジとか

機械の部品とかですね」

「あんなもん、食えるの?」

「食べられますよ。決して、おいしくはなかったですけどね」

 彼と弟の話を聞いていると、ホントに宇宙は広いなと感じます。

地球の常識なんて、まったく通用しないことがわかりました。

でも、彼のことを少しでも知りたくて、私は、黙って聞いていました。

「ぼくの星は、すべてが水で出来ています。建物も家も全部です」

「すごいなぁ…… そんな星を見てみたいな。兄貴の星に行ってみたいよ」

「すごく遠いですよ」

 そういって彼は笑いました。

「他に、どんな星に行ったの?」

 今度は、私が聞いてみました。

「数え切れないほど行きましたよ。二百とか三百とか……」

「そんなに!」

「ハイ、それがぼくの仕事ですからね」

 彼は、そういって、懐かしそうな顔をして、空を見上げました。

「ホントに地球は、いい星ですね。ぼくは、ここにきて、ホントによかった」

 彼は、しみじみと感慨深げに言いました。

持ってきた水筒の水を三人で飲んで、一休みすると、作業を再開しました。

 ただ三人で黙々と土を掘り返しました。

山は、暗くなるのが早いので、夕方前には電車に乗らないといけません。

私は、土を掘り返しながら、いろいろ考えました。

 宇宙船が見つかったらどうなるんだろう…… 当然、彼はそれに乗って星に

帰ることになります。それじゃ、私は、どうなるの? 彼と別れないといけないの? せっかく、結婚したのに、それはイヤ。だからといって、いっしょに遠い宇宙に行くのも、家族と別れることになるので、それもイヤです。

 例え宇宙人と言っても、自分の星に帰るのが当然です。それを邪魔する権利は私にはありません。見つかって欲しい気持ちと、見つかって欲しくない

気持ちと、複雑に交じり合っていつの間にか土を掘り返す手が

止まっていました。

 そろそろ暗くなり始めたときです。弟が突然立ち上がったのです。

「これ…… もしかして」

 彼と見に行くと、銀色の何かが少し見えました。

「兄貴、これじゃないか?」

「とにかく、掘ってみましょう」

 そういうと、彼と弟で、夢中で土を掘り返しました。少しずつですが、

銀色の何かが見えてきました。

「間違いないです。これです」

「やった! やったぜ、兄貴」

 弟は、飛び上がって喜んでいました。

でも、私は、心から喜ぶことが出来ませんでした。

だって、彼は、これに乗って、宇宙に帰ってしまうんだから……

「やりましたよ。令子さん」

 彼は、うれしそうに言って、私の手を取って喜んでいました。

「よかったわね」

 私は、無理に作った笑顔でそういいました。それしか、私には

言えなかったのです。

「でもさ、これ以上は、無理だぜ」

 弟が残念そうに言いました。確かに、アレだけ掘ってもちょっと

しか見えません。宇宙船全体を掘り起こすには、シャベルだけじゃ

とても無理です。だからといって、誰かに手伝ってもらうわけにも行きません。

このことは、私たちだけの秘密なので、他の人には頼めません。

「姉ちゃん、どうする?」

「そうね。もう、暗くなってきたし、今日は、これ以上は無理ね」

 私は、複雑な心境なのを隠してそういいました。

「残念だけど、今日はこれまでですね」

 彼も残念そうな顔でした。そんな顔を見ると、心が痛みます。

結局、掘り起こした部分に、もう一度土を被せて隠しました。

場所がわかっただけでも、今日の成果はあったということにしました。

 私たちは、駅まで急いで、電車で帰宅しました。

その間も彼と弟は、楽しそうに話が盛り上がっていました。

だけど、私は、少しだけ落ち込んでいました。ホントに宇宙船は、

掘り起こすことが出来るのだろうか?

もし、ホントに掘り起こせたときは、どうするのか?

