07話.[みたいなものだ]

 八月後半というところまできていた。

 その間にしたことはお祭りに行ったり、お手伝いをしたりと、あくまで普通な感じの毎日だ。

 それでも、お祭りには両親と行けて楽しめたから満足している。

 このままなにもないまま終わってくれても構わない。

 いや、なにもないことが確定しているようなものだからこの言い方は違うかと片付ける。


「玲美、純ちゃんが来たぞ」

「え、あ、ちょっといまはお腹が痛いから今度――って……」


 全部を言い終える前に扉が開けられて終わってしまった。

 しかもその開けた主が純だったというね。

 終わらせたはずなのにいまさらどうしたのだろうか?

 いまから仲直りしようとかそういうことはないだろうから……、あ、もう付き合い始めたとか言いにきたのかもしれない。


「いま嘘ついたでしょ」

「……と、とりあえず座りなよ、飲み物を持ってくるから」

「いい、すぐに終わることだから」


 それならとあの日みたいに恐れずに待っていることにした。

 結局のところは本人が話してくれないと想像妄想の域を超えないからだ。


「……仲直り、しようよ」

「だって安心できないんでしょ? 私は純といるときに安心できるけど、純はできないんだからやめた方がいいよ」


 前にも言ったように、ひとりになったらなったでそれに合う過ごし方を探すだけ、自分がきっかけを作った以上、被害者面をするつもりもない。

 それに面倒くさい人間から離れようとすることはなにも悪いことではないから。


「それにほら、瑠衣先輩が苦手ではなくなったんだから仲良くしてもらえばいいよ。受験生だけど、あれだけ来てくれているのであれば仲良くできるでしょ?」

「先輩と仲良くしたいのは玲美でしょ」

「うーん、離れたがっていたということが分かったのに近づけないよ。正直、直接終わらせてくれたようなものだからね」


 特にそれで傷つているとかそういうことは本当にないのだ。

 だから気にせずに仲良くしてくれればいいし、他の子と仲良くしたいということなら別に先輩にこだわる必要もない。

 それこそ純の自由だ、悪いことをしているわけではないのだから誰かになにかを言われる謂れはないのだ。


「……先輩といられるより玲美といられた方がいいんだけど」

「私はすぐに極端な選択をするからね」

「そ、それでもいいからやっぱり……一緒にいたいんだよ」


 でも、また同じようになることが容易に想像できるわけで。

 あと、あのとき私は帰ろうとしただけで友達をやめるつもりはなかったのだ。

 つまりきっかけは作ったのは自分だけど、決めてくれたのが彼女、というわけで。


「やめた方が――」


 こうして物理的にできるのならあのとき止めればよかったのにとしか言えない。


「仲直りできたから先輩の家に行くよ」

「な、仲直りできましたか……?」

「先輩が言っていたように玲美が面倒くさいことをしたのが悪いからね」


 そのまま近づくのをやめるということを選ばないのが彼女らしかった。

 こうなったらもう言うことを聞いてくれないから付いていくことにする。

 どうなるのかは分からない、けど、そこまで悪くなる感じもしないような……。


「はい――仲直りできたのか?」

「はい、少し時間はかかりましたけどね」

「それならいい、上がってくれ」


 最後に見たのがあの怖い顔だったから少し不安だった。

 だけど彼女がいるからなのか、にこにこと柔らかい感じの先輩がそこにいた。

 お店とかではなく自宅だからというのもあるのかもしれない。

 

