05話.[そういうことか]
「ででーん、見てよこの残念な点数を」
「八十五点で残念なの? 私なんて最高で八十点なのに」
「私からしたら残念なの、一応真面目にやったんだけどなー」
テスト週間はそのために別行動をしていたからこそ、なのかな。
私からすれば十分満足できる点でも彼女にとってはそうではないのだ。
目指すべきところが違うというか、いる場所が違うというか。
同じ学年なのにここまで差が出るから面白いと言える。
「まあいいや、赤点というわけでもないから次頑張ればね」
「うん」
「それよりもう夏休みだからね、そっちのことを考えないと」
今日はもう学校が終わっているから放課後の教室でゆっくりしていた。
期末テストが終わってから終業式まではずっとそうだから時間が余るわけで、そういうときにこうして付き合ってもらえるのはいいことだとしか言えなかった。
変に早い時間に帰ると父がお昼ご飯を作ろうと動いてしまうからね。
夏休みになって家にいれば必ずそうしてくるだろうし、それまではできるだけいつも通りの時間に帰るように意識をしていた。
「まずはプールか海に行きたいね、そのときは先輩も誘えば玲美も楽しめるし」
「それはそれ、これはこれだよ、私は純とふたりだけでも普通に楽しいよ」
「だけどほら、玲美が先輩と仲良くしてくれないと私が最高なところを見られないでしょ?」
「そっか」
「それに玲美が先輩と一緒にいたいのは確かなんだからそんなこといちいち言わなくていいの」
これでも一応純のことを考えて言ったのに……。
ふたりだけで楽しめないのであれば積極的にいようとなんてしない。
なんでもかんでも先輩がいなければ嫌だなんてそんなことはない。
「お祭りもあるからね」
「友達を優先しなくていいの?」
毎日毎日放課後はこっちにばかり来て大丈夫なのかと聞きたくなる。
彼女があまりにもこっちに来ていたら敵視されるような展開になるかもしれない。
また、それがなくても放置されている側は寂しいものだろう。
ふたりとしか関われない私だからこそそう思うのだ。
もし一緒にいたそうにしているのであればそちらを優先してあげてほしかった。
「は? そんな大イベントのときに他なんか優先していられるわけがないでしょ」
「そもそも瑠衣先輩が付き合ってくれるという保証もな――」
「私なら構わないぞ? 玲美と出会ってからは毎年一緒に行っていたわけだし、それが今年になって唐突に無理になったら寂しいぞ」
「ありがとうございます、さすが先輩ですね」
ということは今年も行けるのか。
何気に浴衣を着てきたり、髪を結ったりしてくれるからさらに最高なそれになるわけで。
「うわ、なんかやばい顔をしてる……」
いやだって本当なら捨てて、嫌われて終わるはずだったのだ。
それが何故か一緒にいる時間が増えたうえに、本人から一緒にいたいとまで言われてしまったぐらいで。
つまり、自分の理想通りにはなってくれないけど、理想みたいになってしまったということになる。
「ほら、やっぱり先輩がいてくれたら嬉しいんじゃん」
「そ、そりゃ……」
「ふっ、嬉しいと言ってもらえるのはありがたいことだな」
ああもう駄目だ、先輩が止めてくれないからこういうことになる。
どうして急にここまで変わってしまったのだろうか?
