03話.[駄目だったとき]

「あの様子だと先輩は玲美といたがってるね」

「いたくなかったら来ないだろうからね」


 自分の理想とはずれてきてしまっている。

 来てくれて喜んでいる自分というやつはいなかった。

 純もそうだけど、私といたところでデメリットの方が多いから。

 それでもメリットがないわけじゃないでしょ、そう純から言われたことがある。

 だけどなにがどう彼女達にとってメリットになっているのかは分からないままだ。


「でも、玲美が離れようとしたら多く来始めるってのもあれだね」

「そうだね、上手くいかないようになっているんだよ」


 成功した人だってなにもずっとそういう人生を歩めてきたわけではないだろう。

 となれば、私みたいな人間だったらこうなることは確定していたようなものだ。

 いいこともあれば悪いこともある、それはずっと誰だろうと変わらないことだと言える。


「純も不思議な存在だけどね、あれだけ友達がいるのに私のところに来るんだから」

「なんでそれで不思議な存在という扱いにされるのか分からない、友達が多く存在するとしても玲美も友達なんだから行っていいでしょ」

「悪いなんて言ってないよ、私はただ……他のことで時間を使えばいいと思っているだけ」


 勉強能力も運動能力もコミュニケーション能力も彼女は高い。

 となれば、ある程度は自由に行動できてしまうというわけで、私だったら地味子のところに行っていないで他のことを優先するところだった。

 なんか義務感みたいなやつから来てしまっているのかな?

 いま完全に離れたらひとりになってしまうからそうできないということなのかな?

 ひとりじゃ嫌だと考えていたけど、他者の時間を無駄に消費してしまうのであれば私はひとりでよかった。

 結局友達がいてもやっていることは学校に通って授業に受ける、だから。

 あと別に卑下しているわけではないし、マイナス思考を積極的にする人間でもないからかな。

 ひとりならひとりなりの過ごし方というやつを見つけて過ごしていくことだろう。


「そんなことないよって言ってほしいの?」

「いや? 私は基本的にこんな感じだから」


 気に入らないということならその気にならない言葉を吐く人間の近くに来なければいいとしか言えなくなる。

 考え方が違うからこういうことが起こる。

 私にとってはそれが普通だから延々平行線になるのだ。


「意味のない話だけど、私が純だったら間違いなく他のことに時間を使うよ。なにも人と過ごすことが全てではないから趣味とかそういうのにね」

「私の趣味か」

「コーヒを飲みに行くのが趣味でしょ?」

「でも、いま以上に増やしたら確実に体に悪いからなー」


 裏でどうかは知らないものの、彼女が誘ってくるのは月に一度ぐらいだった。

 多分、お金のことを考えてくれているのもあるし、いまも言っているように体のことを考えているのもあると思う。


「って、話が逸れたか。うーん、なんだろ、ひとりで行ってもあんまり楽しくないんだよね。だから私は玲美を誘ってあそこによく行くんだけどさ」

「美味しいから満足できてるよ? ただ、私はインスタントコーヒーで十分かな」

「ははっ、確かに美味しいからね」


 結局、どんどん話が逸れていくばかりだった。

 でもまあ、何度も言っているようにマイナス思考をしているわけではないから私としてはそれだけで終わってしまう話なんだ。

 それを続けていても意味はないからどんどんと変えていけばいい。


「ま、これからも一ヶ月に一回ぐらいは付き合ってよ」

「うん、それぐらいなら大丈夫だから。あと、他のことに時間を使った方がいいとか言っているけど、私は純といられる時間は好きだから勘違いしないでね」

「分かってる、それに玲美が嫌がっているときはそれが表にもろに出るから分かるんだよ」

「えっ、うーん、頑張って表には出さないようにしないとな……」


 楽しいとか嬉しいとか、そういう感情が出てくれているのならいいんだけど……。

 あと、変に頑張ろうとすると空回りするだけに終わりそうで怖い。

 だからって現状維持を続けるのもそれはそれで問題が起こると。


「あと、やっぱり先輩は苦手だからこれからもふたりきりがいいね」

「苦手か」

「あの静かなところも苦手なんだよ」

 

 あー、確かに黙られると気になることはあるから分からなくもない。

 そもそも、合う合わないがあるんだからなにかを言われる謂れはないというやつだった。

 ただ、先輩の方は彼女と仲良くしようとしているというのもあって、仲良くしてもらいたいとかそういう風に考えてしまう。


「苦手なのか、それなのにこれまではすまなかったな」

「あっ、えっ!?」


 ちょっ、これはさすがに彼女みたいな反応になるよ。

 ちなみに先輩は「分かった、これから成里がいるときは玲美に近づくのはやめるから安心してくれ」と言って悲しそうな顔のまま教室を出ていってしまった。

 追うべきか追わないべきかを考えて追わないことにした。

 残ったからといって純のためにもなにかができたとかそういうことでもなかった。




 六月。

 雨が降っていても教室内はあくまでいつも通りだった。

 変わってしまったのは、あれから放課後になってからじゃないと先輩が来てくれなくなったことだ。

 苦手だとか言われているところを直接聞いてしまったのなら無理もないのかもしれない。

 あれからは純も気にしてこっちに来ていないから無事ひとりぼっちになってしまっていた。


「ふぅ」


 雨なのをいいことに校舎内を色々歩いたりしてみていた。

 時間はあるし、過ごす場所を考えればその度に新鮮な気持ちを味わえるから。

 まだ一週間とかそこらだからかもしれないけど、やっぱりひとりならひとりでの過ごし方というやつが見つかるものだなと分かった。


「雨だなあ」


 梅雨が終わったら夏になる。

 期末テストさえ無事に終わらせてしまえばすぐに夏休みだから楽しみだった。

 去年は先輩や純と遊んで過ごしたけど、今年はどうなるんだろう?


