02話.[滅多にないから]

 五月になった。

 GWは掃除をしたり純と遊んだりできて楽しかった。

 テスト勉強も純と一緒に頑張った結果、無事平均点以上だったから満足している。

 ただ、ひとつだけ問題ができてしまって……。


「玲美」

「……今日もですか?」

「ああ、ひとりだと寂しいのでな」


 何故かあれから瑠衣先輩が来るようになってしまったのだ。

 いやまあ、元々こうして来ていたのは来ていたから違和感もない。

 それでも毎日決まった時間に必ず来るような人ではないからなんでと言いたくなるのだ。

 あと、先輩が来ているときは純が近づいてきてくれないというのも影響している。

 本人が苦手だと言っていたから無理やり連れてくるなんてこともできない。


「ひとりで寂しいと言いますけど、瑠衣先輩はほとんどいつもひとりでいるじゃないですか」


 歩いていたり留まっていたりする、眠たければ寝ていたりもする。

 先輩こそ本当のところはひとりでもやっていける気がする。

 あ、もちろん家族がいたり、帰る場所があったうえでなら、だけど。


「別に他者といるのが嫌いというわけではない」

「分かっています、そうやって決めつけるつもりはありません」

「それならいいだろう? 私と玲美は中学生のときから一緒にいたのだから」

「瑠衣先輩がそうしたいならそれでいいです」


 綺麗で格好良くてついつい話しかけてしまったのが失敗だった。

 私はそのせいでこの人の時間を無駄にしてしまったことが何度もある。

 それなのにこうして来てくれていることを考えると、私の存在は悪いことばかりではないんじゃないかと考えてしまいそうになるときもある。

 だけどこれは試されていると同じだ、このまま甘え続けてはいけないんだ。

 それに禁止にしているのはあくまでも自分から近づくことだけだ。

 そこまで極端なことをしているわけではないから唐突に来る頻度が変わったりはしない、そう思っていたんだけど……。


「少し廊下に行かないか? ここだと賑やかすぎるのでな」

「分かりました」


 付いていくと教室から少し離れたそんな場所で先輩は足を止めた。

 壁に背を預けてからこちらをなんとも言えないそんな顔で見てきた。

 無表情なことが多い先輩だけど、こういう顔も多くするから不思議な人だった。

 ふらふら自由に歩き回っているのは難しさから逃げるためでもあるのだろうか?

