06話.[いまはとにかく]
もう八月になるというところまできていた。
終業式がそこまで早いというわけではないから少し大袈裟な言い方かもしれない。
ただ、私がこういう風にしたのには理由があって、
「もう一週間ぐらいいるけど大丈夫なの?」
これだ、純がずっと泊まっているからだ。
プールや海に行くという話も全く出てこないからまだ行けていない。
先輩からもなにも連絡がきていないから純との時間だけが増えていく。
前にも言ったようにそれはいいんだ、彼女と仲良くしたいのは確かだから。
それでもこれはなんか異常な感じがする。
ご家族と不仲だとかそういうことでなければいいんだけど、残念ながら彼女のご両親とは仲良くできていないから分からないままなのだ。
「玲美のせいなんだからね?」
「私のせい? 瑠衣先輩ばかりを優先していたとかそういうのではないのに?」
「うん、玲美のせいなんだよ」
とにかく、大丈夫ならそれでいい。
それに前も言ったように、彼女との時間も大切だからだ。
だけど先輩から全く連絡がきていないことだけは心配だと言える。
去年は私の家に来てくれたりしたからなおさらそういう風に感じてしまうのだ。
もしかしたら夏休みに入って離れたことで気づいてしまったのかもしれない。
私といる必要がないとかそういう風にね。
離れるにしても、せめて私が告白をしてからにしてほしい。
完璧に振られて無理になった状態でそうしてほしかった。
「あ、先輩と過ごしたかったら呼んでくれればいいから」
「それならいまから呼んでもいい?」
「うん、大丈夫」
それならとメッセージを送らせてもらうことにした。
顔を見ることができればそれだけで安心できるからいい。
ちょっと自分勝手な理由だけど、い、いたいと言ってくれていたわけなんだから完全に悪いわけでは……と、先輩が反応するまで内で言い訳をしていた。
「そういえば内緒にしていたんだけどさ、先輩は体調が悪かったみたいだね」
「な、なんで内緒にしたの?」
彼女にしか連絡をしていなくて傷つく、なんてことはないよ。
そこまで自己中心的な人間ではない。
彼女だからこそ連絡したということならそうなんだなという感想しか出てこない。
変にそういう気持ちがあると伝えてしまったせいで足を引っ張ってしまっている気がした。
「その様子だと知らなかったってことでしょ? もし連絡がきていたのであれば玲美がその話を出さないわけがないからね」
「そこまで弱い人間じゃないよ」
「でも、いい気はしないでしょ? それに先輩は玲美に心配をかけたくなくてしただけだと思うから勘違いしないでよ?」
「純こそしないでよ……」
ま、まあいい、いまから来てくれるみたいだったから途中のところまで行くことにする。
隠していたことが気になったのか、それともゆっくりしたかっただけなのか、珍しく付いてくるということはしないみたいだった。
「わざわざ出てくる必要はなかっただろう?」
「こちらから頼んでいるのに待っているばかりでは申し訳ないですから」
あ、そういうことかといまさら気づいた。
知らなかっただけで先輩が風邪を引いている状態だったので、純が頑張ってくれない限りは私がひとりになってしまうからだ。
だから友達としては放っておけなくて過ごすことになったと、だから私のせいになるんだということがやっと分かった。
言ってしまえば純がそう考えて自分で行動しただけだけど、そういう風に考えてしまわれるような理由を作ってしまったのは自分だから言い訳はできない。
当たり前のように一緒にいてくれるからありがたいことだなあ。
「玲美、玲美さえよければ少し公園に寄っていかないか?」
「いいですよ、あ、だけどあんまり遅くなると純をひとりにしてしまいますから三十分ぐらいでよろしくお願いします」
「ん? 成里が家にいるのか?」
「はい、初日からずっといるんです」
迷惑そうにするどころか、両親は先輩も連れてきてくれと言ってきているぐらいだった。
可愛い娘的存在が家にいてくれて嬉しいのかもしれない。
私は……本当の娘だからわざわざ言うまでもない的な感じだったらいいなと考えている。
「成里は本当に玲美のことが好きなのだな」
「人として好きになってもらえるのであれば嬉しいことですね」
一緒にいてくれているからそこで不安になる必要はないだろう。
多少の義務感とかそういうのはあっても、なにもそれだけではないはずだから。
だってそれだけでずっと近づき続けるなんて不可能だ。
それだけの感情しかないのであれば面倒くさくなってとっくにやめているはずで。
「そういうのはないのか?」
「恋愛感情ということですか? どうでしょうかね」
「まあ、分からないことだよな」
「自惚れるわけにもいきませんからね」
そういうものだと考えてしまうのは自信過剰や自意識過剰などといった言葉で片付けられてしまうことだった。
「玲美はどうなのだ? 成里のことをどう思っているのだ?」
「人として好きです」
「そうか」
優しくしてくれるから好きです、なんて言ったらじゃあ優しくなかったら好きじゃないんだ? とか誰かに言われそうだったからこう答えることになった。
あと、そういう感情を抱いているのは先輩に対してだから曖昧にするべきじゃないのだ。
はっきり言っておかないと先輩も優しいから遠慮して来なくなるとかそういう可能性もあるからだった。
あのときはそれを願っていたくせになにを言っているのか、という話だけどね。
「瑠衣先輩はどうですか?」
「私は元々ひとりでいる人間だったからな」
「え、じゃあよく私といてくれましたね」
「前にも言ったように、出会った頃の玲美は弱々しかったからだ。あと、一年とか二年が経過してからは急に離れたら悲しむということでできなかったことになるな」
「あ、じゃあ……離れたかったってことですよね」
先輩はあくまで普通にこちらを見つつ「私がいなくても十分強くそこに存在できていたからな」と答えてくれた。
否定しなかったということはそういうことだ。
でも、何度も言っているように傷ついたりはしない。
縛ることなんてできないし、縛るつもりもなかった。
支えてもらうだけ支えてもらって、そのうえでさらに求めようとする自分が悪いだけだ。
「そろそろ戻りましょうか、純も瑠衣先輩と話したいでしょうから」
「分かった」
それならそれでこちらもそういうつもりで動くだけだ。
仲良くしたがっているのは事実だし、押し付けというわけではない。
苦手じゃなくなっていると純も言っていたわけだからね、もうこれからはよくなっていくだけなんだから。
「お邪魔します」
先輩には先に行ってもらう。
飲み物を持っていくためにリビングに入ったら父がまたすやすやと座って寝ているところを発見した。
寝るにしても部屋のベッドで寝ればいいのにどうしてそれをしないんだろう?