「玲美は雨が苦手ではなかったのか?」

「昔は苦手でした、どうしても暗い気分になりますからね」


 それでも周り次第で変わるということも分かった。

 というか、私が特にそうしてほしいと頼まなくても勝手に周りは周りで盛り上がるものだ。

 それにそこまでの影響力があるとは考えていない。

 誰かが自分のために動いてくれるものだと考えてしまう方が悪だからこれでいい。


「直接苦手だと言われるのは堪えるものだな」

「それはそうですね」

「でも、それならもっと早く言ってくれればよかったのだが……」

「直接言うのはやっぱりしづらいですよ」


 同級生の私相手ならなんでも言えるだろうけどね。

 そこまで親しい相手でなければはっきり言うのは難しい。

 また、仲がよければよほどのことがない限りは言わなくていいかもしれないと考えるものなので、結局これは相手が誰だろうと困ることになってしまう。


「ただ、どうして玲美と一緒にいないのだ?」

「多分、瑠衣先輩が来やすくするためにだと思います」

「なるほど、苦手な相手にも優しい人間なのだな」


 正直なところがあるだけで純は優しい子だ。

 私にも優しくしてくれる子だからこそ他のことで時間を使ったらどうだと言いたくなるのだ。

 でも、私といたいから来てくれているということなら言う必要はないのかも。

 大体、その気があれば最初から私のところになんか来ていないだろうから。


「……玲美はどうなのだ?」

「瑠衣先輩のこと好きですよ? そうでもなければ自分から行きません」


 寧ろ六月になったいまでも大好きなままだ。

 相手のことを全く考えないのであれば告白したいぐらい。

 先輩の方は中学生のときから純みたいなことをしてくれているわけだし、私にとっては先輩が全てだったから好きにならないわけがないのだ。

 もうね、呆れつつも付き合ってくれるところが本当によくて……。


「そうなのだな」

「はい、私は純みたいに強くありませんからね」


 苦手な相手とも無難な感じで終わらせるということはできないと思う。

 私だったらそれこそ極端なことしかできなくて反感を買っていたことだろう。

 だからそういうことにならないように気をつけていた。

 なるべく頼み事とかも受け入れたりして頑張っていた。

 それでこれまで一緒にいられているわけだから続けていけば大丈夫な感じもする。


「ただ、最近は避けられている感じがしたが……」

「なるべく時間を無駄にしてほしくないですからね」

「本当にそれだけか?」

「え? あ、はい」


 いまの私にとっては先輩も純も怖い対象だった。

 片方は気持ちを知っているからすぐに極端とか言ってくるし、片方はすぐにこうして鋭い質問をしてくるから。

 下手をすると私も正直なところを吐きかねないからいつもより気をつけなければならなくなるという状態になっている。


「玲美」

「な、なんですか?」


 袖を掴んでそんな悲しそうな顔をされても困る。

 もう、私にとってはなにもかもが破壊力抜群なんだから勘弁してほしい。


「玲美からしたらどうかは分からないが、私は玲美といたいのだ」

「えっ」

「だから……避けないでくれ」


 えぇ、まさか先輩からこんなことを言われるとは思っていなかった。

 いつも無表情か呆れたような顔でしかいてくれなかったから違和感がすごい。

 別に好かれる魔法を使ったというわけでもないし、いきなり自分が魅力的な存在に変わったというわけでもないのにどうしてなんだ……。


「あ、さ、避けてなんかないですよ」

「嘘だ、その割には全く来てくれなくなったではないか」

「それは瑠衣先輩が教室にいてくれないからですよ」


 仮にいたとしても寝てしまっていたら話しかけることもできない。

 起こそうとすると特に不機嫌になる人なんだからね。


「それなら私が教室にいたら絶対に来るのだな?」

「い、移動教室とかがあったら無理――」

「結局、私といたくないだけなのだな……」


 なんでもそういう風に考えられたら無理なのは確かだった。

 私は来てくれたら相手をするというスタンスでいたわけだから先輩の言っていることが全部間違っているということではない。

 それでも私は常に無理だと言ったわけではないのだ。


「あなたは面倒くさい人ですね」

「うっ、な、成里……」

「玲美はあなたのことを考えてそう行動しているんです、そういう風に言われたくないのであればふらふら歩き回るのはやめたらどうです? それに、あなたのせいで私は玲美といられなくて困っているんですけど」

