04話.[ふたりの寝顔を]

「仲良くしたい、か」

「うん」


 彼女が黙っている間、かなりそわそわした。

 なんか直視することができなくて違う方を見ていたら「分かった」と言ってくれて一安心できたんだけど、そうしたら今度は別の問題が出てきて微妙になった。

 もし彼女が先輩のことを好きになってあっという間に振り向かせてしまったらどうしようという不安がある。

 私と違ってはっきり言える子だからすぐに変わってしまう可能性があった。


「じゃあいまから先輩のところに行こうか」

「うん」


 それでも仲良くしたいと先輩が言っているんだからこちらは黙って見ていることしかできない。

 教室まで行ったらトイレとかそういうことで離脱した。

 一応会話を始めてから離脱してきたからそこまで変な行動というわけでもない。

 いやあ、あのとき決めたことなんてもうとっくに吹き飛んでしまっているということだ。

 嫌われて好意を捨てるはずだったのにどうしてこうなっているのか。

 しかももう七月になろうとしているところだから余計に悪い気がする。

 大学志望で常に勉強を真面目にやっている先輩だから七月になろうが八月になろうが自分らしくやっていくだけなんだろうけどさ……。


「せめて二ヶ月はかかりますように!」


 いつまでも鏡の前で立っていても仕方がないから教室に戻った。

 まだ戻ってきている感じはなかったからこらと怒られることもなくていいと思う。

 結局、休み時間終了ぎりぎりのところになって純は戻ってきた。

 いまの私にとって授業があるというのはいいことだった。

 何故なら、学びに来ているわけだからその準備がしたいと言えば大丈夫だからだ。

 先程みたいな展開になってもそう不自然には見えないからいいはずで。


「今度遊びに行くことになったからそのつもりいてね」

「え、それって私もなの?」

「当たり前でしょうが」


 そうか、じゃあその仲良くしているところを見て好意だけは捨ててしまおう。

 どうしても抱え続けたままじゃ迷惑をかける未来しか想像できないから。

 別に友達のままでも一緒にいること自体はできるんだから私はそれで満足しておけばいい。

 大体、支えてもらってばかりの人間がさらに求めるって自分勝手すぎだ。

 いつかは絶対に誰かに言われるだろうから――いや、もう既に彼女に指摘されてしまっている状態なんだから変えていかなければならない。


「玲美、なんか変なことをしようとしてない?」

「してないよ? それどころか三人で出かけられることになって嬉しいぐらいだよ」

「それならいいんだけどさ」


 そんな構ってちゃんみたいなことはしないよ。

 それにこちらがそんなことをしたら上手くいかなくてなってしまう。

 あくまで私らしくそこに存在していることが重要なのだ。


「純が瑠衣先輩と仲良くなってくれたら私は嬉しいし、純が楽しそうならそれでもいいから」

「なんかおまけ感がすごいんだけど……」

「純のことも好きだから不安にならないでよ」


 よし、まだお出かけする日ではないけど先輩のところに行こう――としたら向こうの方から教室に来てくれた。

 純と多少ぎこちないながらも仲良さそうに話しているところを見て楽しんでいた。

 ただ、どうしても先輩の綺麗な長髪に目がいってしまうのは駄目なところだ。

 ここからでもさらさらしているのがよく分かるし、触れたくなってしまう。


「出かける日はいつにしますか?」

「私はいつでも大丈夫だ」

「私も大丈夫だよ」


 忙しいようなら夏休みに集まればいい。

 朝から集まれば遊べる時間が少なくて満足できなかったみたいなことにもならないから。

 また、雰囲気が悪くなって解散になってしまったとしても夏休みならね。

 それぞれひとりの時間を作れば最悪な展開になることもないはずだった。


「あ、出かけた後は玲美の家に泊まるということにしてあるけど、大丈夫だよね?」

「うん、お父さんはふたりを連れてこいってよく言うから」

「よし、じゃあまあ、今週の土曜日だね」

「「分かった」」


 そうと決まれば早速お菓子や飲み物を買いに行くことにした、あ、ひとりでだ。

 連れて行くと払うとか言いかねないから嫌なのだ。

 仲良くしているところを見られるだけで十分だからそのために揃えておかなければならない。


「これかな」


 甘いものを食べるならしょっぱいものだってどうしても欲しくなるというもの、あとは先輩は炭酸ジュースとかは飲まないみたいだからオレンジジュースを買っていくことにした。