「お父さん、風邪を引いちゃうよ」
「……夏だから大丈夫だ」
「そういうのが駄目だから、夏だからって油断していると調子悪くなっちゃうよ」
寝るにしても部屋でしてねと言ってからリビングをあとにする。
結局寝てしまっていることには変わらないんだから部屋で寝ればいいのに。
部屋に入ろうとして足が止まった。
ふたりの楽しそうな会話が聞こえてきて、邪魔をしたくないと思った。
ただ、ここは私の家だからそういうわけにもいかない。
学校時と違ってここで戻らないと不自然すぎるから。
そのため、一応ノックをしてから入ることにした。
「なんでノックなんかしてんの?」と聞いてきた純に驚かせてしまうかもしれないでしょ? と返してね。
「どうぞ」
「ありがとう」
飲み物を渡してしまえば私がしなければならないことは終わる。
こうなればベッドにでも座って~とはできず、床も床で先輩が座っているから勉強机の椅子に座ってみておくことにした。
あ、いや、こういうときに課題をやるのがいい気がする。
ふたりのお喋りを聞きつつ課題ができるなんて幸せだろう。
「空気が読めていない子がひとりいますね~」
「空気が読めないのであれば私は出しゃばってふたりの邪魔をしているよ」
「ああ言えばこう言うって典型的な例だよね」
そうか、これだと話さないということなら意味がない。
いま課題をやることはやめておこう。
「プールや海にはいつ行くのだ?」
「先輩が大丈夫なら明日にでも行きますか」
「分かった」
水着は学校指定の物でいいかと片付ける。
私としてはふたりが楽しんでいるところを見られればそれで十分だから、本当なら水着すら着る必要もないんだけど……。
だけどそうしたら純にまたちくりと言葉で刺されてしまうからできない。
というか、私も誘われているのかな? と少し不安になってきてしまった。
邪魔だということならそもそも行くこともしないけどさ。
「あれ、そういえば玲美は水着を持ってるの?」
「うん、持ってるよ」
ほっ、こう言われるということは誘われているということだ。
向こうに誘う気なんかないのにひとりあんなことを考えていても虚しいだけだ。
これで私が恥ずかし死する展開だけは避けられたことになる。
「学校で使ったやつとか言わないよね?」
「そ、そうだけど……駄目?」
「駄目に決まってるでしょうが。先輩、いまから水着を見に行きませんか?」
「分かった」
元々ひとりでいた人がこうして積極的に付き合うということは純が特殊だということだ。
ふふ、なにもしなくても惹かれ合う人間達はそういう感じになるんだなー。
そもそも自分になにかができると考えていた方がおかしいという話か。
今日も変わらずに先輩と純は並んで歩いていた。
私の存在を忘れているとまでは言わないけど、本当になにかがない限りは振り返ったりしないから面白いと言える。
「涼しー」
「だな」
水着だけを扱っているお店が近くにないからどうしても商業施設になってくる。
それで私が抱いた感想は、こんなに大きいのにどこも涼しくてすごいな、というものだった。
どれぐらいの電気代がかかっているんだろうとか意味のないことを考えてみたりもした。
だってそうでもして現実逃避をしておかないと……。
「玲美にはこれがいいかな」
「は、派手すぎだよ……」
お腹が隠れるアレでだって普通に恥ずかしいのにそういうのは無理だ。
純や先輩がそれを着るのとは訳が違うのだ。
「腹が隠れる物でいいだろう」
そうだそうだ、そんな本格的なのは他の人が買っておけばいいのだ。
どうせ水をかけ合ってきゃっきゃうふふをするわけではないのだから。
あくまで遊ぶ場所がそういう場所ですよ~というだけでしかない。
「おばあちゃんですか?」
「む」
「先輩は先輩の欲しい物を探してください、私は玲美の水着を選ぶので」
「私が選ぶから成里は黙って見ていればいい」
ああ、煽るからこういうことになる。
本当なら彼女と仲良く選んでもらいたかったのにね。
しかもどうせ選ぶのなら彼女の水着を選びたいだろう。
「私は自分で選ぶので大丈夫ですから」
勝手に別行動を開始する。
私がいなければ平和に進むということなら喜んでそうするさ。
留まっていても、騒いでいても仕方がないと判断したのか、見てみた限りではふたりは一緒に行動を始めていた。
「はぁ」
見れば見るほど買わなくていいという気持ちが出てきてしまう。
たった一度のために数千円を犠牲にするなんてできないというケチなところが影響している。
