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Nora
01話.[微妙な気持ちに]
「
早くしないと春でも暗くなってしまうから勘弁してほしかった。
二十一時には寝るとか言っているくせにすぐこれだから困ってしまう。
大体、椅子に座って寝るよりも家に帰ってベッドに転んだ方が気持ちがいいと思うけど。
「瑠衣先輩」
「うるさい」
「うるさいと言われても変えませんよ、早く起きてください」
うるさい中で寝たくなかったのか突っ伏すのをやめて起きてくれた。
それからこちらをなんとも言えない顔で見てきていたものの、先輩は自分がしていたにも関わらず「早く帰ろう」と言ってきた。
私としては帰られればそれでいいから構わない。
「しかし、こうして
「それはそうですけど」
「玲美はよく分からない人間だな」
春だからって油断したら駄目なんだ。
何時間も寝てしまったら風邪を引いてしまうかもしれない。
私は先輩に風邪を引いてほしくないからしているのに意地悪な人だった。
それによく分からないなんて言われたくない。
「それに私の家は学校のすぐ近くにあるのだぞ?」
「……もういいですよ、また明日もよろしくお願いします」
私は先輩のことが昔から好きだった。
人としてもそうだし、ひとりの女の子としても好きだったりする。
でも、それを一切出してきていないから分からないのも無理はない。
そもそもの話、気づかれてしまったら終わりみたいなものだから。
これは先輩が卒業する来年の三月まで抱えるつもりでいる。
その後は会えなくなるからその期間に捨てると決めている。
時間はかかるだろうけど、学校に先輩がいないのであればきっと大丈夫だろうと考えていた。
「ただいま」
「おかえり」
「うん」
リビングに入る前に手を洗ったり、制服から着替えたりしてしまう。
あと今日は課題をしなければならなかったから先に終わらせてしまうことにした。
課題と言えばさっきのことだけど、これから忙しくなるし迷惑をかけないためにも今月中には捨ててしまった方がいいのかもしれないと考えた。
ただ、本人が近くにいる状態でそれができるとは思えない。
もういてくれているだけで支えられている状態になってしまっているから困ってしまう。
「玲美、入るぞ」
これはかなり珍しいことだった。
なにか言いたいことがあったとしてもわざわざ部屋に来てまで言ったりはしないから本当に意外だと言える。
「今日は母さんが仕事で遅いからなにか食べに行こう」
「分かった」
遅くなるということになったら本当に遅いから待っていても仕方がない。
それにご飯を作る人は父だから父がそう決めたのなら従うしかなかった。
私としては家でゆっくり父が作ってくれたご飯を食べるのもいいんだけどな。
「最近、瑠衣ちゃんとはどうなんだ?」
「うーん、あんまり変わらないかな」
向こうからしたらただの年下の女というだけで終わってしまう。
一応中学生のときから関係はあるけど、本当にただ一緒にいただけだったからそれ以上でもそれ以下でもないんだ。
「学年が違うから一緒にいられる時間も多くないしね」
「そうか、だけど仲良くしたいなら素直に行動するんだぞ?」
「うん、それは大丈夫だよ」
今月中にはあれも捨てるから大丈夫だ。
そうしたら一緒にいる機会も減って先輩的にはいいことだろう。
いまはとにかく一緒にいたいと考えてしまうから変えなければならない。
幸い、なにもそういうのを表に出していないんだから捨てるだけでいいというのはいい。
「いらっしゃいませ」
「ふたりで」
「かしこまりました」
おぅ、焼き肉屋さんというのもそれはそれですごいな。
普通はファミレスとかラーメン屋さんとかで済ますものではないだろうか?
まあでも、ここに来たからにはとにかく食べなければ損だ。
その証拠に父の目もこれから戦場に行く兵士みたいな――なんてね。
ただ、こういう考えがよくなかったのか帰りはやばかった。
あんまり来られない場所だから無理して食べようとしてしまうところは残念だ。
「大丈夫か?」
「ごめんね……」
「いいよ」
残念だ、父に迷惑をかけてばかりだ。
家事を手伝おうとしてもお風呂掃除しかやらせてもらえない。
で、それをしようとしても父が最後に入浴してその流れでしてしまうからできていないという状態だった。
私だってご飯を作れるのにと言っても、父は「学校生活に集中すればいい」と言うだけで言うことを聞いてくれない。
「っと、あれは瑠衣ちゃんだな」
「ほんとだ」
下ろしてもらって自分で歩く。
足音で気づいたのか先輩もこちらの方に歩いてきた。
「どうしたんですか?」
「食後の散歩だな」
「って、危ないですよ」
ちょいちょいちょい、焼き肉臭がすごいときに近づきたくないんですけど!?