私は、そのときのことを思うと、胸が痛みました。

「令子さん、どうしたんですか?」

 私が俯いて黙っているのを気にして、彼が話しかけてきました。

「宇宙船のことが心配なだけよ」

「大丈夫ですよ。あそこは、人もこないし、見つかることはないと思います」

「そうだといいんだけどね」

 私は、気持ちとは裏腹なことを言ってしまって、反省しました。

夜になって、ウチに帰ると、母が夕食を作って待っていてくれました。

「お帰り。どうだったの?」

 母に聞かれても、私はなんて言っていいのかわからなくて、黙っていると、

弟が言いました。

「見つかったよ。でもさ、宇宙船てでかくて、ぜんぜん掘り起こせ

ないんだよな」

「少しずつ、やってみるしかないようです」

 彼も残念そうに言いました。

「でも、見つかってよかったじゃない。これから少しずつやっていけば

大丈夫よ」

 母も彼を元気付けようと、笑って言いました。

「また、今度の日曜日にも行ってみようぜ」

「まぁ、ゆっくりやりなさい」

 母は、そういって、元気付けてくれました。


 そして、父もやってきて、いつもの夕食の時間です。

今夜のメニューは、鍋料理でした。

「今夜は、すき焼きよ。たくさん食べてね」

 母は、そういって、コンロに鍋を乗せると、肉や野菜を入れて煮込み

始めます。父は、早速、彼とビールで乾杯してます。

「令子さんもどうぞ」

「ありがとう」

 私は、彼にビールを次いでもらって、一口飲みました。

「どうしたんですか? さっきから、元気がありませんよ」

 彼は、私の様子に気がついていました。だから、思い切って、

聞いてみました。

「宇宙船が見つかったら、あなたはどうするの?」

「決まってんじゃん。自分の星に帰るんだよ」

「アンタに聞いてんじゃないの。ちょっと黙っててよ。ねぇ、どうするの?」

 私は、口を挟んだ弟に注意してから、もう一度、聞いてみました。

「自分の星に帰りますよ」

「そうよね」

「もちろん、令子さんも一緒にね」

「えっ! 私も……」

「イヤですか?」

「それは……」

 私が口篭っていると、母が言いました。

「アンタ、光ちゃんを一人で帰すつもりなの?」

「お前は、光一くんの妻だぞ。ついていくのが妻の役目だろ」

「姉ちゃん、結婚したの、もう忘れたのかよ」

 私は、三人の顔を半分驚いて見ました。まさか、そんなことを言われるとは

思わなかったのです。

「だ、だって、そうしたら、お父さんたちと……」

「仕方なかろう。嫁に行ったのに、いつまでも父さんたちと暮らすわけに

いかんだろうが」

「そうよ。あなたは、光ちゃんの奥さんなのよ。まさか、母さんたちと

別れたくないなんて思ってんじゃないわよね」

「結婚したら、家は出て行くのが普通じゃないの? 姉ちゃんの部屋は、

俺が使わせてもらうから安心して」

「いいから、アンタは、黙ってて」

 私は、弟を叱り付けて言いました。

「それで、お前は、光一くんについて行くのか、行かないのか、どっちなんだ?」

「私は……」

 私は、まだ、決められませんでした。彼と別れるのもいやだし、家族と

別れるのもいやです。宇宙に行ったら、二度と父や母には、会えなくなると

思ったからです。

 すると、彼が優しく私の肩に手を置いてこういいました。

「すぐに結論を出すことはありません。ゆっくり考えてください。

返事はそれからでいいですよ」

 私は、ただ頷くことしか出来ませんでした。

「ハイハイ、それじゃ、この話はここまでにして、すき焼きも煮えてきたから、食べましょうか」

 母が話を打ち切って、食事が始まりました。

父と彼は、ビールを飲みながら、弟にすき焼きの食べ方を教わりながら

食べ始めます。楽しいおしゃべりと、おいしい食事なのに、私は、気持ちが

揺らいで食事も進みません。

私は、まだはっきりと答えを出すことが出来ませんでした。

 