これならまだふたりのためになにかを買うことの方がいい使い方だと言える。
「決まったのか?」
「買うのはやめます、水着がなくても楽しめますから」
プールだったら見ているだけで楽しめるし、海に行くにしても同じだ。
なにも水に触れるだけが全てではない、暑さにそこまで負けそうになっているというわけでもない。
「水着を買わないなら参加させないよ」
「それならそれでいいよ、瑠衣先輩には純がいてくれればそれで十分なんだからね」
純がしてくれたからこちらもすることにした。
小出しであればまあそう責められるようなことにはならないから。
「な、夏祭りとかだって一緒に行かないからね?」
「それも瑠衣先輩と行けばいいよ」
楽しいだけではなく、一方通行みたいになっているところを見て焦れったくなるということを今日知った。
だったら完全に関係が変わってから関わればいい。
離れたことで関わらないということならそれはもう仕方がない。
自分が関われなくてもそれでいいから楽しくやってくれればよかった。
「帰るね、参加しないならここにいても仕方がないし」
こんなことになったのは初めてだった。
きっかけを作ったのは私だからちょっと悪い言い方かもしれない。
まあでも、空気が読めない人間よりは遥かにいいはずだ。
両親に言ってもきっと「いい行動をしたな」と褒めてくれ――あ、いや、途中で帰ったことについては褒めてくれることはないだろうな。
そうやって考えて行動するのだとしても最後まで付き合ってからにしなさいと言われそうだ。
「駄目だ」
「痛っ!?」
「駄目だ、下らないことで無駄な時間を作るな」
……こ、こんな怖い顔の先輩は初めて見た。
あ、だけどこれも気持ち良く純といられないからだと考えればいいのか。
「今日はもう私が帰るからふたりで話し合え」
「それでは私を止めた意味がないじゃないですか」
「うるさい、元はと言えば玲美が面倒くさいことをしたのが悪いわけだからな」
えぇ、帰ってしまったら本当になんで止めてきたのかという話になってしまうぞ。
とりあえず、ここにいても仕方がないから出ることに。
「……なにかあったの?」
「え? ああ、瑠衣先輩が本当は離れたがっていたということをいまさっき知ったからだよ。それに純といたがっているのは確かだったからさ、仲良くなってもらおうと思ってね」
「私といたがってるって、私はあくまで玲美のおまけでしょ」
「ありえないよ、いまとなっては純のおまけが私なんだよ」
違う、寧ろそうであってくれなければ困るのだ。
もう既にそれが私にとっての理想だから、外れてしまっては嫌だから。
自分が絡む理想と自分が絡まない理想では後者の方が遥かにその通りになる可能性の方が高くなるわけで。
「で、また極端なことをするってわけ?」
「それは仕方がないよ」
「あのさあ、さすがにそんな短期間で極端な選択ばかりをする人間の近くには安心していられないんだけど」
「じゃあそれも仕方がないね、これまでありがとう」
彼女へのお礼は……あ、一週間ぐらい泊めていたことでなんとか……ならないか。
まあいい、いまなにかを買って贈ったところで叩き落されるだけだからね。
いまはとにかくそれぞれひとりの時間が必要そうだった。
「ただいま」
「あれ、ふたりとは別れたのか?」
「うん、それぞれ友達に呼ばれちゃってね」
先輩の友達とか全く知らないけど。
最近はすぐに来ていたし、なにより本人が言っていたあの情報から関わっている人間は私以外にはいないと思う。
ただ、それも私といたいからではなくて単純に離れられなかったというだけだから喜べることではないと。
「瑠衣ちゃんはいつから泊まるんだ?」
「いつだろうね、結構マイペースな人だから分からないかな」
「そうか。まあ、いつ来てもこっちは大丈夫だからな」
「うん、いつもありがとう」
今回も自分がきっかけを作ったわけだけど、疲れてしまったから休むことにした。
残念ながら仲良くしているふたりを見るということはできなくなってしまったものの、夏休みなんだから大人しく静かに休んでおけばいいかと片付けておく。
元々私がしていなくても先輩が離れることは確定していたんだからね、傷つくことなんてないよねという話で。
「ふぁぁ~、お昼寝しよ」
こんなことも後で考えればいい。
いまはとにかく寝ることが優先されることだった。
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