「私に合わせてくれているのだろうが、炭酸ジュースでも構わないぞ?」

「私は別に先輩に合わせてオレンジジュースとかでもいいですけどね」


 ……またこれはなんともベタなそれというか……。

 まあでも、ふたりのために買っているようなものだからこれはありがたいか。

 お菓子も一旦戻して食べたいものを選んでもらった。


「そもそもひとりで行動するとか怪しさMAXだったからね」

「そうだな、一緒にいたのに急に別れたら誰だって気になるものだ」


 もうこのまま家に来てしもらうことにした。

 それなら疑われるようなことにもならない。

 私はあくまで土曜日のために準備をしていただけなんだからね。




 土曜日。

 十時ぐらいから色々なところを見て回っていた。

 お店に行くことがメインではなくあくまで仲良くすることがメインみたいで話していることの方が多かった。

 意外だったのは純が積極的に先輩に話しかけていたことだ。

 相手が黙ってしまうから気になるだけで、本当は物凄く仲良くしたかったのかもしれない。

 私が先輩とばかりいたからその機会がなかったようにしか見えなかった。


「先輩の髪ってすごい長いですよね、大変じゃないんですか?」

「昔からそうだから大変だと感じたことはないな」

「すごいですね、私なんて一時期伸ばしてそれっきりですよ」


 長髪の純とか見てみたいんですが。

 ただ、短めの彼女ばかりを見ているから違和感を感じたりしそうだった。

 もう勝手なイメージが出来上がっているからこれからもそうであってほしいとすら思う。


「そういえば先輩は中学生のときから玲美といるんですよね、玲美って中学のときはどんな感じだったんですか?」

「一年生のときは見ておかなければ不安になってしまうような存在だったな」

「へえ、それなのに話しかけられたなんてすごいじゃん」

「あはは、瑠衣先輩が魅力的だったからさ」


 初めて話しかけなければ損をするぞ考えたぐらいだった。

 だから私からすれば先輩は運命の相手みたいなものなのだ。

 まあ、そんな相手をこれまで困らせてきてしまったわけだけど……。


「でも、玲美が二年生になってからは変わったのだ。私から見たらだから合っているかは分からないが、堂々としていられているように見えた。私といるときも笑顔が増えたからな」

「なるほど、つまりそのときぐらいから……」


 いやそれが一年生の十月ぐらいから既に好きだったんだよね……。

 いやもう本当にそんな相手に優しくされたら好きになってしまうものだ。

 名前呼びもすぐにしてくれたからそれも影響している。

 