あ、だけどこれで嫌われてしまえばいいのか。
そうするためにぎゅーと抱きしめたら「臭うぞ」と言われて離れる。
「とにかく、今日はもうこれで家に帰ってください」
「はぁ、分かったからそんな顔をするな」
私は私で早くお風呂に入りたかったから別れる。
願望かもしれないけど、あれだけで嫌われているような感じはしなかった。
「いい風だ」
ただそこに存在していられるというだけで落ち着く。
これが夏や冬だと上手くはいかないからずっと春がいいかな。
ただ、願ったところでそんなことにはならないから片付けて教室を目指す。
教室内は今日も賑やかでいい感じだった。
男の子半分女の子半分といった内容になっているけど、男の子は男の子と、女の子は女の子と一緒にいることが多いクラスメイト達だった。
興味があるのに素直になれないとかそういうことではなく、単純に同性の友達と盛り上がることに必死で意識から消えている、というところだろうか?
「玲美、おかえり」
「ただいま」
トイレに行ってくると言ってから抜けたため、結構時間が経っているいまどう思われているのかは分からない。
もしかしたら大きい方をしてきたと思われている可能性もある。
まあ、お腹が痛いときとかはそういうときもあるんだから気にしないでおいた。
可愛いや綺麗な子からだって等しく平等に排泄される物なんだから。
「そだ、放課後はコーヒーでも飲みに行こうよ」
「分かった」
成里
休み時間になったら必ず話すとまではいかなくても、大抵はこうして話して一緒に過ごしたりできるから満足している。
……先輩は自由に行動するから放課後になっても会えない可能性だってあるしね。
だから私としては彼女の存在が物凄く助かっているという形だった。
「そういえばあの先輩のところに行かなくていいの?」
「瑠衣先輩はマイペースな人だからね」
教室に行ったところで大体いないから意味がない。
仮になにかがあってこっちに来たとしてもすぐに帰ってしまうし、時間があれば寝てしまう人だからどうしようもなかった。
なんか私とはいたくなかったんじゃないかということに気づいてしまったことになるけど、不思議と傷つくことはなかった。
とにかく、放課後までは自分らしく過ごして。
「ふぅ、温かいコーヒーというのはいつ飲んでも美味いわー」
「なんかほっとするよね」
温かい飲み物を飲むという行為は落ち着けるから本当にいい。
ただ、私としてはインスタントのコーヒーでも十分満足できるので、わざわざこういうお店で高いお金を出して飲む必要はない気がする。
それでも
だって彼女がいなくなったら本格的にひとりになってしまうからだ。
流石にひとりでやっていける自信はないから頑張らなければならない。
「あ、先輩だ」
「ん? あ、ほんとだ」
見慣れた長髪を揺らしながら歩いていくところが見えた。
去年までの自分であれば急いで追っているところではあるものの、今日はなんだかそういう気分になれなかったから大人しく座っておく。
このお店がある場所は住宅街の近くというわけではないからなにか用があって出てきたということだろうし、邪魔をするべきではないというのもある。
「なんかあったの? 先輩大好き玲美にしてはおかしな行為ばかりしているけど」
「好意を捨てようと思ってね」
「え、ぶつけちゃえばいいのに」
「そんな自分勝手なことはできないよ」
振られるぐらいなら捨ててしまった方がダメージも少ないはず。
また、なんで絶対に無理な人を好きになってしまったのかが分からない。
無理な人だから逆に燃えるとかそういうタイプではないし、そもそも先輩は先輩らしくいてくれていただけなのに何故なのかという話だ。
あ、いや、私からすれば先輩らしくいてくれるだけでも十分魅力的だったけどね。
先輩からしたらただ後輩の相手をしていたというだけなのに好意なんか抱えられたら迷惑だからさ。
「玲美が自分勝手なんていつものことでしょ?」
「ひどっ、そんな自分勝手に生きているつもりはないんだけどっ」
「そうかな? 誘っておきながらすぐ帰っちゃう子だからなー」
「目的を達成できたらそりゃ帰るでしょ」
相手のことを考えられているつもりだった。
誘ってしまったからこそ、あまり長時間にならないように気をつけていたんだ。
一時間程度であれば相手も嫌そうな顔をせずに付き合ってくれるだろうと信じて。
正直、それが逆効果になっていたんだとしたら悲しいとしか言いようがない。
だけど二時間や三時間と時間を増やしていくのも危険な気がする。
少し物足りないぐらいの感じの方が次もとなっていいだろうからだ。
「私としては大好きな友達と長く一緒にいたいけどなー」
「それって私とも?」
「あのさあ、もしそうじゃなかったらここで言わないでしょ? 友達だってね、誰だっていいわけじゃないんですよ」
私だってそうだ、一緒にいて安心できる人間でなければ一緒にいたくはない。
寧ろ私みたいな人間であればあるほどというやつではないだろうか?