 翌日、会社に行くと、夕子が話しかけてきます。

「どうしたの、また、なんかあったの?」

「あのさ、もし、結婚したら、夕子は、彼について行く?」

「当たり前じゃん。単身赴任なんてさせないわよ」

「それが、外国でも?」

「う~ん、外国かぁ…… 場所によるわね。でも、彼と離れ離れになるのは、イヤだから、ついて行くかな」

「そうすると、家族とは離れ離れになるのよ。それでもついて行く?」

「当たり前じゃん。結婚したら、独立して、自立しなきゃ。いつまでも親を

頼りになんて出来ないよ」

「そうかぁ……」

「アンタ、国際結婚でもするの?」

「そういうわけじゃないけど、なんとなく聞いてみただけ」

 夕子は、不思議そうな顔をしながら、自分の席に戻りました。

私も、いつもの業務に戻ります。そして、机に置いてあるペンを取ろうすると、そこにあったペンがありません。

おかしいなと思いながら探すと、隣の机に転がっていました。

 私は、手を延ばして取ろうとすると、ペンが転がって、床に落ちます。

当然のように、私は、椅子から降りて、しゃがんで床に転がったペンを

取ります。ところが、そのペンがまた、勝手に転がりだしました。

 私は、ペンを追って手を伸ばしたそのときです。

突然、目の前が揺れたのです。目眩したのかと思ったけど、

そうではありません。その揺れが次第に大きくなって、

机に置いてあった書類が雪崩のように落ちてきました。地震だと気が

つくまで数秒かかりました。

私は、両手で頭を抱えて、しゃがんだまま蹲ります。

「地震だ。机の下に潜れ」

 課長の声で、その場にいた社員たちも、声を上げて机の下に逃げます。

しかし、揺れは一瞬でした。すぐに収まって、注意しながら机から

顔を出します。

「まじかよ」

「どうすんだよ、これ……」

 男性社員が立ち上がって言ってました。

このときの私の目には、散らばった書類、戸棚の扉が開いて、

中にあったファイルなどが床に散乱していました。

手の付けようがない散らかりようとは、このことです。

 課長が、普段つけないテレビをリモコンでつけました。

すると、地震のことで臨時ニュースをやっていました。

 私たちは、とにかく、散らばった書類などを片付けながら、

ニュースを聞いていました。震源地は、山梨県で震度五強とのこと。

私たちがいる、会社の周りは、震度三でした。

でも、窓から外を見ると、信号は止まっている様子で、車が立ち往生していて

テレビのニュースでも、電車も止まっていました。

 こうなると、仕事どころではありません。全員で片づけをして、

やっと整理できたところで課長が言いました。

「今日は、これでみんな帰りなさい。電車が止まっているみたいだから、

気をつけて帰るように」

 そんなことで、まだ、退社の時間には早かったけど、私も

帰ることにしました。

「夕子は、どうやって帰るの?」

「あたしは、彼に迎えに来てもらうわ」

「いいわねぇ。私は、どうしようかな……」

「アンタんちは、近いから、歩いても帰れるんじゃない」

「イヤよ、歩いてなんて。電車が動くまで待つか、タクシーでも拾うわ」

 私は、そういって、会社を出ました。

とは言っても、信号が動いてないので、車も走っていません。

タクシーどころではないことが、わかりました。

 どうしようかと、途方にくれていると、突然、声をかけられました。

「令子さん。迎えに来ました」

「えっ! 光一さん…… どうして?」

 驚いている私を彼は、優しいいつもの声で言いました。

「お母さんに迎えに行ってあげるように言われたので、ここまできました」

「で、でも、どうやって…… まさか!」

「ハイ、飛んできました」

 彼は、あっさり言いました。でも、空を飛んでなんて、見つかったら

大変なことになります。

「それじゃ、帰りましょう」

「だから、電車は止まってるし、車も動いてないし」

「大丈夫ですよ。飛んでいくから」

「イヤ、あの、それは……」

 私が躊躇していると、彼は私の腕を引いて、会社の路地裏に連れて行きます。

そして、私の目の前で、変身しました。これで二度目です。

「ぼくの手を離さないで下さいね」

 そういうと、私の右手を握ります。すると、心の準備もする前に、

空に飛び立ったのです。

「えーっ!」