寝ることも、どこかに歩きにいくことも、呆れたような顔で対応してくることもなくなってしまって調子が狂ってしまう。
いやまあ、こっちのところに多く来るようになったのは彼女と仲良くしたいという気持ちが強いということも分かっているけど……。
「で、やっぱりそれだけじゃなくてお泊りとかもしたいよねって」
「それなら私の家でどうかな?」
「それって『他人の家のトイレとかお風呂を借りるのは気まずいなー』という感情からでしょ」
「ち、違うよっ、私の家だったらふたりとも慣れているからだよ!」
そういう気持ちは確かにある。
しかもふたりはもう何回も家に来ているわけだから緊張することもないわけで、私が彼女や先輩の家に行くのとは全く話が変わってくるのだ。
「どうだか、『先輩の家や部屋に入ることになったら緊張しちゃう、襲っちゃう」とか考えているだけでしょ」
「緊張した人間が襲えると思う?」
「だからこそだよ、だからこそ爆発したときにがばっといくんだよ」
「彼女が勝手に言っているだけですからねっ、そんな瑠衣先輩に迷惑をかけるようなことはしませんから!」
そろそろいい加減焦れったくなってきたということか。
私の気持ちというやつを小出しにしておくことで気づいてもらおうとしているのかもしれない。
だけどそれは告白前に振られるというリスクがある。
振られるにしても告白した後にそうしてほしいから気をつけてほしいところだ。
「襲う、か、例えばどのようにするのだ?」
「えっ?」
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなくて固まる。
「襲うということなら押し倒した後にがばっと抱きしめるんじゃないですか?」
「それは襲っているのか? この前も玲美からされたが、もしかしてそれも該当するのか?」
「え? されたんですか?」
「ああ、焼き肉臭がすごかったがな」
「なるほど」
ああ、これはどうしてそうしたのかがばれてしまったことになる。
あとはそういうところを見られなくてショック、というところだろうか?
まあでも、ああいうことは本当に全くしてこなかったからいま考えるとすごいことをしたなーと、自分のことじゃないかのような感想を抱いた。
「それだけではなくキスもするでしょうね」
「なるほど、ということは玲美が暴走すればそういう可能性もあるのか」
「はい、普段がこういう感じだからこそその内側に秘めてる感情は――痛い痛い」
「変なこと言わなくていいから……」
まだそんなにすぐやる話ではないから帰ることにした。
面白いのは帰路に就いているときは自然と純と先輩で並んで帰ることだ。
もう苦手意識はなくなっているのかもしれないし、仲良くしたいのかもしれない。
先輩の方も積極的に話しかけることで苦手だと言われなくて済むようにしているのかなと。
だったら邪魔をしまいと静かに歩いていた。
今日は来る予定はなかったのかすぐに別れ道がやってきて解散することになった。
「あ、今日から学校に行かなくていいんだ」
途中で一日や二日ぐらいは行くことになるけど、それ以外はずっと休みということになる。
最初に決めたのは生活リズムが崩れないようにしようということだった。
無理して夜ふかししたところでお昼とかに爆睡していたら意味がないから。
あとは課題の方もゆっくりやっていこうと決めた。
最終日付近になってやっていなくて慌てることになった、そんなことはこれまで一度もなかったけどやっておいた方が夏休みを楽しめるからだ。
「玲美、買い物に行きたいから付いてきてくれ」
「分かった」
そうだ、こうして家にいるのであれば父の手伝いをするのもいいな。
いつもは全くやらせてもらえないから無理やりやらせてもらうことにしよう。
私だって父のために動きたいし、家族のために頑張ってくれている母のために動きたい。
それを否定するということは私のそういう気持ちすら否定するということだ、さすがの父でもそんなことはできないだろう。
「夏休みは瑠衣ちゃんと純ちゃんが多く来そうだからな、色々と常備しておこうと思うんだ」
「あ、じゃあ好みを聞きたかったということ?」
「そういうことになるな」
やたらと気に入っているのは私の友達……だからだよね?