 そういう大事な情報はなにも教えてくれないから分からないままだ。


「休み時間ぐらい成里と過ごせばいいだろう?」

「毎時間一緒にいるわけではないですよ、あの子には友達がたくさんいますからね」


 羨ましいと思ったことはそんなにない。

 量より質タイプだから先輩と純がいてくれればそれでよかった。

 たったそれだけでも学校に楽しく通うことは余裕だったからだ。

 とはいえ、こうなってくると変わってきてしまうことになる。

 だってその片方の存在から自ら離れようとしてしまっていることになるんだから。


「なるほど、つまり私がいなければひとりになってしまうということか」

「ひとりでも上手くやれます」

「よせよせ、強がったところでいいことなどなにもないぞ」


 少なくとも先輩を頼るような展開にはしたくない。

 純なら来てくれればいいと言ってくれているから安心して頼ることができる。

 嫌いになったとかそういうことではないから許してほしい。

 それでもこのままなにもせずに離れるのはあれなので、


「今週の土曜日、付き合ってください」


 そのときになにかお礼として買わせてもらおうと思う。

 約五年間のお礼としてはちょっとあれだけど、なにも返さないで終わってしまうよりはいいと考えたかった。


「それは命令か?」

「はい、土曜日は絶対に付き合ってください」

「分かった、付き合おう」

「ありがとうございます」


 とりあえずはこれで戻るみたいだったから私も教室に戻った。

 そうしたら私の椅子に純が座っていて、こちらの腕に触れてから「やるじゃん」となにか誤解しているみたいだった。

 このままだとあれだからしっかり説明しておく。


「そこまで極端にする必要ある? 別に感情をもろに出して迷惑をかけているというわけではないじゃん」

「いつ再発するか分からないから」

「そもそも仲がいい相手から好意をぶつけられて迷惑に感じる人っているの?」

「瑠衣先輩だったらそうだよ、同性に好きになられるなんて嫌でしょ」


 魅力的な同性ならまだいい、だけどその好意を抱えているのはこの私だ。

 なんでも真っ直ぐに言えてしまう人だから気持ちが悪いとか言われそうで怖い。


「あなたは先輩ですか?」

「い、いや……」

「なのに勝手になんでも分かった気持ちでいるんじゃないよ」


 彼女はこちらの両頬を両手で挟むと「好きな人といられて嬉しそうな玲美を見られるのが好きなんだから頑張ってよ」と言ってきた。


「……迷惑をかけろって言いたいの? あと、私に傷つけって言いたいの?」

「いや? ただ私はそういう玲美を見たいというだけ」

「自分勝手なのは純なんじゃ?」

「知らない」


 今度はこちらの頭を撫でてから席に戻ってしまったという……。

 でも、固まっていても仕方がないから次の授業の準備を済ませたのだった。




「――という風に言われたんですけど、瑠衣先輩からしたら迷惑ですよね?」


 先輩に嫌われるより純に嫌われたときの方が面倒くさいからぶつけてしまった。

 あ、もちろん好きだとかそういうことは言っていないけども。


「寝ているときに邪魔をしてくれなければ別に構わないが」

「そうなんですか?」

「ああ、嫌ならこうして休日に一緒に行動していないだろう?」


 私としてはこれで最後のつもりだった。

 でも、なんかそれができそうにない感じがする。

 一緒にいたくないかいたいかで問われればいたいと答えるしかできないんだからいいのかな。

 完全に離れようとすることは確かに純の言っていたように極端な行為に該当してしまうからこれでよかったのかな?