「久しぶりだな」

「そうですね」

「八月の頭からこれまで、どういう風に過ごしていたのだ?」

「課題をしたりお手伝いを主にしていましたね、お祭りには両親と行きました」

「そうか」


 そういえばこれで途切れたことになるのか。

 はは、まあなんか私らしいと言えば私らしい気がする。

 別に自分の力で長期化できたわけではなかったわけだからこれでよかったのかもしれない。

 今日はこうして家に行くことになってしまったけど、これからは本当に行くことはやめるつもりだから許してほしかった。

 自分が迷惑かもしれないと考えているのと、相手から直接そういう風に否定的なことをされるのとではやはり違うから。

 さすがの私でも強メンタルというわけではないから上手く流せないのだ。


「え、行ったの?」

「うん、あのお祭りは好きだから」


 他県に比べれば全く大規模ではないけど、十分楽しめる行事だからね。

 仮にひとりであったとしても、会場の賑やかなところを見られる、聞けるだけでも満足できたと思う。


「……私は部屋でじっとしていたけどね」

「行かないという選択肢はなかったな、純よりひとりでいるのは慣れているからさ」


 ひとりで来ている人間を笑ったりする人間はいないのだ。

 だってみんなは来た相手とお祭りを楽しむことに夢中なっているのだから。


「多分、そういう点では純や瑠衣先輩より強いよ。家族さえいてくれて、帰る場所さえあればひとりでやっていけるからね」


 苛められていたら……どうなるのかは分からないけど。

 ただ、現実にそういうことは一切ないから考えるだけ無駄なのかもしれない。

 煽っているわけではないし、純がそういう人間に変わってしまうということもないだろう。

 結局、なにも変わらない生活というのが一番幸せなのだ。


「だからすぐに極端な選択をするのか?」

「これでも一応相手のことを考えて行動しているつもりなんですけどね」


 そこを否定されてしまったらもうどうしようもない。

 また、極端とはいっても来てくれたら相手をするようにするとかそういうレベル、完全に無視を決め込むとかそういうことではないわけで。


「私は私らしく過ごしているだけです、それを否定されてもどうにもならないです」


 私の話だけど、変える気がない相手に言ったところで延々平行線だ。

 だったらその時間を他に使った方がいいとなるのが普通だ。

 不満を抱いているのに近くに居続けて文句を言い続けるのはよくないことだ。

 先輩はともかく純はそれをしようとしているわけだからやめたらいいのにとしか言えない。

 というか、それこそ私みたいに相手を切れる人間の近くには安心していられないものではないだろうか?


「自然とこういう話になるということは駄目なんですよ、私達は一緒にいない方がいいんでしょうね」


 今日きっかけを作ったのは先輩だから私のせいばかりというわけでもない。

 とりあえず、早く学校が始まってくれればそれでいいなと考えたのだった。




「違うでしょうよ」


 私達は、と言ってしまったことを後悔していた。

 純と先輩だけなら普通にいられるのになにを言っているのか。

 元々のきっかけを作ったのは自分なのにそれこそ被害者面をしていた気がする。

 でも、あのまま続けたところで私が否定されるだけで終わっただろうしとまで考えて、自己中心的とか自分勝手という言葉が浮かんできた。

 相手のことを考えて動けている、つもり、だけだったのかもしれない。

 自分の評価を下すのは自分じゃない、自分の周りにいる人間達だ。

 特にあのふたりにとっては……。

 まあいい、今日からもう学校だから意識を切り替えていこう。

 同じクラスとはいっても席は離れているから問題ない。

 二度終わらせたのであれば先輩だってもう来たりはしないだろうからね。

 後悔しているわけではないし、これからも私らしくを貫いていけばいい。

 