 私の体が地面からどんどん離れていきました。その前に、私、今日は

スカートなんだけど……

そう思うよりも早く会社の屋上よりも高く上がりました。

そして、彼は器用に私の体を抱き上げます。私は、落ちないように、

彼の首に両手を回して抱きつきました。

風に髪がなびいて、青空が目の前に広がります。

「怖くないですか?」

「全然」

 私は、彼に笑顔で言いました。正直言って、これで二度目の空です。

怖いより、楽しくなりました。下を見る余裕があるくらいです。

 下に広がる光景は、大変な状況を物語っていました。

駅前に群がる大勢の人たち。タクシーや臨時バスを待つ人々。

幸い、大きな事故などはないように見えました。

「なんだか、気持ちいいわ」

「そうですか。それじゃ、こんなのはどうですか」

 そういうと、彼は、空を飛んでいるのに、いきなり私の体を支えていた

両手を離したのです。一瞬にして、私は空に放り出されました。

まさか、このまま落ちるの……

そう思った瞬間、私は彼の背中にドスンと落ちます。

「この方がよく見えますよ」

 私は、彼の背中に横すわりになっていました。

「ウソッ!」

 私は、片手でなびくスカートを押さえながら、顔を上げると、

きれいな青い空が少しずつ夕日に変わっていく様子が見えました。

彼は、私が落ちない程度にスピードを抑えながら、空を飛んでくれました。

私は、バランスに注意しながら風に吹かれていました。

「あの、私、重いでしょ」

 私は、自分の体重を気にして、彼の耳元に顔を下げて言いました。

「いいえ、そんなことはありませんよ」

 彼は、そういいました。でも、私は、今夜からダイエットしようと

思いました。

空中散歩は、あっという間でした。会社から家までは、電車で30分です。

歩いても帰れない距離ではありません。だから、空を飛んで帰るなら、

数十分程度です。

 地震のせいか、自宅近くについても、近所の人は誰も外に出ていないので

彼は、誰にも見つからず、玄関の前に降り立ちました。

私は、彼の背中におんぶした格好で、地面に足をつけました。

「送ってくれて、ありがとう」

 私が彼に言ったときには、すでに変身を解いて、いつもの彼の姿に

なっていました。

「もう少し、飛んでいたかったな」

「では、今度は、もう少し遠くまで行ってみますか」

「楽しみにしてる」

 私は、そう言って、彼の手を引いて家に入りました。

「ただいま」

 私は、元気よく中に入りました。

「姉ちゃん、兄貴、大変だよ」

 ダイニングのテレビを見ている弟が言いました。

「どうしたのよ? 地震でしょ。知ってるわよ」

「それどころじゃねぇよ。アレ、みろよ」

 弟が指を刺したテレビ画面には、信じられないものが映っていました。

それは、この前、私たちが掘り起こした、宇宙船だったのです。


 テレビをつけたまま画面を食い入るように見ながら、父も母も弟も、

もちろん私も彼も押し黙ったまま沈黙が続きました。

 どうやら、今日の地震で土砂崩れが起きて、あの宇宙船が姿を現したのです。

マスコミや警察、地元の住民たちが大勢押し寄せています。

「どうするんだよ。見つかっちゃったじゃん」

「光一さん、どうする?」

 私も弟も彼のほうを向いて言います。

彼も困ったような顔をして考えています。こんな顔は、初めて見ました。

「ねぇ、お父さん、宇宙船は、どうなるの?」

「そんなことは、父さんにもわからん」

 それはそうでしょう。こんな事態になるとは誰も思ってなかったはずです。

まして、本物の宇宙船が突然、現れたら誰だってビックリします。

「しばらく、様子を見るしかないだろうな。光一くん、あの宇宙船は、

何か危険はないのかね?」

「それは、大丈夫です。それに、あの中に入れるのは、ぼくだけです」

「それなら、壊されることはないから、心配はないだろう」

「でも、ずっと、このままってわけにはいかないんじゃない」

「それは、そうだろうな」

 私たちの中で、不安が募り、父もテレビを消してしまいました。

「よし、俺がネットで調べてやる」

 弟は、そういうと、二階に駆け上がります。

「心配すんなって。兄貴の宇宙船を壊されてたまるか。必ず守ってやる」

 そういい残して、自分の部屋に行きました。ちょっとだけ、

弟が頼もしく見えました。

「それじゃ、夕飯の用意でもするわ。あんたも着替えて手伝いなさい」

