08話.[また眠たくなる]

「行ってあげないんですか?」


 ずっと難しい顔のまま黙っているから聞いてみた。

 いまでも変わらずに先輩のことが好きな玲美のために行ってあげてほしい。

 別に受け入れろとかそういうことを言うつもりはないから、ただただ相手をしてあげてほしいというだけだからね。


「自分のちょっとした発言のせいであっさりと続いていたものが途切れてしまったことを思い出して……な」

「なんで中学生のときのことだと言わなかったんですか?」

「いまはこうして一緒にいるからだ、わざわざ言わなくてもいまは違うのだと分かってくれると思ったのだが……」


 ただの先輩であればそうなったかもしれない。

 でも、玲美はそういう意味で先輩を好きなんだから無理な話となる。

 私だって離れたがっていたことが分かったら気持ち良く相手のところになんて行けない。

 メンタルは別に強いわけではないから絶対にそうなってしまう。


「分かりませんよ、相手がどう考えてそう発言したのかなんてね。私達は先輩というわけではないですし、結局、想像するしかないんです」

「そう……か」

「それにあなたは玲美にとって精神的支柱みたいな存在ですからね」


 玲美の方から話しかけてきたとかそういうことではないのだ。

 多分、私が話しかけていなければいまでもほとんどの時間をひとりで過ごしていたと思う。

 何故それでも普通でいられるかは先輩がいてくれたからでしかない。

 あ、いや、最近のそれで強いということが分かったから……。


「いまは成里に変わってしまったように感じるがな」

「ないですよ、勝てるとも思っていません」

「だが、私だけしかいなかったあのときとは違うのだぞ?」

「ありえませんね」

「なにを根拠に……」


 どういうつもりでいるのかが分からないままだ。

 ただ、玲美が離れようとしたら「一緒にいたい」とぶつけるぐらいだからそんなに悪くはない可能性もある。

 それどころか、頼ってもらえることが嬉しいとさえ考えている可能性もゼロではないだろう。


「先輩、玲美のことどう思っているんですか?」


 一年生の頃にも同じように聞いたことがあった。

 そのときは「放っておけない人間だ」と答えてくれたけど今回はどうなるのか。


「私は元々ひとりでいる人間だったのだ。でも、部活動に入らなければならなくなって仕方がなく所属していた部で玲美と出会った。成里にも言っていたように、出会った頃の玲美はとにかく心配になるような存在でな」

「どうしてひとりでいる人がそういう風に感じるんですか?」

「あ、私は別に他者を遠ざけてきたわけではないのだ、それどころか他者と積極的にいたいと考えているぐらいだった。だが、そう考えたところで周りが来てくれなければ意味がない。自分から話しかけても長続きすることが全くなかったのだ」

「いまのままなら普通に友達ぐらいできると思いますけどね」


 喋り方が多少違うからってそれが理由で避けたりはしないだろう。

 となると、拒絶オーラかなんか出ていたとしか思えない。

 気をつけていても他者から見たらあくまで気をつけているつもり、にしかなっていないことがよくあるからね。


「だからだろうか、私のところによく来てくれる玲美の存在がありがたかったのだ」

「それを言ってあげてくださいよ、なんで離れようとしたとか言うんですか」

「……だって私のそれは依存しているみたいなものだろう? 玲美にとってはいい先輩に見えたかもしれないが、実際のところは違ったのだから……」


 頼ってくれるから、甘えてくれるから嬉しいと感じるのはおかしくないでしょ。

 そんなこといったら玲美は優しくしてくれるから先輩とだけいたことになってしまうでしょうが。


「でも、結局離れなかったわけですよね? それはどうしてですか?」

「……悲しそうな顔を見たくなかったのだ」

「玲美が離れようとしたときに『一緒にいたい』とぶつけたのはどうしてですか?」

「それは……」

「少なくともそれだけじゃないってことですよね? いてあげなければならないとかそういう義務感だけではないんですよね?」


 あっちでは玲美が遊んでいるのに先輩のせいで行けないでいる。

 いや、このままだと焦れったいからと聞いているわけだし、悪いのは先輩ではなく私かと片付けた。


「おーい、なんか私だけ遊んでて浮いちゃっているんだけど……」

「ごめん、この人が難しそうな顔をしていたからさ」


 途端に不安そうな顔になって「……やっぱり嫌でしたか?」と聞く彼女。

 先輩の方は「そういうわけではないのだ、ただ……」と中途半端な返し方をした。

 はっきり言い切ってくれた方が精神的にはいい気がする。

 ただの先はなにを言おうとしたのか、気になって寝られなくなることもあるかもしれない。


「私が言うのは違うと思いますけど、こうして三人でまた集まれてよかったです。やっぱり瑠衣先輩や純といられているときが一番楽しいですからね」


 ……ちゃんとこっちの名前も言ってくれることが嬉しかった。

 だからこそ、こういう優しい子だからこそ一緒にいたいのだ。

 だからその大きな理由を作ってくれた先輩が足を止めているところを見ているとむかつくというか、もっと積極的に行ってあげてくださいよっ、そう言わなければならなくなったというか。


「あと、私は瑠衣先輩が大好きですから」

「「え」」


 ま、まさか言うとは。

 さすがの先輩も大好きと言われたからなのか驚いたような顔をしていた。

 と、というか、これって空気を読んで帰った方がいいのかな……?


