第二章 乙女ゲームの顛末
01
「アメーリアがあの娘を招いている?!」
侍女の言葉を聞いてシャーロットは思わずソファから立ち上がった。
「知り合いだった……? それともあの日知り合った?」
侍女を下がらせ一人になると、苛立ちを抑えられないのか、シャーロットは室内をウロウロと歩き回った。
「何なのよあの女。本当は私をサポートしないとならないのに悪役令嬢と親しくなって。側妃になった挙句、今度は悪役令嬢と同じ顔の娘と……! ああもう、本当に何なの!」
どうして。
「ちゃんと攻略したのに、何でハッピーエンドにならないのよ!」
シャーロットはすぐ傍にあったソファの上のクッションを手に取ると壁に向かって投げつけた。
前世を思い出したのは、十五歳の誕生日だった。
自分はこの世界に生まれる前、『日本』という国に生きていて――そしてここが、前世で遊んでいた乙女ゲームの世界だと知ったのだ。
ヒロイン・シャーロットは領地を持たない子爵の娘で、王子や大商会の息子、または盗賊といった多彩な攻略対象を選び、彼らと恋愛をするゲームだ。
どの攻略対象にするかは、十五歳になった時の選択で決まる。
学園に行くことを決めれば王太子と、働きに出ることを選べば商会の息子、そして旅に出れば盗賊と出会うのだ。
シャーロットは学園に入ることを選んだ。十五歳で働くなど嫌だし、旅なんて危険なことはしたくない。
学園に行き、王太子を攻略できれば自分は未来の王妃になれる。それは下位貴族の娘にとってどれだけ夢のある話だろう。
学園には攻略対象である王太子メイナードがゲームそのままのビジュアルで存在していた。
シャーロットはすぐにゲームと同じように行動した。
最初は順調に仲を深めていった。
メイナードは明らかにシャーロットに好意を抱いている。けれどどこか距離を置かれているような、見えない線を引かれているように感じるのだ。
「殿下はシャーロット嬢を側妃にするんですか?」
ある日、廊下を歩いていると声が聞こえた。
見ると中庭にメイナードと、よく彼の傍にいる側近候補の男性生徒がいた。
「そうだな……彼女の身分ではそれが妥当だろう」
メイナードはそう答えた。
「その話、パトリシア嬢には?」
「できるわけないだろう、彼女とは必要最低限の交流しかしていないのに」
「そうですよね。でも逆に言えば側妃の一人や二人いても問題ないということですか」
「……そうだな」
(は? ありえないんだけど?!)
こっそりと話を聞いていたシャーロットは怒りに震える手を握りしめた。
(側妃って、つまり愛人じゃない! 何でヒロインの私がそんなものに……!)
「――これも全部、あの女のせいだわ」
知らずシャーロットは声に出して呟いていた。
ゲームと同じ世界で、けれどゲームと大きな違いが一つあった。
王太子の婚約者で侯爵令嬢のパトリシアだ。
ゲームでのパトリシアは婚約者にベタ惚れで、ヒロインを邪魔し、虐め抜く性格の悪い悪役として登場する。
けれど現実のパトリシアは周囲からの評判が良く、そして何故か婚約者のメイナードがシャーロットと親しくしていても、全く興味がないらしいのだ。
シャーロットよりもずっと身分の高いパトリシアが、メイナードから婚約破棄されないとシャーロットは正妃にはなれない。
だが何の非のないパトリシアが婚約破棄される可能性は今のところほぼないといっていい。
(そんなのダメだ。ゲーム通りに動いてもらわないと……そうだ)
シャーロットはゲームのように、パトリシアが自分を虐めるとメイナードに訴えた。
初めは信じていなかったメイナードだったが、涙ながらに何度も訴えるうちに、自分と交流すらしようとしない婚約者よりも好意を抱いているシャーロットの言葉を信じるようになっていった。
そうして卒業式の日。
ゲームのハッピーエンド通りにメイナードはパトリシアに婚約破棄を言い渡した。
パトリシアはシャーロットへの虐めの罰として修道院へ送られ、シャーロットが婚約者となることになったのだ。
そこまでは予定通りだった。
けれどその後、予想外のことが起きた。
修道院へ送られる途中、パトリシアが馬車の事故で死ぬという、ゲームにはなかったことが起きたのだ。
メイナードとシャーロットは非難を浴びることになった。
特にパトリシアを娘のように可愛がっていたという王妃からの風当たりが強く、それは結婚後も続き、子供ができないことを特に責められた。
結婚してから七年近く経つが、妊娠の兆候すら見られることはなかった。
(でも妊娠しないのは絶対ストレスのせいだし)
厳しいお妃教育、そして王妃や周囲の態度。
それらが過度のストレスとなり妊娠できないとシャーロットは思っている。
王太子に後継が産まれないのは大きな問題だ。
結婚して五年以上経つとこれ以上は待てないと、勅命によりメイナードは側妃を娶った。
それがアメーリアだった。
アメーリアはゲームではシャーロットの友人で、ヒントやアドバイスをくれるお助けキャラだった。
だが現実のアメーリアはパトリシアの友人で、パトリシアの代わりにメイナードにシャーロットのことで苦言を呈するような存在だった。
側妃となってから一年後、アメーリアは妊娠した。
周囲は安堵し、不妊の原因はやはりシャーロットだとしてさらに風当たりが強くなっていった。
――そして、五日前。
第三王子エリオットが『運命の相手』だといって連れてきたのが、パトリシアに瓜二つのルーシーだった。
「ああもう……何でこんな嫌なことばかり起きるの!」
ゲームを攻略すればハッピーエンドで、その後は『幸せに暮らしました』となるのものなのではないか。
「私はヒロインなのよ……!」
虚空を睨みつけながらシャーロットは唇を噛み締めた。
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