いやそれしかないだろ、という話か。
娘の友達が家に来たときに少しでも楽しんでもらえるように動いてくれているだけだろう。
それなのに疑ってしまうなんて最悪な人間だった。
「ごめん、一瞬だけだけど瑠衣先輩を狙っているのかと思っちゃった」
「はあ? 瑠衣ちゃんを狙っているのは玲美だろ?」
「な、なんの話だか……」
「ちゃんと全部話してくれただろ」
「はい……」
ひとりで抱え込むとどうにかなりそうだったから父と、そして純に聞いてもらったのだ。
ちなみに父の方は「そうか」とだけでそれ以上は言わなかった。
純の方は出会ってからあまり時間も経過していなかったけど、ちゃんと聞いてくれたからありがたかった。
「玲美が離れると決めた割には瑠衣ちゃんは沢山来るようになったよな」
「上手くはいかないようになっているんだよ」
「でも、やっぱり瑠衣ちゃんといられているときの玲美が一番楽しそうだからな」
「お父さんやお母さんといるときより?」
「ああ、そうなるな」
え、さすがにそれは……あ、だけどそうなのかもしれない。
そうでもなければ純があのように言ったりはしないだろう。
「よし、着いたな。玲美はお菓子や飲み物を見ておいてくれ」
「はーい」
って、すぐに来るわけではないからお菓子を買っても意味ないよね。
飲み物の方は先輩が好きなオレンジジュースと純が好きなレモン味の炭酸ジュースを選んだ。
少しだけでも先輩とだけいたいわけではないんだということが伝わればいい。
純とふたりきりでだって十分楽しめるからそこは勘違いしないでほし、
「手を上げろ、そうしないと撃つぞ」
後ろに意識はやっていなかったから指を突きつけられたときはひぇってなった。
まあ、声音で女の子だと分かったうえに、聞き慣れた声だったからすぐに落ち着けたけど。
「純達が来たとき用の飲み物とかを買おうとしているところなの」
「なるほど、だが、それとこれとは別だな」
まだこの茶番を続けるらしいので付き合うことにした。
手を上げつつ振り返ろうとしたら「振り返るな」と言われて無理だった。
休日だからあんまり見られたくないということなのかな?
あ、だけどそれなら自ら近づいてくることはないかと片付ける。
「なにやってるんだ?」
「こんにちは」
「こんにちは」
父が来てからは同じようにするのはできなかったらしく、今度は私の手を握って立っていた。
うん、別にいつもと変わらない純って感じだ。
普段からお化粧とかをしているわけではないし、たまにはああいうことで盛り上がりたかっただけなのかもしれない。
そもそも出会ったのは高校一年生の春だから昔のことは知らないしね。
「私もお菓子を見に来たんだよ、急に甘いものが食べたくなってねー」
「たまにはケーキとかでもいいんじゃない? シュークリームとかエクレアとかでもいいよね」
やるからにはぱーっとやるべきだ。
それにいまならテスト勉強を頑張ったからということで正当化できる。
結局中途半端にして何度も買ってしまうぐらいならその方がいい。
どうせ「あと一品だけ」なんていう風になりかねないからだ。
「いや、チョコのお菓子が食べたくなったんだよね」
「じゃあ見に行こうよ」
「さっきもしてたけど、別行動して大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ」
結局、させてもらえないからという考えが内にある気がする。
それでもふたりのためなら私の方が知っているからと選ばせてもらえるのはいいと言える。
あとはそうだと分かっていても手伝おうか? そう言い続けなければならない。
「ね、この後別行動しよ」
「車で来ているからいいよ」
「うん、たまには玲美とふたりで過ごしたい」
「だったらこの前あんなこと言わなければよかったのに」
「違うよ、玲美のことを考えられているってことでしょ」
とりあえず彼女がお菓子を選んでいる間に別れることを言ってきた。
そうしたら遅くならないようにと言われたから大丈夫だと答えておいた。
仮にそうなるとしたら彼女の家に泊まることになるぐらいだから一切問題にはならない。
「最近は先輩のことも苦手じゃなくなってきたけどねー」
「好きになっちゃってもいいんだよ?」
「友達が好きな人を狙うとか最悪じゃん」
「関係ないよ、好きになっちゃったら仕方がないよ」