「捨てようと思ったんですけど無理でした」

「い、いつからだ?」

「中学一年生の十月からです」

「「十月っ!?」」


 あくまで出会ってから一年後とかではなくその年の内にっ!?

 ……彼女がちょろいのではなくそれだけ魅力的だったということか。

 それなのになんか不安になられているとむかつくな。


「あれ、純には好きだって言ったよね?」

「そ、それはね、だけど……私はあくまで二年生のときに好きになったと思っていたから」

「あー、それぐらい瑠衣先輩は魅力的だったんだよ」


 うわなにこれ、なにこの顔、やばいんだけど……。

 カメラがあるなら撮って保存しておきたいぐらいだった。

 いつも可愛いけど、こういう話をしているときの彼女は何百倍にも魅力的になる。


「今日はもう帰るよ!」


 それでも邪魔はできないから帰ることにした。

 もし付き合えたのであればこの先簡単に見られるようになるから問題はなかった。




「帰ってしまったな」

「はい」


 一緒にいるときに言ってしまって少し申し訳なかった。

 だけどふたりがずっと来てくれなかったから仕方がなかったのだ。

 あとは私がそれですっきりしたかったというのもある。

 つまり、自分勝手なことには変わらないから振ってくれればそれでよかった。


「玲美、とりあえず私の家に移動しないか?」

「分かりました、純も帰ってしまいましたからね」


 隣を歩いている先輩はあくまでいつも通りという感じだった。

 普通に話しかけてきてくれたし、笑みも浮かべてくれていたし。

 ただ、これも優しさからの可能性があるからすぐに答えを知りたかった。


「上がってくれ」

「お邪魔します」


 先輩の家には何度も入ったことがあるからそこまで緊張したりはしない。

 いつもはリビングか客間というところになるけど、何故か部屋に入れてくれた。

 最後だからこそなのか、それとも、一応それに値する人間だからなのか。


「座ってくれ」

「はい」


 床に座る分なら私の部屋だろうと先輩の部屋だろうとそう変わらない。

 床に座ると先輩も近いところに座ってこちらの方を見てきた。

 難しそうな顔をしているとかそういうことではなく、無表情という感じのそれ。


「本当に好きなのか?」

「いえ、大好きです」

「……こ、細かいことはどうでもいいだろう」

「よくないです、それぐらいだって分かってほしいですから。でも、受け入れられないということなら首を振ってください。そうしたら私は去ります。元々迷惑をかけるだろうからと四月に捨てようと決めたのに、結局こうして迷惑をかけてしまっているわけですからね」


 外で見かけても二度と話しかけないとかそういうことは言わなかった。

 振るだけでも精神力を使うだろうしね。

 だから首を振ってくれるだけでいいと言わせてもらったのだ。


「ふぅ、後悔しないと言うなら私は受け入れるぞ」

「無理をしないでください、現実というやつを自分にとってはっきりさせたくて自分勝手に告白をさせてもらっただけですから。醜く八つ当たりなんてしませんから安心してください」