「ん?」

「あ、一年ぐらい過ごせば相手が先輩だろうとそうなりますよね」

「変わったということは事実そうなのだろうな、私としては安心できてよかったな」


 半年あればそれなりに仲良くできて、一年あれば十分になる。

 相手が私みたいな人間であれば一年ぐらいはくれるとありがたいけど、さすがにそこまで待てる人というのは少ないか。

 一緒にいたいと思ってもらえている状態であればあっという間でも、そうでもなければただただ苦痛の時間になりそうだから。


「となると、成里が相手でも同じようにできるだろうか?」

「どうでしょうかね、先輩を独占したい人がいますからね」

「それって玲美か?」

「はい、それに私は玲美との時間も確保しますからね」

「なるほど、玲美の場合は私だけで少し特殊だということか」


 確かにそれ以外の人とは全くと言っていいほど関わっていなかったからそうかもしれない。

 また、こちらがそうでも相手はそうではない可能性だってあるわけだし、先輩が言っているように特殊なように感じる。

 私にとっては運命の人みたいな人であり、周りから見たら稀有な人でもあると。


「分かった、ただ、少しずつでもいいから一緒に過ごしてほしい」

「分かりました、そもそも玲美といれば先輩が勝手に来ますからね」

「ははは、確かにそうだな」


 思っていてもよくそんなこと言えるなあ。

 というか、主な目的が仲良くするためだといえ本当にお店に寄らないんだなって。

 私としてはこうして歩いていられるだけでも楽しいけど、たまにはこの三人で食事になんて行けたら……。


「純、瑠衣先輩、ちょっとお腹が空いちゃったから飲食店に――」

「それなら玲美の家に行けばいいでしょ? お父さんが美味しいご飯を作ってくれるよね?」

「え、だけどたまには外で……」


 先輩とふたりきりだと絶対にそんなことにはならないから行きたいのだ。

 大抵はもったいないと言われて躱されてしまうから頑張るならいましかない。


「たまにはいいではないか、もしこのまま玲美の家に行けば玲美の家の食材を多く消費するということになってしまうのだぞ?」


 おお! 先輩はすごい嬉しいことを言ってくれた。

 あ、もしかしたら純がこっちとばかり話さないよう家に行かないようにしているだけなのかもしれないけど。

 まあ、それでも今日はふたりがメインなんだから構わない。

 大体、それを見て捨てると決めていたんだからそういうことが増えた方がいい。


「私は一応、先輩のことを考えて言ったつもりだったんですけどね」

「それはありがたいな、だが、玲美がこう言っていることだから……」

「分かりましたよ、付き合ってくれている玲美がこう言っているわけですからね」


 な、なんか空気が読めていないみたいじゃないか。

 だけどそういうことになったからお店に行くことにした。

 ちなみにお店選びは純や先輩に任せておくことに。


「ここでいいですか?」

「ああ」


 よしよし、ふたりと行けることが重要だから正直どこでもいいのだ。


「先輩は対面にひとりでどうぞ、広くていいですよね?」

「え、私もそっちがいいのだが」

「それなら三人で座りましょう、もちろん真ん中は玲美ですけどね」


 まあいい、いまはとにかくメニューを見ることの方が優先されることだ。

 それに私はどちらも好きなんだから全く気にならない。

 す、少しだけふたりともこっちに寄ってきていることは気になるけど……。


「あ、私はこれで」

「私も玲美と同じのでいい」

「分かりました」


 注文を済ませてくれたから料理が運ばれてくるまでは少しの休憩時間となった。

 ただ、こんな座り方にしたせいで料理が運ばれてくるまでの間黙っていることになった。


「「「いただきます」」」


 だけどそんな気まずさを美味しい料理がどこかにやってくれた。

 会話もぽつぽつと出始めたし、他の人から「なんで並んで座っているんだ?」と思われていそうなこと以外はいい時間だった。


「ぷはぁ、大満足……」

「そうだね、お腹いっぱいだね」


 多分、この後はすぐに私の家にいくことになると思う。

 この状態で歩いているよりもよっぽどいいからそれでいいと言える。


「玲美、会計を済ませて玲美の家に行こう」

「そうですね」


 それならと今度は私がまとめて払わせてもらった。

 残念ながら奢ることはできなかったけど、全部ふたり任せにはしておかなかった。

 これでちょっとはなにかをしましたよ感が出ればいい。


「ただいま」

「「お邪魔します」」


 部屋にでもなくリビングにでもなく客間で過ごすことにした。

 知っているとはいっても父的に娘の友達がいたら気になるだろうからだ。

 飲み物を持っていく際に確認してみたら寝落ちしそうになっていたから小さい布団を掛けておいた。


「私は玲美の部屋がよかったなー」

「玲美がいてくれればそれで十分だろう?」

「だって玲美のベッドが好きなんですもん」

「少し感触などが違うだけだと思うが……」


 そう、その通りでしかない。

 いやまあ、確かに気に入っているけどそれはあくまで私の寝場所だからだ。

 彼女の部屋には同じようにベッドがあるわけなんだし、やっぱり分からなかった。

 