「ところで、今日はどこに行くんだ?」

「いつもお世話になっていたのでなにか欲しい物を贈ろうと思ったんです」

「なるほど、それなら付いてきてくれ」

「分かりました」


 本人が勝手に動いてくれるというならそれほどいいことはない。

 私の方はお店とか先輩の好みについて詳しいというわけではないからだ。

 結局全くの他人である私にはなにも分からないのだ。


「これだ、これが欲しい」

「イヤホンですか?」

「ああ、散歩をしているときに音楽を聴きながら歩きたいのだ」


 元々三千円ぐらいで考えていたところだったから丁度よかった。

 流石にお世話になっていたとしても一万円とかそれぐらいの物をぽんと買えない。

 他の物を見なくていいのかと聞いたら「これでいい」と言われてしまったため、早くもお会計を済ませることになった。


「ちょっと試しに聴いてみてもいいか?」

「どうぞ」


 こちらとしてはもう目的を達成できてしまったわけだから構わなかった。

 というか、先輩であれば終わったとなれば解散にしたがることだろう。

 仮に先輩の方からなにかを頼んできて付き合っていたとしてもすぐに解散になるから期待はするべきではない。


「なるほど、私はあまり違いなど分からないからこれで十分だ」

「私も分からないです」


 例えばテレビなら普通のテレビでも十分高画質に感じるからいいと思う。

 昔と違って進化してきているからこそのあれなのかもしれないけどね。

 露骨に悪かったら4Kとかそういう言葉に惹かれていた可能性もある。


「でも、気をつけてくださいね? 車の音などに気づけなかったら危ないですから」

「分かっている、それに大音量で聴くと頭が痛くなるからな」


 これ以上付き合ってもらうわけにはいかない。

 だからお礼を言って別れてきた。

 先輩はイヤホンで音楽を聴きながら歩きたかっただろうし、仕方がないのだ。

 そもそも来たら相手をするしかなくなるから極端なことはできなかった。

 無視することなんてできない、無視できることがいいことだとも思えない。


「ただい――純の靴だ」


 リビングに入ってみたら何故か父しかいなかった。

 理由を聞いてみると眠たいから私の部屋で寝ていることを教えてくれた。

 唐突に来ては私がいないのに上がろうとして驚いたらしい。


「なにしているんですか」

「すぴー……すぴー……」


 よくもまあ他人の部屋でここまで寝られるものだ。

 起こすのも可哀想だから壁に背を預けて座っていた。

 窓を開けているから暖かい風が入ってきて気持ちがいい。

 たったあれだけなのにちょっと疲れてしまったからうとうとしていたときのこと、


「帰ってたんだ」


 と、まるで部屋主みたいなことを言ってくれたから眠気が飛んでいった。


「で、結局極端なことをしてきたんだね」

「いや、あっという間に欲しい物を買っちゃったから終わりにしてきただけだよ」

「同じじゃん」

「お、同じ……かな?」


 友達がとことん自分勝手じゃなくてよかったと考えてもらいたい。

 だってああして欲しい物が手に入ったらどうしてもそれに意識がいっちゃうものでしょ?

 私だって欲しい物を手に入れられたらそこで解散にしてそれを楽しもうとする。

 だからいいんだ、別に後悔はしていない。

 仮にあれで全く来なくなっても最後にお礼ができたということになるんだから構わない。


「まあいいや、私的には玲美がいてくれればそれでいいからね」

「瑠衣先輩といるとき以外の私は魅力半減どころじゃなさそうだね」

「んー、そうかもね、だって先輩といるときは滅茶苦茶可愛いし」


 そこはまあ恋している乙女補正みたいなものがあるのだろう。

 私でもそうなんだから彼女が誰かに恋をした際にはそれはもういいものが見えるはずだった。


「純は告白されたことが多そうだね」

「告白されたことはほとんどないよ」

「え、そうなの?」

「うん、それにされても誰でもいいわけじゃないからね」


 彼女は再度ベッドに転ぶと「転びなよ」と誘ってきた。

 いちいち細かいことをツッコんでいても仕方がないから横に転ぶ。

 自分のベッドということと、先輩にお礼ができたということが組み合わさって、すぐに眠たくなりそうになり始めてついつい笑ってしまった。


「たまに極端なことしかできない人間っているよね」

「仕方がないよ」


 柔軟に対応できるならこうはなってない。

 そこを突かれてもあなたとは違うんだからで終わってしまう話だった。




「玲美、少しいいか?」

「はい?」


 この顔は……あ、実はあんまりよくなかったとかそういうことだろうか?

 お金はあるけどそう何個も贈れないから買い直すとかそういうのは無理だ。

 何回もそうしてしまったらあの行為の価値がなくなる。

 私としては最後だからこそ三千円クラスの物を買ったというのもある。

 最後なのにたかだか三千円クラスかよと言われてしまう可能性はあるけど、私からしたらかなりの大金だから許してほしかった。


「あの後、実際に音楽を聴きながら歩いてみたのだ、そうしたら自分が考えていたように楽しくてよかった。いつもは一時間と決めて歩いていたのだが、二時間も歩いてしまったぐらいだ」