 母は、そんな暗い雰囲気を反らすように話を変えます。

私も帰ってきたばかりで着替えるのをすっかり忘れていたので、慌てて部屋に

戻りました。 いつもの部屋着に着替えて一階に戻ってくると、

私もエプロンをつけて母の手伝いをします。

先日の宇宙船探しのときには、おにぎりしか作れなかったので、

せめて今夜は、私の手料理で彼を喜ばせたいと思って、張り切りました。

でも、そう簡単にはいきませんでした。

「アンタは、豆腐もまともに切れないの? こんなんで、光ちゃんと結婚して

やっていけるのかしら」

 そういって、私は、結局、何も手伝わせてもらえませんでした。

「あのさ、お母さん。私に料理を教えて」

「当たり前でしょ。そんなんじゃ、光ちゃんが可哀想でしょ」

 何ひとつ言い返せない自分が情けなくなりました。

今まで、料理は、全部母にまかせっきりで、正直言って、何も出来ません。

彼の奥さんになるからには、料理くらい出来ないと、奥さん失格だと

思って心から反省しました。

 私は、母に教わりながら、夕飯作りの見学をすることになりました。

その間、父は、彼と何か話し合っています。でも、私には、それを気にする

余裕はありません。 今は、目の前の料理のことに集中します。

今夜のメニューは、麻婆豆腐とチンジャオロースに餃子です。

「餃子は、こうやって、包むのよ」

 見よう見まねで、餃子を包んで見ます。

「不器用ね。誰に似たのかしら」

 呆れる母に注意されながら、何とか餃子を包みます。

確かに、母と私の餃子とは、一目でわかるくらい、形が違っていました。

 母に教わりながら、何とか料理を作って、テーブルに並べます。

「令子、裕司を呼んできて」

 言われて私は、エプロンを取りながら二階に行って、弟を呼びにいきます。

「裕司、ご飯できたわよ」

「今いく」

 そういうと、ドアが開いて、弟が顔を出します。

二人で一階に戻ると、早速、父と彼は、ビールで乾杯していました。

「なんかうまそう。兄貴、今夜は、中華料理だぜ」

「中華料理ですか?」

「これが餃子で、こっちは、麻婆豆腐。とにかく、食ってみなよ」

「では、いただきます」   

 彼は、弟の食べ方を見ながら、一口食べてみます。

「どう? 辛くない?」

「おいしいです。これは、とてもビールに合います」

「そうだろ」

 父は、得意そうな顔で、彼にビールを注ぎます。

「令子さんも、どうぞ」

 そういって、彼は、私にビールを注いでくれました。

「ありがとう」

 もう、コップを持つ手も震えません。私は、乾杯といって、グラスを

カチンと鳴らして一口飲みます。

「餃子は、タレにつけて食べるんだぜ」

 弟に教えてもらいながら、餃子を食べます。今じゃ、すっかり、箸も上手に

使えるようになりました。

「これもおいしいですね。でも、これは、なんか形が違いますよ」

 どう見ても、餃子の形にはなっていない、それを見て彼が言いました。

「見ないでぇ……」

「それは、令子が作った餃子だから」

 母があっさりネタをばらします。

「これは、令子さんが作ったんですか?」

「そうだけど…… そっちは、自分で食べるから」

 すると、彼は、私が作った形がおかしい餃子を箸で摘んで、口に入れました。

「令子さんが作ったものは、お母さんが作ったものより、おいしいですね」

「あらあら、光ちゃんも言うようになったわね」

 母が楽しそうに笑っているけど、私は、顔を上げることが出来ませんでした。

「姉ちゃん、顔、真っ赤」

「うるさい!」

 弟に言われて顔を上げると、確かに顔が火照っていました。

その間も、彼は、私が作った餃子をおいしそうに食べています。

「無理しなくていいから」

 そういっても、彼は、首を横に振ります。

「こんなにおいしいものは、食べたことがありませんよ」

 早く彼に、おいしい料理を食べさせたいと思って、もっと料理を勉強しようと決めました。

「令子さんも食べてください。ビールも飲んでください」

「まったく、お前という娘は…… 光一くんに気を使わせてどうすんだ」

「姉ちゃん、だらしないぜ」

「こんなんで、ホントに、やっていけるのかしら…… お母さんは心配よ」

 言われ放題だけど、事実が事実だけに、何も言えない自分が

情けなくなりました。

     