「それにどうせふたりきりだったら先輩も同じことしていますよね?」

「え、したことないが……」

「そうだよ、瑠衣先輩は床に座るだけだから」

「ふーん」


 ふたりきりになったからっていまの距離感が変わるわけではない。

 寧ろ分かりやすく変わるのであれば迷惑になるからと好意を捨てようとはしない。

 ただ、最近は少し変わってきたから全くない、というわけではないのかなと考えていた。

 で、結局すぐに部屋に移動することになって……。


「先輩も転んでみてくださいよ」

「な、なにも変わりませんよ? 瑠衣先輩の部屋にだってベッドはあるわけなんですからね」

「変わらないならいいでしょ。ほら、先輩も転んでみてください」


 父が結構な頻度で洗ってくれているからそういう面での心配はない。

 でも、普通に純が転ぶのだって気になるところだった。

 自分にとっては問題なくても他者がどう感じるのかは分からないからだ。


「玲美」

「べ、別に大丈夫ですよ?」

「そうか」


 実際に転んでからは純に抱きつけえ! なんて内で叫んでみたけど意味なかった。

 あくまで普通に会話をしているだけだったからつまらなかった。

 普通目の前に先輩が転んでいたらぎゅっとしたくなると思うけどね。

 まだ苦手な対象ということなのかなあと片付けておく。


「転んでいるなら布団も掛けないといけませんよね」


 あ、もしかしたらこれは協力してくれているのかもしれない。

 先輩に対しての好意を知っているわけだし、私に優しい子だからそれもあり得る。

 というか、元々仲良くしているときを見られるのが一番いい的なことを言っていたからそれしかないか。


「こうしていると眠たくなるな」

「眠たいなら寝ても大丈夫ですよ? 後で起こしますから」

「そうか、それなら……」


 ちなみに純もすやすやモードに入ってしまったから一階に移動してきた。

 ここでずっと寝ていると風邪を引いてしまうから父を起こしておく。

 こんなことは普段滅多にないから気になるというのもあった。


「……帰っていたのか」

「うん、純と瑠衣先輩が部屋にいるけどね」


 こちらはソファに転んで少し休憩することに。


「それならお菓子とか持っていかないとな」

「もう持っていってるから大丈夫だよ、それにいまは寝ちゃっているから」

「はは、寝るために来たのか?」

「ははは、そうかも」


 ついでにこちらも眠たくなってきてしまったけど、こちらは残念ながら寝るということはできないという……。


「別に寝ても大丈夫だぞ、後で起こしてやるからさ」

「ううん、大丈夫」


 変な時間に寝てしまうと夜に寝られなくなってしまうから我慢するべきだ。

 この後なにか大事なことをしなければならないというわけでもないし、少し眠たいままでも全く問題ない。

 それに私には先程も言ったようにしなければならないことがあるから。

 本当なら可愛いふたりの寝顔をじっと見ていたいところだったけど、残念ながらそれは常識的にできなかったというね。


「最近はまた瑠衣ちゃんがよく来るようになったな」

「うん、どうしてかは分からないけどね」

「どうしてかは分からないって、そんなの玲美といたいからだろ?」

「私といたい、か」


 本人もそう言ってくれたからいまは信じて一緒にいる。

 そもそも最初から一貫して来てくれたら相手をするというスタンスでいたので、捨てると選択してからもそこまで変化というやつもなかった。


「よく来るようになったということはそういうことだろ?」

「うん」


 だけど純と仲良しになったらどうなるんだろうね?

 まだ言う必要はないからこの場で言うことはしないでおいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る