「無理なんかしていない、が、後悔しないのならだがな」

「それこそ瑠衣先輩こそ後悔しそうならいますぐに振ってください」

「……何度言わせるのだ、無理をしているわけではない」


 でも、これも我慢してくれているだけの可能性がある。

 純みたいになんでもはっきり言ってくれればいいのに……。

 どうするべきかと考えていたら急に手を掴まれて意識が強制的にそちらにいった。

 ……なんで選ぶはずの先輩の方がそんな顔をしているのかという話だろう。


「そんな顔をしないでくださいよ」

「玲美のせいだ」

「ごめんなさい、だからそんな悲しそうな顔をするのはやめてください」


 振ってくださいと言ったからか。

 あれでは次へと動くために形だけの告白をしたように捉えられるかもしれない。


「今日はこのまま泊まってくれ」

「それなら着替えを持ってきます」

「私も行く」

「え、待っていてくれれば――あ、分かりました」


 着替えを取りに部屋に行った際に純にこのことを連絡しておいた。

 何故か上手くいってしまったことや今日泊まることについても。

 後者は言われても困るかもしれないけど、なんかそうやってワンクッション挟まないとふわふわ落ち着かなかったから仕方がない。


「よかったじゃん!」

「いるときに告白しちゃってごめんね」

「いや、私は最高の玲美を見られて嬉しかったからね」

「そっか」


 あまりゆっくりしているとまたあんな顔をされてしまうから終わらせてもらった。

 一階でゆっくりとしていた父に話をしてから外に出る。

 家の中で待っていてくれればいいと言ったのに先輩は聞いてくれなかったんだ。

 これは寝て起きたら~みたいな展開になりそうだからまだまだ油断はできない。


「わっ、先程からどうしたんですか?」

「……もう付き合っているのだからいいだろう?」

「普通は逆じゃないですか? 受け入れてもらえたことが嬉しくて私が抱きしめる方だと思いますけど……」

「私からしたっていいだろう」

「それはそうですけど」


 この感じだと同情で付き合ってくれたというわけではないのかな。

 私と一緒で落ち着かないということならいくらでもこういうことをして落ち着かせてくれればよかった。


「とりあえず瑠衣先輩の家に行きましょう」

「そうだな」


 先輩のご家族が帰宅してしまう前にお風呂に入らせてもらうことにした。

 入浴さえ済ませてしまえばなんにも怖いことなんてない。

 さすがにトイレを使わせてもらうぐらいで緊張することもなかった。


「ありがとうございました、気持ちよかったです」

「そうか」

「座らせてもらいます――ど、どうしたんですか?」

「ベッドでいい、せっかく風呂に入ったのに汚れてしまうかもしれないからな」

「え、十分綺麗――し、失礼します」


 今日の先輩は不安定な気がする。

 あと、やっぱりこれではこちらが受け入れた側のようなことになってしまう。


「転んでくれ」

「は、はい」


 転んでから多分純はこのベッドの方が気に入りそうだなという感想を抱いた。

 柔らかいけど柔らかいすぎないそんな感じ、支えてくれる感じがすごい。

 まあ、これは先輩贔屓みたいなところがあるから実際にどう言うかは分からないけどね。

 そもそも好みは人によって違うから……。


「正直、私は玲美に依存していたのだ。頼ってくれることが、甘えてくれることが嬉しかった。でも、だからこそ堂々といられるようになったあの頃に離れておくべきだった。だが、悲しそうな顔が浮かんできてずっとできなかったのだ」

「もしかしてそれを純に話していたんですか?」

「ああ。ただ、こうして玲美が求めてきたことを考えると、……あのとき離れなくて正解だったと正当化しようとする自分も出てきてしまってな」


 正直、依存していたのはこちらの方だ。

 先輩は冷たくはできなくて対応することになってしまった被害者だと思う。

 だけどとりあえずいまは余計なことを言うのはやめた。


「それでも玲美に無理やり付き合ってもらっているというわけではないからな。実際のところは離れることをしないで一緒に過ごしてきたわけだし、悪い方にばかり考えないでいい方に考えようと玲美が風呂に行っている間に考え直したのだ」

「そうですか」

「ああ。だが、もしなにか不満を感じたりしたら遠慮なく言ってくれ」


 こっちの頬に触れてきたからその手を握っておいた。

 温かくてはっきりと生きているということが伝わってくる。


「瑠衣先輩もですよ?」

「約束する」


 こうなってくると安心感から眠たくなってくる。

 ふたりが話している間はひとりではしゃいでいたのもあってなおさらにね。

 でも、なんとなくこれが初日だから寝てしまったらもったいないという考えもあって……。


「眠たいのか? それなら一時間ぐらい寝ればいい」

「でも……」

「焦らなくても大丈夫だ、私は逃げたりなんかしない」

「じゃあ一時間だけ……」


 それで体感的には結構早く寝られたんだけど、


「うわあ!?」


 と、すぐに飛び起きることになった。

 さすがに側で大声を出されて驚いたのか先輩も「な、なんだっ?」と慌てていた。

 いやだってねえ、さすがにあんな夢を見るとは思わなかったからさ……。


「ごめんなさい、ちょっとアレな夢を見たんです」

「悪夢とかだったのか?」

「違います、真反対の夢ですね」

「ふむ、つまり私といられたということか」

「はい、キスをしていました」


 まじまじと先輩の口を見ていたら「や、やめろ」と言われてやめる。

 それこそ急がなくてもいいことだし、受験生なんだから邪魔はしたくなかった。

 なにか困ったことがあったり、疲れたら呼んでほしいと思う。

 そうしたら肩揉みぐらいだったら私にもできるから。


「しょ、初日にいきなりは早すぎるだろう」

「大丈夫です、あくまで夢の中のことですから」


 こうして慌てたりするところが可愛いんだよなあ。

 私にはない能力を持っているし、私にはない魅力があるからずるい。

 

「そ……うか、それならいいのだ」

「それにこうしてまたいられるだけでもいいことですから」

「ふっ、いつでも来ればいい」


 今度は抱きついて寝ることにした。

 これなら悪夢やそっち系の夢を見ることもない。

 心臓の音が落ち着く、一定のリズムだからまた眠たくなる。

 仲は良くてもここまでの距離感ではなかったからその差にも影響を受けていた。

 うとうとしていたところに必殺の頭撫で攻撃も加わり、あっという間に夢の世界に旅立つことになったのだった。

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