弱いから誰かに頼るしかない、だからそういう人を求めてしまう。
先輩なんかが特にそういう人で、これまで私は迷惑をかけ続けてきてしまった。
自分の中にある気持ちだけを優先して先輩のところに行ってしまっていた。
だから今日からはそういうことがないように気をつけるのだ。
まずは自分からは行かないようにすることから始めてみよう。
「っと、そろそろ出ようか」
「うん」
こうして一緒に帰ることだって彼女との方が多かった。
まあ、それは先輩が悪いというわけではない。
ただただ自分に魅力がなかっただけなんだということが分かってよかった。
「ただいまー」
リビングでゆっくりしていたら珍しく母がお昼に帰ってきた。
さすがにこれは普段を考えれば異常すぎるから聞くことができなかった。
ちなみに母は楽な服装に着替えて私の隣に座ってきただけ……。
「お、お母さん」
「あ、なんで今日はこんなに早いのか気になっちゃった?」
「う、うん」
「答えは半休をもらったからだよ」
なんか半休って簡単には貰えないというイメージがあるから大丈夫なのかと不安になった。
母からすれば友達がひとりしかいない人間の方に大丈夫なのかと言いたくなるだろうけどさ。
「なにか理由でもあるの?」
「そんなの大事な娘とゆっくり話したいからに決まっているでしょ?」
「え、そんな理由で貰っていいの?」
「大丈夫、ある程度は片付けて落ち着いたところだったからさ」
こんな娘がいたばっかりにごめんなさいと本当に申し訳なくなった。
いつでも遅い時間に帰ってくるというわけでもないから母とは過ごせていた。
あ、もしかしたら父と過ごしたくてこうした可能性はある。
父はいまお買い物に行っているから帰ってくるタイミングが少し悪かったけども。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
「あれ? 今日は十七時頃になるんじゃなかったのか?」
「休んでも大丈夫だって言ってくれたからさー」
で、結局母は父と盛り上がり始めたから空気を読んで家を出ることにした。
もう少ししたら暑くなってしまうからその前にゆっくり歩いておくのも多分だけど悪くはない。
家からちょっと離れた場所で先輩を目撃したものの、あの決めたことを守るためにも近づくことはしなかった。
遠くまで行くつもりはなかったから近くで時間をつぶしていたら元々お昼だったのもあってあっという間に十七時になってしまったことになる。
それでもどうしてか帰りたい気分にはならなかったからその場に留まっていたら、
「なにをしているのだ?」
と、先輩が話しかけてきて意識を向ける。
実は十六時頃からずっと見えるところにいたんだ。
だけど私は自分からは話しかけないというそれを守ることができていた。
もしかしたらこれまでとの変化を感じてこっちに来た可能性がある。
「今日はお母さんが既に家にいるので空気を読んでいるんです」
「なるほど」
冗談でもなんでもなくたまに嫉妬されるからえぇとなったりする。
さすがに実の娘に嫉妬するのはどうかと思う。
ただ、それぐらいの愛だからこそずっと家族三人でやってこられたのもあるから難しい。
「瑠衣先輩はまたお散歩ですか?」
「そうだな、家でじっとしているよりは歩いている方がいい」
「ある程度のところで家に帰ってくださいね、いくら治安がいいとはいっても襲われてしまうかもしれませんから」
私はあと二時間ぐらい時間をつぶしてから帰ろうと決めた。
今日はなんか外にいてぼうっとしていたい感じだったんだけど……。
「怖っ!?」
暗いところは怖いから結局十九時前には帰ることになった。
連絡はしてあったから怒られることがなかったのはいい。
あとは先輩を前にしても揺れてしまったりしなかったのもいいことだった。
このままこの距離感を続ければ一ヶ月もしない内に消滅となることだろう。
それでも大好きな人に迷惑をかけなくて済むようになるんだからそれでよかった。
「なにしてたんだ? 流石にその年齢でぼけっとしているのは不味いだろ」
「お母さんの邪魔をしたくなかったんだよ」
父と楽しくやってほしかった。
そこが楽しくやれていたら離婚の危機とかにもならないから。
もちろんこちらも仲良くできていた方がいいけど、正直に言えばふたりが仲良くしてくれているだけで十分というか……。
「でも、玲美が出ていって割とすぐに寝てしまったぞ?」
「それでもだよ、ゆっくり休ませてあげたいでしょ?」
「まあ、俺と違って働いているわけだからな」
専業主婦ではなく専業主夫だというのが面白いところだった。
母的には父に楽をしてほしかったのと、女性と出会わないようにする狙いがある。
本人から聞いているわけだから決して適当に言っているというわけでもない。
「とにかく、玲美も女の子なんだからあんまり遅くならないようにしろよ? 瑠衣ちゃんだって説得力がないと感じてしまうぞ」
「元々暗いところは得意じゃないからこれからはそうするよ」
遭遇する可能性も高まると分かってしまったことだし、これからはそうするよ。
あの人に来てほしくてあんなことをしていたわけではないからね。
「玲美も女の子、ねえ」
女子力というやつもあまりないからなんとなく微妙な気持ちになる。
それに支えてもらってばかりの人間だから女とか男の子とか関係なくね……。
一応なにかをしようと動いているけど、結局は「しなくていい」という言葉に甘えてすぐにやめてしまうからというのもある。
まあいいや、いまはとにかく純と仲良くなることだけに集中しよう。
もしあの子が離れたがった場合は仕方がないから大人しく見送ってあげればいい。
あの子が言うほど自分勝手ではないんだ。
自分のために他者の行動を制限することなどできるはずもなかった。
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