全てはその人次第だ。
積極的に話しかけているわけだから彼女はいい存在なんだと思う。
この夏で一緒にいる時間をさらに増やしたらなにかが変わりそうだった。
本当に、神に誓っていいぐらいそうなっても構わなかった。
大好きな人が好きな子と楽しそうにしているというだけで十分満足できる。
お前はなんだよ? と聞かれたら、それを見られる観客だよと答える。
あ、ただやるなら裏でではなく私といるときとかにしてほしかった。
だって裏でこそこそとやられたら見ることは不可能になってしまうからね。
「はい、あーん」
「あむ、美味しい」
「これ好きなんだ、ひとりでいるときはよく食べてたよ」
「ひとりでいるときなんてああったの?」
「あるよ、学校から帰ればほとんどひとりでしょ?」
なんだ、きょうだいでもいない限りはみんなそうだ。
私みたいに友達が極端に少ないとか、ひとりの時間が多いとかそういうことではなかった。
まあ、学校での彼女を去年から見てきているわけなんだから同じなわけがないとは分かっているんだけど、やっぱり自分の残念さがね……。
「先輩みたいな人と関わりがあって羨ましいよ」
「ほらあ、やっぱり気になっているんじゃん」
「違うよ、私が言いたいのは五年とかそれぐらい一緒にいられるのが羨ましいってこと。確かに私には友達が多いけど、続いても二年とかそれぐらいなんだ」
私達は来年の四月で二年ということになる。
つまりそのときになったら終わってしまうということなのかな?
もしそうなら悲しいとしか言いようがないけど、本人が離れたがっているのなら仕方がないと片付けて行動しそうだななんて考えた。
相手のことを考えられるというのもあるし、深追いしてはっきり拒絶されることを恐れてしていないんじゃないかなんていう風に見えてくる。
「じゃあ一日ずつ伸ばしていけばいいよね、まあまだ四月じゃないけど」
「ん? なんで四月が出てくるの?」
「ほら、純と出会ってからまだ一年半ぐらいでしょ?」
「ああ、そういうことか」
「私は純と二年以上一緒にいたいからね」
ただ、別にいまは離れたがっているわけではないから言わせてもらった。
自分が結構逃げがちな人間だからそういう雰囲気というのは分かりやすいのだ。
だけどいまの彼女からは微塵もそういうのが伝わってこない。
当たり前だ、もしそういう気持ちがあるのならこうして誘ってくることはないだろうし。
最後と決めているのであればそれこそ分かるというもので。
「違いはあってもちゃんとこっちにも言ってくれるんだね」
「当たり前だよ」
「同じクラスだから? 私が勝手に来てくれる存在だから? 自分のために動いてくれるから?」
「実際、純もずっと支えてくれたよね」
こちらはなにも返せていないというのが現実だ。
また、いるだけで力をくれる存在だからそういう意味でも私は釣り合わないと。
「あくまで友達として相手をしていただけだけど」
「だけど純はいてくれているだけで力をくれるような存在だから」
「ふーん、それは先輩からもそうでしょ?」
「うん、だけど私にはないからさ。だって純は私といてそういう風に感じたことないでしょ?」
「んー、どうだろうなー」
はっきり言われても傷ついたりはしない、そこまで自惚れてもいない。
あんまり弱いメンタルでいるつもりもなかった。
悪いところを指摘されたら逆ギレしないで直そうと努力をしようとできる。
実際にそれで変わるのかは分からないけど、なんでもかんでも現状維持を続けるわけではないから一応いい人間だと思いたかった。
「でも、こうして触れていると安心できるよ」
「私はいてくれるだけで安心できるよ。友達が多いのに敢えてこっちに来て相手をしてくれる優しい子だからね」
「敢えてこっちに来てって言うけどさ、玲美だって友達なんだけど?」
「だけどあれだけいたら他に優先したい子とかもできるはずでしょ? それなのに純はこっちばかりを優先してくれていると言っても過言ではないぐらいだから」
というか、また似たような話をしてしまったことになる。
なんか難しそうな顔で黙ってしまった。
どちらにしても悪いことを言ったわけではないのにどうしてなんだと考える羽目になった。
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