 翌日は、朝からも宇宙船が発見されたというニュースばかりでした。

会社に行っても、みんな口々に宇宙船のことで噂をしています。

まさか、それは、私が掘り起こしたもので、彼が乗ってきた物だとは、

言えない自分が歯がゆい思いです。

「ねぇ、アレって、ホントに宇宙船なのかな?」

 夕子が聞いてきました。確かに、アレは、本物の宇宙船です。

でも、私の口からはホントのことは言えません。

「さぁ、どうかしらね。だいたい、宇宙船なんてホントにあるのかしら?」

「そうよね。宇宙船があるということは、アレに乗ってきたのは、宇宙人てことになるものね」

「そうでしょ。だいたい、宇宙人なんているわけないじゃない」

 私は、顔を引きつらせながら言いました。その日は、仕事中も宇宙船のことが気になって、仕事が手につきませんでした。

やっと、昼休みになって、テレビをつけることが出来ました。

お昼のワイドショーも、宇宙船のことばかりです。

でも、余り進展になるようなことは、伝えていませんでした。

 仕事を終えて、帰宅すると、弟がいきなりこんなことを言いました。

「兄貴、あの宇宙船、奪還しよう」

「ハァ? アンタ、なに言ってんのよ」

 弟の言ってる意味が、私にはわかりませんでした。すると、父がテレビを

見ながら言いました。

「さっきのニュースでやってたがな、宇宙船は、掘り起こされて、

調べるそうだ」

「調べる?」

「アレがホントに宇宙船なのか、それを調べるってことだ」

「だって、アレは、宇宙船なんでしょ」

「バカだな、姉ちゃんは…… それを知ってるのは、俺たちだけだぜ」

 確かにみんなの言うとおりです。ホントのことを言ったら、

大変な騒ぎになります。彼のことも世間にばれてしまう。

それだけは、絶対に避けないといけません。

「要するに、アレがホントに宇宙船なのかは、まだ知らないから、それを

調べるってことだ」

「どこでよ?」

「父さんの予想じゃ、たぶん、横田基地だろうな」

 父がゆっくり話し始めました。

何が起きるかわからない謎の宇宙船を奥多摩で調べることは出来ないこと。

だからといって、都心の研究所や防衛省などまで輸送するのは、遠すぎる。

奥多摩から最も近いのが、福生にある横田基地です。

そこなら駐留アメリカ軍もいて、協力してくれるだろうという話でした。

「確かに、ありえる話だよな。ちょっと、ネットで調べてみる」

 弟もそういって、二階に上がりました。

「アレが、本物だって、調べたらわかっちゃうの?」

「それは無理です」

 彼は、真面目な顔できっぱり言いました。

「失礼ながら、地球人の科学力では、あの宇宙船を調べることは出来ません」

「ホントに?」

「あの中に入ることすら出来ないでしょう」

「でも、ドアを開けてとか……」

「あの宇宙船には、ドアはありません」

「ないって…… それじゃ、どうやって中に入るの?」

「それは…… 口で説明するのは、難しいですね」

 彼は、そういって、笑みを浮かべました。

しばらくすると、弟が一階に駆け下りてきました。

「父さんの予想が当たったよ。明日の朝から掘り起こして、横田基地まで

輸送するんだって」

 そういうと、父は、腕組みをして目を閉じて、少し考えてから、

こういいました。

「光一くん。あの宇宙船に乗れば、星に帰れるのかね?」

「ハイ、帰れます」

「そうか…… だったら、裕司の言うように、アレを奪還するしかないな」

 そして、父は、こうも言いました。

「アレが、横地基地に入ってしまったら、盗み出すのは難しい。警備が

厳重だからな。だから、その前に、盗み出すんだ」

 私は、呆気に取られて、父が何を言ってるのか、理解するのに時間が

かかりました。

「よぅし、やろうぜ、兄貴。名づけて、宇宙船奪還大作戦。輸送ルートも

調べてみる」

 弟は、そういうと、また二階に駆け上がります。

「出来るな。光一くん」

「ハイ。しかし……」

「なにを迷う必要があるの。自分の星に帰れるのよ」

「そのとおり。アレは、光一くんのものだろ。地球人の物じゃない」

「そうですが……」

「光一くんは、堂々と取り戻していいんだ」

 彼も迷った顔をしながらも言いました。

「わかりました」

 そこに、弟がパソコンを抱えてやってきました。

「わかった、わかった。輸送ルートがわかったよ」

 パソコンの画面を見ると、横田基地までは、県道を封鎖して通る

しかなかった。

大きいので、騒ぎになるのと、封鎖しなくてはならないので高速道路は

使えません。曲がり道もあるので、狭い道も通れません。

なるべく直線道路が続く道といえば、限られてきます。

「やるなら、横地基地に着く直前だな。途中は、警備も厳しいだろう。

もうすぐ着くと言う時が、一番油断する」

「その時を狙うってことか」

「手前の信号だな。お前もボーっとしてないで、地図を覚えろ」

 いきなり、私に話を振られて、目を白黒します。

「私がなにをするの?」

「決まってるだろ。光一くんといっしょにアレに乗っていくんだ」

「えっ! えーっ!」

「なに言ってんだよ。兄貴一人で行かせる気かよ」

「イヤ、でも、あの……」

 私は、軽く混乱していました。ウチの家族は、どっかおかしいのでは

ないかと、本気で思うほどでした。

宇宙船を奪還して、宇宙に行くなんて、どうかしています。

できるわけがありません。

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