「ふぅ」


 今日はまだお昼までしかないから楽だ。

 たまにはアイスでも食べながら帰ろうと思う。

 それにしても夏もあっという間だったな。

 まだ気温は高いけど、きっとすぐに秋に変わっていってしまうからね。


「れ、玲美っ」

「もう、純は物好きだな……」


 振り返ってみたら中学一年生の頃の私がそこにいるように見えた。

 色々な不安を抑えるためにぎゅっとどこかを握っていたりしてね。

 騒いでいると他の生徒に見られてしまうから連れて行くことにした。


「はい、半分こね」

「ありがと……」


 父が作ってくれたお昼ご飯を食べるからこれはありがたいことだった。

 アイス欲も食欲も満たせるといういい流れになった。

 ただ、こうして純が来てしまったことは……どうなのかは分からない。

 最悪とか言うつもりはないけど、どうせ同じような流れになるだけだろうから。


「……私は諦めてないからね? 玲美といられないのは嫌だからさ」

「瑠衣先輩じゃ駄目なの?」

「駄目、こう言ってはなんだけど玲美の代わりにはならないよ」


 彼女のためになにかをしてあげられたとかそういうことではないのだ。

 いるだけで力を与えられるとか、そういう風に自惚れるつもりもやはりない。


「……私がほとんど終わらせてきたものだからはいそうですか、とはできないよ。でも、純の行動も縛ることはできないよね?」

「あはは、遠回しな言い方をするなー」


 もう彼女は変態ということにしておこう。

 そうでもなければここまで来たりはしない。

 で、変態をコントロールできる力なんて持っていないから仕方がないで片付けておけばいい。


「美味しかった」

「そだね、たまにはいいね」

「って、純は暑がりだから毎日一本は食べていそうだけど?」

「み、三日に一本だから」


 それでも太らないんだから羨ましい。

 私の方は食べた分全部を蓄えようとするから困る。

 別に寒いわけではないからいますぐそんなに厚い脂肪を求めているというわけではないのに。

 こういうところでも結構不平等だよね……。


「今日は玲美の家に行くね」

「あっ、実はお父さんを狙っているとかっ!?」

「なわけ、ないでしょうが!」


 ま、まだまだ分からないからね、ちゃんと見ておこうと決めた。

 母だけではなく父もどんどん連れてくればいいと言っているのは少し怪しい。

 そこにあのちゃん付けが加わって――いやまあ、気軽に呼び捨てにはできないか。


「痛いなあもう……」

「これも玲美が悪い、いや、最近は全部玲美が悪い」

「はいはい、私が悪いのは分かったからもう行こうよ」


 暑いの苦手少女だから早く涼しいところに連れて行ってあげないと。

 やっぱり自分勝手なだけじゃないよね、ちゃんと考えられているよね。

 少しだけでもこうして行動できているのであれば十分だと思う。

 だから文句を言うのはやめてもらいたかった。




「玲美――」

「……瑠衣先輩もなんですか?」


 先輩に名前を呼ばれると違うと分かった。

 あとこうして来ていることを考えると、離れたがっていたのは昔だけの話なのではないかと願望に近い思考をしてしまいそうになる。

 いやでもだってと、考えたところで意味のないことをいつまでもね……。


「別に玲美といることが物好きな思考というわけではないだろう?」

「でも、極端な選択をしますよ?」


 そこで黙るのはやめていただきたい。

 別に教室でも気にならないけど廊下に出ることにした。

 ゆっくり会話をするのならそっちの方がいい。

 いま必要なのは賑やかさではなく、静かさだと思うから。


「それに成里だけには許可しているのはおかしいだろう」

「あ、単純にプライド的な話ですか?」

「……成里がよくて私が駄目なのはおかしいだろう」

「離れたがっていたんじゃないんですか?」


 いま聞いておかないと駄目になる。

 そこをはっきりしてくれればどう対応すればいいかが分かる。

 曖昧な状態というのが一番微妙だから頑張る必要があった。

 改めて拒絶みたいなことをされたのであればやめた方がいいと言わせてもらう。

 だけどそうじゃないなら、もしそうなったら私は簡単に変えてしまうことだろう。

 純に対してだって強気に行動できないのに先輩に対してできるわけがない。


「言っておくが、それはあくまで私が中学生のときに考えたことだ――って、もしかしてそれでああしたのか?」