「そ、そうか」

「あ、だからって行かない選択をしたら怒りますからね? 玲美はあなたといられているときは本当に楽しそうなんです、私はそういう玲美をもっと見たいんです。なので、先輩はこれからも玲美のために時間を使ってください」


 えぇ、さすがにそれは言いすぎだ……。

 時間を無駄にしてほしくなくて来てくれたら相手をするというスタンスに切り替えたのにそれでは意味がない。

 しかもこんなことを言われてしまったら優しい人だから言うことを聞こうとしてしまうというのも不味かった。


「言いたいことも言えたので教室に戻ります」

「あ、私も――」

「玲美はちゃんと言わなければ駄目」

「あ、はい……」


 残ったところでいますぐなにかがどうこうできるというわけではないのに。

 先輩もなんとも言えない顔で残っているだけだった。

 結局、ふたりともなにも話さないまま予鈴が鳴って慌てて戻ることになっただけだった。




 放課後、またあのコーヒが飲めるお店に来ていた。

 少し高いのは確かでも美味しいのも確かだから嫌というわけではない。


「で、ちゃんと話せたの?」

「ううん、あの後は私も瑠衣先輩も黙ったままでさ」

「まあ、あんまり余裕もなかったから仕方がないか」


 一緒にいたくないというわけではないことが伝わっただけよかっただろうか?

 変に考えられても気になるので、これからは放課後ぐらいは自分から近づく生活に戻そうと決めた。

 私といたいと言ってくれていることだし、いま来たら相手をするというスタンスのままでいると逆効果になる可能性があるからだ。


「それにしても驚いたよ、純があそこまで言うなんて」

「ふたりとも面倒くさいのが悪い」

「でも、あんな言い方じゃ可哀想だよ」

「可哀想、ねえ」


 困っていると言われた後に行かない選択をしたら怒るってそれはないだろう。

 彼女が困っているなどと言っていなければ「そうか」で片付けられたかもしれないけど、残念ながらそうではないから。

 あの人は優しい人、だからいつもであれば言うことを聞こうとするから。


「玲美との時間が減って困っていたのは確かだしね」

「なんだかんだで私達は一緒にいるよ?」

「そうだけど、この前までは放課後なんて全く遊べなかったからね」


 彼女はコーヒーを飲んでから「ここに来る日以外はね」と重ねた。

 これは大袈裟に言われているわけではなく本当のことだった。

 朝もお昼も放課後もすぐに教室を出ていたから言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 ただ、少し言いたいこともある。

 彼女は彼女で友達を多く優先することがあるでしょ、ということだ。

 それが寂しさを紛らわせるためだと言うのなら謝るしかできないけど……。


「そろそろ出ようか」

「分かった」


 放課後も変わらずに雨が降っているからそこは少し微妙かなと。

 家に入るほどではないけど会話もしたいという放課後だと特にそう感じる。


「毎日必ず一時間は私に玲美の時間をちょうだい」

「はは、うん、それぐらいならね」

「あとは――まあ今日はいいや、それじゃあね」

「うん? うん、じゃあね」


 雨だから帰りたかったとかそういうことだろうか?

 突っ立っていても仕方がないからと帰ろうとしたらその答えが分かった。

 途中のところで先輩が立っていたのだ。

 背を向けているとかではなく、こちらを向いているからもう気づいていると思う。


「風邪を引いてしまいますよ?」

「玲美を待っていたのだ」

「じゃあ早く行きましょう」


 先輩はずっと休まずに学校に通っているんだから風邪を引いてほしくない。

 というか、ここで待っているということは知っていたのだろうか?

 学校からは少し離れた場所だからそうとしか考えられない。

 でも、すれ違う可能性だってあるわけだから家で待っていてくれればよかったのにとしか言えない。

 

「……学校ではうざ絡みをしてすまなかった」

「気にしなくていいですよ、あれでは確かに言い訳をして逃げているように見えますから」


 はいと言ったうえで移動教室のときなどは無理だと言えばよかったのだ。

 少しだけ考えなしだったところは確かだから先輩が悪いわけではない。

 冷静になってみないとこう反省することもできないから怖いことだった。

 そういう点でも離れた方がいいと思ったんだけどなあ……。


「だが、あのとき言ったことは嘘ではないのだ」

「一緒にいたい、ですよね?」

「ああ」

「瑠衣先輩が大丈夫なら私も一緒にいたいです」

「ああ、これからもよろしく頼む」


 きっとこれなら純も喜んでくれるはずだ。

 もう私の理想とかどうでもいいから嫌われないように過ごしていきたい。

 あ、だけどこれで私から近づくようになったら相手が離れて行く、なんてことになったらどうしようか?

 そのときはそのときの自分に任せるということでいいかと片付けた。


「玲美、成里とも仲良くしたいのだが」

「近づけば相手をしてくれると思います、ただ……」


 私みたいにぺらぺら話す人間ならともかくとして、黙っているときはとにかく黙っている人だからどうなるか……。

 そこが多分一番苦手なところだろうから難しい。

 よし、それなら先輩が仲良くしたいと言っていたらどうする? という風に聞いてみることにした。

 駄目だったときには悲しいことになるから先輩には言わない状態でね。

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