「それならよかったです」

「だが……」


 先輩は腕を組んでこちらを見てきた。

 私から貰った物だということを思い出して最悪な気分になった……というわけではないよね。

 もしそうならそういう話になった時点で一緒にいるのをやめているはず。

 じゃあどうしてこんな顔になるんだろう。

 話だけを聞いていれば楽しめてよかったですねで終わらせられるのに。


「その前に玲美と歩いていただろう?」

「それはまあ、お店に行かなければ買えなかったわけですからね」


 あ、だけど最近でいえばネット通販を頼るという手もあったか。

 もしかしたら同じぐらいの値段でいいイヤホンを手に入れられた可能性もある。

 くっ、そういうのにあまり詳しくないせいでこんなことになってしまったのか。


「いや、なんでもない。とにかく、あれはいい物だったぞ」

「そ、そうですか」


 で、教室から出ていってしまったという……。

 私としてはもやもやが止まらなくてちょっとトイレの個室で叫んできた。

 こういう気持ちになることは多いからそろそろ慣れるべきなのは分かっている。

 ただ、いざ実際にそういうことになるとどうしても上手く対応できなくて困っているのだ。


「荒れてんね」

「純ー……」

「そんな顔をするぐらいなら極端なことをするな」

「……結局ああして瑠衣先輩が来てしまっている時点で無理だよ」

「無視なんかできないもんね」


 当たり前だ、よほど嫌な人間が相手でもない限りはする必要なんかない。

 そういう風に育てられたわけでもないんだから私らしく存在し、相手をするだけでいい。


「よしよし。まあ、なにかあったら言いなよ、私が聞いてあげるからさ」

「でも、それだと純にメリットがないでしょ?」

「友達といられることがメリットでしょうが」

「私だって純といられるのは嬉しいことだけど……」


 愚痴とかを聞いてもらうのはなんか違う気がするんだ。

 話を聞く方が好きだからできれば彼女がそうしてほしかった。

 友達がたくさんいるということはそれで不安なことや不満なことだって出てくるだろうから。

 抱え込んでいたらいつか壊れてしまうから、私なら聞くから話してほしかった。


「今日も玲美の家に行ってもいい?」

「うん」

「よし、じゃあそのために残りの授業を頑張りますかね」


 そうだ、私も頑張らなければいけない。

 テストが無事に終わったからって油断していれば駄目になる。

 今回はよくても次は駄目になるかもしれないんだからしっかり切り替えていかないといけない。

 話すこととか考えることは放課後になってからゆっくりすればいい。

 幸い、純はいてくれているんだからそう不安になる必要もない。


「玲美、終わったから行こ――」

「私も行っていいか?」


 唐突に先輩が来ても「それは玲美次第なので」と対応できた純はすごい。

 苦手でもそれを表に出さずに相手をする、それは私にはできないことだから羨ましいところだった。


「私は大丈夫ですけど……」

「そんな顔しない、玲美がいいなら三人で行こうよ」


 それなら早く移動してしまおう。

 不思議だったのは先輩が純に多く話しかけていたことだ。

 純的にはあれでも、先輩的に純はいい子なのかもしれない。

 ちなみに純が苦手と言っている理由はマイペースな人、だかららしい。


「ただいま」

「おかえり。お? 純ちゃんはまた来たのか」

「私も玲美といたいですからね、お邪魔します」

「ゆっくりしてくれ、瑠衣ちゃんもな」

「お邪魔します」


 んー、父がちゃん付けで呼ぶのがいいのかどうか分からないでいる。

 ただ、本人達からなにかを言われたわけではないから気にしなくていいんだろう。

 気にしているのであればこうして家に来たりなんかはしない。

 私となんて外でだって会えるんだからね。


「ふぃ~、やっぱり玲美のベッドはいいな~」

「純のベッドも変わらないよ」

「うーん、まあどうでもいいでしょ、私が気に入っているというだけだし」


 先輩は静かに床に座っているからそんな魅力はないと思うけど……。

 というか、こうして三人でいることは滅多にないから少し気まずい。

 多く話そうものなら空回りすることになって余計に空気が悪くなってしまうだろうし……。


「玲美、ちょっとトイレに行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 それぞれひとりずつといられる方が気楽でいられる。

 聞かれたことや言われたことに返事をしておけばいいからだ。

 あとはやっぱり上手く対応できないからというのも影響していた。


「すまないな、急に参加することになってしまって」

「気にしないでください」

「でも、成里的には気になるだろう?」

「どうでしょうかね……」

「そんなことありませんから気にしなくて大丈夫ですよ、私はただ先輩と同じで玲美といたかっただけです」


 トイレから戻ってくるのが早すぎる。

 先輩が話すように抜けたんじゃないかと考えられるぐらいには早かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る