「……逆に聞きますけど、離れたがっていたことが分かったら瑠衣先輩はその人のところに変わらずに行けますか?」

「そういうことだったのか……」


 そうだよ、本当に最初のきっかけを作ってくれたのは先輩だよ。

 なんかいまさらになってむかっとしてきたからがばっと抱きついておいた。

 これぐらいはされても仕方がない、それぐらい酷いことを先輩はしたのだ。


「な、なんだ急に……」

「瑠衣先輩のせいですから」

「それは……すまなかった」


 よし、これで満足できたから終わりにしよう。

 これ以上は意味がない、過去は残念ながら変えられないからね。


「放課後になったら一緒にアイスを食べませんか? 純ともそうやって和解しましたから」

「分かった」

「あとは……」

「まあ、ゆっくりでいいだろう?」

「そうですね」


 結局こうしてすぐに元通りするならああいうことをするなよと言われてしまいそうだった。

 でも、仕方がない、私だからこうなるのだ。

 しっかりしているのであれば面倒くさい絡み方なんてしないよ。

 というか、そういうのを分かっている状態でふたりは来ていたんだからね。

 どっちも物好き、変態ということで片付けられてしまうことだった。


「それにしても、私がああ言っただけであそこまで変わってしまうとはな」

「影響力が違いますからね」

「どういう風に違うのだ?」

「それは……」


 いや、こうなったからってさすがにあれは言えない、言うべきじゃない。

 あの気持ちはぶつけないままでいいのだ。

 こうしていられれば十分だから、それ以上を求めるのは違うから。


「私と違って中学生のときから近くにいましたし、玲美にとっては先輩が全てだったからです。はぁ、先輩のせいで玲美と過ごせなくて散々ですよ」

「さ、参加させないと言ったのは成里だろう?」

「だって、海に入って玲美と遊びたかったから……」


 スク水でもビキニでも変わらないんだから気にしないでほしかった。

 あれさえなければ普通に仲良くしていたのだ。

 ふたりが仲良くしているところを見て楽しんでいたところだった。

 なんだ、やっぱり私だけが悪いわけではないじゃないか。


「自らその可能性を潰すのは馬鹿としか言えないぞ」

「なっ! そもそもあなたが変に張り合おうとしたのが悪いんですよね!?」

「成里が選ぶ物より私が選んだ物の方が玲美は安心して着られるだろうからな」


 確かにお腹とかは隠したかったから先輩が選んでくれた方が安心できたと思う。

 さすがにそれはね、友達だからってなんでもよしと判断すればいいわけではない。

 そういうのを気にすると分かっているのに、私からしたら派手なやつを選ぼうとした純が悪いということで終わってしまう話だった。


「意味が分かりません、長くいたからといってそういうのは変わりませんよ。大体、先輩はおばあちゃん視点でしか選べないじゃないですか」

「な、なんだと――」

「ま、まあまあ、落ち着いてください」


 仲良くなるどころか悪くなりそうだったから止めた。

 そういえばあのときだって「む」と言ってからあの流れだったから今回は分かりやすく不満を感じていたということになる。


「ふたりさえよければ放課後に行きませんか?」

「「海に?」」

「そうやって海に行けば今度こそ気持ち良く三人でいられると思うので……」


 リベンジみたいなものだ。

 自分から言っているからちょっと卑怯かもしれないけど許してほしい。

 まだまだ夏みたいな気温でいてくれているからちょっとでも行くことができれば楽しめるだろう。

 水着だって着て遊んだところで浮いたりはしない。


「私はいいぞ」

「私も……」

「ありがとうございます、純もありがとね」

「い、いや……」


 少しずつ変えていこう。

 一ヶ月ぐらい時間を無駄にしてしまったようなものだけど、自分が言ったように過去のことばかりを考えていても仕方がないから。


「水着を買っておいたから玲美はそれを着てね」

「え」

「だ、大丈夫、玲美に滅茶苦茶似合っているやつだからっ」


 ……また同じようにならないよう願っておこう。

 ただ、今回は先輩が止めてくれるから大丈夫なはずだと考えておいた。

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